新型コロナウイルスの感染が止まらない。日本の内外において、第2次、第3次の感染拡大が心配されている。そうしたなか大切なのは、コロナ下の生活やビジネスが続くこと(「コロナ時代」)を前提にし、それを支える政策を実行することである。政策はまた、現世代だけでなく、次の日本を支える世代も考えて進めなければならない。
コロナを前にして、世界各国の政府は、積極的な対策を繰り広げてきた。ドイツも例外ではない。コロナ以前は、憲法に規定された財政収支の均衡を目指し、債務ブレーキを十分きかせてきたが、コロナ後は空前の規模の歳出拡大を行い、それにより膨大な公債を発行している。ここでは、コロナ時代の財政政策、すなわち国の支援について、ドイツの取組からの示唆について述べる。
取り上げる論点は、次の通りである。第1の論点は、コロナの感染に対処するなかで、どれほど国の借金が増えたか、そしてその返済がどのように計画されているかである。第2の論点は、コロナ感染が始まった緊急時から、その後の経済封鎖解除を通じて、国はどのような支援を行ってきたかである。第1の論点から、国の借金の返済計画の重要性を、第2の論点からは、コロナ後の経済を視野に入れ、緊急時からコロナ時代に続く政策の連携の必要性を指摘したい。
コロナ対策のための財政支援
ドイツがコロナ対策のために行った財政支援は、表1「コロナ対策予算」に示した。ドイツは連邦政府、16の州とその下の自治体からなる連邦制国家であるが、ここで示したのは、日本では国にあたる連邦政府の予算である。
表1 コロナ対策予算(億ユーロ)
参考 2019年GDP 3兆5,000億ユーロ 2020年連邦政府当初予算額 3,620億ユーロ
(出所)財政制度等審議会 (2020b)
連邦政府では、2020年7月までに、二つの補正予算が組まれている。第1の補正予算は、コロナの感染拡大の最中の3月、第2の補正予算は経済封鎖解除後の6月である。第1次補正予算の事業費は1,225億ユーロ、それに景気後退による税収減335億ユーロを合わせた、財政赤字は1,560億ユーロであり、これは全額、国債で賄われている。第2次補正予算の事業費、税収・その他収入減はそれぞれ248億ユーロ、377億ユーロであり、これらを合わせた625億ユーロは、第1次補正予算と同じく、全額国債で調達される。
二つのコロナ対策補正予算を通じて、総額2,185億ユーロの国債が発行される。それがドイツ連邦政府の財政にとってどれほど大きなものかは、2020年の当初予算額、3,620億ユーロの60%にも及んでいることから明らかである。これまで財政収支均衡を掲げてきたドイツにとって、まさに空前の歳出規模である。これはまた、コロナ感染という非常事態に立ち向かう政府の姿勢を反映している。
しかし、その一方で連邦基本法に基づいて、政府は公債金返済計画を国会ですでに定めている。具体的には、総額2,185億ユーロの公債発行額から、特別会計黒字分、連邦基本法で認められている公債金発行上限額、および景気循環要因などを控除した、1,187億ユーロを2023年以降、20年間にわたって、毎年59億ユーロずつ返済することとされている(財政制度等審議会、2020b)。
このようにドイツにとって、コロナ対策のための財政支援は膨大なものである。しかし、ここでさらに注目すべきことは、コロナ対策のための事業費だけではなく、税収減を合わせた歳入不足額を埋め合わせる計画が、国債発行と同時に作られていることである。
将来の財政に対する政府の責任は、ショルツ財務大臣の発言からもうかがうことができる。コロナ対策のための二つの補正予算によって、ドイツの国債対GDP(国内総生産)比は、60%から77%へと上昇する。これに対して、ショルツ財務大臣は、「2,185億ユーロの国債は巨額だ。しかし、リーマンショック対策後、81.8%に達した国債対GDP比は、その後の財政健全化によって60%まで下がった。」その当時と比べれば、国債金利は大幅に下がっている。したがって、「2023年から20年間でコロナ対策による負債は返済できる」と語っている(Chazan, 2020)。
緊急時からコロナ時代への政策連携
コロナ感染は一時的ではなく、収束には時間がかかることがわかってきた。そうしたなかで、コロナ緊急対策をコロナ時代を切り拓く政策へと繋げていくことが重要である。上で述べたドイツの二つの補正予算は、この政策連携を反映したものとなっている。政策の戦略性の観点から二つの補正予算を比較したのが、表2である。
表2 コロナ対策の連携
(出所)財政制度等審議会(2020b)および Hoke(2020)をもとに筆者作成
第1次補正予算は、感染拡大期の緊急対策である。その内容は、多くの国と同様であり、
休業手当、事業継続支援および金融支援からなっている。日本の雇用調整助成金、持続化給付金、さまざまな融資支援策などがこれらに相当し、まさに緊急対応としての支援策である。
コロナ緊急対策のなかで、ドイツの人々が誇りに思っているのは、クルツアルバイト(Kurzarbeit)と呼ばれている休業手当である。これはコロナ以前からある制度で、経営者の責任外の理由で、一時的休業が避けられない場合、社会保険料を払っている労働者に対して休業手当を公的に支給する制度である。この制度によってリーマンショック時にドイツでは、失業を大幅に回避することができた。コロナ感染のなかで、この制度の適用要件は大幅に緩和され、雇用維持効果が期待されている(IMF News,2020; Sinn,2020)。
第2次補正予算は、緊急のコロナ対策に続く、コロナ時代の経済政策となっている。全体的には、需要喚起と投資促進からなっていて、景気を支えつつ、成長促進を目指したものとなっている。もちろん、ドイツ流の財政運営のもとでは、コロナ時代の切り札となる経済政策といえども、規律の例外ではない。付加価値税の引下げは、2020年7月1日から12月31日までの半年間であり、投資促進策の対象期間は、2020年、2021年となっている。
しかし、こうしたコロナ時代の政策から、次の時代を見据えた戦略性を見出すことができる。半年間の付加価値税の引下げによる消費効果は限定的かもしれない。しかし、この期間に高額消費である乗用車の購入を促しつつ、補助金により電気自動車への乗り換えを誘導することで、環境対策にも資することができる(Hoke, 2020)。また企業の面では、デジタル化、AI・電子技術支援を行いつつ、減価償却を加速化し投資を促すことは、コロナ時代のあるべき政策の先取りとして評価できる。
以上、ドイツのコロナ対策について述べた。ドイツとしてはまさに空前の財政支援を行っているが、ここでは、日本にとっても重要と思われる二つの示唆について述べた。第1の示唆は、コロナ対策として必要であれば、躊躇せず国債を発行すると同時に、その返済計画を立て、政府がその執行の責任を果たすことである。それは、シュルツ財務大臣の発言からもうかがうことができた。
第2の示唆は、コロナ感染が長く続くことを前提に、緊急時からコロナ時代へと政策連携をしっかり図ることである。ドイツではその鍵は、環境とデジタル化である。日本ではそれらに加えて、高齢化が進展するなかで、社会保障費の財源をどこに求めるかという問題もある。これらを踏まえた、コロナ時代の財政政策が求められている。
参考文献
- 財政制度等審議会、2020a、財政制度分科会・海外調査報告、7月2日。
- 財政制度等審議会、2020b、財政制度分科会・海外調査報告補足資料、「EU・ドイツにおける 新型コロナウイルス感染症の感染拡大を踏まえた政策対応 < 海外調査報告 補足資料>」、7月2日。
- Chazan, Guy , 2020, Scholz insists record German borrowing manageable, Financial Times, 6月18日。
- Hoke, William, 2020, German stimulus plan includes VAT cuts, corporate tax relief, June 5, Tax Notes Today International,
- IMF News, 2020, Kurzarbeit: Germany’s short-time work benefit, June 15,
- Sinn, Hans-Werner, 2020, The world is at war, March 16, Project Syndicate,