中央大学法学部非常勤講師
西住 祐亮
「アメリカ第一」に期待を寄せるアメリカの孤立主義勢力
トランプ (Donald Trump) 氏は従来の共和党とも、また民主党とも大きく異なる、孤立主義的で保護主義的な外交論を全面に押し出して2016年の大統領選挙を闘った。具体的には、紛争介入への消極姿勢、同盟国への負担要求、既存の自由貿易協定に対する批判、高関税政策の推進といった主張が、トランプ氏によって打ち出された。トランプ氏はこのような主張や外交論をしばしば「アメリカ第一 (America First)」という言葉で表現したが、結果的にトランプ氏は大統領選挙で勝利を収めることになった。
もちろんトランプ氏の主たる勝因が、このような「アメリカ第一」の外交論であったと考えるのは早計であり、実際、「既成政治への反発」や「白人労働者への共感」といった他の要素 (どちらかというと国内的な要素) を重要な勝因とする指摘の方が、一般的であると言える。ただ同時に注意すべきなのは、トランプ氏が選挙戦で掲げた「アメリカ第一」の外交論が少なくとも致命的な「減点」にはならなかったことであり、こうした事実が持つ政治的な意味は決して小さくないように思われる。
これに加えて忘れてならないのは、トランプ氏の「アメリカ第一」の外交論を積極的かつ明確に支持した勢力が、多数派でないながらも、確実に存在したことである。冷戦終結以降、共和党内では、介入主義的な党主流派の方針と距離を置く孤立主義勢力が、定期的に注目を浴びるようになった。しかし総じて言うと、このような孤立主義勢力は、党内での影響力が限定的であり、とりわけイラク戦争(2003年3月開戦)以降は党主流派と完全に距離を置き、場合によっては、共和党そのものへの不満や敵対心もむき出しにするようになっていった。
共和党主流派に対する不満を募らせてきたこのような孤立主義勢力にとって、トランプ氏が共和党予備選でイラク戦争を真正面から批判し、他の共和党候補を次々と退けて党の指名を獲得し、更に本選挙まで勝利したことは、まさに「快挙」と言うべきものであった。自らの声を代弁してくれる有力政治家を欠いてきた孤立主義勢力にとって、トランプ氏は長く待ち望まれた人物であったとも言えるだろう。
そこでこの論考と 次回の論考 では、冷戦終結以降、ほぼ一貫して孤立主義的な外交論を唱えてきたとされる二人の代表的人物に注目し、両者とトランプ氏の関係や、トランプ氏に対する両者の見方などについて紹介する。注目する一人は、孤立主義者の代表格としてしばしば名前が挙がるパトリック・ブキャナン (Patrick Buchanan) 氏であり、もう一人は、反フェミニズム運動の急先鋒として知られる傍ら、孤立主義的な姿勢も継続的に打ち出してきた、イーグル・フォーラム (Eagle Forum) のフィリス・シュラフリー (Phyllis Schlafly) 氏である [1] 。この論考ではブキャナン氏に注目し、 次回の論考 ではシュラフリー氏に注目する。また次回の論考では、この両者に注目する今日的な意義についても検討してみたい。
ブキャナン氏とトランプ氏の政策的立場の近さ
ブキャナン氏は共和党ニクソン (Richard Nixon) 政権でスピーチ・ライターを務めたこともあるコラムニストで、1992年と1996年の大統領選挙では、共和党予備選に参戦し、2000年の大統領選挙では、改革党 (Reform Party) の候補者として本選挙に参戦した。特に1992年の共和党予備選は、「新世界秩序 (New World Order)」を掲げる現職のブッシュ (George H. W. Bush) 大統領に、「アメリカ第一」を掲げるブキャナン氏が挑むという構図になったため、ブキャナン氏の動向にも大きな注目が集まった。しかし選挙の結果について言えば、ブキャナン氏は一人の代議員も獲得できずに敗退する結果に終わった。その後のブキャナン氏は、徐々に共和党の主流派と距離を置くようになり、近年では自身の公式サイト [2] や極右系の政治サイト『ワールド・ネット・デイリー (World Net Daily: WND)』 [3] などを通して、民主党だけでなく、共和党主流派への批判も繰り返している。
しかし興味深いことに、四半世紀の時を経て、かつてのブキャナン氏の選挙運動が、再びアメリカで一定の注目を集めることになった。2016年の大統領選挙でトランプ氏がかつてのブキャナン氏と似通った政策的立場を示し、やはり同じく「アメリカ第一」という言葉で自身の主張を喧伝したため、両者の共通点を指摘する論考が数多く見られるようになったのである [4] 。
なかでも政治専門サイト『ポリティコ (Politico)』は、「トランプはタイミングに恵まれたブキャナンである (Trump is Pat Buchanan with Better Timing)」と題する特別記事を、2016年の本選挙期間中に掲載し、両者の政策的立場や政治スタイルを詳細に比較している [5] 。この記事が特に注目しているのは、1992年選挙時のブキャナン氏の演説であり、グローバル化への反発や厳格な移民政策などを「アメリカ第一」の言葉で訴えたブキャナン氏の主張が、当時こそ決定的な反響を呼ばなかったものの、2016年選挙時のトランプ氏の主張を先取りするものになったと強調している。
なぜブキャナン氏は敗北し、トランプ氏は勝利したのか
では似たような主張を繰り広げながらも、なぜブキャナン氏は一人の代議員も獲得できずに敗退し、トランプ氏は共和党の指名を獲得するまでに至ったのか(そして更に大統領にまでなれたのか)。『ポリティコ』の記事は、こうした両者の明暗を分けた理由についても考察しており、大きく分けて3つの要因を指摘している。
第一の要因は、アメリカの政治や社会の側が、この四半世紀で大きく変化したという点である。すなわち1992年選挙は、湾岸戦争が成功裏に終わった翌年に行われ、孤立主義的な主張が支持される環境はまだ不十分であったが、2016年選挙は、イラク戦争に伴う内向き傾向が根強く残る中で行われ、孤立主義的な主張が支持される環境もかなり整っていた。その他、不法移民の推定数は1992年選挙の頃と比べても飛躍的に増加したし、ブキャナン氏の言葉を借りるならば、グローバル化に伴う白人労働者の雇用喪失も21世紀に入ってから深刻化した。
第二は、新たな伝達手段の登場である。しばしば過激とも指摘されるトランプ氏の主張は、Facebookなどのソーシャル・メディアや、『ブライトバート (Breitbart)』などの極右系サイトを通じて、支持を拡大させたとされる。しかし当然ながら1992年選挙の頃には、こうした伝達手段はまだなかった。この点に関して、『ポリティコ』の記事は、「もしブキャナンがソーシャル・メディアを使うことができたなら、もっと善戦したかもしれない」とする共和党関係者の発言も紹介している。
他方、『ポリティコ』の記事は、第三の要因として、政策的立場に関する両者の「微妙な違い」にも注目している。例えば、ブキャナン氏は1992年選挙の頃から今日に至るまで、イスラエルに対して批判的な姿勢を貫いてきた(反対派からはしばしば「反ユダヤ主義者」と非難されてきた)が、トランプ氏はそもそも選挙戦の頃からイスラエルに対する強い支持姿勢を鮮明にしてきた [6] 。また付け加えると、オバマ政権によるイラン核合意(2015年7月合意)についても、ブキャナン氏は合意を維持すべきとの立場だが [7] 、トランプ氏は選挙戦の頃から合意を「最悪の取引」と呼び、更には合意からの離脱も示唆してきた [8] (結果的に合意からの離脱を2018年5月8日に表明した)。このような「微妙な違い」は、特にトランプ氏が共和党の主流派と歩み寄るうえで、プラスに働いたと考えられる。
しかしこのような「微妙な違い」こそあるものの、大局的に見ると、トランプ氏とブキャナン氏の政策的立場はかなり似通ったものであり、時代の変化がトランプ氏の勝利を可能にしたとの見方の方が、『ポリティコ』の記事でもより強調されている。その意味では、かつてのブキャナン氏のことを「タイミングに恵まれなかったトランプ」と形容することもできるのかもしれない。
トランプ外交に対するブキャナン氏の見方
こうした政策的立場の近さを反映し、ブキャナン氏は2016年大統領選挙でのトランプ氏の躍進に満足感を表明し [9] 、その後もトランプ氏に対して強い期待感を示し続けた。既に述べたように、両者の間には政策面でも「微妙な違い」があり、なおかつ両者は2000年大統領選挙の際に、改革党の指名候補の座を争って個人的に対立したとされる [10] 。しかしながら近年の共和党や保守主義運動と大きく距離を置いてきた(或いは排除されてきた)ブキャナン氏にとって、孤立主義的な主張を掲げるトランプ氏は、まさに長く待ち望まれた人物であったのである。
他方、トランプ政権が発足しておよそ1年半が経過する2018年8月現在、トランプ氏が選挙戦で掲げた外交関連の公約の中には、実現に至っていないものも少なくなく(対ロシア関係改善の不調など)、また中には、選挙時から姿勢を180度転換させるような政策がトランプ大統領から打ち出されるような例もあった(シリア政府軍に対する2度の空爆など) [11] 。
こうした現状については、当然ながらブキャナン氏も批判や失望を表明している。ただ同時に注目すべきは、ブキャナン氏がトランプ大統領本人ではなく、トランプ政権の閣僚・補佐官や議会共和党を主たる批判対象に据えていることである。例えば、シリア政府軍への2度目の空爆に際しては、本来は軍事攻撃に後ろ向きなトランプ大統領が「好戦的な政党(共和党)に囚われている」との見方を強調している [12] 。加えてヘルシンキで開催された米露首脳会談(2018年7月16日)では、トランプ大統領がプーチン (Vladimir Putin) 大統領にロシアの選挙介入問題を正面切って問いたださなかった(それどころかプーチン大統領に寄り添う姿勢を示した)ことが、民主党だけでなく共和党の議員・専門家から広く批判を呼んでいるが、このような現状についてもブキャナン氏は、エリート層による「ヘルシンキ・ヒステリア」であるとして、トランプ大統領を擁護している [13] 。また北朝鮮問題に関しても、「少なくとも1年前より良い状況になったのは間違いない」と述べ、トランプ大統領の米朝首脳会談に一定の評価を下す一方、北朝鮮側の強い反発を招いたペンス (Mike Pence) 副大統領とボルトン (John Bolton) 大統領補佐官のいわゆる「リビア方式」発言については、批判をしている [14] 。こうして見てみると、トランプ大統領本人へのブキャナン氏の期待は、今なお色あせていないように見受けられる。
なおブキャナン氏の立ち位置が分かりにくい政策領域のひとつに、国防予算に対する姿勢がある。かつてブキャナン氏は、2000年の大統領選挙に向けて、「クリントン政権の下、米国は世界へのコミットメントを拡大させておきながら、国防予算を削減した」と述べ、もし自分が大統領になれば、国防予算を拡大し、それを主として米軍の再建や国境警備にあてるという姿勢を打ち出していた [15] 。その後もブキャナン氏は、このような姿勢を基本的には維持していると思われる。しかし同時にブキャナン氏は、「愛国者はみな自国のために必要なことを全うするし、自国のために必要な費用も惜しまないが、国家の安全保障 (national security) と帝国の安全保障 (empire security) は別物である」と述べるなど、広範囲に渡る国防予算の拡大(ブッシュJr.政権期の国防予算の拡大など)に対しては、批判的な見方も示している [16] 。このような事情もあってか、トランプ政権になってからの国防予算の拡大傾向については、ブキャナン氏も明確な発言を控えているように見受けられる。
<(下)は こちら >
[1] アメリカの孤立主義勢力については、久保文明「外交論の諸潮流とイデオロギー:イラク戦争後の状況を念頭に置いて」久保文明編『アメリカ外交の諸潮流:リベラルから保守まで』日本国際問題研究所, 2007年, 36-38頁; 加瀬みき「エバンジェリカルの外交観と孤立主義の要因」『アメリカ外交の諸潮流』258-267頁などを参照。
[2] Patrick J. Buchanan Official Website < http://buchanan.org/blog/ >
[3] World Net Daily < http://www.wnd.com/ >
[4] 邦語のものとしては、会田弘継『トランプ現象とアメリカ保守思想』左右社, 2016年, 188-202頁; 油井大三郎「トランプ現象と『公民権法体制』の危機」『思想の言葉』岩波書店, 2017年4月, 2-6頁などを参照。
[5] Jeff Greenfield, “Trump is Pat Buchanan with Better Timing,” Politico , September/October, 2016. < https://www.politico.com/magazine/story/2016/09/donald-trump-pat-buchanan-republican-america-first-nativist-214221 >
[6]この点については、Rameshu Ponnuru, “The GOP and the Israeli Exception,” National Review , May 15, 2018. < https://www.nationalreview.com/corner/pat-buchanan-republican-infuence-israel-exception/ > なども参照。
[7] Patrick Buchanan, “Iran Nuclear Deal: Alive or Dead?,” American Conservative , January 10, 2017. < http://www.theamericanconservative.com/buchanan/iran-nuclear-deal-alive-or-dead/ >; Patrick Buchanan, “Don’t Trash the Nuclear Deal!,” Patrick J. Buchanan Official Website, May 7, 2018. < http://buchanan.org/blog/dont-trash-the-nuclear-deal-129279 > など。
[8] Eric Lorber, “President Trump and the Iran Nuclear Deal,” Foreign Policy , November 16, 2016. < http://foreignpolicy.com/2016/11/16/president-trump-and-the-iran-nuclear-deal/ > など。
[9] Patrick Buchanan, “At Last America First!,” Patrick J. Buchanan Official Website, April 28, 2016. < http://buchanan.org/blog/last-america-first-125165 > など。
[10] Dylan Matthews, “Paleoconservatism, the Movement That Explains Donald Trump, Explained,” Vox , May 6, 2016. < https://www.vox.com/2016/5/6/11592604/donald-trump-paleoconservative-buchanan >
[11] トランプ大統領が当初の公約をなかなか実現できていない要因としては、選挙時のトランプ氏の外交論が今なお議会共和党からの十分な支持を得ていないことや、そもそもトランプ政権自身が外交政策に関してまとまりきれていないことなどが指摘される。Hal Brands, American Grand Strategy in the Age of Trump , Brookings Institution Press, 2018, pp.122-125.; Benjamin Wittes & Susan Hennessey, “Is Trump Changing the Executive Branch Forever?,” Foreign Policy, August 29, 2017 . < https://foreignpolicy.com/2017/08/29/is-trump-changing-the-executive-branch-forever/ > などを参照。
[12] Patrick Buchanan, “Trump: Prisoner of the War Party?,” Patrick J. Buchanan Official Website, April 16, 2018. < http://buchanan.org/blog/trump-prisoner-of-the-war-party-129140 > など。
[13] Patrick Buchanan, “What Explains Elites’ Helsinki Hysteria,” World Net Daily, July 19, 2018. < https://www.wnd.com/2018/07/what-explains-elites-helsinki-hysteria/ >
[14] Patrick Buchanan, “Is Bellicosity Backfiring?,” Patrick J. Buchanan Official Website, May 25, 2018. < http://buchanan.org/blog/is-us-bellicosity-backfiring-129375 >
[15] “Pat Buchanan on Defense,” OnTheIssues.org < http://www.issues2000.org/celeb/Pat_Buchanan_Defense.htm >
[16] Patrick Buchanan, “Tea Party vs. War Party,” American Conservative , September 30, 2010. < http://www.theamericanconservative.com/2010/09/30/tea-party-vs-war-party/ >