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所得税の控除見直しが社会保障制度に波及

January 28, 2019

土居 丈朗
東京財団政策研究所上席研究員 慶應義塾大学経済学部教授

所得税制における控除見直し

所得税制において、2020年から給与所得控除や公的年金等控除が10万円引き下げられるとともに、基礎控除が10万円引き上げられる(個人住民税では2021年度から)。それ自体は大きな税制改正だが、その改正が波及するあらゆる影響が、広く国民に理解が浸透しているわけではない。本稿では、その波及する影響について言及したい。

この控除額の見直しに対応して、同一生計配偶者及び扶養親族の合計所得金額要件、源泉控除対象配偶者の合計所得金額要件、さらには配偶者特別控除の対象となる配偶者の合計所得金額要件を、それぞれ10万円引き上げることとした。また、配偶者特別控除の控除額の算定の基礎となる配偶者の合計所得金額の区分も10万円引き上げることとした。さらに、個人住民税の均等割および所得割の非課税限度額も10万円引き上げることとした。

これらの所要の措置により、概ね850万円以下の収入の給与所得者は課税所得が変わらず、増減税なしとなるようにした。

ただ、給与所得控除は給与収入が850万円超の人には控除額が増えないように改正した。つまり、給与所得控除の上限を195万円に引き下げた。また、公的年金等控除には、今回の改正で初めて上限が設けられることとなり、公的年金等収入が1000万円を超える場合の控除額に195.5万円の上限を設けるとともに、公的年金等以外の所得金額が1000万円超の場合は、その控除額を引き下げることとした。

合わせて、10万円引き上げた基礎控除についても、合計所得金額2400万円超で控除額が逓減を開始し、2500万円超で消失する仕組みとした。

こうした控除の見直しは、所得控除という形だと高所得者に税負担軽減効果がより大きく及んで所得再分配機能を弱めることから、それを是正する狙いがある。したがって、これらの基礎控除と給与所得控除や公的年金等控除の見直しは、所得格差是正効果が期待できる。

一見するとそのようにみられるのだが、2018年11月に開始した筆者がリーダーを務める東京財団政策研究所での研究プロジェクト「所得税改革のマイクロシミュレーション分析」で行っている分析結果によると、基礎控除と給与所得控除や公的年金等控除の見直しは、見直し前と比べて、等価世帯可処分所得のジニ係数がむしろわずかに上昇し、可処分所得の格差が拡大する方向に作用する。

高所得者への控除額の縮小は、所得格差を縮小させるはずなのだが、そうならないのはなぜか。

控除見直しに伴う「所得」の変動

所得格差が縮小しない原因は、控除見直しに伴い「所得」が変動するからである。基礎控除を増やして給与所得控除や公的年金等控除を減らすと、課税所得は変わらないものの、合計所得金額や総所得金額などが変動する。なぜなら、合計所得金額や総所得金額などには、所得計算上の控除は反映されるが、基礎控除等の所得控除は反映されないからである。

ここでいう、合計所得金額とは、事業所得、不動産所得、給与所得、総合課税の利子所得・配当所得・短期譲渡所得及び雑所得の合計額(損益通算後の金額)と、総合課税の長期譲渡所得と一時所得の合計額(損益通算後の金額)の2分の1の金額に、退職所得金額、山林所得金額を加算した金額である。合計所得金額の中には、給与所得と公的年金等所得が含まれているから、給与所得控除や公的年金等控除が10万円減ると、これらの所得が10万円増えることになり、合計所得金額が増える。合計所得金額の計算には、基礎控除をはじめとする所得税制上の所得控除は加味されない。だから、基礎控除が10万円増えても、合計所得金額は変わらない。

また、合計所得金額から、純損失や雑損失などの繰越控除を適用した額を、総所得金額等と呼ぶ。

問題は、控除の見直しによって変動した「所得」が、どのような影響を及ぼすかである。

税制の中での影響

まず、所得税制の中でも、基礎控除の見直しに合わせて、平成30年度税制改正大綱において、控除の適用要件を変更しなかったものがある。例えば、寡婦(寡夫)控除の本人の合計所得金額要件(500万円)、住宅借入金等特別控除の本人の合計所得金額要件(3000万円)、配偶者控除・配偶者特別控除の本人の合計所得金額要件(900万円で逓減を始めて1000万円で消失)である。これらは、従前の金額のままとされている。

そのため、給与所得控除や公的年金等控除が10万円減ることによって、合計所得金額が10万円増えることに伴い、上記の控除が適用できなくなることが考えられる。影響を受ける対象者は少ないと思われるが、上記の金額要件は、控除額の変更と連動して見直さないことを決めている。

これは、立法的に問題があるというより、より高所得者には控除が適用できなくなることを通じて所得格差是正効果を高めるという政策判断を下した、と理解すべきことだろう。

社会保障制度への影響

合計所得金額や総所得金額等が10万円増えることの影響は、税制の中だけにとどまらない。実は、社会保障制度に影響が波及するのだ。税制上定義された所得の情報を活用して、給付が受けられたり、保険料負担を減免されたり、患者負担や利用者負担が減免されたりする仕組みが、社会保障制度にはある。

社会保障制度にも波及することが、既に意識されている。次の表は、地方公共団体が所管する社会保障分野やそれ以外の分野の行政において、控除の見直しに連動して合計所得金額や総所得金額等が変動することによって影響を受ける項目を列挙したものである。

出典:総務省自治税務局「地方税制関係資料(平成30年4月25日)」

例えば、国民健康保険料や後期高齢者医療保険料の所得割を徴収する際に用いられている「旧ただし書き方式」である。旧ただし書き方式とは、旧地方税法第292条第4項ただし書きの課税総所得金額と同じ方式によって算定され、国民健康保険法施行令第29条の7第2項第4号に規定されているものである。

合計所得金額から、退職所得金額を除き、純損失の繰り越し控除を加え、個人住民税の基礎控除相当分の33万円を差し引いて算定される。一般に低所得者が多いと言われる国民健康保険の被保険者には、課税所得の範囲が広い当該方式で所得割額を算定することを原則としていることから、こうした独自の定義が用いられている。

ここで、平成30年度税制改正大綱において、個人住民税の基礎控除が33万円から43万円に引き上げられたことを、これにどう反映するかが問われる。もし、旧ただし書き所得で差し引かれる個人住民税の基礎控除相当分を10万円増やさなければ、前掲の控除見直し後の旧ただし書き所得は10万円増えることになる。すると、国民健康保険料や後期高齢者医療保険料の所得割が連動して増えることになる。

この保険料の負担増は、相対的に低所得者が多い国民健康保険や後期高齢者医療制度で生じるが、厚生年金や健康保険組合の加入者には生じない。相対的に高所得者が多い大企業の従業員が加入する厚生年金や健康保険組合は、保険料の課し方は合計所得金額とは連動しない仕組みが、従前から用いられている(協会けんぽも同様)。

すると、旧ただし書き方式の所得計算を、税制での控除見直しと連動して修正しなければ、国民健康保険や後期高齢者医療制度に加入する低所得者に社会保険料の負担増が生じるのに対し、厚生年金や健康保険組合に加入する高所得者には社会保険料の負担増がないことから、所得格差是正効果を減殺してしまうことになる。

さらに、介護保険の第1号被保険者(65歳以上)には、所得に比して標準的には9段階の保険料が設定されている。その保険料水準を決める際に用いられる所得は、合計所得金額である。2018~2020年度においては、合計所得金額の区切りは、120万円未満、120万円以上200万円未満、200万円以上300万円未満、300万円以上である。もしこの区切りとなる金額を、税制での控除見直しと連動した修正を行わなければ、合計所得金額が10万円増えてその区切りを超えるとより高い介護保険料を支払わなければならなくなる。介護保険料の設定で標準的な9段階を採用している市町村では、現行税制で合計所得金額が300万円以上の所得者は、控除見直しに連動して合計所得金額が10万円増えても、介護保険料は増えないことになる。

このように、医療や介護において、合計所得金額などが用いられていることから、控除見直しに連動した「所得」の増加を適切に調整しなければ、相対的に低所得者に社会保障制度で負担増が生じる。そして、これが所得格差是正効果を減殺することになる。

前掲の研究プロジェクト「所得税改革のマイクロシミュレーション分析」における調査結果によると、日本家計パネル調査(JHPS)の2013年調査の個票を用いたところ、等価世帯可処分所得のジニ係数は、平成30年度税制改正大綱に盛り込まれた所得税制での控除見直し前では0.30679だった。この個票データに控除見直し後には、ジニ係数は0.30732と若干上昇した。このジニ係数は、所得税と個人住民税での控除見直しと、それと連動して実施される前掲の所要の措置までを行ったものであり、社会保障制度での要件変更は一切ないとしてマイクロシミュレーション分析をしたものである。そこで、旧ただし書き方式の所得計算、後期高齢者医療制度での軽減措置の所得要件、子ども手当・児童手当の所得制限の所得要件、介護保険の第1号被保険者の保険料の所得段階区分、国民年金保険料の免除の所得要件を連動して10万円引き上げる措置を講じると、ジニ係数は0.30642と低下した。このジニ係数は、控除見直し前よりも低くなっており、税制の控除見直しだけにとどまらず、それと連動した社会保障制度の見直しも行うことにより、所望の所得格差是正効果が生じると考えられる。

では、社会保障制度の見直しはどうなっているか。個人住民税の控除見直しが2021年度からとされていることから、どう対応するかについて、現時点ではまだ決まっていない。これから議論されるという。いずれにせよ、近い時期に、控除の見直しと連動した対応を決めなければならない。影響をしっかり見極めながら、必要な措置を講じることが求められる。

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