安全保障法制の閣議決定、安倍晋三首相の訪米と日米新ガイドラインの合意、日中首脳会談、中国による南シナ海における飛行場建設など、昨今、日本の安全保障問題にかかわる重要事項がクローズアップされている。
その中で注目される動きがある。日印の安全保障関係が深まってきているのだ。昨年8月にインドのナレンドラ・モディ首相が、就任後初めて訪問した主要国が日本だったことが注目された。同じように今年3月に訪日したマノハール・パリカール印国防大臣も、初の外国訪問先が日本であった。アメリカでも、ロシアでも、中国でもなく、日本を選んだことは、明らかに日本を重視したものとして注目すべき動きである。
実際、日印の安全保障関係は進展してきている。例えば両国の外務省と防衛省が事務次官レベルで話し合う2+2が続いてきたし、2012年からは毎年、日印海上合同演習が行われ、海上自衛隊が輸出する救難飛行艇輸出も検討されている。陸上自衛隊がインド陸軍と国連平和維持活動でも協力するようになり、航空自衛隊とインド空軍もテストパイロットや輸送機部隊間の交流を行うことで合意している。
しかし、日本からみればインドは遠い国だ。インドの軍事力はアメリカに比べて大きな差があるから、日本の防衛に助けに来ることができるとは思えない。だから、2000年代に入るまで、日印間の安全保障関係は進展しなかった。
しかし、2000年代に入ってから日印の安全保障関係が進展している。なぜであろうか。日印の安全保障関係にどのような可能性があるのだろうか。そして日印の安全保障関係の可能性を引き出す具体案はどのようなものであろうか。本稿はこの課題に挑戦することにした。
1.日印の安全保障関係はなぜ重要か
2000年代以降の安全保障環の変化をみるとき注目すべきことの一つは、米中のパワーバランスの変化である。例えば2000年か2014年までの潜水艦の新規配備数をみてみると、アメリカが11隻配備しているのに対し、中国は41隻配備している。アメリカが圧倒的に強力な軍事力をもっていた過去と比較すれば、米中のミリタリーバランスは変化している。
しかも歴史を振り返れば、ミリタリーバランスの変化は中国の軍事行動に直結している。例えば中国は、アメリカ軍がベトナムから撤退した後の1974年に西沙諸島のベトナム軍を攻撃し、南沙諸島でも軍事行動を起こした。ソ連軍がベトナムから撤退した後の1988年には、南沙諸島でベトナム軍を攻撃し複数の環礁等を占領している。そして冷戦後アメリカ軍がフィリピンから撤退した後の1995年には、フィリピンが管理していた南沙諸島のミスチーフ礁を占領し、建造物を構築し始めた。最近中国が東シナ海や南シナ海で強硬な動きを見せていることも、米中のミリタリーバランスの変化を反映した動きとみていいだろう。
このような動きに対して日本はどうするべきだろうか。まずは日米の安全保障関係を強固にし、より効率的に連携をとれるようにすることが必要だ。だが、アメリカの軍事力は相対的に落ちつつある。しかもアメリカ軍はウクライナ問題やイスラム過激派の問題にも対応しなければならない。だから、日米の連携だけでは不足で、アメリカの友好国との連携がより重要になっている。具体的にはオーストラリアや東南アジア諸国、そしてインドとの連携だ。
特に東南アジアやインドとの連携は重要だ。これらの国々は経済発展で、徐々に軍備が充実してきている。将来を長期的に見据えれば、より重要性を増していくことは明らかだ。
2.日印安全保障連携にはどのような可能性があるのか
(1)日印連携は東シナ海安保に貢献
では、日印の安全保障連携は、米中間、日中間のミリタリーバランスの維持にどう貢献するのだろうか。3つの地域で影響があるものと考えられる。1つ目は東シナ海だ。日印連携は東シナ海における日中のミリタリーバランスに貢献する可能性がある。
インドが東シナ海でのミリタリーバランスにどう貢献するか。それは、中国を軸に考えるとわかりやすい。中国は、日本とインド両方に面した国だ。だから、中国は自国の国防費をつかって、日本とインド両方の正面で軍事力を高めなくてはならない。実際、中国の国防費の4分の1が印中国境で使われている。もしインドとの国境でより大きな軍事費を使う必要が生じれば、それは日本正面、つまり東シナ海方面に使うはずだった軍事費を転用する必要がでるかもしれない。だから印中国境の情勢は、東シナ海のミリタリーバランスに影響するのだ。
現在、インドは印中国境で新しい陸軍部隊の創設を進めている。中国との戦争に備え中国のチベット方面に反撃に出る軍団だ。9万人規模である。また、新しいスホーイ30戦闘機やブラモス巡航ミサイルも印中国境に配備している。そして、これらの部隊を運用するための道路や空港の整備を進めている。インドのこうした努力は日本として歓迎すべきものである。
(2)日印連携はインド洋のシーレーン防衛に貢献
次にインド洋だ。日印連携はインド洋を通る日本のシーレーン防衛に貢献する可能性がある。日本が輸入する石油の大半は中東から海路輸入する。つまりタンカーはインド洋を通って日本に来る。日本にとってインド洋のシーレーンの防衛は重要である。
昨今、中国海軍のインド洋における活動は顕著だ。2012年には中国海軍の潜水艦の活動が22回観測され、2014年にはスリランカの港に2回寄港し、ソマリア沖でも中国海軍の原子力潜水艦が活動していることが確認された。さらにパキスタンに12隻、バングラデシュへは2隻の潜水艦輸出をもちかけている。潜水艦が輸出されれば、インストラクターも派遣され、潜水艦をインド洋で動かすことになろう。
これら中国潜水艦の活動は、インド洋を通るシーレーンに依存する国の貿易は中国が守っているのだ、と示すことにつながる。それは日本は中国に守られて貿易しているのだから中国により譲歩すべきである、という論理につながっていく可能性があり、日本とっては受け入れられない事態だ。だから、日本はアメリカとともにインド洋における自らのシーレーン防衛について真剣に考えなくてはならない。実際、2001年以来、海上自衛隊がインド洋に展開し続けているのは、シーレーン防衛上、インド洋が重要なことも背景にあるものと考えられる。中国潜水艦への対策として、もし日米がより多くの艦艇や航空機をインド洋に派遣する必要が生じるならば、東シナ海や南シナ海に展開する艦艇数を減らさなければならないだろう。
そこでインドとの連携が重要になる。インド洋沿岸で最も大きな海軍を保有しているのはインドだ。インドが中国の潜水艦対策で十分な役割を果たしてくれるならば、日米は東シナ海や南シナ海の対策により集中できることになる。
(3)日印連携は南シナ海における中国対策に貢献
三つ目の地域は南シナ海である。日印連携は、南シナ海における中国の海洋進出対策に貢献し、日本のシーレーン防衛に資する可能性がある。中東からインド洋を抜けてきた日本のタンカーは南シナ海を通じて日本に来る。その南シナ海では中国の海洋進出が顕著だ。最近では中国が複数の島で飛行場建設を進めている。戦闘機が配備されるようになると、南シナ海周辺から他国の軍用機を追い出そうとするかもしれない。もし南シナ海が「中国の海」となれば、南シナ海を通る日本のシーレーンも中国に守ってもらう状態になる。日本として受け入れ難い。
そのような事態を防ぐ第一の対策は、南シナ海で中国と領有権を争っている東南アジア諸国自身が、一定の防衛力を保有することだ。実際日米はベトナムやフィリピンへの支援を強めている。
実はこの南シナ海周辺国の防衛力強化について、インドの貢献は大きい。インドはベトナムの潜水艦や戦闘機乗員の訓練や整備などを行い、哨戒艦5隻の供与でも合意した。マレーシア空軍も、インドによって訓練された要員が主力だ。インドネシアの戦闘機の整備もインドが行うことになった。そしてシンガポールはインドの演習場を長期に借りて演習を行っている。タイの空母乗員もインドが訓練したもので、フィリピンもインド製のフリゲート艦2隻の購入を検討中だ。
だから、日印は国益を共有しており、同じようなプロジェクトを行っている。連携してより効率よく、南シナ海周辺国を支援するべきなのだ。
3.今できる具体案はあるのか
(1)印中国境のインフラ建設支援で東シナ海安保に貢献
では、具体案はあるのだろうか。実は沢山の案がある。例えばインド洋においては、インド陸軍、空軍の国境地帯への移動を助けるインフラ開発を支援できるはずだ。インド陸軍は印中国境地帯へ行くための十分な道路や橋、トンネルを欠いている。そのため、実際の戦争を想定すると、同じ時間で展開できる戦力は中国の3分の1といわれている。このような状況は十分な道路網があれば変わるはずだ。日本はその建設を支援できる。
実は、このプロジェクトはすでに始まっている。印中両国が領有権を争っているとされるアルナチャル・プラデシュ州(中国名:南チベット)の周辺では道路建設が行われている。これはインドと東南アジアをつなぐ経済目的の道路だが、陸軍の移動にも資する(注1)。この路線をより進め、道路や橋トンネル、空港、ヘリパッドなど、様々なインフラ開発で、さらに積極的に支援するべきである。
(注1)Rohinee Singh, “Japan gets contract to build strategeic roads on Indo-China border” (3 November 2014, dna)
http://www.dnaindia.com/india/report-japan-gets-contract-to-build-strategeic-roads-on-indo-china-border-2031590
(2)装備品輸出とインフラ建設支援でインド洋安保に貢献
二つ目はインド洋における協力だ。日本はインドにUS-2救難飛行艇を輸出する計画を進めている。これは有用だ。救難飛行艇は、救難を目的にインド洋のあらゆる地域に展開可能だ。インド海軍のプレゼンス(存在感)を示す政治的な有用な装備である。このほかにも、潜水艦対策として有用な日本の潜水艦や対潜ヘリ空母、潜水艦が敷設する機雷対策としての掃海艇など、日本はインドを支援可能な装備や技術を多く保有している。そして特に、インドの造船、港湾、空港などのインフラ整備で協力することは、とても有用だ。実際、マラッカ海峡の出口にあるインドのアンダマン・ニコバル諸島や、シーレーン防衛の要となるラクシャディープ諸島の空港施設の近代化などでも、日本が協力する計画がある(注2)。このような支援によってインド洋でインド海軍の存在感が高まれば、日米は東シナ海、南シナ海により多くの戦力を集中できることになり、中国とのミリタリーバランスの維持に大きく貢献することになろう。
(注2)「中国牽制…インド離島の空港整備 軍用視野、印首相来日時に提案へ」(2014年7月26日、産経新聞)
http://www.sankei.com/politics/news/140726/plt1407260010-n1.html
(3)日印越三か国戦略対話で南シナ海安保に貢献
南シナ海では、日米やインドがそれぞれ別々に南シナ海周辺国を支援している。連携した方が有用になることがあるかもしれない。例えば、日本がベトナムを支援して空港を造り、その空港を、インド空軍が訓練したベトナム空軍が使用することは現実に起こりえる。だとすれば、最初から日印越間で協力することを前提に整備していけば、より効率的になるはずだ。そのためには日印越の3カ国の戦略対話枠組みがあれば便利だろう。同じように、フィリピンやシンガポールなどとの連携の際にも同じようなシステムを構築することが考えられる。シンガポールはインドに装備を常駐させて、インド国内の演習場を利用している。日本もシンガポールの施設の一部を利用させてもらい、インドの演習場を利用することも検討可能だ。そうすれば日印シンガポールの3カ国で交流する機会ができ、南シナ海における情報交換の機会が増えて、現地の二―ズの掘り起こしと対策の実施に効果的になることが考えられる。
2014年1月に安倍晋三首相が訪印した時、ASEANに関する日印協議を立ち上げることで合意した。これを第一歩として、より詳細に具体的な話を詰めるためにも3カ国の戦略対話が複数創設されることが望まれる。
4.日印連携は重要だ
このようにしてみると、東シナ海における日中間のミリタリーバランス、インド洋と南シナ海を通る日本のシーレーン防衛の観点から、日印連携が重要になっている。そして、長い目で見れば、経済発展に伴って、時間とともにその重要性が増していくことになろう。
日本は、インフラ開発、装備の輸出、3カ国戦略対話枠組みなどを通じた具体的案件を一つずつ積み上げながら、積極的に日印連携を深めている必要がある。