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Brexitカウントダウン(19)北アイルランド限定措置は解決策になるのか
2019年9月16日、ルクセンブルクでユンカー欧州委員会委員長(右)と会談したジョンソン首相(Getty Images)

Brexitカウントダウン(19)北アイルランド限定措置は解決策になるのか

September 25, 2019

鶴岡路人
主任研究員

 

いわゆる「離脱延期法」によって2019年10月31日の「合意なき離脱」が阻止され、10月中の解散総選挙も議会で拒否されたジョンソン(Boris Johnson)政権のBrexit戦略は、大きな修正を迫られることになった。それでも10月31日の離脱実現を絶対的な目標とするのであれば、それを達成するために残された現実的方策は、10月中にEUとの新たな合意をまとめ、議会を通すことのみである。これが全ての前提となる。

しかし、前回検討したように、ジョンソンは、これまで新たな合意の交渉に本気だったとはいえない。これはいかに変化可能なのだろうか。そして、取り沙汰されている北アイルランド限定の新たな措置の導入で問題は解決するのか。その案で議会承認は可能なのか、そして北アイルランド限定の措置は何をもたらすのか。今回はこれらを検討することにしよう。 

新たな合意に向けた転換?

9月9日の週の後半以降、ジョンソン政権は、国内においても、そしてEUに対しても、EUとの新たな合意に向けた動きを活発化させているとみられる。あるいは、よりシニカルに厳密ないい方をすれば、少なくとも政権としては、新たな合意に向けた交渉に本腰を入れているというイメージを打ち出している。

これがどこまでジョンソン政権のBrexit戦略の本質的ないし不可逆的な転換を意味しているかは、未だに不明である。今後も紆余曲折が予想される。それでも、冒頭で述べたように、いわゆる「離脱延期法」が成立し議会解散が阻止されたことで、ジョンソン政権の選択肢は狭められている。これは客観的事実である。EUとの新たな合意成立以外に離脱期日の延期を回避する方策がないとジョンソンが真に観念したのだとすれば、ジョンソン政権のEUとの交渉姿勢は、これまでと質的に変化するのだろう。たとえジョンソン個人が渋々ながらだったとしてもである。

そのジョンソンは、9月16日にルクセンブルクを訪問し、欧州委員会委員長のユンカー(Jean-Claude Juncker)と会談したが、特段の進展はなかったようである。欧州委員会は会談後に発表した声明で、英国側からの提案が未だになされていないことを明らかにするとともに、提案がなされるのであれば、「週末を含め1日24時間態勢で対応可能[1]」だとした。「合意なき離脱」に至る可能性を考慮し、その場合でも責任は英国側にあることを示すための政治的メッセージだという側面も否定できない。それでも、交渉をしようにも開始できないなかで、時間だけが経っていくことへのEU側の苛立ちは本物であろう。

9月19日には、パリでマクロン(Emmanuel Macron)仏大統領とEU議長国フィンランドのリンネ(Antti Rinne)首相が会談し、9月末までに英国から文書による正式な提案がなければ「それで終わりだ(then it‘s over)」との方針で一致した。EU側のジョンソン包囲網も狭められている。

英国からEUへの口頭での説明はより具体的になっているようだが、現時点(9月24日現在)で、EUに対する文書による詳細な提案は行われていない。英国側は、複数の非公式文書(non-paper)をEU側に提示しているようだが、非公式である限り、それをもとに正式に詰めの交渉をすることはできないのだろう。しかも、いずれも極めて簡潔なメモのようなものだといわれている。

ジョンソン政権は、マンチェスターで9月29日から10月2日まで開催の保守党大会までは、党内の反発を避けるために公表しないともいわれている――であれば、党内の反発が必至の提案を用意しているということでもある。10月2日ないし3日頃から正式な交渉になるのだとすれば、合意の事実上の期限となる10月17-18日の欧州理事会(EU首脳会合)までは2週間しかない。かなりの強行軍の交渉になる。欧州委員会がいうように、まさに「24時間態勢」で交渉するしかない。

同欧州理事会で合意が達成されても、その後の日程も極めて窮屈である。「離脱延期法」は10月19日までに新たな合意(ないし「合意なき離脱」)が議会で承認されていない限り、EUに離脱期日の延期を求めるとしており、欧州理事会で妥結にいたった合意は、翌日に議会で採決する必要がある。議会承認ののちには関連法案を通す必要があり、日程的にはかなりの綱渡りになる。夜間や週末にも議会を開催して間に合わせるという案が報じられている。全てが順調に進めば、物理的には10月31日に、合意に基づくスムーズな離脱を実現することが可能になる。離脱期日の延期をしないという枠の中では、これが考えられる最善のシナリオだろう。 

北アイルランド限定の安全策へ?

新たな合意の方向性として主に取り沙汰されているのは、現行の離脱協定に規定される英全土への安全策(バックストップ)にかえて、北アイルランドに限定した「代替措置(alternative arrangements)」を導入する案である。

北アイルランドのみを関税同盟や単一市場に事実上とどめる安全策は、当初EU側が提案したものである。今日英国で議論されているものとは相違点が少なくないとみられるが、北アイルランド限定の措置という基本的な方向性はEUも受け入れ可能だと想定される。9月11日の国民へのビデオメッセージでジョンソンは、北アイルランド限定の安全策を明確に否定しているが、否定しているのは「安全策」であって、呼称の異なる他の何らかの措置を目指すことに矛盾はないのかもしれない。

ジョンソン流の表現によれば、北アイルランドの「人はブリティッシュだが、牛はアイリッシュ」だという[2]。農産物や動物の検疫に関わる部分のみ北アイルランドがEUの各種規制に従うことで、国境での動植物検疫を不要にするとの考えのようである。加えて、モノの貿易に関しては、税関チェックポイントを国境から離れた場所に設置するという案も議論されている。しかし、これらに関しては、維持しなければならない「自由な国境往来」の定義が問われることになる。物理的チェックが国境線上ではなく他の(国境からは)見えない場所であればよいという議論はさすがに成立しないが、実際にはこうした問題のび微調整の中から双方が受け入れ可能な妥協点を探すことになる[3]

いずれにしても、農産物と動物のみの規制受け入れ(alignment)では、自由な国境は実現しない。付加価値税(VAT)や国家補助、さらには欧州司法裁判所の管轄権の問題などに包括的に対処する必要がある。この点は、英国との会合においてEU側が繰り返し指摘しているようである(自由な国境のために必要な項目などについては、「Brexitカウントダウン(4)北アイルランド『安全策(バックストップ)』とは何か」2019年3月25日参照)。

メイ(Theresa May)前政権は、北アイルランド限定の安全策では英国内(アイリッシュ海)に実質的な境界線ができることになるため、国家の統一性の観点から受け入れ不能だとし拒否した。その対案が英国全土を対象とする安全策だった。それが結果として、EUの関税同盟などに縛られ続けるとの批判を招くことになった。国家の統一性という原理原則論もさることながら、メイ政権にとっての大きな考慮は、連合王国としての統一(union)を重視する民主統一党(Democratic Unionist Party: DUP)による閣外協力であった。DUPは安全策に反対であり、その10票があってかろうじて過半数を維持していたメイ政権にとって、DUPが拒否するものを押し通すことは無理だったのである。

ジョンソン自身は、外相時代に、北アイルランド国境問題などという「小さな問題が大きな問題[Brexit]を左右するのを許していること自体が信じられない」と発言しているし、保守党員対象の調査では、北アイルランド(やスコットランド)が英国を離脱する結果になったとしてもEU離脱を追求すべきとの声が過半数に達している(「Brexitカウントダウン(13)連合王国分裂危機の構図」2019年7月3日)。北アイルランド限定の安全策が現実味をもって再浮上する所以である。

ここで障害となるのは、ジョンソンが安全策自体を「非民主的」だと批判し、その全廃を主張してきた事実であろう。しかし、「全く異なる新しい合意」だと政治的に主張できる妥協がEUとの間で成立すれば、前言撤回がお家芸のジョンソンにとっては、超えられない壁ではないかもしれない。実態はほとんど同じものであっても、「安全策」という言葉を使わなければよいともいえる。少なくとも離脱期日の延期要請に比べて、北アイルランド限定の新たな措置はジョンソンにとっても受け入れやすいはずである。 

立ちはだかる議会承認の壁

では、EU側と新たな合意が可能だったとして、それに対して議会の承認を得ることは可能なのか。それが無理であれば、いかなる合意も無意味になってしまう。

この点で第1に指摘できるのは、保守党からの離党や造反議員の追放により、DUPの議席を加えても過半数に達しなくなった以上、逆説的であるものの、政権の重要政策をDUPが決定付けるという状況ではなくなったことである。保守党の自由な意思決定という意味ではプラスに作用する。しかし、採決の票読みで10票をあらかじめ差し引いて考えなければならないとすればマイナスである。

第2に、保守党内の「欧州研究グループ(ERG)」などに属する離脱強硬派は、EUとの離脱協定自体に反対し、「明確な離別(clean break)」を求めており、彼らは具体的内容に関係なく、いかなる合意にも反対の姿勢である。ジョンソン周辺はERGに対し、政府の合意に反対票を投じる場合には党を追放するといった警告を行い、造反を減らそうとしているものの、造反をゼロにするのは容易ではない。従来からの問題だが、これはマイナス要素である。

結局、新たな離脱協定に議会の承認を得るためには、(保守党を離党・追放の議員を含め)相当数の非与党(野党)議員の賛成票が不可欠だとの計算になる。労働党内にも離脱派の議員は少なくないため、「新たな合意」と「離脱延期」――および混迷のさらなる継続――の二者択一になった場合に、一定数の議員が前者を選好するはずだとの推論は可能である。しかし、それを実際の投票行動につなげるためには、現在の与野党間の対立的雰囲気を変えることが不可欠であろう。

EUとの合意を再度の国民投票(承認のための投票)にかけるのが労働党の方針だったことに鑑みれば、10月中の段階で、ジョンソン政権のまとめたEUとの合意に賛成することへのハードルは極めて高い。少なくとも現段階では、たとえジョンソン政権がEUとの間で新たな合意をまとめたとしても、議会で承認を得られる見通しは全く立たない。

加えて、新たな合意が議会で承認される見通しの有無が、交渉におけるEU側の姿勢に影響を及ぼす可能性もある。前回2018年11月の離脱協定が英議会によって葬られたことを踏まえれば、同じ失敗を避けたいと考えて当然だからである。その場合、ジョンソン政権が議会承認の見通しをEU側にいかに説得できるかが鍵を握る。 

北アイルランド限定措置の帰結・・・

英全土の安全策にかわる北アイルランド限定措置の導入でEUとの交渉がまとまり、英議会で承認されれば、Brexitとしては一件落着である。しかし、その後さらなる問題に発展する可能性がある。北アイルランドと英本土の間に事実上のEUの境界線が設けられれば、北アイルランドの英国(連合王国)からの離脱、アイルランド共和国との統一という議論が再び活発になることを防ぐのは難しくなる。

これはまさに英国分裂への道であり、パンドラの箱を開けることになりかねない。このリスクを負う覚悟が問われることになる。加えて、将来的に北アイルランドでの住民投票が実施され、アイルランド共和国との統一が選択された場合に、英国残留派のユニオニスト(unionist)が平和的に結果を受け入れる保証はなく、武力闘争への逆戻りの可能性も過小評価すべきではない。

2019年9月発表の最新の北アイルランドでの世論調査(Lord Ashcroft Polls)[4]によれば、「もし明日投票があったとすれば」との問いに対し、「分からない」と「投票しない」を省いた場合、「英国を離脱してアイルランドに参加(join)する」が51%、「英国にとどまる」が49%だった。離脱派が残留派を上回ったのは初めてである。Brexitにより北アイルランド国境問題が翻弄させられていることが、英国(ロンドンの政府)への反発に繋がっている可能性が高い。さらに、年齢層別でみると、18歳から24歳では60対40、25歳から44歳では55対45で、いずれも英国離脱が有意に上回っている。英国残留が明確に多いのは、65歳以上の層のみであり、そこでは、残留が62%になる(いずれも「わからない」と「投票しない」は省いた数字)。

ジョンソンが、北アイルランドよりもBrexitの実現を重視するのであれば、北アイルランドの英国離脱感情が高まることは確実だといえる。もっとも、それが住民投票の実施、そして実際の英国離脱につながるまでには、当然のことながら紆余曲折があるだろう。アイルランド側がどこまでこれを歓迎するかも不明である。というのも、政治的な総論としては統一に賛成でも、各論に入れば、武力紛争再発の懸念以外にも、例えば北アイルランドが現在英国から受けている各種の補助金を考慮した際に、これをアイルランドが肩代わりすることに、アイルランド国民の支持が得られるかという問題もある。アイルランド側での議論にも着目しなければならない[5]

連合王国分裂の問題に関しては、スコットランド独立問題が注目を集めることが多いが、引き金としてのBrexitがより直接的な効果を有する可能性が高いのは北アイルランドである。というのも、スコットランドの場合は独立国家の誕生となり、その後にEUに加盟する際には、加盟交渉を一から新たに行う必要があり、ハードルが高い。それに対して北アイルランドで想定されるのは、EU加盟国であるアイルランドとの統一であり、これが国際社会、そしてEUで認められる限りにおいて、個別の加盟交渉プロセス無しにEUの一部になる[6]。その意味で、スコットランドと比べて北アイルランドの方が、連合王国離脱後の展望を立てやすいのである。

こうしたなかで、ジョンソン政権は何を選択するのか――ないし、選択せざるを得なくなるのか。まさに隘路である。政治的にも経済的にもリスクやコストを伴わない解は存在せず、どのリスクやコストであれば負うことが可能かが問われている。ただし、これは決して新しい状況ではない。2016年6月の国民投票でEU離脱が決まって以降続く構図である。変わった点があるとすれば、時が経つにしたがって、選択肢がより狭められているということである。 

 


[1] European Commission, “Statement by the European Commission following the working lunch between President Jean-Claude Juncker and Prime Minister Boris Johnson,” Press Release, IP/19/5579, Luxembourg, 16 September 2019, https://europa.eu/rapid/press-release_IP-19-5579_en.htm.

[2] この表現のオリジナルは1971年の創設から40年近くにわたってDUP党首の座にあり、北アイルランド自治政府首相を務めたペイズリー(Ian Paisley)が、2001年に当時のブレア(Tony Blair)英首相に対して「人はブリティッシュかもしれないが、牛はアイリッシュだ」と述べた言葉。ペイズリーは、北アイルランドの家畜が英国内の自由移動から除外されている状況を問題視し、そうした措置の撤廃を求める趣旨だった。 “Ian Paisley 'Irish Cow' claim quoted by Boris Johnson,” The Irish News, 27 September 2019, www.irishnews.com/news/northernirelandnews/2019/09/06/news/ian-paisley-irish-cow-claim-quoted-by-boris-johnson-1705079/. そのため、「人はブリティッシュだが、牛はアイリッシュ」を解決策にしようとするジョンソンの姿勢は、ペイズリーの議論とは方向性が正反対であり、引用としては誤用に近い。

[3] この問題についての詳細でバランスのとれた分析としては、以下が参考になる。Tony Connelly, “Brexit Gamble: Boris Johnson and the NI-only backstop,” RTÉ.ie, 14 September 2019, https://www.rte.ie/news/analysis-and-comment/2019/0914/1075800-brexit-gamble-boris-backstop/; Charles Grant, “Deal or no deal? Five questions on Johnson’s Brexit negotiation,” CER Insight, Centre for European Reform, 20 September 2019, https://www.cer.eu/insights/deal-or-no-deal-five-questions-boris-johnsons-brexit-talks.

[4] Lord Ashcroft, “My Northern Ireland survey finds the Union on a knife-edge,” Lord Ashcroft Polls, 11 September 2019, https://lordashcroftpolls.com/2019/09/my-northern-ireland-survey-finds-the-union-on-a-knife-edge/.

[5] 例えば、Eoin Drea, “Unification, not no-deal Brexit, will destroy Ireland,” Politico.eu, 18 September 2019, https://www.politico.eu/article/unification-not-no-deal-brexit-will-destroy-ireland/ を参照。

[6] ただし、自国内に分離独立運動を抱えるスペインなどが独自の主張をし、さまざまな条件を持ち出すような可能性は十分に考えられる。

 

【Brexitカウントダウン】連載一覧はこちら 

    • 鶴岡 路人/Michito Tsuruoka
    • 元主任研究員
    • 鶴岡 路人
    • 鶴岡 路人
    研究分野・主な関心領域
    • 欧州政治
    • 国際安全保障
    • 米欧関係
    • 日欧関係

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