アジアインフラ投資銀行(AIIB)への日本の参加の是非をめぐり、一大論争が巻き起こっている。我が国政府は、創設メンバーに加わらないという決断を下したが、今後ともAIIBとは距離を置く道を選ぶのか、それとも一般メンバーとして参加し、内側から影響力を発揮する道を選ぶのか、論争の種は尽きない。
AIIBとは、2020年までにアジア地域に生じる巨大なインフラ投資需要(アジア開発銀行の試算で7300億ドル)を満足させる目的で、中国が設立を目指す、マルチな開発銀行である。57カ国が創設メンバーとして加わり、当初資本金500億ドルは中国がその半額を負担する予定だという。途上国はもとより、イギリス、ドイツなど先進国も雪崩を打ったようにAIIB参加を決めた背景には何があるのか。AIIBの設立を通じて,中国は何を狙っているのか。日本はこうした中国の動きとどう向き合うべきか。本稿では、途上国支援のあり方という視点からこの問題に接近してみたい。
交錯する各国(地域)の思惑
AIIBに対する各国(地域)の評価や対応が異なるのは、その国(地域)の置かれた立場(援助を受ける側か提供する側か)と、米国あるいは中国との距離感の違いを反映しているからである。膨大なインフラ投資需要を抱えるアジアの途上国にとって、世界銀行やアジア開発銀行(ADB)に新たな「貸し手」としてAIIBが加わることは、諸手を挙げて歓迎すべきことである。AIIBが世界銀行やADBと融資競争をすることになれば、借り入れ条件の緩和も期待できる。
これに対し、G7から名乗りを上げたイギリスやドイツなどの先進国が、米国の制止を振り切ってまでAIIBへの参加を決めた背景には、域外メンバーは資本金負担が軽いこと、成長著しいアジア地域へ自国企業の参入が期待できること、米国を中心とした国際金融秩序への強い不信感があることなどが考えられる。他方、米国は、中国主導によるAIIBの設立を重大な挑戦と捉え、各国に参加を見送るよう働きかけを行ったが、成功しなかった。G7メンバーや米国依存の強い韓国さえもAIIBへの参加に踏み切ったことは、国際社会での米国の地位低下を物語るものであり、米国一極集中の構造が多極化へと変化する予兆であると見なす議論も現れた。
最もむずかしい立場に置かれたのが日本である。第二次世界大戦後、米国を中心とした国際金融秩序の中で、日本は経済成長を謳歌してきた。この間、1971年のニクソン・ショック、1997年のアジア通貨危機、2008年のリーマン・ショックなど、米国中心の国際金融秩序は何度となく揺らぎを経験したが、そのつど日本は米国を支える側に回った。地政学的な意味でも、これまでの援助実績からいっても、AIIBにおいて日本が主導的地位を占めることは少しも不思議ではないが、ついに創設メンバー入りを決断できなかった最大の理由は、米国と同一歩調をとるという基本方針を変えることができなかったからに他ならない。また、AIIB内でのナンバー2の地位を中国が約束しても、その地位を甘んじて受け入れることに躊躇する心理が、どこかで働いたようにも思われる。
新興ドナーとしての中国の台頭
AIIB設立の背景には、高度成長を持続させ、超大国化しつつある中国自身の姿が透けて見える。高度成長を持続させてきた中国だが、安定成長を狙う政府の思惑もあり、今年の予測成長率は7%前後と低下傾向にある。慢性的な消費不足を過剰投資で補う「過剰資本蓄積」構造にいまだ抜本的な変化は見られない(丸川・梶谷2015)。他方、長年にわたる輸出振興策の結果、対米経常収支の大幅黒字がグローバル不均衡を引き起こし、世界経済の不安定要因となっている。中国は、いまや3兆8000億ドルを超える外貨準備を持つが、米ドルと人民元の為替相場を安定的に保とうとすれば、外貨の「還流」、すなわち、政府開発援助(ODA)や対外直接投資などで外貨を海外で使うことが求められる。外貨の「還流」は、外国経済を活性化させ、低迷する国内消費が吸収できない過剰な生産能力の捌け口にもなる。
中国政府は、2004年頃から自国企業の対外投資を奨励し、今日では、中国の対外投資は日本や米国など先進国と肩を並べる規模に到達し、数年内に直接投資受け入れ額を凌駕する勢いである。また、2014年7月には、BRICS5カ国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)によるBRICS開発銀行と外貨準備基金の設立が決まった。AIIB設立も、こうした一連の流れの延長線上にある。
AIIBの設立は、新興国ドナーとして中国が力をつけ、独自色を打ち出そうとしている一つの証拠でもある。アフリカにおける資源外交に典型的に見られるように、中国の対外援助には、西側の価値基準から見れば問題も多い。しかし、これまで開発援助委員会(DAC)や世界銀行を中核とする国際援助社会が有効に対応できなかった開発援助ニーズを充足する機会を提供した側面も、中国の対外援助は併せ持っている(下村・大橋2013)。ザンビア出身のエコノミスト、ダンビザ・モヨは次のように述懐している。「西側諸国はアフリカに援助を贈り、成果を期待しなかった。(中略)一方中国は、現金をアフリカに送り、見返りを求めた。その見返りによって、アフリカの人々は仕事や道路や食糧を得て生活を向上させた」(モヨ2010)。
AIIBに日本の経験を活かせ
中国の対外援助の内容を子細に検討すると、かつての日本の対外援助と重なる部分が少なくない。日本は1961年からDACメンバーとして、50年以上の開発援助の歴史を持つ。日本のODAの特徴を一言でまとめるとすれば、「長期的な視点に立ち、人材育成、技術供与、インフラ投資を通じて産業を育成すること」にある。
日本の支援がアジア各地で産業発展に大きく寄与したことは高く評価すべきだが、財政再建が課題の今日、限られた予算の有効活用をはかり、「ビッグ・ドナー」から「スマート・ドナー」への転換が、いま日本に求められている。日本が進むべき道は、貧困救済や人道支援に傾斜した西側諸国の後追いではなく、これまでの開発援助の経験をもとに「人材育成、技術供与、インフラ投資、裾野産業の育成、金融支援、民間企業の直接投資の有機的な連携」をはかる独自の開発戦略である(黒崎・大塚2015)。
日本の経験に照らしても、途上国支援におけるインフラ投資の重要性は揺るがない。しかし、インフラさえ整えれば、民間企業が投資できる環境がすぐに形成され、工業化が成功するというのはドナー側の単なる願望に過ぎない。日本の援助により工業化に成功したタイやインドネシアの経験が示唆するように、人材育成、技術供与、裾野産業の育成、金融支援などをインフラ投資と有機的に組み合わせることによって、はじめて工業化の展望が開けるのである。AIIBがどのような性格の「貸し手」になるのか、現時点ではまだよくわからない。AIIBがその名の通りインフラ投資に特化するなら、日本は、AIIBの外側から日本の強みを活かした領域でそれに協力すればよい。AIIBに加わるなら、日本の経験をもとにした独自の開発戦略を実践する場として、AIIBを大いに活用すればよい。AIIBに加わるにせよ、外側から協力するにせよ、日本の開発支援の経験を活かすことがAIIBの成功につながるという揺るぎない自信を持って、日本は毅然とした対応をとるべきだろう。
参考文献
黒崎卓・大塚啓二郎編著『これからの日本の国際協力』日本評論社、2015年。
下村恭民・大橋英夫+日本国際問題研究所編『中国の対外援助』日本経済評論社、2013年。
丸川知雄・梶谷懐『超大国・中国のゆくえ4;経済大国化の軋みとインパクト』東京大学出版会、2015年。
モヨ、ダンビサ『援助じゃアフリカは発展しない』小浜裕久監訳、東洋経済新報社、2010(Dambisa Moyo, Dead Aid: Why Aid is not Working and How there is a better way for Africa , Farrar, Straus and Giroux, 2009)。