日本のエネルギー政策を激変させる起爆剤
平沼 光
福島第1原子力発電所事故は、原子力発電に対する国民の信頼を大きく失墜させた。
その結果、原子力発電を国の資源エネルギー政策の大きな柱としてきた「エネルギー基本計画」を見直す事態にまでなっている。
福島第1原発の1号機から4号機が廃止になった2012年4月現在、定期点検等により全50基ある原発のうち、49基が停止しており、全基が停止となる今年5月初旬までに、一基でも再稼動の流れに持って行けるか、微妙な状況にある。
そうした中、今後のエネルギー像を構築していく上で注目されているのが地熱、太陽光、風力、小水力といった再生可能エネルギーだ。
日本は南北に長く、四季があり、火山帯に位置し、周囲を海に囲まれ、降水量にも恵まれている。そうした変化に富む自然環境によって、様々な再生可能エネルギーの選択肢を持つとして、その拡大に向けた検討が政府をはじめ関係各機関で進められている。
さて、そうした日本の再生可能エネルギーであるが、日本においては何が一番資源としてのポテンシャルが見込まれるのか、ご存知だろうか。
これまで日本は「資源に乏しい国」とされてきたが、3・11の原発事故以降、環境省、経済産業省、農林水産省といった関係各省から次々と「日本の再生可能エネルギーポテンシャル」についてのデータが公表されている。
3・11からおよそ1カ月後となる4月21日に環境省が公表した「平成22年度 再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査」によると、洋上風力:16億キロワット、陸上風量:2億8000万キロワット 、太陽光(非住宅系):1億5000万キロワット、地熱:1400万キロワット、中小水力(3万キロワット未満):1400万キロワットとなっており、洋 上風力が圧倒的なポテンシャルを誇っているのだ。
洋上は風を遮る障害物がなく、風力発電に適した毎秒7メートル以上という風力が安定して吹いていることや、騒音や景観などの問題も少ない。だから、洋上風力にこれほど高いポテンシャルを見込めるのだ。
ここで言う「導入ポテンシャル」とは、開発不可の場所を除くなど、様々な制約要因による発電設備の設置の可否を考慮したエネルギー資源量を意味する。
2009年度の全国電力設備容量が2億397万キロワットであることを考えると、洋上風力のポテンシャルがいかに高いかが分かる。再生可能エネルギーの 導入拡大を考える上では、このスケールメリットの働きやすい洋上風力発電を、どこまで活用出来るかが成功のカギになるだろう。
日本の主力は「海に浮かべる風力発電所」
日本ではまだ馴染みの薄い洋上風力発電であるが、欧州をはじめとした海外では普及が進んでいる。
2010年6月現在の世界の洋上風力発電の上位3位を見てみよう。イギリスが風力発電機336基、設備容量1041メガワットで1位。2位がデンマークで、風力発電機315基、設備容量663メガワット。3位のオランダは風力発電機126基、設備容量247メガワット。こうして欧州では、多くの洋上風力 発電がすでに導入されている(NEDO『再生可能エネルギー技術白書』より)。
欧州で普及が進んでいる理由は、洋上の風力が安定していることに加え、欧州各国の沿岸の水深がおよそ10~30メートルと、日本に比べ浅いという地理的特徴がある。
このように欧州の海は浅瀬が広いので、海底に基礎を築き、その上に発電機を搭載するタワーを立ち上げる「着床式」と呼ばれる設置法式を使って、比較的容易に風力発電機を設置できるのだ。
一方、日本近海の多くは水深50メートル以上と、欧州に比べて深いことから、海底に基礎を築く「着床式」を設置することが難しいと言われている。
そこで、登場するのが風力発電機を海の上に浮かべる「浮体式洋上風力発電」だ。
風力発電装置を、どのように洋上に浮かべるのか。俄には想像しがたいが、釣りで使う浮や、湖に浮かべてある浮桟橋のようなイメージを想像すると分かりやすい。
まさに釣りで使う浮のような「円柱浮標型」と呼ばれる方式があり、ほかにも風力発電機の下部に浮力のあるタンクを設置し、そのタンクをケーブルを使って海中に引っ張り、洋上に浮かんだ状態を安定させる「張力脚型」と呼ばれる方式もある。さらに、「艀(はしけ)型」と呼ばれる、艀(はしけ)を浮かべて、そ の上に風力発電機を建てる方式などもある。
水深が深い日本周辺の海では、この浮体式洋上風力発電が主力となると考えられている。では、風力発電自体が普及していない日本に、浮体式洋上風力発電を製造する技術はあるのだろうか。
海に浮かべるという構造上は、船と似ている。浮体式洋上風力発電の基本技術も、造船技術と基本的に似ている。かつて日本は造船大国として名を馳せたように、高い造船技術を持っている。それを、浮体式洋上風力発電に活用することが可能だ。
また、日本の風力発電機本体の世界シェアは3%程度と振るわないが、実は世界で普及している風力発電機の構成部品の多くは日本製である。日本は高い部品シェアと技術を有していると言える。
ガソリン自動車を製造するのに必要な部品点数はおよそ3万点、電気自動車だと1万点と言われる。そんな中で、風力発電機の製造に必要な部品点数は約2万点と、自動車製造に匹敵する規模となる。浮体式洋上風力発電の普及は、裾野の広い産業を生み出すことが期待される。
進む欧米、遅れる日本
日本が洋上風力を活用する上で主力となる浮体式洋上風力発電であるが、現在、実用レベルで導入している国はなく、開発段階の技術だと言える。
前述したように欧州では水深の浅い沿岸域での着床式の洋上風力発電が主体となっているが、着床式の洋上風量発電が広まるにつれ、いずれ浅い海域は過密状態となってくる。
つまり、必然的に沖に出た水深50~60メートル以上の場所に、浮体式洋上風力発電を設置することになる。将来的にノルウェーや、スペイン、フランス、イタリア、ギリシャ、アメリカ、そして日本といった深い海に囲まれた国に市場が広がると考えられている。
こうした市場の広がりを見込んで、他国に先駆けて実用化することで市場を席巻しようと欧米の各企業が実証研究を含めた開発を進めている。
中でも先端事例は、ノルウェーのStatoil Hydro社がノルウェーのカルモイ沖10キロメートルの海域で2009年より実施している「Hywindプロジェクト」と呼ばれる実証研究だ。
この研究は、世界初の2.3メガワット級の浮体式洋上風力発電の実証研究で、電気・エレクトロニクスからエネルギー事業まで手掛けるドイツのグローバル企業Siemens社や、フランスに本社を構える世界的な海洋開発ディベロッパーのTechnip社などと共同で行われている。
Hywindプロジェクトでは円柱浮標型の発電機が採用されており、2011年は発電累計10ギガワット、稼働率は約50%を達成しているという。
着床式洋上風力発電の稼働率はおよそ35~40%という中、それを上回る高い稼働率を達成していることも注目される。
ノルウェーの実証研究のほか、欧州の大手エネルギー企業EDP社、米国の洋上風力発電開発会社Principle Power社、そしてデンマークの風力発電機製造大手Vestas社などが協力してポルトガル沖で行っている実証研究などもあり、世界各国で開発が促進されている。
欧米ではこうした研究が進められ、開発が進んでいる。果たして、日本はどこまで進んでいるのか。
そもそも、日本が再生可能エネルギーの導入・拡大を目指すことを政策に盛り込んだのは、かなり以前のことになる。
2003年10月に策定された「エネルギー基本計画」の中でも、新エネルギーとして風力発電などの技術開発に戦略的に取り組むことが謳われている。このことから、資源ポテンシャルが圧倒的に高い洋上風力発電の開発もかなり進んでいると思われるかもしれないが、残念ながら欧米に比べて「周回遅れ」で追いかけているのが実態だ。
日本では、環境省が来年に長崎県五島市椛島(かばしま)沖に2メガワット級の実証機を設置する。また、経産省は昨年から2015年にかけて、福島沖にて 2メガワット級以上の浮体式洋上風力発電6基の実証研究を実施する予定。だが、現状は発電施設といった実物がなく、実証データがないため、浮体式洋上風力 発電のコストや、普及にあたっての課題が十分把握できているとは言いにくい。
政府のエネルギー・環境会議コスト等検証委員会が、昨年12月19日に公表した各発電別のコスト試算においても、肝心の浮体式洋上風力発電のコストは示されていない。
国際標準化でも韓国に遅れる
技術開発で遅れをとっているだけではない。日本は国際標準化の舞台でも、隣国の韓国に先手を打たれてしまった。
世界的に開発段階にある浮体式洋上風力発電であるが、既にその技術の国際標準化の議論は始まっており、韓国が他国に先駆けてIEC(国際電気標準会議)に新業務項目として浮体式洋上風力発電の国際標準化を推進する枠組みの設置を提案している。
昨年5月には提案が認められて、IECの技術委員会88(TC88)の中に、浮体式洋上風力発電を扱うワーキンググループが設置されている。
提案国の韓国は、そのワーキンググループ(WG)の議長国となり、標準化の議論をリードする立場を確保している。
ISO(国際標準化機構)、IEC(国際電気標準会議)といった公的な国際標準機関で策定される技術仕様の国際標準は、WTOの協定により各国がその国際 標準化された技術仕様の採用を義務付けられる。いちはやく自国の技術を国際標準化して、国際普及させようとする各国間の戦略が激しく繰り広げられる。
この分野は日本の持つ技術が活用できるのに、資源のポテンシャルが見込まれる日本の洋上風力発電が国際標準化で遅れをとることで、自国の技術が活かせず、普及が進まないという事態に陥ることは許されない。
本来であれば、ワーキンググループの議長である韓国主導の下、今年、標準技術仕様書の原案が策定され、来年には標準技術仕様書が固まってしまう流れだった。だが、不幸中の幸いにも、韓国が提案してきた技術仕様書の原案が十分なものではなかったという見方が出ている。昨年9月に開催されたワーキンググルー プ第1回の会合では、韓国案は他国の賛同を得られず、あらためて国際標準の基準に盛り込む内容を検討し始める。つまり、振り出しに戻ったわけだ。
逆転に向け、実証研究を急げ
韓国の案が採用されていれば、浮体式洋上風力発電の国際標準化は韓国主導の内容になってしまったところだが、振り出しに戻ったことで、日本もまだ技術内容に関与できるチャンスがある。しかし、時間的な余裕があるわけではない。
国際標準化の議論においては、実証データを持つ国の発言力が強い。そのため、日本は国際標準化のスケジュールを念頭に入れた実証研究を早急に進める必要がある。その際、実証研究で先行しているノルウェーの動きなど、各国の動向を注視すべきだ。
正確なコストや普及のための課題を把握するためにも、実証研究は可能な限り早急に、かつ丁寧に実施することが求められる。
また、実証研究においては、単なる技術的な実証のみならず、設置する地域との共生をどのように図るか、という点も検証すべきだろう。
再生可能エネルギーはその地域の風の風、日射、地熱、水流などからエネルギーを得る「地域密着型」のエネルギーであり、その活用においては、住民や利害関係者の理解が欠かせない。
この点を鑑みず、資源ポテンシャルや技術開発のみを判断材料とした「普及見込み」や「エネルギーベストミックス」を構築しても、結果として地域の理解が得られず、普及が進まないといった事態を招きかねない。
発送電体制のあり方にも影響する
政府では今夏にむけて「革新的エネルギー・環境戦略」の決定、「新・エネルギー基本計画」の策定など、今後のエネルギー政策の基本となる方針を示す予定だ。
今後のエネルギー像となるベストミックスを導き出すというわけだが、それには具体的な施策が伴っていなければならない。
例えば、原子力発電と同様に、再生可能エネルギーをどの程度、「ベストミックス」の中に組み込むか。これが大きな焦点になるが、ポテンシャルが圧倒的に高い洋上風力がどこまで活用できるのか、また活用するためには具体的に何をしなければならないのかが把握できていなければ、ベストミックスは描けないだろう。
エネルギーベストミックスや全体像といったものを描くには、その根拠となるデータと具体的な施策の積み重ねが必要になるのは当然のこと。エネルギーベストミックスが描けなければ、その後に続く発送電体制を中長期的にどうするかという議論が組み立てられないことになる。
仮に、浮体式洋上風力発電が相当量導入できる、または環境関連産業育成を視野に入れ政策的に導入していくとすると、風力発電がかなりの割合で入ってくることを前提とした発送電体制を組むことが必要になる。
例えば、風力発電に成功している国としてスペインが一例に挙げられる。スペインでは風力発電導入にともなう電力変動、発電地と消費地をつなぐ送電網対策 として気象予測システムを取り入れた再生可能エネルギー監視制御センターの設置、さらには電力流入変動への柔軟性が高いメッシュ型の送電網を採用している。
さらに、自由競争を促すために、発電会社は複数を競合させる一方、電力の最適コントロールを行うため、送電会社は1社に絞るという、現在の日本の状況とは全く異なる体制を構築している。
このような体制で、スペインは福島原発事故当時の2011年3月に、国の発電の4割を風力を含む再生可能エネルギーで賄うという実績を残している。
ちなみに、欧州では電力の国際連系により、近隣国との電力融通が可能だ。「だから、電力が安定しない風力発電の導入が可能で、日本とは事情が違う」という見方がある。だが、スペインは昨年、近隣国からの買電よりも、売電する量が上回っている。
こうした状況から、スペインでは「電力の国際連系を必要としない電力体制」まで検討を始めている。
スペインと手を組む中国
こうしたスペインの発送電手法に注目している国がある。中国だ。
中国は風力発電導入量世界一の国。ところが、送電網と電力制御体制が脆弱なため、発電力を十分に活かしきれていないという課題を抱えている。そこで中国が注目したのが、スペインの手法だ。
昨年1月、中国の次世代リーダーの一人と目される李克強副首相がスペインの送電会社Red Eléctrica 社を訪問し、再生可能エネルギー監視制御センターなどを視察している。
直後の昨年3月、中国全土への送電・変電・配電を手がける世界屈指の電力会社、中国国家電網とスペインの送電会社Red Eléctricaの間で、再生可能エネルギー普及のための技術協力の合意文書が交わされた。
少なからず中国は、スペインの手法に注目し、その経験から学ぼうということだろう。
奇しくも中国とスペインの2社が合意文書に署名した時期は、福島原発事故が起きた昨年3月だった。
スペインの手法を日本が取り入れるかどうかは別として、これから描く「日本のエネルギーベストミックスと」という全体像は、今後の日本の発送電体制の姿をも左右することになる。
その意味で、再生可能エネルギー分野で圧倒的なポテンシャルが見込まれる浮体式洋上風力発電がどこまで活用できるのか、また政策的に活用するのか、その検証なしには、日本のエネルギー政策の見通しを立てることは難しいと言える。