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“温室効果ガス削減-25%”で益々重要となる日本のレアメタル確保策 ~加速するレアメタルサバイバルで日本は生き残れるか~ (東京財団研究員 平沼光)

October 15, 2009

環境・エネルギー技術で重要性が増すレアメタル

9月22日、鳩山首相はニューヨーク国連本部で開催された気候変動サミットにて、日本の温室効果ガス削減の中期目標を「2020年までに90年比で25%削減することを目指す」と表明した。

これまで国際舞台における日本の温暖化対策への評価は“積極性に欠ける”とされてきたが、この表明により一転、日本の姿勢が評価されるという流れに変わってきている。

もちろん、日本が25%を削減する前提として、温室効果ガス削減における公平な国際枠組みの構築とすべての主要国の参加ということが条件となるが、今後日本はその条件を整えることも含めて中期目標の実現に向けて動くことが迫れることになるであろう。

気候変動サミットに先立って公表された民主党のマニフェストでは、地球温暖化対策の具体策として、キャップアンドトレード方式による国内排出量取引市場の創出、地球温暖化対策税の導入を検討などの他、1次エネルギーの総供給量に占める再生可能エネルギーの割合を2020年までに10%程度に引き上げることなどを目的に、新エネルギー・省エネルギー技術を活用していくことが盛り込まれており、日本の環境・エネルギー技術への期待が具体策の大きな柱の一つとされている。

地球温暖化をはじめとする環境問題の話になると、“日本の優れた環境・エネルギー技術で対応ができる”などという事をよく耳にするが、技術の現場にいる人間からは“簡単に技術でどうにかなると言えるほど甘くはない”という話も耳にする。確かに、太陽電池の開発において日本企業が高いエネルギー変換技術を持っていることや民生用製品におけるリチウムイオン電池において日本は高いシェアを占めているなど日本は個々の分野で優れた環境・エネルギー技術を持っていると言えるが、それを維持・発展させるには様々な課題を乗り越えていかなくてはならないことを忘れてはいけない。中でも早急に対策を進めていかなければならない課題が環境・エネルギー技術に必要不可欠なレアメタル資源の確保である。経済産業省によるとレアメタルとは「地球上の存在量が稀であるか技術的・経済的な理由で入手が困難な金属で、現在工業用需要があるものや今後の技術革新により工業用需要が予測される金属」とされており、昨今話題に出るリチウムイオン電池のリチウムや電気自動車のモーターに使われるレアアースなど環境・エネルギー技術を実現させるためには無くてはならない金属である。現在、日本はレアメタルの多くを海外からの輸入に依存しており、資源ナショナリズムのさらなる台頭などの国際情勢によっては日本への供給障害が起こりかねないことが懸念されている。

昨今世界各国では米国のグリーン・ニューディール政策などにみられるような、環境・エネルギー分野への投資と産業育成により地球温暖化等の環境問題への対応と経済の安定化を目指すという従来相容れなかった“環境”と“経済”を両立させようとする新しい情勢にある。

このような情勢の中、各国が取る具体的施策においては、“先端的な環境・エネルギー技術の開発と普及”という点が重視されており、それに必要なレアメタルの需要も大幅に増し国際的な争奪戦となることが懸念され、日本の温室効果ガス削減の中期目標を実現するためにはレアメタルをどのように確保するかということが益々重要になってきていると言える。

加速するレアメタルサバイバル

2009年6月、米国とEUは中国の鉱物資源輸出制限の動きに対し、中国による自国産業の保護であるとしてWTO(世界貿易機関)に提訴を行った。提訴品目に上がった鉱物の中にはマンガンなど日本がレアメタルと指定している鉱物も含まれておりその動向が注目されている。

中国は様々な種類のレアメタルの産地であり日本は中国からレアアースをはじめタングステンなど多くのレアメタルの供給を依存していることから中国の鉱物規制の動きは日本の環境・エネルギー技術の開発・普及にも影響を及ぼすことになる。特に電気自動車や風力発電のモーターに使われる磁石の原料や原子炉材など様々な環境・エネルギー技術に使われるレアアース(希土類)についてはその約9割を中国からの輸入に依存しており、中でも重希土類と呼ばれるレアアースは世界的に見てもその埋蔵が中国に遍在していることから世界各国が中国に依存せざるを得ない状況になっている。

<参考資料> 輸入相手国別レアメタル輸入鉱種と日本の輸入割合マトリックス

そのような中、レアアースの採掘、輸出などの管理を一元的に行っている中国工業信息化部が作成している「希土類工業発展計画(2009-2015年)改訂計画案」の中に“レアアース金属の輸出禁止が記載されている”との情報がインターネットで報じられ世界を揺るがした。世界がレアアースの供給を中国に依存し、温暖化対策のための環境・エネルギー技術の開発・普及で益々その傾向を強める中、中国の輸出禁止措置の報道はショッキングなものである。

その後、報道は誤りであることが日中政府間で確認されたほか、2009年9月には中国を訪問した日中経済協力訪中代表団と中国工業信息化部との間であらためて報道が誤りであることが確認されているが、いずれにしろ中国はレアアースの輸出についてなんらかの措置をとってくることは間違いないと見られている。2008年の中国のレアアース輸出量は34,600tであり、そのうち60%にあたる21,000tが日本向け(JOGMEC資料)という状況になっており、現状の中国のレアアース輸出状況を考えてみても、中国自身の産業促進や世界的な需要増が見込まれる状況で中国が輸出量を大幅に増やすということは見込めず、各国の争奪戦が予想される。

中国自身も将来的なレアアースの争奪戦を予期してか、国内のみならず積極的に海外でのレアアースの確保の動きを活発化させている。2009年5月、豪レアアース資源開発大手のライナス社(Lynas Corp.社:本社シドニー)は中国の非鉄金属企業の中国有色鉱業集団有限公司(CNMC)が同社株式の51.6%を取得することを発表した。中国は海外のレアアースも押さえることによりレアアース市場の寡占化を目指しているとも読み取れ世界各国が注目をしていたが、豪FIRB(豪州外国投資審査委員会)が国益の観点から新たな鉱山開発を行う企業への外資の出資率を50%未満とすること等の新規制を導入したことから、2009年9月24日、中国有色鉱業集団有限公司(CNMC)はライナス社(Lynas Corp.社)への出資を撤回することになったとの発表がライナス社(Lynas Corp.社)より公表された。中国のレアアース確保の動きを豪政府が新たな規制を作り食い止めたという確保競争の一端を垣間見る事態と言える。

確保競争が活発化しているのはレアアースだけではない。環境・エネルギー技術の核心部といえる二次電池では今後リチウムイオン電池の需要が次世代自動車や再生可能エネルギーの導入に伴い飛躍的に伸びるとされており、各国はその原料となるリチウムの確保に躍起になっている。リチウムイオン電池の原料のリチウムは主として塩湖に賦存する炭酸リチウムが使用され、その多くはチリ、アルゼンチン、ボリビアといった南米諸国に遍在している。各国はそうした南米産出国の権益を確保すべく果敢な外交攻勢をかけており、日本も本年6月に三菱商事、住友商事、経済産業省、石油天然ガス・金属資源機構(JOGMEC)等の官民合同で世界最大といわれるボリビアのウユニ塩湖のリチウムの獲得に乗り出す等、その動きを活発化させている。今後、環境・エネルギー技術に必要な様々なレアメタルにおいて、各国が生き残りをかけてその確保に凌ぎを削る “レアメタルサバイバル”といえる状況が展開されることが予想される。

日本の確保策は?

レアメタルサバイバルが予想される中、衆院選を前にした7月27日、民主党はその公約となるマニフェストを公表した。マニフェストに記載されているエネルギー政策の項目“エネルギーの安定供給体制を確立する”の項を読んでみると3つある具体策のうちの一つに“レアメタル(希少金属)などの安定確保に向けた体制を確立し、再利用システムの構築や資源国との外交を進める。”とあり新政権においてもレアメタルの確保が重視されている方針であることが伺える。また、民主党のマニフェストが公表された翌日となる7月28日、経済産業省が政府のレアメタル確保政策として「レアメタル確保戦略」を公表した。奇しくもレアメタル確保に関して将来政権与党となる政党の方針と自民党政権下における政策がほぼ同時に公表された形になった。今後、民主党新政権がどのような具体策を打ち出してくるのか、または公表された「レアメタル確保戦略」を踏襲していくのかは今後の動きを見てみなければわからないが、いずれにしても早急な対策が必要なことには変わりがない。

経産省から公表された「レアメタル確保戦略」ではおよそ以下の内容が確保戦略として記されている。

(1)海外資源の確保:
・資源国への技術協力、環境保全協力、ODAによるインフラ整備等による互恵関係の構築
・リスクマネー供給などによる海外資源開発の促進

(2)国内資源の確保:
・「都市鉱山」の開発、回収システムの整備、抽出技術の開発等によるリサイクルの促進
・日本周辺海域の海底熱水鉱床の開発

(3)代替材料開発

(4)備蓄:備蓄目標国内消費の60日分(現在40.2日分の実績)

(5)資源人材育成:国内若年層の資源人材、海外資源人材の育成

上記はいずれもレアメタル確保策としては定番と言える必要不可欠な施策であり今後はいかに具体策を迅速に実行に移せるかという点が問われることになるであろう。

さらに、“レアメタルサバイバル”といえる昨今の情勢では、即効性があり他国と差別化のできる国際競争力のある施策を日本は打ち出せるかがポイントになると考える。

前述の「レアメタル確保戦略」の中にある資源国のインフラ整備や資金援助などを通して資源国との関係を強化し鉱物資源の権益を確保するという手法は資源を得ようとする各国が使う常套手段であるが、国家を背景に機動力を発揮してくる中国や、豊富な資金と独自のルートで手練手管の策を講じてくる資源メジャーと言われる企業などの存在により同じ土俵での勝負は厳しいものがある。昨今話題になっている“都市鉱山”の開発などリサイクルによる資源の確保は将来的に期待すべきものであるが現状その採算性や回収の仕組み、リサイクル技術の確立などの課題があり即効性があるものとは言い難い。代替え材料の開発についても様々な可能性があるものの同じく技術の確立という課題があり鉱種によってはまだ時間がかかりそうだ。備蓄についてはあくまで短期的な供給途絶リスクへの対応を目的とするものであり根本的な課題に対処するものではないと言える。

そうした中、資源の開発やそれに伴う環境保全対策などで日本の技術を生かした資源国への協力による関係構築という手法は日本独自の色合いを出せ今後期待が持てる分野といえる。
2008年7月、ボツワナ共和国南部のロバッツェ市に独立行政法人石油天然ガス・鉱物資源機構(JOGMEC)とボツワナ共和国地質調査所の協力でJOGMECボツワナ共和国・地質リモートセンシングセンターが開所した。リモートセンシングとは、人工衛星や航空機などにセンサーを搭載し、地表面に当たった太陽光の反射スペクトルやセンサー自らが放射したマイクロ波の地表からの散乱波から広い範囲の地質及び地質構造等のデーターを取得し鉱物開発に役立てるという日本の技術である。

JOGMECによるとボツワナ共和国・地質リモートセンシングセンターは、(1)JOGMECのアフリカ地域の探査拠点、(2)ボツワナ共和国及び南部アフリカ開発共同体(SADC)への鉱物資源探査を目的とした地質リモートセンシング技術移転、という2つの機能を有しておりプロジェクト期間は5年間を予定しているという。レアメタルなどの鉱物資源が豊富な南部アフリカ諸国とリモートセンシングという日本の技術を介してその関係を強化し鉱物資源の確保を図るという日本独自の確保策と言える。

リモートセンシングなど日本の技術を利用した資源国への鉱物資源開発協力や、開発に伴う環境保全協力など、日本の技術を利用した資源国との関係強化という手法は他国との差別化を図れる有効な施策であり、 東京財団の提言「日本の資源・エネルギー外交の優先課題 ~米露・原子力と中国・レアアース~」 に記されているように今後この分野の一層の戦略化が必要と考える。

但し、そのためには対処しなければならない課題もある。それは、日本の技術の流出をどのように防ぐかという点である。

“技術資源外交”を確立するために必要な“技術の国際標準化戦略”

前述したリモートセンシングの例のように資源に乏しい日本がその技術を日本独自の資源であり外交カードと位置づけレアメタルの確保などの資源外交を行うことは日本の“技術資源外交”と言える。 レアメタル確保においては前述のリモートセンシングの他に微生物を利用して鉱石からの金属成分を溶出するバイオリーチング技術などが有望視されている。また、昨今注目の高いレアアースでは精製過程で生じる放射性廃棄物トリウムの処理・管理技術、高付加価値製品への加工技術、そして市中製品からのリサイクル技術などが今後注目されることが予想される。

日本はそうした技術をより一層確立し、技術資源外交のカードとしていくことが望まれるがそのために固めておかなければいけないのが技術の特許権の確保と国際標準化である。

技術を外交ツールに資源国との協力関係を構築する上で、協力した技術が安易に流用、普及されせっかくの日本の技術的優位性を損なうことになる事態は避けなければならない。 技術を有する日本の企業にとっても技術協力はしたいが技術の流出は避けたいというのが本音であろう。

日本の技術流出を防ぐとともに技術資源外交を活発化させるためには日本の技術のPCT国際出願(※PCT=Patent Cooperation Treaty(特許協力条約))などによる特許権の確保とISO(国際標準化機構)、IEC(国際電気標準会議)、ITU(国際電気通信連合)など公的な国際標準化機関における国際標準化(デジュール標準化)への対応を強化する必要がある。技術競争の激しい現代社会では一度外に出た技術は遅かれ速かれコピーされたり汎用化されるのは時間の問題と言える。その場合においても、きちんと個々の技術の特許権を確保し、さらに国際標準化を行っておけば、容易な流用を防ぎ、またパテント料としての収益や国際標準化による技術販路の拡大という事にもつながってくる。1995年に発効したWTOのTBT協定(貿易の技術的障害に関する協定)では、加盟国は強制/任意規格を必要とする場合において、関連する国際規格が存在する場合はその国際規格を自国の強制/任意規格の基礎として用いらなければならないとしており、原則としてISOやIECなどが作成する国際規格を自国の国家標準においても基礎とすることが義務付けられておりデジュール標準への対応は要注意である。

先端的な技術を日本独自の資源と位置づけレアメタル資源の確保のための外交カードとして技術資源外交を行っていくためにも、日本はこれまで以上に知的財産戦略、特に東京財団の 研究レポート「急がれる日本の環境エネルギー技術の国際標準化 ~日米中協力によるスマートグリッド技術の国際標準化の可能性~」 で指摘されているように技術の国際標準化への対応を急がなければならない。

技術を担う“人材”の流出を防げ

さらに、技術資源外交を確立するために日本はこれまで以上に“人材の流出”を防ぐ施策を講じる必要がある。今後、資源開発の現場では探鉱、金属精錬等に携わり技術を支えてきた人材の多くがリタイアの時期を迎えることになるがそうした人材が第二の人生の活躍の場をどこに見出すかということに注視する必要がある。 海外でレアアース開発を進める企業の現場の話では、日本の企業が海外でレアアースの開発を行う場合、分離・精製などの川上工程は既に日本の人材は枯渇しており海外の企業の力を借りなければならない状況にあるという。 レアアースの生産が中国に一極集中し、中国も外国企業の中国国内でのレアアース鉱山開発企業設立の禁止や精製分離プロジェクトの規制を強めたことから川上工程の技術者が減少したことによる。現在、日本の企業が海外でレアアース開発を進める場合、川上工程である分離・精製など日本の人材が枯渇し空白地帯となっている部分については中国企業やカナダ企業の力を借りている状況だという。 かつては日本もレアアース製造の川上工程に熟練した人材がいたが前述のように中国に生産がシフトしていったためそうした人材のリタイア後の活躍の場は中国など海外を舞台とすることになり、合わせて技術も海外に移行したという。リタイアした人材の海外流出の話は「金型」などの分野で耳にするが、今後、様々なレアメタルの資源開発の現場でも探鉱、金属精錬等に携わってきた人材の多くがリタイアの時期を迎え、レアアースと同じように日本の技術を担う人材に空白地帯ができることが懸念される。人材流出が懸念されるのは資源開発の舞台だけに止まらない。自動車関連のリチウムイオン電池の開発を行っていた技術者がリタイアした後、日本での活躍の場を見出すことができず海外からの誘いにより外国のライバル会社でその技術を奮っているという話も耳にすることから、レアメタルを使った最先端の環境・エネルギー技術の舞台においても技術者の流出ということが懸念される。

日本は優れた環境・エネルギー技術を有すると言われているがその技術を支えてきた人材がリタイア後に海外に流出してしまってはいずれ日本の技術優位性も損なわれることになりかねない。それを防ぐためにもこれまで技術を支えてきた人材のリタイア後の活躍の場を日本国内に作りだす施策が早急に必要と考える。特に、技術の継承という点からリタイアした人材には次の世代の技術者を育成するという観点から日本の若年層技術者の教育、人材育成といった分野で活躍の場を構築することが望まれる。

今後激化する“レアメタルサバイバル”で日本が生き残るには、日本の技術を外交カードとして資源国との関係構築をしていく技術資源外交が重要になる。 技術資源外交を促進するためには、日本の資源である技術の確立と維持に努める必要があるがそのために対処しなければならない課題として、日本の技術の特許権の確保と国際標準化の展開、そして技術を支えてきた人材のリタイア後の日本国内での活躍の場の構築といったものがある。そうした課題は外交、産業、環境、知的財産、人材育成など様々な分野を横断していることから政策を立案、実施する体制も全体を俯瞰し関係省庁を横断した体制が必要となるであろう。 鳩山新政権が官僚への丸投げを廃し政治主導の方針を打ち出す中、レアメタル確保の国内体制をどのように構築するかという点も今後注目すべき点である。


<平沼光/東京財団研究員兼政策プロデューサー>
日産自動車株式会社勤務を経て現職。現在は東京財団政策研究部にて外交・安全保障、資源エネルギー分野のプロジェクトを担当する。

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