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【シンポジウムレポート】CSR研究プロジェクトパネルディスカッション「カーボンニュートラル政策の現状と課題」

【シンポジウムレポート】CSR研究プロジェクトパネルディスカッション「カーボンニュートラル政策の現状と課題」

October 21, 2022

2022年722日に開催した東京財団政策研究所「政策提言シンポジウム-政策研究と実践のイノベーションに向けて-」では、当財団の再出発にあたり、新たな理念と研究内容をご紹介し、意見交換をさせていただくことを目的として、市民生活の土台を成す、経済・財政、環境・資源・エネルギー、健康・医療、科学技術とイノベーション、デジタル化と社会構造転換などのテーマによる発表が行われました。
本レポートではCSR研究プロジェクトによるパネルディスカッションを紹介します。

有馬利男委員の講演資料はこちら

岩井克人委員の講演資料はこちら

発表:小宮山宏委員
発表:有馬利男委員
発表:川口順子委員
発表:岩井克人委員
パネルディスカッション

202110月から11月にかけて開催された国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)では、気温上昇の長期目標が2.0度未満から1.5度未満に強化された。202111月時点でカーボンニュートラルを目指す国は、世界全体のCO2排出量の82%を占める150カ国に及ぶ。他方で、20222月に始まったロシアによるウクライナ侵攻により化石燃料の需給不安定化が発生しており、カーボンニュートラルへの影響も懸念されている。こうした中、「カーボンニュートラルと企業」という視点も含め、カーボンニュートラル政策の現状、課題、展望について、CSR研究プロジェクトの委員によるパネルディスカッションを開催した。

・発表:小宮山宏委員

1980年代末に地球温暖化が人類の大きな課題として浮上し、その頃から私も地球温暖化問題を研究している。この間、予測されたペースを現実の温暖化のペースが上回っている。解決策は明確であり、化石エネルギーを基本的に使わないということである。もちろん細かい議論はあり、例えば大気中からCO2を回収して海中などに沈めるDACDirect Air Capture)という技術が存在し、また排ガスからCO2を回収することも可能である。これだけ対策が遅れると、こういった技術も必要となってきた。しかしこれは主流の対策でなく、カーボンニュートラルの主流は化石エネルギーを使わなくなることである。エネルギーについては、原子力の議論もあっていいが、原子力発電は過去最大で世界のエネルギーの5%であり、主力はどのように化石エネルギーから再生可能エネルギーに転換するかである。地球に届いている太陽光の量は、人類が使っているエネルギーの5000倍存在する。

エネルギーは十分にあるとなると、次は物質をどうするかを考える必要がある。金属は先進国では既に飽和しており、世界で飽和するのは大体2050年。2050年になったら、それを循環させればいいという答えが明確に存在する。プラスチックについては、なくすことはできないが、光合成によってできるバイオマスで作ることになる。元々サステナビリティの定義は「次世代に影響を及ぼさないようにする」ことであり、化石資源という昔の光合成の産物ではなく、現在の光合成の生産物で物質を賄えるかが重要である。

これは、もともと石油・天然ガスが採れない日本にとってはいい話である。輸入していた石油エネルギーが国内の再生可能エネルギーに置き換わり、また鉄鉱石などの地下資源の輸入に使っていたお金が国内で回り出す。更に、高温多湿な日本の条件は光合成に極めて有利である。迅速な移行を本気で進める必要があるが、現実には世界に遅れている。

条件は有利であり、到達点となるビジョンは日本にとって明るいものである。変化する覚悟を企業も人々も持ち、コンセンサスにしなくてはならない。

・発表:有馬利男委員

現在、地球温暖化やネットゼロに関する活動が世界に多くあり、私はその一つである、国連と企業が手を結んで対応するための国連グローバル・コンパクト(以下UNGC)・ネットワーク・ジャパンの理事を務めている。元国連事務総長のコフィ・アナン氏が、1999年のダボス会議で世界のビジネスリーダー達に行なった提案からUNGCは生まれた。当初アナン氏は、人権・労働・環境の3領域で9つの原則を提案した。その背後には1991年のソ連崩壊と冷戦終結によるグローバル化の進展がある。グローバル化によって企業は発展したが、同時に児童労働・人権・腐敗・森林破壊などの問題が引き起こされた。それに対して、ビジネス界と国連がコンパクト(固い約束)を結び、企業は問題を引き起こす側から解決する側になってほしいと提案された。翌年、国連でUNGCが成立した。

最初は前述の3領域だったが、2003年に国連腐敗防止条約が生まれ、これを踏まえて「腐敗防止」が組み込まれ、4領域・10原則の現在の体制になった。今は161カ国が署名しており、71カ国に国別のネットワークがある。日本も2003年にネットワークを創設し、国内で500を超える企業・組織が加盟している。

アナン氏はUNGCだけでなく、10原則を反映させる形でSDGsの前身となるMDGs(ミレニアム開発目標)を提案した。また、実際に企業が動けるようにするため、2005年にPRI(責任投資原則)・ESGを始めた。2011年には、国連人権理事会で「ビジネスと人権指導原則」(ラギー・フレームワーク)が全会一致で決まった。これらのイニシアティブを通して、アナン氏は人間の顔をしたグローバル市場の創設を提案した。

UNGCネットワーク・ジャパンでは、毎年SDGsの進捗状況を調査している。その中で、日本の温暖化に対する取組がなかなか進んでいない実態も浮かび上がっている。

・発表:川口順子委員

国立環境研究所の西岡先生の研究では、2.0度の温暖化許容量が、このままでは30年分の余裕しかない。ウクライナ紛争によってCO2を出す化石燃料を使わざるを得ないという議論も出てきており、この2.0度目標への取組がなかなか進まないと思っている人が多い。確かに途上国では難しいかもしれないが、EUを中心とした先進国では、エネルギーの価格が上がっている今こそが脱炭素のチャンスであるという前向きな姿勢がある。この中で、企業への期待は非常に大きい。

小宮山先生が仰った通り、今やるべきことは大体見えてきている。企業には資金があり、技術があり、人材もいる。企業が脱炭素化の主力を担っていく。制度的にはEUが先を走ろうとしており、EU全体の4億人の市場が変わることは大きな影響を世界に与える。ところが、東京財団政策研究所のCSR研究プロジェクトで企業向けに実施したアンケート調査によると、カーボンゼロをビジネス機会として捉えている日本企業はどちらかというと少数派であった。これは日本の将来を考えると残念かつ困ったことである。

今注目が集まるのはサーキュラー・エコノミーである。8つの資源(鉄・アルミ・プラスチック・セメント・ガラス・木材・一次穀物・肉牛)で、温室効果ガスの20%、水利用の95%、土地利用の88%を占める。エネルギーでは省エネ・再エネが重要な手段であるが、それとパラレルなものとして、資源については3Rによる天然資源の消費量削減、再生可能資源の利用、生産技術の革新が考えられる。サーキュラー・エコノミーは、EUではグリーンディールの大きな柱であり、また世界でプラスチック条約の議論が始まっている。日本でも同様にサーキュラー・エコノミーは位置付けられており、プラスチック資源循環促進法が既にできている。また、EUではデジタル製品パスポートが議論されている。今までは省エネ・省資源はどちらかというと供給者を中心に展開されてきたが、デジタル技術による製品情報の取得によって消費者が直に情報を得られるようになる。

今後日本が力を入れるべき政策は、第1に価格メカニズムの導入。中国と韓国では既に排出量取引市場ができており、この2カ国はマーケットの共通化に向けた話し合いをしていえる。日本だけが世界の動きから遅れている。第2に、サーキュラー・エコノミーである。温暖化の観点に加え、日本が希少資源をどう獲得するかという観点からも検討する必要がある。第3に、グリーンインフラの整備である。最近東京が停電寸前になったが、なぜ北海道と本州の間の連携線が整備されていないかなどの論点がある。

・発表:岩井克人委員

東京財団政策研究所のCSR研究プロジェクトの目的は、問題を起こす側だった企業をなんとか解決する側に移行する後押しをすることである。CSRCorporate Social Responsibilityの訳であり、これは会社がSDGsなどの社会的目標の実現に向けて活動を行うこと。しかし、この言葉には、常に後ろめたさが付きまとう。なぜ、社会意識の高い市民や社会目標を掲げた非営利団体、更には公共の目的を持つ政府や国際機関ではなく、営利を目的とする会社が社会的目標に向けて活動する必要があるのか。

この後ろめたさには歴史があり、1970年にミルトン・フリードマンという経済学者がCSR活動に関してネガティブな論考を発表した。彼は、「自由主義経済体制のもとでは、ビジネスの社会的責任は一つしかない、それは、利潤を増大させることである」と言い切っている。これは自由主義思想、あるいは「物言う株主」のスローガンとして、最近まで議論を支配してきた。2019年にアメリカの財界団体BRT(ビジネス・ラウンドテーブル)がフリードマン思想からの脱却を主張したが、これも口先だけだと最近の研究で言われており、実際にBRTのステークホルダー重視の声明にも関わらず、アメリカ企業はコロナ禍でまず従業員の首を切った。

このフリードマンの言葉が、CSR活動のネックである。更にフリードマンは、企業が大気汚染への取組などを実施するとき、「経営者は、社会的利益という名の下に、他人のお金を使っている」とも言っている。換言すると、CSR活動は株主のお金の窃盗であるとフリードマンは主張する。これに反論しなければ、CSR活動はちゃんと行えない。

フリードマンは会社のお金は株主のものである(株主主権論)、経営者は株主の代理人に過ぎない(経営者代理人論)、会社の唯一の目的は利潤の最大化である(利潤最大化論)と主張するが、これは全て理論的に誤りである。例えば株主主権論については、会社の資産の所有者は株主ではなく、法人としての会社である。また、経営者は株主の代理人ではなく、経営者と株主の間に契約はない。会社が法人であることによって、会社を人として動かす生身の人間が必要である。よって、代表取締役は会社という仕組みの中に絶対に必要な地位であり、代表取締役は、法人のために忠実に仕事を果たす義務を必然的に負う存在である。利潤最大化論も誤りである。会社は2階建ての構造を持ち、2階の株主は会社をモノ(株式)として所有する。しかし、1階の会社は法人であり、会社はヒトとして会社資産を所有する。1階と2階のバランスによって、会社は様々な目的を持ち、1階を重視すればステークホルダーのために動く会社も可能である。いずれも私有財産制が前提であり、私有財産制を二重に用いることによって民間組織が株主利益以外の目的を持てる仕組みが会社である。

現在では温暖化問題が会社の新たなチャレンジとなっている。会社は多様な目的を持つという本質に戻れば、この挑戦に取り組むことができる。この後押しをするのがCSR研究プロジェクトの目的である。

・パネルディスカッション

川口:岩井委員に聞きたい。温暖化に対してカーボンニュートラル政策をとることは、中長期的な視点を持つ取組である。フリードマンの視点でも、こうした施策は現時点では会社の利益にならなくても、長期的には会社の利益を守ることに繋がる。時間の観念を入れれば、フリードマンの意見でもCSRが重要だという点に収束するのではないか。

岩井:フリードマンであれば、環境問題への取組などが長期的な利益になるのであれば、それは長期的利潤の最大化であり、CSRという言葉は使うべきでないと言う。しかし、CSRではそれを超えた活動をしなければならない。ケインズは、人と同様に、会社は短期的・中期的視野しか持たないと指摘する。だからこそ、カーボンニュートラルのような取組の後押しをし、理論的基礎を与える必要がある。

平沼:東京財団政策研究所のCSR研究プロジェクトで実施した企業アンケートでは、カーボンニュートラルに取り組む主な理由として「新市場が誕生したため」、「新市場が誕生すると予測しているため」と答えた企業の割合が少ない。この中で、日本企業の意識を変えていかないといけない。やればできることはたくさんあるのに、なぜやらないのか、という点に尽きると思うが、この点について小宮山委員はどのようにお考えか。

小宮山:先ほど、今年の夏の電力危機の話が出た。北海道との連携線がもう少ししっかりしていればよかったというのはその通りである。では、最終的にどう言った形の日本のエネルギーシステムを目指すのかというと、一つの自由な送電網で全てカーボンフリーの再生可能エネルギーを流通させること。それに対してどれくらいのことがやられているか。全て再生可能エネルギーにできるか、を疑問に思っていたため、私たちでも積算してみた。そうすると、国産の太陽電池や風力だけでも、今の発電量と同量の発電量を確保できると分かった。太陽光が一番入れやすいが、その形態は場所によって違う。関東は、経済的に合理的なのは屋根への太陽光の設置。北海道だと、畑でのソーラーシェアリングが多くなる。しかし、関東で屋根に太陽電池はあまり乗っていない。今の3倍にするだけで、夏の電力危機は起こらない。

今や別々の送電網を持つ9電力体制は国全体のためにならず、単一の送電網で電力を自由にやり取りする体制に向けた進展が3.11以降いかに存在しなかったが示されている。これが日本最大の問題である。

平沼:やはりグリーンインフラが、日本が遅れをとっている一つの理由であると考えられる。一方で、欧米に目を向けるとクリーンエネルギーの枠組み・戦略を打ち立てており、この点でも日本は遅れている。なぜ日本は国際的な動きに遅れをとってしまうのか、有馬先生はどうお考えか。

有馬:企業経営に関わっていた経験からお話すると、リサイクルを事業の本流にしてうまくいった経験がある。リサイクルはものすごく手間とコストがかかり、短期的に会社は損をすることになりがち。しかし、ここに経営の妙味があり、本当の社会的意義を据え付けると働く人たちにとってはやりがい・面白みとなる。これにより工夫が生まれ、その結果我々のケースではパテントが多く出て黒字化できた。人は面白いから、やりがいを覚えるから仕事をする。そのようにビジネスが回り始めると、例えばESGにしても、ESGのために犠牲を払って活動するのではなく、ここから強い企業になって利益が生まれる。ここに経営の視点が移ると、取組は変わっていく。

岩井:カーボンニュートラルを実行すると産業構造・インフラが変わり、そこにビジネスチャンスが生まれる。このビジネスチャンスを獲るという視点が日本には欠けている。日本の失われた30年の一つの理由は縮み思考。色々な工夫で節約する発想で日本企業は動くのに対し、例えば欧米のベンチャーはそういった動きが必要なくなる技術革新を考える。縮み思考をひっくり返し、全てをチャラにするようなことを考えている人たちになかなか乗らない点が日本の問題。

小宮山:イノベーションのジレンマでは、企業内に本流の事業があり、それに対して新しいものが出てくると潰されてしまい、だから新しい会社に既存の会社は負けると議論される。私は、それが日本の株式会社全体のジレンマだと思う。日本は本流が強すぎる。明治維新後の工業化の過程、及び何も無くなった戦後には日本は上手くいった。しかし今のように強い企業が存在すると、強い企業が新しいものを潰す。スタートアップも良いところが出てきているが、今の状況では少し大きくなると海外に行ってしまう。縮み思考という精神論にするのは良くない。

岩井:産業構造が変わると隙間ができ、そこで新しいものが作れる。そういうことをヒントにしていただきたい。

川口:私も今はすごいチャンスだと思う。現状、菅前総理がカーボンニュートラル宣言を出してもなかなか動いていない。その理由として、第1に問題の認識が十分にできていない。第2に、国際社会の動きをあまり見ようとしていない。今の日本の一番の問題は、社会が活力を失くしている点にあり、空気を読むことが習い性となっていることを変えられない。これを変える根本は教育であり、よりリスクテイクする社会にならなければならない。

有馬:グローバルな先進企業は、日本を含めてネットゼロに真剣に取り組んでいる。CO2排出のデータを調べても、UNGCに加盟している企業の70%がスコープ3の排出量を把握している。しかし、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)にしろ、SBTScience Based Targets)にしろ、ルールを欧米が先に作るため、日本企業はそれを追いかけるのに精一杯である。追いついた頃にはルールがまた変わっている。これはもっと国の力で取り組まないと、企業としては無駄が多くなる。国の果たすべき役割は大きい。

平沼:最後に、みなさまから一言ずつ頂きたい。

岩井:企業が社会的責任を持つことを前提として、ビジネスチャンスを獲ってほしい。その際に、物言う株主の圧力をあまり感じずに動いてほしい。

川口:日本は遅れていると強調したが、かなり進んでいるところもある。もっと進めるためには、国と民間企業で情報を開示し、みんなで問題の重要性を認識し、それぞれがそれぞれのやるべきことをやる必要がある。

有馬:ウクライナの問題を経て、ヨーロッパは脱石炭が一気に進んでいる。しかし日本では、迷いがたくさん出ている。何が大事なことか、先に考える必要がある。

小宮山:私は今森林産業イニシアティブという言い方で、石油化学からバイオマス化学への動きに本気で取り組んでいる。徐々に弱まっているが、希望はまだある。100人の有識者よりも1人の実践者。実践していくことが2050年に向けて大事。

本研究プロジェクトの詳細は、CSR研究プロジェクトをご覧ください。

※本Reviewの英語版はこちら

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