平沼 光
割高な日本の天然ガス購入価格
2012年10月6日、東京読売新聞は東京電力が価格の安い米国産シェールガスを調達するため複数の米国企業との交渉を始めたことを報じた。
同紙によると原子力発電所が停止し、火力発電の比重が高まる中、東京電力の2011年度のLNG輸入量は前年度比15%増の約2,400万トン、購入費は45%増の約1兆5000億円に達したという。
現在日本は天然ガスの全量を液化天然ガス(LNG)の形で調達しており、その価格体系も石油価格に連動した長期契約価格であることから、その購入価格は約18ドル/100万BTUと北米市場の約6倍である。
勿論、北米価格とLNGへの加工コストを含めるアジア太平洋市場の単純比較はできないが、欧州と比べてみても日本の購入価格は割高だ。
そこで安価な調達を図るため北米の安いシェールガスを輸入することは一つの選択肢になりえる。
シェールガスのLNG加工および日本への輸送の追加コストは約10ドル程度と考えられており、仮に追加でこのコストを北米価格の3ドル/100万BTU加えても13ドル/100万BTUとなり、現在の日本の購入価格である18ドル/100万BTUと比較して大幅に安くなる。
問題は米国からの天然ガスの輸出に不可欠な自由貿易協定(FTA)が日米間で未締結なこと。米国は自国のシェールガスを戦略物資ととらえており、その輸出先はFTA締結国に限定されている。つまり日本が米国からシェールガスを輸入するには米国政府の輸出許可取得が必要になるのだ。
アメリカが注目するメタンハイドレート
このような中、米国の専門家グループからエネルギー分野における日米協力を促進すべきとする興味深いレポートが公表された。
2012年8月15日に米国のアーミテージ元国務副長官及びジョセフ・ナイ元国務次官補を中心とした外交・安全保障の研究グループが公表した日米同盟に関する報告書“The U.S-Japan Alliance ANCHORING STABILITY IN ASIA”(日米同盟-アジアの安定を繋ぎ止める-)だ。
本報告書では、資源エネルギー政策に関して「米国と日本は、天然資源にかかる同盟を結ぶべきである。また、メタンハイドレートや代替エネルギー技術の開発における協力を促進すべきである。」という提言が盛り込まれている。
実はアメリカにはシェールガスを凌ぐかもしれないほどのメタンハイドレートの資源ポテンシャルがあるとされているのだ。
米国エネルギー省のナショナルエネルギーテクノロジーラボラトリー(NETL:National Energy Technology Laboratory)によるとメキシコ湾北部海底に潜在するメタンハイドレートの賦存量は21,000Tcf(兆立方フィート)以上、そのうちメタンハイドレートが濃集して存在する濃集帯においては6,700Tcfもの賦存量が見積もられており、仮にこの3分の1が利用可能になると米国の天然ガス資源は倍増すると考えられている。
米国エネルギー情報局(EIA)のレポート「World Shale Gas Resources: An Initial Assessment of 14 Regions Outside the United States」(2011年4月公表)によると、技術的に回収が可能な世界のシェールガス資源量の合計は6,622Tcf。
国別埋蔵量上位3位を見ると、1位が中国で1,275Tcf、2位が米国の862Tcf、3位アルゼンチン774Tcfとなっている。
この数字だけでも、米国のメタンハイドレートポテンシャルがいかにインパクトのあるものかがわかるであろう。
世界の先頭を行く日本のメタンハイドレート開発
昨今、日本近海での開発で注目が集まるメタンハイドレートであるが、実はメタンハイドレートは日本固有のものではなくその存在は世界いたるところで確認されている。
世界に広くその存在を知られているメタンハイドレートであるが、その開発は日本が先頭を走っている。
日本でメタンハイドレートの本格的な研究が開始されたのは1970年代にまで遡る。
古くからその存在が知られていたメタンハイドレートであるが、地中からの効率的な採取法はなかなか確立されてこなかった。
そこで日本はメタンハイドレートの特性を徹底研究し、地層内の圧力を下げるとメタンハイドレートがメタンと水に分解するという特性に目をつけ「減圧法」という生産手法を開発。
2007年4月、カナダ北西準州のマッケンジーデルタ地域の陸上において、日本は世界で初めて「減圧法」を用いて地中のメタンハイドレート層からメタンガスを生産することに成功している。
日本の開発の歩みは陸上でのメタンハイドレートの採取成功だけでは止まらない。
本丸といえる海底からのメタンハイドレート採取に向けて2012年2月~2013年3月の期間に東部南海トラフ海域の第二渥美海丘にて海洋産出試験が行われる計画だ。
既に2012年2月から3月にかけてモニタリング井の事前掘削と生産井の準備掘削を終えている。
2013年1月から3月にかけてはいよいよ約2週間程度の期間、数千~万㎥/日のガス生産を想定した海洋産出試験が実施される。
世界初となる海底からの産出試験に日本が成功するということは、海底のメタンハイドレートの資源化を実現する大きな扉を開いたことになり、2013年はシェールガス革命ならぬ日本発のメタンハイドレード革命の元年となる可能性がある。
こうした日本の進んだメタンハイドレート開発技術に米国が注目しないわけが無い。
そうしたことから、前述の“The U.S-Japan Alliance ANCHORING STABILITY IN ASIA”(日米同盟-アジアの安定を繋ぎ止める-)の中でも日本とのメタンハイドレート協力についての提言が盛り込まれているのだ。
外交カードになりえる日本のメタンハイドレート開発技術
メタンハイドレート開発における日米の協力は既に陸上における開発で進み始めている。日本はその高い技術力を持って米国アラスカ州ノーススロープ・プルドーベイで行われたメタンハイドレート開発実験に協力をしており、2012年2月から2012年4月にかけて行われた実験では見事メタンガスの生産に成功している。
いわば日本の技術は米国にとって折り紙つきといえる。
米エネルギー省は今後さらにメタンハイドレートの実用に向けた活動を行う方針で、当然本命とも言えるメキシコ湾北部海底のメタンハイドレートの開発も視野に入れられている。
先行して日本が来年行う海底からの産出試験は米国が大いに注目することであろう。
こうした状況を背景に、日本は進んだ技術と経験をもって米国のメタンハイドレート開発に協力できることを引き換えに、安定・安価なシェールガスの供給を要求するという交渉を進めることが出来る。
同様の交渉は、アメリカだけではなくメタンハイドレートを開発しようとする各国との間でも可能であろう。
日本が自国で調達できない資源を海外から調達するためには単なる“お願い外交”だけでは難しい。日本ならではの資源外交のカードが必要だ。それは昨今日本を大いに悩ませたレアアース資源外交からも痛感しているはずだ。
その意味で、日本のメタンハイドレート開発技術は日本の資源外交カードの一つとして十分活用できる。
東京財団では本年5月に提言 「日本の資源エネルギー政策再構築の優先課題 ~制約条件から導くエネルギー像と取り組むべき中長期的課題への提言~」 を公表している。
提言では、天然ガスの安定・安価な調達のための施策としてロシア産天然ガスをサハリンからパイプラインで調達する可能性も提示している。
政府は「2030年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する」としている。
であれば、再生可能エネルギーの普及と共に喫緊の課題である天然ガスの安定・安価な調達についても、既存の枠を超えた大胆な発想であらゆる手段を尽くすべきであろう。