東京財団 研究員
平沼光
ジスプロシウム不要の永久磁石の実用化
2016年7月12日、大同特殊鋼株式会社と本田技研工業株式会社がジスプロシウム(Dy)など重希土類のレアアース [1] を一切使用しない磁石を世界で初めて [2] 実用化し、今秋発売予定の新型ハイブリッド車の駆動モーターに採用することを公表した。これは日本の資源調達上のリスクを解消する大きな成果と言える。
COP21における気候変動問題への世界的な対処の必要性の高まりなどから、温室効果ガス削減効果の高いハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)など、駆動部に従来型の内燃機関ではなく電気モーターを搭載した次世代自動車の普及の機運が高まっているが、そうした次世代自動車のモーターには強力な永久磁石が部品として必要になる。永久磁石は高温になると磁性を失うという特徴があるが、次世代自動車の走行時にはモーター内部が200度以上の高温となることからモーターに使用する永久磁石は高温下でも磁力を失わないものが必要になる。そのためこれまで使われてきた永久磁石は軽希土類のレアアースの一つであるネオジム(Nd)と鉄(Fe)、ボロン(B)そして高温下でも磁性を保持する性質をもつ重希土類レアアースのジスプロシウム(Dy)を主成分としたネオジム磁石という強力な永久磁石が使用されてきた。
次世代自動車用のモーターにはレアアースを使った永久磁石が不可欠という事になるが、レアアースは中国に偏在したレアメタルで供給途絶などその調達リスクが大きな課題となっている。事実、2010年9月に沖縄県尖閣諸島沖で起きた海上保安庁の巡視船と違法操業の中国漁船の衝突事件(尖閣諸島中国漁船衝突事件)を機にした中国の実質的なレアアース輸出禁止により日本の産業界は大きな打撃を被っている。その後、軽希土類に関しては省資源化や代替化、また調達国の多元化が進み状況は改善されてきたが重希土類に関しては中国以外に商業化が進んでいる鉱床が無く、また技術的に代替も難しかったことから資源調達上極めてリスクのある状況にあった。その重希土類を一切使用しない永久磁石の実用化はレアアースの中国依存というリスクの完全解消にむけた快挙と言える。
レアアースの価値を低下させた資源ナショナリズム
重希土類のレアアースを一切使用しない永久磁石の実用化は資源調達リスクの解消に大きな意味を持つが、同時にそれはレアアースという資源の価値を引き下げることも意味する。そもそもレアアースの価値を引き出したのは他ならぬ日本である。レアアースの用途の代名詞ともいえるネオジム磁石は1983年に日本の佐川眞人博士(インターメタリックス株式会社 最高技術顧問)が発明したものであり、レアアースに世界の産業に欠かせない資源としての価値を日本が与えたと言える。そして、そのレアアースが価値のある資源として世界に利用されてきたのは日本が発明した高性能のネオジム磁石の製造等において他に替え難い便利な鉱物であったこと、そしてその供給源が中国一国に集中していたにもかかわらず尖閣諸島中国漁船衝突事件前までは大きく不足すること無く比較的順調に調達されてきたことにある。つまり、レアアースの価値構築の要件は、①資源として他に替え難い優れた利便性があること、②誰でも調達できるという資源へのアクセスが確保されていたこと、という2点にあったわけだが、尖閣諸島中国漁船衝突事件により中国がとったレアアースの実質的な輸出禁止という鉱物資源を領土問題の外交カードにするという資源ナショナリズムの行動はレアアースの価値構築の要件を中国自らが壊してしまったことになる。
その結果、レアアースは“便利なもの”から“厄介なもの”と認識されるようになり、あたかも厄介払いをするようにレアアースの省資源化、代替化が進められることになった。そして、今回ついにリスクの高かった重希土類を一切使わないですむ永久磁石の実用化に至ったことは、レアアースの資源としての価値を著しく引き下げることになりかねない。日本が生み出したレアアースの価値を今度は日本自らがその価値を消し去るという皮肉な結果と言える。
レアアースの価値低下から学ぶべき教訓
これまで産業に欠かせない貴重な鉱物資源とされてきたレアアースの価値がいま失われつつあるわけだが、このような事態になってしまったのは前述したとおりレアアースの資源価値を構築していた資源アクセスの確保という要件を供給者である中国が自ら壊してしまったことに原因がある。自国の資源を利用し領土問題のカードにするという需要者にとって予見不可能な資源ナショナリズムの行動は必然的に需要者に資源安全保障上の対抗措置をとらせ、結果として資源価値の低下を加速させたことになる。当然、それにより領土問題がどちらかの思惑に沿う形で解決されたわけではない。日本にとっては南鳥島沖の海底にジスプロシウム(Dy)を含めた膨大な量のレアアース資源泥が発見されておりその開発も大きく期待されていた。レアアースの鉱物としての科学的な利便性が失われたわけではないので本来であれば資源開発における環境保全に配慮しつつ、需要者にとって予見可能な供給バランスを保ってさえいればレアアースの資源価値は存続し、供給国、需要国双方にとってメリットのある持続的な利用が可能であったはずであることを考えると大変残念である。
レアアースは大変残念な結果となりつつあるが、大事なのは同じような過ちが繰り返し起こらないようにすることだ。その意味で石油、石炭、天然ガス等の化石燃料資源の動向には注視が必要だ。COP21での全参加国によるパリ宣言の合意は世界的なエネルギー転換の動きを明確に示した [3] ものとなった。今後、世界各国は脱化石燃料をはじめとした温室効果ガス削減に益々注力しなければならないだろう。再生可能エネルギーの世界的なコスト低減とエネルギー需給コントロール技術の進歩、省エネ高効率化の促進、水素利用など化石燃料依存から脱却するエネルギーシステムの実用化も着実に進んでいる。しかし、石油、石炭、天然ガスなど化石燃料も人類にとって貴重な資源であることには変わりはない。重要なのはいかにして化石燃料のデメリットを補いつつ持続可能な利用を進めていくかということで、CCS技術 [4] など化石燃料のデメリットを補う技術革新は積極的に進めるべきであろう。
一方、昨今の化石燃料の動向は大変不安定なものとなっている。中国や欧州の景気後退など世界経済の減速や米国におけるシェールオイル生産などの影響により市場は供給過剰となり2016年2月にはWTI原油価格が2003年以来の安値となる30.35ドル/バレル(月平均)を記録した。2016年2月22日に公表された国際エネルギー機関(IEA)の「中期石油市場レポート」(Medium-Term Oil Market Report)によれば2016年も110万バレル供給が需要を上回り、需給バランスが整合するのは2017年と見込まれているが、価格については膨大な石油在庫がその回復を遅らせることが見込まれている。また、同レポートでは価格の低下により石油生産への投資は2015年に24%縮小し、2016年には17%縮小することも見込まれている。石油生産への投資が縮小する中、今後の需要増の状況によっては生産バランスが崩れ急激な価格上昇のリスクも考えられる。一方、米欧諸国がイランに対して科してきた核疑惑を巡る経済制裁の解除によるイランの石油輸出再開など状況によってさらなる供給過剰状態を生み出すことも考えられ、石油動向の見通しは極めて不透明になってきている。
こうした中で、石油・天然ガスなど化石燃料の供給国が自国の目先の利益を優先し資源ナショナズム的な行動に出ることはレアアースと同じ過ちを繰り返しかねない。レアアースで実証されたように資源ナショナリズムの行動は必然的に需要者に資源安全保障上の対抗措置をとらせ、結果として資源価値の低下を加速させることになる。ましてや温室効果ガス削減にこれまで以上に注力しなければならず、化石燃料に替わるエネルギーも着実に実用化が進んでいるという状況において資源ナショナリズム的な行動をとることは化石燃料離れを致命的に加速することになりかねない。レアアースが資源ナショナリズムによりその価値を失いつつある現実を直視し、資源ナショナリズムは結果として供給国、需要国双方にとってなんのメリットももたらさないことをこの機会にあらためて学ぶべきだ。
(了)
[1] レアアースの種類は全部で17種類あるが大別するとジスプロシウム(Dy)等の重希土類とネオジム(Nd)等 の軽希土類に分けられる。
[2] 大同特殊鋼、Honda 調べ
[3] 詳細東京財団提言「転換期における日本のエネルギーミックス構築に必要な視点」(2016年6月)参照
[4] 二酸化炭素(CO2)の 回収、貯留技術(CCS:Carbon dioxide Capture and Storage)