東京財団提言の方向に向かって一歩前進
東京財団研究員
平沼 光
一歩前進した日本の環境エネルギー技術の標準化
2011年12月13日、政府と電気機器・自動車メーカー、電力・ガス業界などが協力し、スマートメーター(次世代電力計)の技術仕様規格を統一していく方向となったことが新聞各紙によって報じられた。
スマートメーター(次世代電力計)とは、従来の電力計とは異なり通信機能を備えた電力計で、電力使用量データーなど家庭と電力会社間のデータのやり取りや、電力使用の遠隔操作を可能にする他、消費電力を細かく把握できるため節電対策に貢献するものとして期待されており、再生可能エネルギーの導入やスマートグリッド(次世代送電網)の構築においても欠かせないものとされている。
現状、このスマートメーターの仕様はメーカーごとに異なっており、関連部品に互換性がなかったり、スマートメーターを設置する家の家庭用エネルギー管理システム(HEMS)のメーカーとスマートメーターのメーカーが異なる場合にはデーターの連携がとれないなどの課題があったが、このたびスマートメーターの仕様規格を統一することでこうした課題を解決し、その普及につなげようということだ。
規格を統一することで普及につなげるというのは国内に限ったことではない。スマートメーターをはじめ再生可能エネルギーやスマートグリッドなど環境エネルギーに係わる様々な技術開発が現在多くの国において急ピッチで進められているが、そうした技術の国際的な普及においては技術の国際標準化ということが必要になる。
特に、ISO(国際標準化機構)、IEC(国際電気標準会議)といった公的な国際標準機関で策定される技術仕様の国際標準は、WTOのTBT協定という協定により各国間がその国際標準化された技術仕様の採用を義務付けられるものとなっており、いちはやく自国の技術を国際標準化し自国の技術を国際普及させようとする各国間の競争が近年激化している。
ISO、IECで策定される国際標準化は、最終的には参加国による多数決で決定されるため、決定までの過程においては各国間における様々な外交攻勢が繰り広げられるのだ。
うまく自国の技術を国際標準化できれば自国での普及促進のみならず自国の技術を世界的に普及させるというビジネスチャンスを得ることが出来る。一方、失敗すれば自国の技術があるにもかかわらず他国の技術を採用せざるを得ないということで、普及のためのコストの増大やビジネスチャンスを失うことになり、自国の環境・エネルギー政策に大きな影響を及ぼすものとされている。
自国の技術を国際標準化するには、なにはともあれまずは自国内での規格の統一をしなければ始まらないというわけだ。
東京財団ではこうした事態を鑑み、2010年4月に政策提言 「日本の資源・エネルギー外交の優先課題:環境・エネルギー技術をツールとした東アジア戦略への2つの提言」 を公表し、その中で日本の環境エネルギー技術の国際標準化を進めると共に、そのために必要な国内における規格の統一を進めることを提言し、その実現のために政治、行政、企業、団体などの関係各所に様々な働きかけを行ってきた。
また、一般には耳慣れない国際標準化について日本における議論を広く喚起するという意味で、2011年8月には提言の内容を盛り込んだ著書 『原発とレアアース』 (日本経済新聞出版社、畔蒜泰助、平沼光共著)を刊行し、その中でも日本の環境エネルギー技術の国際標準化の重要性を唱えてきた。
こうした中、今回スマートメーターの国内規格の統一が進む方向となったことは喜ばしい限りである。
注視が必要な様々な環境エネルギー技術の国際標準化
しかし、喜んでばかりはいられない。国際標準化が進められている環境エネルギー技術はスマートメーターだけではないからだ。
例えば、今後大幅な普及が見込まれている電気自動車(EV)についてみてみよう。電気自動車は大容量の蓄電池を搭載していることからその蓄電機能を利用し、家庭の電力システムと結合することで家庭の太陽光発電などで発電した電力を蓄電したり、余剰となった電力を売電するなどに活用されることが考えられており、スマートグリッドを構築する上でも重要な構成部位とされている。
電気自動車の実用レベルでの普及は2010年12月に登場した日産自動車のリーフをはじめ日本の電気自動車が世界を先行している。電気自動車についての国際標準化は現在その急速充電方式の国際標準化に注目が集まっており、実質的に普及が進んでいる日本の電気自動車に採用されている充電方式(CHAdeMO方式)が採用される見込みが強かった。
しかし、2011年10月になり米国フォード、ゼネラル・モーターズ(GM)をはじめ欧米の自動車メーカー数社が電気自動車(EV)の急速充電方式の国際標準化を共同で推進することで合意したことを公表。日本のCHAdeMO方式に対抗する形となった。
電気自動車の急速充電方式を誰が決めるかということは今後の電気自動車開発、ひいては環境エネルギー技術の核心とされるスマートグリッドの開発で誰が優位に立つかということも意味することから、欧米各国は日本の自由にはさせないため動いたということだろう。
かように環境エネルギー技術の国際標準化の舞台は油断が許されず、今後も様々な分野で注視が必要だ。
主戦場となる浮体式洋上風力発電の国際標準化
油断が許されない環境エネルギー技術の国際標準化だが、今後の日本の環境エネルギー政策を考える上で特に注視しなければいけないものはなんだろうか。
それは「浮体式」と呼ばれる洋上風力発電の国際標準化だ。
周知のとおり福島第一原子力発電所の事故により日本のエネルギー政策における一つの柱とされてきた原子力は大幅にその計画を見直さなければならない状況にある。
かわって今まで以上に普及を急がなければいけなくなったのが風力、太陽光、地熱といった再生可能エネルギーだ。
中でも日本のエネルギーポテンシャルが高いとされているのが風力発電だ。2011年4月21日に環境省から公表された日本の再生可能エネルギー資源のポテンシャルを調査した「平成22年度再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査」によると、エネルギーの採取・利用に関する種々の制約要因による設置の可否を考慮したエネルギー資源量となる風力発電の「導入ポテンシャル」はなんと190,000万kWとされている。
2009年度の日本の全発電設備容量が20,397万kWということを考えると非常に高い資源量が見込まれると言う事になる。
風力発電の「導入ポテンシャル」190,000万kWのうち160,000万kWは洋上風力発電によるものだ。
風力発電に適している風の状況、即ち風況の目安は年間平均風速7m/s以上とされている。そもそも日本は風力発電が盛んな欧州のような風況には恵まれていないとされてきたが、日本を取り囲む海の上、つまり洋上では風の流れを遮るものが無いため陸上と比較して風速7m/s以上の風況が安定しており高いポテンシャルが見込まれるのだ。
高いポテンシャルを誇る日本の洋上風力発電であるが課題は残る。それは日本の海は深いという点だ。
欧州においても洋上風力発電の導入が進んでいるのだが欧州の海は日本と比較して深度が浅いため海底に基礎を築き風力発電装置を立ち上げる「着床式」という方式がとられている。一方日本の海は深く、海底から風力発電装置を立ち上げるのは難しい。
そこで登場するのが「浮体式洋上風力発電」だ。これは風力発電装置を海底に着床させて立ち上げるのではなく、文字どおり海の上に風力発電装置を浮かべてしまうというものだ。
「浮体式」であれば日本の海の深度の制限は無くなり日本の豊富な風資源を有効に活用できるということだ。
浮体式の洋上風力発電の開発は、ノルウェーのStatoil Hydro社がカルモイ沖10Kmの海域で2009年より実証実験を実施しているのが主な例で、実用レベルで導入している国はまだ無い。浮体式洋上風力発電はまさに“初物”でその技術の国際標準化もこれから始まるというものなのだ。
日本は浮体式洋上風力発電開発の高い技術を持っている。ここは日本が主導して国際標準化の議論をリードすることが期待されたが、浮体式洋上風力発電の国際標準化については隣国の韓国が他国に先駆けいち早くIECに新業務項目として浮体式洋上風力発電の国際標準化を推進する枠組みの設置を提案。2011年5月にはその提案が認められIECの風力発電を扱う技術委員会88(TC88)の中に浮体式洋上風力発電を扱うワーキンググループの設置がなされている。
提案国である韓国は、当然そのワーキンググループの議長国に就任し、標準化の議論をリードする立場を確保したのだ。
関係各所が連携し国際標準化のスケジュールを考慮した浮体式洋上風力発電の開発を急げ
せっかく日本の技術を生かせる浮体式洋上風力発電が、国際標準化という点で韓国にリーダーシップを握られてしまうという極めて残念な方向に向かうかと思えられた。
ところが、韓国が提案してきた技術仕様書の内容がかなり不十分なものであったため、2011年9月に開催された第一回の会合では韓国案は各国の賛同を得られず、あらためて国際標準の基準に盛り込む内容から検討を始めるという振り出しに戻ったのである。
韓国の技術仕様書案が精緻可憐で隙が無いものであったならば、浮体式洋上風力発電の国際標準化の方向性は韓国の筋書きに沿って行われることになってしまうところ、不幸中の幸いと言うかなんと言うか、韓国が思わぬミスをしてくれたおかげでまだまだ日本も技術的な内容に関与できるチャンスを得ることが出来たのだ。
とはいえ、議長国が韓国であることには変わりが無い。また、浮体式洋上風力発電の実証実験を一番進め実証的なデーターを豊富に持つノルウェーが2011年10月現在この委員会に参加してきていないことも気がかりだ。国際標準化の議論では実証的なデーターを持った国の発言力はかなり強いからだ。
日本における浮体式洋上風力発電の実証実験は環境省が長崎沖で、そして経済産業省が福島沖で行うことが考案されている。
今後は、各国の動向に注視するとともに、国際標準化のスケジュールを考慮した開発を進めることが大切になる。 特に、ノルウェーに対抗するという点においても日本における浮体式洋上風力発電の実証実験は関係各所が協力し、可能な限り急ぐことをここに強く主張する。
今後に向けて
政府は2012年夏頃に福島原発事故を踏まえた新たなエネルギー政策の方針となる「革新的エネルギー・環境戦略」を決定するとともに、「新エネルギー基本計画」、「グリーン・イノベーション戦略」などを統一的に提示する予定にある。
大切なのは、いかなる計画や戦略をペーパーにまとめても、それを実現するためには誰が、何時までに、何をするかという具体的な中身を詰めて実行に移すことにある。
その中で、環境エネルギー技術の国際標準化というテーマは欠かしてはならない具体的な内容と言えるだろう。
さて、では読者の皆様も含め我々は何をすべきか。まず、間違いなく言えることは、本稿で記した環境エネルギー技術の国際標準化について是非多くの皆様の関心を寄せて頂きたいということだ。
社会の関心が高まれば高まるほど、政策を立案・実行する政治、行政、企業、団体など様々なプレイヤーの背中を強く押すことにつながるからだ。