2020年11月の大統領選後もアメリカ政治の混乱は続いた。2021年1月6日には大統領選挙人の確定作業が行われている連邦議会議事堂への暴徒等の乱入という民主主義の根幹を揺るがす事態に発展した。ジョージア州における連邦上院補選結果、およびトランプ大統領が政権移行を承諾したことで、バイデン政権の発足を経てアメリカ政治は落ち着きを取り戻しつつある。だが、共和党支持層には連邦議会議事堂への乱入を支持したり、さらに大統領選挙結果に納得しないものが依然として多く、分極化しきったアメリカ国内政治は変わらない。それは、今後もアメリカ内政のみならず対外政策、また世界における牽引力に大きな影響を及ぼすだろう。ある米識者が筆者に語ったように、「中国ではなくアメリカ自身の手によって、パックス・アメリカーナは終焉しつつある」。それが自由主義、民主主義に根ざして発展してきた国際秩序にいかなる影響を与えるのか、リーダーシップの薄い世界の意味を、私たちは熟考すべき時に来ている。
・対中国政策に爪痕を残そうとしたトランプ政権 ・日米豪印を重視したポンペオ外交 ・対中認識の厳しさは継承される ・連邦議会は対中強硬姿勢の砦として立法活動を進める ・台湾との関係強化 ・先端技術分野・電力システムにおける取り組みも進展 ・バイデン政権の対中アプローチはどうなるか |
対中国政策に爪痕を残そうとしたトランプ政権
さて、大統領選後にアメリカの対中国政策は、名誉を獲得するためにレガシー(遺産)作りをするためというよりは、「後任の手を縛る」、「爪痕を残す」ことを意図するような思惑のもとで強硬さを増してきた。コロナ禍がアメリカを襲い、トランプ再選の可能性が薄れたと思われた2020年春にも同様の思考はみられたが、秋に大統領選での敗北が現実になると、この類いの思考がさらに政策対応を加速させた。もちろん、中国政府による国内統治や周辺国への圧力が増していることへの対応という側面がないわけではないが、受け身の対応に留まらない勢いを持つものであったことは確かだ。
具体的には、輸出管理や資本市場規制、中国製品の排除命令、査証政策の厳格化などに現れる。たとえば、半導体受託生産大手のSMIC(中芯国際集成電路製造)への輸出管理は夏から強まりをみせ、2020年12月18日に商用ドローン最大手のDJI(大疆創新科技有限公司)等とともにエンティティ・リストに加えられ、実質的に取引が禁じられたことになる。またSMICは人民解放軍に所有または管理されている企業として、米株式市場からも実質的に追放されている(米株式市場ではファーウェイ、ハイクビジョン、中国通信や軍需企業などの取引も禁止された。さらに2021年1月14日には国防総省がシャオミを含めた9社を新たに解放軍と関係のある企業リストに追加し、米資本市場からの締め出し対象としている。シャオミは汎用品メーカーであり、意外性がある)。
新疆ウイグル自治区に関連した輸出管理も強化されており、XPCCと略称される新疆生産建設兵団の綿製品は強制労働との関係が指摘され、輸入が停止された(XPCCにはマグニツキー法による制裁も実施済み)。共産党員とその家族への査証発給も大幅に厳格化された(なお、ウイグル強制労働阻止法案は秋に下院を通過したが、まだ成立はしていない)。そして、次期政権発足の前日に当たる2021年1月19日にポンペオ国務長官が新疆ウイグル自治区においてジェノサイド、および人道に対する罪が生じていると声明した。なお、その検討は以前より行われており、バイデン陣営も2020年8月には報道担当者の声明でジェノサイドとの表現を使っている。それを踏まえれば、実のところ両者に違いはあまりない。
また、TikTokとWeChatの使用制限を定めた大統領令は米裁判所により本稿執筆時点で差し止められているが、2021年1月にはアリババやテンセント等が提供する決済アプリの禁止を定めた大統領令も出された。施行は次期政権発足後となったため、そのまま実施されるとは限らないが、影響が残ることを狙っていることは明らかだ。なお、これら民間サービスに対する規制は党派性の違いというよりは、政府・議会と産業界の間で綱引きがあるとみた方が良い場合は多い。ウイグル強制労働阻止法案やWeChatへの規制には内容に慎重姿勢を求めるように、ロビー活動が行われている。
日米豪印を重視したポンペオ外交
外交でも、ポンペオ国務長官は爪痕を残すような動きを多々見せたが、いわゆるクアッド(日米豪印)の定例化の試みもそのひとつだ。2020年10月に2回目となる4カ国外相会談を行うため訪日した際のインタビューで、ポンペオ国務長官は枠組みが「中国共産党が投げかける問題に対抗する骨組み(fabric)」になり得るとして、「制度化」を進展させると表明した(Nikkei Asia Review, 6th of October, 2020)。中国を念頭に置いたものに地域安全保障アーキテクチャを組み替えるのであれば、4カ国を線で結ぶだけではなく、東南アジア諸国連合(ASEAN)各国へのアプローチも重要になる。だが、トランプ政権は実のところ、東南アジア外交で大きな成果を上げたわけではない。駆け込み的な合意がみられるものの(『日本経済新聞』2020年12月28日)、たとえば2020年10月のポンペオ国務長官による東南アジア歴訪は失敗の上塗りだったとの評価がある (Malcolm Cook, “Making what was hard harder: Trump Administration and Southeast Asia,” Asialink, 3rd of November, 2020.) 。
バイデン政権でインド太平洋に係わる高官は、カート・キャンベル氏が国家安全保障会議で調整官に就任し、上級部長にベテラン外交官や民主主義への強い問題意識をもつ専門家が入ることは分かっている。クアッドの重要性を理解しつつ、東南アジアを含め、インド太平洋を面で押さえるようなアプローチに戻り、地域を安心させるような演説や戦略文書の発出などが行われるだろう。ただし、アジアにおける民主主義、市民的自由の後退に関心をもつスタッフが多いことは留意しておく必要がある。
対中認識の厳しさは継承される
中国(または中国共産党)の政治体制をめぐる認識を形成しようとする文書や演説の発出もあった。2020年11月に公表された、「国務長官室・政策企画スタッフ」を執筆者として明記(個人名無し)した『中国による挑戦の本質』という文書は、中国の政治体制が権威主義であり、マルクス主義を強めているうえに、覇権主義により自由世界にとって脅威となっていると訴える。膨大な注の最初と最後のものがジョージ・ケナンの「長文電報」であることが示すように、米ソ冷戦と同じような米中対立時代の基本文書にしたいとの狙いは分かるが、明確で新奇性のある戦略を提案したわけではない。2021年1月には、2018年2月までに決定されたとみられる「インド太平洋に関する戦略的フレームワーク」という文書も機密解除された。これも世論を経由して次期政権の対応に影響を残そうとした試みといえる。
とはいえ、中国の戦略的な発想が地域での覇権確立だけでなく「グローバルな支配的権力」を目指したもの(国防長官に指名されたオースティン氏の指名公聴会での発言)との認識は従前より党派を超えている。新政権は中国・インド太平洋政策のレビューを行うだろうが、政権入りするものたちはこれまで厳しい中国認識を共有している。すでに焦点は対中認識ではなくアプローチであり、その点に関してルールや規範を好む民主党と前政権の違いはでてくるだろう。
連邦議会は対中強硬姿勢の砦として立法活動を進める
他方、連邦議会も過去3年にわたる対中強硬姿勢を総括するように、2021年度国防権限法、チベット人権法、台湾保障法、外国企業説明責任法などにより、中国への牽制手段を増やすような立法活動にでている。国防権限法では、半導体製造や人工知能(AI)に関する資金拠出が盛り込まれ、ほかにも中国を念頭に置いた予算措置や政策要求が散見される(ただし、それまで存在したすべての法案の内容を吸収したわけではない)。チベット人権法はダライ・ラマ後継者選定への中国の干渉を牽制する内容をもつ。議会は今後も立法活動を通して対中強硬姿勢を実現していくだろう。
台湾との関係強化
台湾に関して、2020年夏以降に米政府高官の派遣が繰り返される(具体的にはアザー厚生長官、国務次官、インド太平洋軍情報部門担当の海軍少将を含む。なお環境保護庁長官、国連大使の訪台はそれぞれ政治的事情でキャンセルされた)。台湾旅行法がこれらを法的に可能にしたわけではないが、議会の後押しが政治的に確保されていることは重要だ。
武器売却の相次ぐ実施は、トランプ政権期における良好な米台関係を結実させるものだった。トランプ政権期には合計20回の武器売却が行われ、8回が2020年に承認された。総額でみればオバマ政権期のおおよそ2倍となる。
またポンペオ国務長官は、「一つの中国」政策を実質的に否定するような発言(「台湾は中国の一部ではない」)を11月にラジオで行った(“Secretary Michael R. Pompeo With Hugh Hewitt of The Hugh Hewitt Show” 12th of November, 2020)。これは具体的アクションを伴えば、過去数年で歴史的に飛躍をみせた米台交流の強化のなかでも骨組みだけは残っていたアメリカの「一つの中国」政策を揺るがしかねないものだった。
もちろん、中国との完全な対決を意味するその決断までは至らなかったのだが、台湾との関係性について、踏み込んだ決定をポンペオ国務長官は行う。今般成立した台湾保障法でも見直しが提案された台湾に関する連邦政府の業務ハンドブックの廃止を、ポンペオ氏は2021年1月に発表したのである。長年、国交を持たない中華民国(台湾のことを指す)とは実務協力という建前の元、政府各部局は接遇などで国家関係に則した対応を行わないように注意をしてきた。もちろん、過去数年においても米台間で実質的に様々なことがなし崩しになってきたが、今般そのような取決の大本を廃止したということになる。
バイデン新政権の台湾に対する姿勢は未知数だ。キャンベル調整官は、昨年末にビデオ出演した台湾でのイベントでは両岸対話を慫慂(しょうよう)する発言をしており、またサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)との共著論文では台湾問題に関連して米中の対話をむしろ強調しているように読める。ただ、ブリンケン国務長官は上院での指名公聴会で、台湾が国際的にさらなる役割を果たすことを望むと答えた。また台湾の駐米代表は今回、大統領就任式に正式に招待された。従来は米連邦議員の事務所からチケットを譲り受けており、それと比べれば前進であり、簫美琴代表は当日出席した様をビデオで公開した。なお、他の外交使節とは離れた席に案内されたとみられる。政権発足後の1月23日には、国務省報道官名のプレスリリースが公表される。台湾海峡での中国による軍事行動を牽制するかのように、「民主主義の台湾」に対してアメリカの関与は従来と変わらないことを強調し、さらに政府として異例なことに六つの保証に言及しつつ、台湾への武器売却の継続意思を示した。文面としては、従来の「一つの中国」政策や「戦略的曖昧性」を修正するものではないが、表明された立場はそこに至らない範囲で最も強い表現のラインまで近づきつつある。
地政学的な重要性だけでなく、民主主義のモデルとして、また世界経済の重要拠点として、台湾の価値をめぐるアメリカの視線は厚みを増してきた。米台関係にトランプ政権ほどの推進力がない状態ではあるのは確かだが、視野を広く持てば、米台関係の強化はむしろ継続すると考えた方が良い。
先端技術分野・電力システムにおける取り組みも進展
ほかに注目されても良い動きとしては、新興技術に関して、2020年10月には「重要・新興技術に関する国家戦略」と題する文章が公表され、技術に関する取り組みの骨子が示されている。国家安全保障に係わるイノベーションの基盤構築に向けた行動目標は抽象度が高いが、プレスリリースでは具体的取り組みとの関連性をうたっており、あえて政策の方向性のみを広く示しておこうという意図を感じさせる。なお、新興技術に関しては、ワッセナーアレンジメント(通常兵器の輸出管理に関する、国際的な申合せ。42カ国が締結)など国際レジームでの議論が進展する一方で、アメリカ政府は独自の取り組みや技術の追加例示(2020年10月)を行っている。新興技術、基盤技術に関する対応は商務省を中心に今後も着実に進捗するだろう。なお、2021年1月には、国務省にサイバーセキュリティと新興技術を所管する新しい課レベルの部局を設置することをポンペオ長官が表明している。
また、基幹電力システムの電気設備をめぐる動きもあった。2020年5月に国家緊急経済権限法(IEEPA)及び国家非常事態法に基づく大統領令が発出され、サイバー攻撃を含む外国からの攻撃が行われた際の損害の大きさに照らせば、電気設備を外国の供給に依存する脆弱性があまりに大きいと指摘し、取り組みを定めた。2020年12月にはエネルギー庁より、中国からの特定部品を基幹システムに使用するために輸入することを禁止する方針が発表された。
バイデン政権の対中アプローチはどうなるか
このようなトランプ政権末期の加速した対応は、次期政権にどれほどの影響を与えるのかは未知数だ。電力システムや外国人による土地利用の規制(CFIUS:対米外国投資委員会により2020年2月から審査対象に)など、国家の安全そのものに係わる規制は当然残る。なにより、中国がアメリカの国際的な地位を脅かすほどの存在になり、対応としてアメリカのパワーを維持するための方策が軍事領域だけでなく広範な領域で必要ということには、トランプ政権末期の努力の有無にかかわらず、政策サークルのコアでコンセンサスが形成されている。中国政府に将来にかかわる楽観的な期待を寄せることはもはや無理との感覚も党派を超え共有されつつある。国防戦略や先端的な技術に係わる規制は今後も中国を念頭に置くことになるだろう。言葉としてデカップリングを否定してみせ、中国政府を「中国共産党」と呼ばないなどの動きはみられるだろうが、それと米中競争は不可避という世界観は異なる話である。
それを前提にした上で、バイデン次期政権での展開の違い、重点の置き方の変化を考えるというのが正しいアプローチだろう。変化を考える手がかりは、たとえば人事からも探っていけるだろうが、マクロな視点も必要だ。
トランプ政権期における立法成果は大統領の権限に影響しないものも多く、また行政命令は政権の意思により変更が可能だ。とはいえ、人権にかかわる規制はそもそも変更が容易ではなく、民主主義と権威主義の対立という世界観や高度な人権感覚を持つものが重要なポジションで多く政権入りしている。軍民融合が特に懸念される技術の取り扱いも同様に、変更する理由に乏しい。国家情報官(DNI)に指名されたヘーンズ氏は指名公聴会で、中国への「攻撃的なスタンスを支持する」とまで言い切ったが、情報コミュニティの根強い対中警戒心も変わらない。気候変動や国際保健などに関連してグローバルな中国との協力は模索されるだろうが、そのために競争や人権侵害が意識される分野で妥協が図られることはなかなか考えづらい。問題毎の対応が図られ(コンパートメント化)、米中関係を全体としてみれば、競争・警戒と協調・交渉が同時にみられるということになるだろう。
バイデン政権の対中経済姿勢は、交渉を決して排除するものにはならない。すぐさま対中関税が解除されることはないという観測が強いが、経済団体は中国の譲歩を引き出す交渉をすでに念頭に置いている(Wall Street Journal, 6th of January 2021)。トランプ政権のライトハイザー通商代表が2019年、2020年にみせた対中姿勢にも反映されていたが、産業界は中国の市場開放・構造改革を念頭にタフなアプローチを望んでいるに過ぎず、中国とのビジネスを排除することなど求めていない。米中経済をめぐる駆け引きは、米中関係を単純な構図に陥れることの危険性をよく示している。
<参考文献>
本連載(9)後の展開などについて、以下を参照されたい。
佐橋亮「不信深めるアメリカの対中姿勢」『外交』62号(2020)
同 「トランプ政権内部から読み解く米中貿易戦争」『中央公論』2020年10月号
同 「米中対立に揺さぶられる欧州とアジア」『公明』2020年12月号
同 「米中対立と国際秩序の今後」『月刊経団連』2021年1月号
森聡「アメリカの対中アプローチはどこに向かうのか」川島真・森聡編『アフターコロナ時代の米中関係と世界秩序』東京大学出版会、2020年
アメリカと中国(11)バイデン政権に継承される米中対立、そして日本の課題(2021/3/15)
アメリカと中国(9)新型コロナウイルス感染症後に加速する米中対立の諸相 <下>(2020/6/4)
アメリカと中国(9)新型コロナウイルス感染症後に加速する米中対立の諸相 <上>(2020/5/29)
アメリカと中国(8) 新型コロナウイルス感染症と米中関係(2020/4/23)
アメリカと中国(7)スモール・ディールに終わった貿易協議後の米中関係(2019/12/17)
アメリカと中国(6)トランプ政権と台湾(2019/6/12)
アメリカと中国(5)一枚岩ではない対中強硬論(2019/4/26)
アメリカと中国(4)官・議会主導の規制強化と大統領の役割(2019/2/13)
アメリカと中国(3)書き換えられたプレイブック(2018/12/18)
アメリカと中国(2)圧力一辺倒になりつつあるアメリカの対中姿勢(2018/10/2)
アメリカと中国(1)悪化するアメリカの対中認識(2018/8/1)