プロジェクトリーダー 平沼光
プロジェクトメンバー 中川恒彦、中島賢一、松八重一代
はじめに
COP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)において採択されたパリ協定は、採択後およそ1年という異例の速さで2016年11月4日に発効された。世界はパリ協定の目標である産業革命前からの世界の平均気温上昇を2℃未満に抑えること、そして今世紀後半には温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを目指し、化石燃料の利用を大幅に削減するとともに、再生可能エネルギーや省エネ・高効率機器の普及拡大を進めるエネルギー転換へと急速に向かっている。一方で、再生可能エネルギーや省エネ・高効率機器の急速な普及拡大は、世界的な鉱物資源の需要を増大させ、鉱物資源の供給不安定化を引き起こすことが危惧される。本稿では、エネルギー転換という潮流が化石燃料資源への依存を解消する一方、あらたに鉱物資源への依存という状況を生み出すリスクについて考察するとともに、リスクへの対処の方向性を探る。
1.再生可能エネルギー、省エネ・高効率機器の普及と鉱物資源
1-1.再生可能エネルギーの普及拡大による鉱物資源の需要増大
国際エネルギー機関(IEA)のWorld Energy Outlook2016(以下IEA報告)では、パリ協定の目標達成のため、各国が自国の温室効果ガスの排出削減目標である約束草案(INDC)に掲げた気候変動問題への対処策を全て行った場合の2025年と2040年の世界のエネルギー動向をニューポリシーシナリオ(New Policy scenario)として分析している。
それによると、発電電力量構成における2014年の再生可能エネルギー(水力含む)の構成比率は22%であるのに対し、ニューポリシーシナリオにおける2025年の再生可能エネルギーの構成比率は30%、2040年には36%へと拡大する見通しとなっている。
一方で、各国が約束草案に記した政策を実行してもパリ協定の削減目標には達しないことが、気候変動問題を研究している科学者グループなどから指摘されていることもあり、IEA報告では、パリ協定の2℃未満の目標を達成するためのシナリオとして、450シナリオというバックキャストの視点による分析もされている。450シナリオでは、2025年に再生可能エネルギーの構成比率は36%、2040年に58%にまで大幅に増加させる必要性が示されている(図1)。
図1 ニューポリシーシナリオ、450シナリオにおける発電電力量構成比率推移
出典:IEA WEO2016から作成
エネルギー転換による再生可能エネルギーの普及拡大はその設備導入量の大幅な増加を促す見通しにある。2015年の大規模水力を含めた世界の再生可能エネルギーの設備導入量は約1,973GWで、全設備容量の約31%を占めているが、IEA報告の450シナリオでは、2040年には約6,955GWにまで拡大し、全設備容量の約59%を占めるまでに増加する見通しとなっている。
個別の再生可能エネルギー発電設備で見てみると、2015年の風力発電設備導入量383,580MWに対し2040年には約6倍の2,312,000MWに拡大し、太陽光発電設備導入量は2015年の255,720MWから約8倍の2,108,000MWに拡大する見通しにある(表1)。
表1 2040年再生可能エネルギー設備導入量見込み
出典:CISTEC journal No174「エネルギー転換の具体像と鉱物資源リスク」平沼光(2018)
こうした動きは、化石燃料への依存を大幅に減らす方向にあるが、一方では再生可能エネルギー設備の製造に必要な鉱物資源の需要を大幅に拡大し、鉱物資源の世界的な供給不安定化を引き起こす可能性が懸念される。
例えば、主にCIS系太陽光発電パネルの製造に必要なインジウムは発電設備容量(MW)当たり約44kg程度必要とされ [1] 、2040年には2015年のインジウム新地金の世界生産量約750トンを上回る9万トン以上のインジウムが太陽光パネル用として必要となる。
風力発電施設に必要なモリブデンも風力発電施設用途だけで2015年の世界の鉱石生産量以上が必要となる(表2)。これらの推計は現状の技術レベルを前提に単純計算したあくまで参考値ではあるが、いずれにしても世界的なエネルギー転換による再生可能エネルギー、省エネ・高効率機器の普及拡大の動きは前述した鉱物以外にも様々な鉱物資源の需要を大幅に促進することが考えられる。
表2 鉱物資源の2040年用途別使用量推計(WEO2016 450シナリオ想定)
出典:CISTEC journal No174「エネルギー転換の具体像と鉱物資源リスク」平沼光(2018)
1-2.電気自動車( EV )の普及拡大による鉱物資源の需要増大
パリ協定の目標を達成するためには再生可能エネルギーの普及だけではなく、省エネ・高効率機器の普及も欠かせないが、その普及においても鉱物資源が今以上に必要となってくる。
例えば、化石燃料を消費しないゼロエミッションの自動車として注目され、省エネ・高効率機器の代表例ともいえる電気自動車(以下EV)は、2017年の1年間に全世界で100万台以上が販売され、世界のEVの累積台数は300万台を超えている [2] 。EVは今後も普及が促進される見通しにあり、各国ともその普及を促進していく方針を打ち立てている状況にある(表3)。
また、2017年6月には、クリーンエネルギー閣僚会合(CEM)において「EV30@30キャンペーン」というイニシアティブが打ち出されている。これは、2030年までに全ての自動車(バス、トラック含む)を対象として、新車販売シェアに占めるEVの割合を、参加国全体で30%以上とすることを目指すもので、2017年6月末現在、カナダ、中国、フィンランド、フランス、インド、日本、メキシコ、オランダ、ノルウェー、スウェーデンの10か国が参加している。
表3 内燃機関禁止の流れ-各国政府のEVに関する動向
出典:資源エネルギー庁HP資料をもとに作成
IEAの「世界の電気自動車見通し(2018)」(Global EV Outlook 2018)では、ニューポリシーシナリオにおける2030年のEV累積台数は1憶2500万台に達するとみており、さらに、「EV30@30キャンペーン」の目標等を考慮すると、2030年のEV累積台数は2億2,000万台に達する可能性があるとしている。これらは各国の政策から見通されたものであるが、IEA報告の450シナリオではさらに普及を拡大させ、2040年までにEV累積台数は7憶1,500万台に達することが報告されている。
大幅な普及拡大が見通されるEVであるが、その製造には様々な鉱物資源が必要となってくる。例えば、EV用蓄電池の主流である車載用リチウムイオン電池(以下、リチウムイオン電池)には、電極材(正極材)としてリチウム、コバルト、ニッケル、マンガンなどの鉱物資源が使われている。リチウムイオン電池の鉱物資源の使用比率は製品によって異なるものの、例えば、テスラ社のモデルSでは一台当たり、リチウム9.9kg、ニッケル53.5kg、コバルト9.9kgが使われるとされている [3] 。
リチウムイオン電池に必要な鉱物の中でも特に注意が必要となってくのがコバルトである。コバルトの鉱石生産はコンゴ民主共和国が世界シェアの50%(2015年)を占めているが、コバルトの地金生産では中国が世界シェアの50%(2015年)を占めている [4] 。
中国はコバルトの約94%(2012年) [5] をコンゴ民主共和国から輸入しており、コンゴ民主共和国から輸入した鉱石により中国国内でコバルト地金の生産を行っているという極めて偏在性の高い鉱物となっている。
また、コンゴ民主共和国産のコバルトはその採掘過程における不正な児童労働などが問題視されており、企業の社会的責任(CSR)という観点から問題のある鉱物の調達を行わない方針を打ち出す企業も増えてきている [6] ことから、コバルトの供給元はますます限られたものになっている。
IEA報告の450シナリオでは2040年までにEV累積台数は7憶1,500万台に達するとされている。仮に一台当たりのコバルト使用量を9.9kgとして単純計算した場合、7憶1,500万台に必要なコバルトの量は約700万トンとなる。2015年のコバルトの世界生産量が約12万トンであったことを考えると、EV普及にともなうリチウムイオン電池生産の増加は、近い将来にコバルトの需給不安定化を引き起こす可能性がある。
ここ数年のEV普及予測から、コバルトの使用量を試算すると、例えば、中国は2020年の生産台数は200万台以上を目標にしている。また、中国以外の国々も積極的にEV普及促進を図っていくので、2020年代の前半には年間生産台数が1000万台に届くことが予測される。
仮に、コバルト使用量が9.9Kg/台だとすると、年間資料量は9.9万トンになり、コバルト生産量が今の水準であれば、この時点で、ショートする可能性が高い。
一方、コバルトをはじめとする鉱物資源の使用量を減らす技術開発が進められているが、コバルト使用量の徹底した削減(=コバルトフリー化)については課題が多く、時間がかかる。
2.鉱物サプライチェーンへの影響
こうした鉱物資源の需要増加は、再生可能エネルギー設備や省エネ・高効率機器の製造現場における原材料不足という影響のみならず、鉱物資源のサプライチェーンにも大きな影響を及ぼすことが考えられる。特に、パリ協定が気候変動問題という環境問題への対応を目的にしたものであることから、鉱物資源のサプライチェーンの中でもその開発段階における環境影響という点は注視が必要になる。
例えば、今後普及が拡大するEV、PHV(プラグインハイブリッド)、FCV(燃料電池車)といった次世代自動車について、その製造に必要な鉱物資源の開発が及ぼす環境影響を関与物質総量(Total Material Requirement: TMR)で見てみると図2のようになる。
TMRはドイツのWuppertal研究所のShumidt-Bleekがエコロジカルリュックサックとして提唱した指標であり、ある物を得るためにどれだけの天然資源を改変したかを重量単位で示す指標である [7] 。直接的及び間接的に投入される物質、隠れた物質フローの3つの要素から成り立ち [8] 、自然の改変量として環境影響ポテンシャルを定量的に把握するための有力な指標である。TMRを用いて工業製品を評価することで資源利用に関わる環境影響を評価できるようになり、有用な評価指標として様々な工業製品を対象として研究がなされており、例えば中島ら [9] はエネルギー資源および工業材料のTMRを計算する中で、使用済み自動車のリサイクルシステムをTMRの観点から評価している。
図2に示すように、従来のガソリンを燃焼させて走る内燃機関(GV)に比べ、EV、HV(ハイブリット車)、FCVのTMRは2倍から3倍になる。すなわち、必要資源の開発という点において、従来のガソリン自動車に比べ、省エネ・高効率機器の代表例である次世代自動車は環境負荷が高いことを意味し、今後の普及拡大には注意が必要となる。
図2
出典:松井健裕, 小柳津顕, 山末英嗣, 松八重一代, 長坂徹也, 自動車の技術変化と素材に着目した関与物質総量の分析, 第13回日本LCA学会研究発表会講演要旨集, (2018),104-105
こうした必要資源の開発における環境影響リスクを正確に公表していくことが、資源使用量を可能な限り削減する技術開発や、リユース・リサイクルを促進することにつながるが、開発による環境影響リスクなど、鉱物資源のサプライチェーンにおけるリスクの要因情報が整備されていないという課題もある。これまで鉱物資源の供給寸断が起きても、それが経済的要因で発生したのか、環境的要因なのか、または地勢的や社会的な要因からなのかといったデータが国際的に蓄積されておらず、データ解析が十分にできる体制にない。今後は、国際的な連携のもとにデータを蓄積し、共通認識を持って分析していくことが望まれる。
3.求められるサーキュラー・エコノミーの実践
エネルギー転換により鉱物資源の需給不安定化が起こる可能性について考察したが、考えられる対処法としてリサイクルがある。従来のリサイクルは、大量生産、大量消費後の廃棄物を減らすために行う“ゴミ処理型リサイクル”が主であったが、パリ協定が目指す持続可能な開発を促進するためには、従来のリサイクルから踏み込んだ資源循環型のリサイクルを推進する必要がある。
こうした考えのもと、世界ではサーキュラー・エコノミー(Circular Economy : CE)という考えが主流になりつつある。サーキュラー・エコノミーとは、「従来の資源を消費して廃棄するという一方向の経済に対して、消費された資源を回収し再生・再利用し続けることで、資源制約からデカップリングされた経済成長を実現する新たな経済モデル」 [10] を意味する。
既に欧州委員会(EC)では、サーキュラー・エコノミーの実現に向けたEU共通の枠組み構築を目的とするサーキュラー・エコノミー・パッケージ(Circular Economy package)が2015年12月2日に採択されている。サーキュラー・エコノミー・パッケージでは、•2030年までに加盟国各自治体の廃棄物の65%をリサイクルすること、•2030年までに容器包装廃棄物の75%をリサイクルすること、•2030年までに埋め立て量を全廃棄物の最大10%にすること、など具体的な目標が掲げられ、その実現に向けて動き始めている。
サーキュラー・エコノミーへの動きは欧州だけでなく、中国や米国などでも活発化してきており、世界では産業政策・雇用政策の一環として推進されている。一方、日本においては欧州委員会(EC)が示したような具体的な目標はまだ無く、取り組みも個別企業に留まっている状況であり、その意識は低い。今後日本がエネルギー転換における鉱物資源リスクへの対処策としてリサイクル政策を実施する上では、サーキュラー・エコノミーを実践するリサイクル政策の立案を早急に行うべきであろう。
サーキュラー・エコノミーを実践するに当たっては廃棄物の最終処分という視点も重要だ。日本はこれまで、足尾鉱毒事件、水俣病、イタイイタイ病、土呂久砒素中毒といった悲惨な公害被害を経験している。これらの事例を踏まえて、地殻から掘り起こされ製品として拡散された資源の循環利用の在り方や最終処分することの困難さ、そして鉱物資源そのものがもつ健康被害というリスクをあらためて認識する必要がある。
エネルギー転換という流れの中では、蓄電池の技術開発が進み、徐々にその役割を終えつつあるニカド電池の廃棄などは環境影響がないように配慮していく必要があるだろう。また、本稿でも論じられたコバルト、マンガン、モリブデンもその使用量は急増していることから廃棄における適正な処理には注視が必要だ。
おわりに
鉱物資源に乏しい日本は多くの鉱物を海外からの輸入に依存しているだけでなく、鉱物資源を大量に消費する消費大国でもある。例えば、2014年の消費実績 [11] を見てみると、インジウム、ガリウムの消費量世界第1位、セレン、レアアースの消費量世界第2位、ニッケルの消費量世界第3位、コバルト、シリコンの消費量世界第4位、マンガンの消費量世界第5位と多くの鉱物を消費していることが分かる。
鉱物資源の需給不安定化は日本の産業にとって大きなリスクとなる。2010年に起きたレアアース危機の際には、レアアースの供給不安定化による日本の産業への影響が大きな問題となった。レアアース危機の際は、企業が持っていた備蓄レアアースによりなんとか乗り切ることができたが、エネルギー転換による鉱物資源の需要増大はレアアースだけではなく多様な鉱物に渡り、世界的な鉱物資源の需給不安定化を招くリスクが懸念される。
こうした鉱物資源リスクに対処するためには、鉱物資源の消費現場だけではなく、サプライチェーンを開発現場まで遡った対処が必要である。また、リサイクルにおいても従来の“ゴミ処理型リサイクル”ではなくサーキュラー・エコノミーを実践するリサイクルが求められるが、こうした対処は一国だけで行っても十分な効果は得られず、国際的な取り組みが必要だ。
エネルギーの分野では主要需給国を含め各国が参加し、世界動向の把握と分析、政策上のアドバイスやキャパシティービルディングなどを国際的な視点で行う機関として「国際エネルギー機関」(International Energy Agency:IEA)や「国際再生可能エネルギー機関」 (International Renewable Energy Agency:IRENA)などが国際的な枠組みとして存在するが、鉱物資源分野については国際枠組みの構築は十分ではない。世界的なエネルギー転換の動きによる鉱物資源リスクの懸念が高まる中、鉱物資源分野においてもIEAやIRENAのような主要需給国をはじめ各国が参加し、国際的な協力を醸成する国際枠組みを構築する必要がある。日本は鉱物資源の消費大国として、鉱物資源の需給安定化を促す国際枠組みを率先して構築し、エネルギー転換がもたらす鉱物資源リスクに備えることが必要だ。
(了)
[1] “The Growing Role of Minerals and Metals for a Low Carbon Future” The World Bank
June 2017に記載の使用量数値範囲のおよそ中間の数値。
[2] “Global EV Outlook 2018” IEA
[3] “Global Lithium Ion Battery Raw Materials Market Trend and Forecast(~2025)”
(2017-09-07) SNE Research HP http://sneresearch.com/_new/eng/sub/sub1/sub1_01_view.php?mode=show&id=959&sub_cat=2
[4] 『鉱物資源マテリアルフロー2016』JOGMEC
[5] 「中国の対アフリカ貿易の現状とアフリカ依存度 -米中の公式資料に見る対アフリカ関係-」
JOGMEC金属資源情報 カレント・トピックス2013年25号
[6] 「エネルギー転換の具体像と鉱物資源リスク」CISTEC journal No174 平沼光 (2018年3月)
[7] Friedrich Schmidt-Bleek (1993) Wieviel Umwelt braucht der Mensch? MIPS. Das Maß für ökologisches Wirtschaften, Basel: Birkhäuser
[8] NIMS (2009) NIMS-EMC 「材料環境情報データNo.18 概説 資源端重量」(2017-12-1参照)
http://www.nims.go.jp/genso/0ej00700000039eq-att/0ej00700000039ld.pdf
[9] 中島 謙一, 原田 幸明, 井島 清, 長坂 徹也, 「関与物質総量(TMR)の算定 -エネルギー資源及び工業材料のTMR-」. 日本LCA学会誌. 2006, 2, (2), 152-8
[10] 経産省 産業構造審議会 産業技術環境分科会 廃棄物・リサイクル小委員会(第32回)
資料5「資源循環政策を巡る最近の動きについて」経済産業省産業技術環境局リサイクル推進課(平成30年2月13日)
[11] 『レアメタル備蓄データー集(総論)』JOGMEC(平成28年3月)