「アメリカと中国(9)新型コロナウイルス感染症後に加速する米中対立の諸相 <上>」はこちら
2020年5月には、ウイグルと香港をめぐり、イデオロギー対立を深める米中関係を象徴するような展開が見られた。
まずウイグルに関してだが、「中国の弾圧、大量の恣意的拘束、強制労働、ウイグル人に対するハイテク監視などのキャンペーンで行われた人権侵害や虐待に加担している」として、9団体が新たに(輸出管理の対象となる)エンティティ・リストに掲載された。これは2019年10月(28団体)に続くものだ。また、政府に設置されている「宗教の自由委員会」のコミッショナー(6名のうちの1人)として、チベット系大学教授の後任としてウイグル系弁護士が就任することが決まった。(なお、どちらも現在下院議長を務めるペロシ下院議員による任命である。)
5月中旬に上院を通過していた2020年ウイグル人権法案は、5月最終週に下院も通過した。大統領の署名を待つことになるが、票差を考えれば成立の可能性が高い。ウイグル人権法を推進したルビオ上院議員らは、チベット政策・支持法案も進めており、議会における超党派の対中強硬姿勢を考えれば、議論の進展はあり得る。これら人権に係わる立法は、あるべき政策の方向性を提言しつつ、調査や制裁を求めるという形式になっている。現状を鑑みれば、調査や制裁は政権に圧力カードを与えるように機能するだろう。
香港に関しても、全国人民代表大会(全人代)における香港国家安全法の制定への対応が問われた。新型コロナウイルス感染症の陰に隠れていたが、香港では活動家の逮捕が相次いでいた。そして香港国家安全法の制定が提起されたことを踏まえ、大統領、国務長官から再三にわたり警告が発せられた。アメリカには香港政策法(1992年成立)、香港人権・民主主義法(2019年成立)があるため、それに従った対応が図られる。国務長官は香港の高度な自治がもはや維持されていないと、法案評決を前に最後通牒にも聞こえるような警告を発したが、香港に国家安全法を導入する方針が28日に決定された。
29日午後にトランプ大統領は中国政策に関してローズ・ガーデンで記者会見を行っている。大統領は、香港は返還時に約束された特別待遇を正当化できるような自治を達成しておらず、「一国一制度」になりつつあると糾弾した。そのうえで、香港に従来与えられてきた大陸と異なる特別な扱いを撤廃するプロセスを開始するよう指示を出したとしている。例示として、犯罪引き渡し条約、軍民両用技術に関する輸出規制が挙げられ、なにより通関と旅行に関する扱いを大陸と同じ水準に見直していくとされている。ただし、本稿執筆時点で、その実行には依然として不明なところが大きい。また上記の措置は香港に住む人々や香港経済に深刻な打撃を与えるものにもなる諸刃の剣としての性格を持つ。
時を同じくして、トランプ政権は、同じタイミングで人民解放軍とつながりが疑われる留学生に対するビザを見直す方針を明らかにした。影響を受ける学生数は、30万人を超す中国大陸からの留学生の1パーセント程度とも言われる。機微技術の保護に係わるものに限定され、また豪州やアメリカで過去数年にわたって人民解放軍系の大学等からの留学生・研究者の受け入れへの警戒感が上昇していたため、この措置に驚きはないが、米中対立が激しさを増すこのタイミングで発出されることになった。中国批判の高まりのなかで政権の取り組みを示すために、ここでカードを切ったというところだろう。なお、アジアからの留学生やアジア系市民への不公平な対応や差別を助長しかねないことはアメリカでも危惧されている。([1])
それにしても、トランプ政権は大きな曲がり角に差し掛かっている。「ウイルス・失業・暴動」の三重苦に苦しむなか、大統領選を控え政治の機能不全は悪化する一方だ。警官のアフリカ系市民への過失致死に端を発し、抗議活動がミネソタ州から全土に活発化、一部が暴徒化しているなかで、それに対してトランプ大統領は有効なメッセージを発することができないばかりか、力によって押さえ込む意思を表明している。市民的自由と民主主義を世界に喧伝してきたはずのアメリカは、国内に存在する矛盾をこれまで以上に露呈した形となっている。
価値観を標榜する説得力を失っているだけではない。価値観外交を標榜するその意図にも疑いの目が向けられている。ウイグル、香港(さらには台湾)を巡って、強硬な立法を支えてきたのは人権派だけではなく、かなり保守的な信条を持つ議員たちだった。これは90年代から続いてきた中国の人権問題を取り巻く状況と比べても異質なものであった。真に普遍的価値を擁護しようとするアメリカ政治を期待する立場からすれば、アメリカの覇権保持に重点を置いているかのような対中強硬論と中国政府に対峙する諸地域の政治的な糾合にはリスクが大きいとの考えもある。また、他国の反対で実現は難しそうだが、トランプ大統領はG7を拡大し、韓国やインドだけでなくロシアを加えたいとの考えを示したが、これもアメリカ外交が普遍的価値を追求しているのかを大いに疑わせる結果となっている。
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米中関係は、アメリカの対中政策はどこに向かうのか。この連載でも引き続き考えていきたいが、今回は最後に、現在の世論状況とバイデン候補について指摘しておきたい。
アメリカ世論調査において中国認識はきわめて悪化している。中国における新型コロナウイルス感染症への対応とその透明性、国際社会との連携への評価は党派を問わず、アメリカ市民間で極めて低い。中国への安全保障上の懸念も、一般的に高まっている。中国がアメリカを取り巻く国際政治の最も重要な課題の一つであることに、ついに首都ワシントンを越えて、大きく意識が向き始めたことは間違いない。しかし、こういった調査をもって「オールアメリカ」による中国強硬論に転じたという解釈は、明らかに行き過ぎている。これらの調査から分かるのは、繰り返しになるが、新型コロナウイルス感染症への中国政府の対応への低評価と、中国が安全保障でも重要課題であるということにすぎず、トランプ政権の展開する対中政策への支持と同じではない。
他方で、大統領選での厳しい「戦況」を打開すべく、トランプ陣営として中国問題を利用していること、またバイデン陣営も中国に弱い姿勢で臨めば失点になるとの警戒から、トランプ以上にタフ、というイメージを作ろうとしていることも事実である。
バイデン候補が当選した場合、民主党政権の対中政策がどのようになるのか。そもそも最近は選挙活動が大きく停滞しているので手がかりは少ないが、この春にバイデンの名前でフォーリン・アフェアーズ誌に掲載された論文をみてみよう。
外交政策で、バイデンがまず提案するのは「グローバル民主主義サミット」の開催である。民主党らしい発想と言えばそれまでだが、そこではトランプ批判だけでなく、汚職問題や政府権力による監視など、民主主義の後退を巡る実質的な内容も指摘されている。これは中国に限った話ではないことは言うまでもないが、民主主義と人権が民主党にとって重要なテーマであることは確認しておきたい。
バイデン論文は、中国との競争のために国内を再建し、イノベーティブな社会を作ることを重視しているが、中国にタフな指導者になることも強調する。8年間の副大統領としての経験で中国が投げかける問題を自分こそがよく理解している、中国は自らの統治モデルを広め、また技術優位を獲得するための「長いゲーム」をしているのだと訴えている。
そして、これが中国に関してトランプ政権との最大の違いになると考えて強調していると思われるが、以下のように書く。「この課題に対応するための最も効果的な方法は、気候変動、核不拡散、グローバルヘルスなど利害が一致する問題で北京と協力しながらも、中国の虐待的な行動や人権侵害に立ち向かうために、アメリカの同盟国やパートナーが一致団結した戦線を構築することにある。(略) それは、環境から労働、貿易、技術、透明性に至るまで、すべての分野でルールを形成するための大きな力を与えてくれるものであり、民主主義的な利益と価値観を反映し続けることができる。」
現在トランプ政権の進める対中政策と実質的にどのような違いを生み出すのか。同盟重視と言っても、同時に民主党らしく中国とのグローバルな協力や外交チャンネルを重視することは十分にあり得そうである。民主党系で政権入りが有望視されている専門家たちは、中国の問題に気づいているという雰囲気を出しながらも、外交にも大きな期待を寄せている。それは軍・国防コミュニティやホワイトハウスの政治任用者が進めてきたトランプ政権の政策とは異なりそうだ。
とはいえ、機微技術管理や投資規制などが技術覇権とインテリジェンスにかかわる最優先事項という点では超党派性は維持されている。それゆえ、これらの分野では政策の大枠が維持されるとみる向きが強い。さらに中国からの投資受け入れへの慎重姿勢に先進諸国で歩調がそろいつつある。市民的自由や民主主義への世界的な関心の高まりのなかで、ウイグルや香港に関して先進国協調による外交圧力への土台も構築されつつある。
さらに一点付け加えておきたい。トランプ氏はもし11月第1週に敗戦することがあっても、1月まで二ヶ月以上、大統領職を務めることになる。それが内政、外交の両面において、かつてない「移行期間」になることも、私たちは想定しておくべきだろう。
[1] 米中科学技術協力を含めた米中関係の略史として、筆者は最近以下を記した。佐橋亮「第2章 アメリカの対中国政策 ―関与・支援から競争・分離へ」宮本雄二・伊集院敦・日本経済研究センター編『技術覇権 米中激突の深層』日本経済新聞出版社、2020年。
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