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アメリカと中国(8) 新型コロナウイルス感染症と米中関係
2020年4月20日、米ホワイトハウスで、新型コロナウイルス対策について記者会見するトランプ大統領 (写真提供 Getty Images) 

アメリカと中国(8) 新型コロナウイルス感染症と米中関係

April 23, 2020

東京大学東洋文化研究所准教授
佐橋 亮

 

新型コロナウイルス(COVID-19)感染症の世界的な蔓延は、経済活動の停滞による短期的な経済コストだけでなく、米中対立をさらに悪化させ、政治経済構造に大きな影響を与えはじめている。

その背景には米中両国の国内政治事情も垣間見える。米国内では、政権の対応の遅れの責任をかわすため、また対中強硬論を展開するためにも中国を批判する向きもある。また中国への警戒心を煽る向きだけでなく、トランプ政権を批判する評論においても、国際秩序が中国優位に展開しているとの言説のパターンが利用されている。

中国政府は、厳しい危機感だけでなく、それを機会にも転じさせようとする意欲まで感じさせる。中国政府系メディアは、感染拡大の責任は中国になく、従来の国際秩序も変革期に入っているとの主張まで展開する。これまで垣間見えた欧米世論への慎重姿勢を微塵も感じさせない。

結果として、米中両政府は関係管理への慎重さを一層失っているようだ。昨年末の第一段階合意により「貿易戦争」は停戦中だが、関係改善という機運はない。

ところで、経済活動にも影響の大きい技術規制は続いている。米政府は従来の方針に従って、中国への技術に関連する規制強化を粛々と進めている。今後、世界的に景気の減速は避けられないが、米国発の規制と同盟国を含めた国際社会への圧力は止むことはない。それは、東アジアの半導体関連産業、中国を含めたサプライチェーンを構築する企業に負担としてかかってくるだろう。

* * *

本連載「(7)第一段階後の米中関係」(2019年12月)後、2020年1月から2月前半まで、米中関係は過去2年の流れの中でみれば、比較的に安定していた。トランプ大統領による一般教書演説は対中関係を評価するものであったし、国務省、国防総省が公言する対中政策のトーンも控え目なものだった。

2月の段階ではメディア問題が火を噴いた。ウォール・ストリート・ジャーナル紙に掲載されたウォルター・ラッセル・ミード教授の論説「中国は『アジアの病人』」(2月3日)に対して、激高した中国政府は同社北京支局の記者3名の記者証を取り消し、国外に追い出す(2月19日)。米政府は対抗策として、中国政府系メディア4社の米国での中国人スタッフ数を約半数に絞る方針を打ち出す(3月2日)。そして中国は、中国に滞在する米主要メディアを全員追い出すという展開になった(3月18日)。

ミードによるコラムは、中国政府の初期対応を批判し、大規模な中国経済減速の可能性を指摘したものだった。タイトルが挑発的であり、加えて中国が事態対処に本格的に動き始めた頃合いであったことで中国政府の逆鱗に触れたのは理解できる。ただし、その頃米国ではリチャード・ハース外交問題評議会理事長はじめ、多くの有識者が同様の趣旨で書いていた。[1]

3月に本格的な米中舌戦を作り出したのは、中国経済減速論ではなく、新型コロナウイルスの「発生源」をめぐる議論であり、また中国政府の対応の透明性にかかわるものだった。それまでも米政界では、ウイルスが湖北省の人民解放軍施設から流出したものとの陰謀論が蔓延していた。国内での感染拡大に伴いトランプ政権の対応の遅れに批判が高まる[2]と、オブライエン国家安全保障担当大統領補佐官、ポンペオ国務長官らは中国政府の初期対応、感染症関連データの共有の遅れ、透明性欠如などを強い口調で批判し始める。中国外交部報道官が米軍によるウイルスとの陰謀論で応じると、米中両政府の舌戦は悪化する。とりわけ、トランプ大統領が「中国(の/人)ウイルス(Chinese virus)」と会見で言及し続けたことは、米国内のアジア系市民への差別を助長する恐れがあると、国内外から強い批判を浴びることになった。

トランプ政権の、とりわけ3月における中国批判の背景には、そもそもトランプ陣営が新型コロナウイルス感染症の蔓延への対応を大統領選挙の文脈でも捉えていることを無視しては説明できない。すなわち、トランプ氏が連日会見を行い、「戦時大統領」として振る舞うのは、民主党候補者選びが本格化する中で、劣勢が明らかになる自らをアピールする意味合いが強かった。ピューリサーチの世論調査(3月中旬)でも明らかだったが、共和党支持層は民主党支持層に比べると、新型コロナウイルスが何らかの形で研究室から生まれたと考えるものの比率が高い。また外出規制等により経済的に打撃を受ける市民にも、発生源をめぐる発言や中国政府批判は、「適切さ」の批判を超えてアピールすると考えたのだろう。

4月にもトランプ陣営は、中国と新型コロナウイルスを材料にコマーシャルを制作している。それは民主党のバイデン候補が中国との関係を重視し、危機に上手く対応できないことを示唆するような内容となっている。新型コロナウイルス感染症という未曾有の事態に直面しても、それを選挙イヤーに政治利用していることに疑問を差し挟む余地はない。

中国をライバル視し、「競争」、さらには(部分的であっても)「分離」を訴えてきた米国政府内外の対中強硬論は、感染拡大のさなか、勢いを増している。たとえば、感染の発生源に関して有志国による調査チームを作るべきとの意見は3月には保守派の専門家たちから提起されていた。またワシントンポスト紙を含め、数名のコラムニストは武漢の研究所と蔓延するウイルスの関係性を言及する記事を公表している。さらに、署名を集める政策アピール文書も幾つか出されている。そのなかには、中国に協力を求める超党派のものもあれば、中国共産党体制への直接的な批判を行うものまである。対中強硬論のなかでも、とりわけ強硬な声がさらなる説得力を米国内で得ている、というのが実情だろう。

執筆時点(4月20日)では、トランプ大統領による中国を直接に対象にした口撃は止んでいる。しかし、今後も拡大すると思われるパンデミックによる経済、政治への大きなインパクトを考えたとき、スケープゴートとして中国が再び持ち出される可能性は十分に残されている。4月の世論調査をみると、有権者のあいだでも中国への意識は強まっている。もはや第一段階の履行が、トランプと米中関係の管理を結びつける、数少ない材料になっている。

米中関係は、アメリカが先端技術の優位、国際的なリーダーシップを保とうとして仕掛けている競争だけではなく、これまで以上に、イデオロギー対立の様相を増している。トランプ政権である限り、もはや穏健論が復活することへの期待も、第一段階を実現した交渉主義に基づくような異質の関係管理への展望もあまり持てそうにない。

ただし、民主党系の有識者はトランプ政権によるWHO叩きや、アジア系アメリカ人への差別助長に繋がりかねない行動に批判的なものが多い。また民主党系では気候変動が未だに最も重要な国際政治における課題である。過去2年間、アメリカの対中政策では超党派性が強調されてきたが、大きなストーリー(アメリカのパワーに迫る中国への対応が必要)は共有していても、アプローチで異なってくる可能性がある。

* * *

最後に、本連載で度々触れてきた、技術、輸出等に関するアメリカの対中規制について触れておきたい。

アメリカ政府による対中規制は、2018年以来強まっており、規制強化の方向は変わらない。今年に入ってからも、地理空間情報処理の上でAIを活用するために特別にデザインされたソフトウェアが規制されることになった。これに加えて、輸出管理改革法に基づくエマージングテクノロジー(新興技術)規制が本年に始動すると観測される。それは分野を区切り、アメリカと一部の国による実施となる可能性がある。

半導体が米中の技術をめぐる政治の主要な柱のひとつである。アメリカ政府はASML社(オランダ)に対して、最先端の半導体露光装置を中国半導体製造大手SMIC社(中芯国際集成電路製造)に売却しないよう、かなり露骨に圧力をかけた。SMIC社の先を走る世界的なファウンドリー(半導体受託生産者)、台湾TSMC社(台湾積体電路製造)の中国ビジネスに今後どのような圧力がかかるのか、注目は高まっている。たとえば、米国での製造だけでなく、中国への輸出規制を求める場合、どの水準の技術を使った製品を規制するのだろうか。これは結果として、日本の半導体関連産業にも大きく影響してくる。

3月には米国で「安全で信頼できるコミュニケーションネットワーク法」が署名成立したが、これは実質的に中国製の情報通信設備を利用する中小の民間通信事業者に、補助金を与えても設備の置き換えを迫る内容をもつものだ。また、NIH(アメリカ国立衛生研究所)やエネルギー省、大学での技術管理は厳格化されている。中国当局との関係を巡り大きく報道されたハーバード大学学科長・チャールズ・リーバー教授(化学)の事例にもみられるように、摘発は今後も続くだろう。「部分的な不関与」とか、「特定企業を標的にしたディカップリング(分離)」とか言われている、中国と世界の「分離」の方向性をもつ対中規制への政治的モメンタム(動力)は依然として失われていない。

 


[1] ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、外部有識者コラム掲載は報道部門の支局記者とは異なる部門が担当している。またタイトルはミード教授が付けたものではないとの説明をしている。

[2] 各種報道によれば、トランプ大統領は1月から湖北省における新型コロナウイルス感染症の感染拡大の危険性について報告を受けていた。またポッティンジャー国家安全保障担当大統領補佐官(次席)やナバロ大統領補佐官といったホワイトハウスの側近たちも警鐘を鳴らし始めていた。しかし、米政府の対応は遅れた。

 

【連載記事】

アメリカと中国(11)バイデン政権に継承される米中対立、そして日本の課題(2021/3/15)

アメリカと中国(10)トランプ政権末期の中国政策を振り返る(2021/1/26)

アメリカと中国(9)新型コロナウイルス感染症後に加速する米中対立の諸相 <下>(2020/6/4) 

アメリカと中国(9)新型コロナウイルス感染症後に加速する米中対立の諸相 <上>(2020/5/29)

アメリカと中国(7)スモール・ディールに終わった貿易協議後の米中関係(2019/12/17)

アメリカと中国(6)トランプ政権と台湾(2019/6/12)

アメリカと中国(5)一枚岩ではない対中強硬論(2019/4/26)

アメリカと中国(4)官・議会主導の規制強化と大統領の役割(2019/2/13)

アメリカと中国(3)書き換えられたプレイブック(2018/12/18)

アメリカと中国(2)圧力一辺倒になりつつあるアメリカの対中姿勢(2018/10/2)

アメリカと中国(1)悪化するアメリカの対中認識(2018/8/1)

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