世界中で様々なデジタルデータが収集され、分析される今日。行政も積極活用が求められると唱えるのは、東京大学准教授の別所俊一郎氏(『週刊東洋経済』2月15日号)である。政府も、官庁統計の2次利用を拡大し、研究者が分析に使えるようにはなっている。
しかし、政府が業務の一環として収集あるいは蓄積した行政データ(いわゆる業務統計)の活用は進んでいない、と別所氏は指摘する。官庁統計の調査では、回答拒否や誤った回答の存在が問題になるが、行政データではこの問題は小さい。また、データ数が多いから、超富裕層、双子や三つ子などある属性を持つ一部の人々に分析対象を絞っても、統計的な検証に耐えうる数のデータが得られやすい。行政データを用いたデータベースの構築は、国レベルではまだだが、例えば東京都足立区で始まっており、区学力調査、就学援助の申請と受給状況、補習参加状況などが含まれ、補習の学力定着への効果を検証できたりするという。
現在の日本は教育のデータと分析が圧倒的に不足していると指摘するのは米エール大学助教授の成田悠輔氏(『日本経済新聞』2月24日付「やさしい経済学」)である。必要なこととして、データと課題の源である自治体と研究者の歩み寄り、国が持つデータの掘り起こし、社会実験の実現を挙げる。もし、国立大学の入試データと確定申告データを連結できれば、合格最低点ギリギリで受かった学生と、ギリギリで落ちた学生の将来を比べられる、とその意義を強調する。
データの収集・分析の精度が向上したことで、より精緻かつ弾力的なプライシングができるようになったことに注目するのは、米シカゴ大学准教授の伊藤公一朗氏(『Wedge』3月号)である。需給を調整するために、価格を変動させることで、交通渋滞や非効率な電力消費を解消でき、公共インフラの低コスト化や効率化といった社会課題の解決を図ることができる。商品やサービスの価格を需要と供給の状況に合わせて変動させることを、ダイナミックプライシング(DP)という。
ただ、価格の差異が生まれることで「弱者」となる人たちをいかに救済するかという課題も考えなければならないと伊藤氏は説く。例えば、米カリフォルニア州の電力会社は、電力料金に価格変動制を導入する一方で、低所得者限定の料金プランを用意し、世帯収入が一定以下ならば、電気料金を約30%割り引いている、という。DPによって生まれた余剰の一部を弱者に還元する仕組みが必要とみる。
米大統領選と経済の行方
11月の米大統領選挙に向けた民主党の予備選挙が始まった。米国の今後の政策がどうなるか、注目される。米コロンビア大学教授のジョセフ・スティグリッツ氏(『経済セミナー』2.3月号)は、民主党の候補には、市場経済、資本主義が国民の利益につながるには、社会をどう作り直すべきかを考えている人がいると指摘する。経済学には競争市場の理論があるが、そこには「権力」は存在しない。しかし、経済が進化し、独占や寡占が存在するようになると、競争市場ではなくなり、権力が利益を生むことに使われ、人々のために使われていないと憂う。
最近の米長期金利は、新型コロナウイルスによる肺炎の拡大で世界景気への不安が強まり、低下幅が広がっている。景気拡大期が長期化し、経済成長率は鈍化傾向にあるものの、クレジット(借り入れまたは債券発行による資金調達)の市場では低格付け債の信用スプレッド(国債との利回り格差)が縮小し、新規クレジットの質の低下が続いている。これを、米国の景気が「嵐の前の静けさ」とみるのは、名古屋商科大学教授の岩沢誠一郎氏(『日経ヴェリタス』2月2日号)である。一般に信用スプレッドが縮小傾向になるのは、景気拡大期である。だから、信用スプレッドの動きは、景気後退懸念と矛盾するかもしれない。
しかし、景気拡大期が長期化し、デフォルト率が低い状態が続くとクレジット市場が過熱しやすくなる。この過熱により有効需要が生み出され、直後の1~2年の実体経済にも浮揚効果が加わるが、その後は経済成長が鈍化して、景気後退期が到来すると考えられる、と岩沢氏はみる。米大統領選挙に向けて好況を維持したいトランプ政権は、どう動くだろうか。
膨らむ公的債務に警鐘
先月公表された内閣府の中長期試算では、わが国の政府債務は国内総生産(GDP)比で今後低下し続ける結果が示された。これに対し、法政大学教授の小黒一正氏(『週刊ダイヤモンド』2月22日号)は、予測は甘いと喝破する。増税しても歳出が膨張する限り、財政再建は永遠に不可能で、債務残高を最低でも現在の水準以下に抑制するまで財政赤字削減が必要と説く。
大阪大学教授の赤井伸郎氏と同大学招へい教授の石川達哉氏(『日本経済新聞』2月12日付「経済教室」)は、わが国の地方財政全体の持続可能性は楽観できないと警鐘を鳴らす。自治体全体の財源が不足した場合に国と地方が折半し、地方負担分を特別な赤字地方債として各自治体に割り当てられ発行する臨時財政対策債を問題視する。償還財源は地方交付税制度の中で確保される建前になっているが、目下自治体全体でみると、毎年の償還費全額を実質的な借換債の発行で賄い、財源確保を先送りしている。
ドイツは財政出動で景気刺激策を講じるべきだという論調が世界的に強まっている。とはいえ、ドイツは憲法で財政収支均衡を義務づけている。財政規律問題は単なる経済政策の議論ではなく、背後に堅い政治的合意が存在し、制度的にも確立していると言及するのは、東京大学教授の森井裕一氏(『日本経済新聞』2月7日付「経済教室」)。メルケル政権の後のドイツ政治は、二大政党のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と社会民主党が縮小し、複雑な連立を組まないと安定政権ができない可能性が高いという。しかし、財政規律に関してCDUと自由民主党のかたくなな姿勢は変わらず、2党は、憲法改正を阻止できるだけの数を持つとみる。
2020年2月29日『日本経済新聞』「経済論壇から」掲載