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【Views on China】腐敗をなくす一番現実的な(?)方法

January 27, 2015

神戸大学大学院経済学研究科教授
加藤 弘之

腐敗抑制の方程式

習近平政権は、2013年から反腐敗キャンペーンを大々的に展開するとともに、公費による飲食や海外出張の自粛、公用車の使用制限など、綱紀粛正を進めている。こうした一連の政策が腐敗を減らしたのか否かの判断は、現時点ではむずかしい。たとえ腐敗が一時的に減少したとしても、キャンペーンが終わればまた増加するのではという懸念が拭えないからだ。

そもそも腐敗の蔓延に抜本的な解決をはかろうとするなら、共産党の一党独裁という政治システムと国有企業が大きなウエイトを占める経済システムを改革する必要がある。中兼和津次(東京大学名誉教授)によれば、「腐敗=独占+裁量-説明責任」という方程式が、腐敗の抑制メカニズムを端的に表している(中兼2010)。すなわち、「独占」に代わって競争メカニズムを導入し、官僚の「裁量」の範囲を狭め、「説明責任」を高めることによって、腐敗を抑制することができるというわけである。

中兼氏の主張は明快であり、この方程式が腐敗撲滅の王道を示していることに筆者も賛成する。しかし、中国自身の経験では腐敗が必ずしも成長を阻害せず、制度に埋め込まれたある種の「曖昧さ」が、腐敗と成長の並存を可能にしていた [1] (加藤2014)。この点を考慮し、さらに現行の政治経済システムがすぐには変えられないこと、相当数の官僚がなんらかの腐敗に手を染めている [2] (あるいは、過去に腐敗に手を染めた経験がある)という、より現実に即した二つの前提条件を付け加えて、現行の反腐敗キャンペーンの問題点と改善策について考えてみよう。

問題が多い現行の腐敗取り締まり

北京大学の張維迎は、現行の腐敗取り締まりには問題が多いと指摘する(張2013)。その理由の一つは、腐敗摘発が権力闘争の手段に使われているからである。自分も相手も腐敗しているときに行われる権力闘争ゲームでは、「先手必勝」が鉄則であり、どちらの腐敗がより深刻なのかはゲームの勝敗とは無関係である。また、殺人犯が口封じのために殺人を繰り返すのと同様に、腐敗の場合でも、後ろ盾になる上級レベルの官僚に十分な賄賂を贈らなければ保護が得られず、 失脚する可能性が大きくなる 。贈賄の金額が増えれば増えるほど、買収した人が多ければ多いほど、(つまり腐敗すればするほど)かえって腐敗で摘発されるリスクが減るわけである。

第二は、過去の腐敗でいつ摘発されるかもしれないという不安が、腐敗を助長している側面がある。「打黒」(黒社会=暴力団を打倒する)をスローガンとして、政府が個人財産を任意に没収した重慶の事例が典型的に示すように、現行の政治経済システムの下では、企業家は私有財産の保護に確信を持てない。また、現在はまっとうな商売をしていても、蓄財の過程で多少やましいことをしていたという後ろめたさを完全に消し去ることはむずかしい。この点は腐敗官僚も同じであり、妻子と財産を海外に移す「裸官」が減らないのは、過去の腐敗が摘発されるかもしれないという不安と深い関係がある。こうした環境の下では、短期的な蓄財に励み資産の海外逃避を加速したり、腐敗摘発のリスクを減らすために、より多くの関係者を買収したりする行動に走りがちとなる。

第三は、腐敗を取り締まる主体も腐敗しているという現実である。腐敗がかなり普遍的な現象だとすれば、腐敗を取り締まる官僚も程度の差はあれ腐敗していると考えるべきだろう。腐敗した官僚が、徹底した腐敗の取り締まりをできないとしても驚くに値しない。

過去の腐敗は帳消しにする?

では、どのようにすれば腐敗をなくすことができるだろうか。張維迎の主張はきわめてユニークである。すなわち、「2012年の中国共産党第18回党大会を境として、それ以前の腐敗については一律不問とし、それ以降に腐敗した場合にはそれ以前の腐敗と合算して摘発する。同時に、政府官僚の財産の公示と登記を義務づけ、合理的な収入を超える部分については没収するか特別税を課したあと、残りは本人のものとする」。

官僚の財産公示については、偽りの公示をした場合には罰則を強化する。たとえば、持ち家が10軒あるのに2軒しか申告せず、調査により不正が明らかになれば残りの8軒を没収する。このようにすれば嘘の申告をするリスクは大きいので、正直に自己申告する官僚が増えるだろう。財産公示をしたくない官僚には、官職を離れる自由を与えることにすればよい。前記の措置に加えて、これまで実施してきた反腐敗キャンペーンを継続し、さらにメディアによる摘発や世論の監督を強化すれば、腐敗を効果的に減らすことができると張維迎は主張する。

過去の腐敗を帳消しにするという主張は、とても乱暴な議論のように聞こえるかもしれないが、必ずしもそうとばかりはいえない。この論点は、1990年代半ばから中国が国有企業の民営化を積極的に進めたとき、香港中文大学の郎咸平がそれを「国有資産の流出」と激しく批判して、大きな論争になったことを思い起こさせる。張維迎は郎咸平とは正反対の立場で、この論争に加わっていた。

その当時、郎咸平は、国有企業の資産処理に法律的環境が整備されていない現状では、国有企業における所有権改革、なかでもMBO(経営者による企業資産の買い取り)という手段によって、国有資産を個人財産に変えることはやめさせるべきであると主張した。これに対して張維迎は、個別案件を見ると、たしかに国有資産の流出はあるかもしれないが、国有企業が民間資本を侵食している現状を改善できること、国有資産の流出は既得権を持つ利益集団の改革への抵抗を和らげることができることなどを根拠として、郎咸平の批判への反論を行っていた(関2004)。

過去の腐敗を帳消しにして腐敗を減らすという主張と、たとえ国有資産の流出が起きても国有企業改革を進めるメリットは大きいとする主張は、対象は異なるが中身は同じである。「革命」とは、持てるものからすべてを無償で奪い、持たざる者に配分することを意味する。これに対して、「改革」とは、持てる者の利益を一定程度保証しながら、持たざる者の取り分を増やすことである。既得権者の利益を適切に保証するのが理にかなった「改革」なら、新しい腐敗は厳しく取り締まるが、過去の腐敗は帳消しにするという方法もまた、腐敗を減らす現実的な「改革」手法と評価できるかもしれない。

もっとも、この手法には大きな問題点がある。過去の腐敗を不問とし、過去の不正蓄財に免罪符を与えるという手法は、資産を持つ富裕層には支持されるだろうが、資産を持たない一般大衆は大いに不満を持つだろう。また、政策の継続性についても不安が残る。したがって、一般大衆の不満を押さえつけてまで、政府が張維迎の改革案を採用する見込みは薄いだろう。結局のところ、限度を超えた腐敗は厳しく取り締まるという強硬姿勢を続けながら、時間をかけて腐敗抑制のメカニズムが働く社会をつくりだす以外に、有効な腐敗撲滅の方法はないのである。

 

参考文献
加藤弘之「腐敗は中国の成長を制約するか?」『東亜』2014年3月号。
関志雄「民営化とMBOを巡る大論争―国有資産の流出が正当化できるか」経済産業研究所『中国経済新論』2004年9月15日。
中兼和津次『体制移行の政治経済学』名古屋大学出版会、2010年。
張維迎「反腐敗的両難選択」『経済観察報』2013年3月4日。


[1] 本コラムに掲載された「中国は腐敗撲滅に成功するか」(2014年8月6日)を参照してほしい。
[2] ある推計によれば、2009年の県(処)レベル幹部の48%、庁(局)レベル幹部の40%、省(部)レベル幹部の33%が腐敗しているという(張2013)。この数字は多すぎるという印象もあるが、張維迎は、直感的な判断ではなお保守的な推計であると断定している。
◆英語論考はこちら→ China’s Corruption Conundrum
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