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新型コロナウイルス感染拡大とエネルギー転換への影響
写真提供:GettyImages

平沼 光
杉本康太

気候変動問題に対処するため世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2未満に保つというパリ協定の発効により、世界は化石燃料依存から脱却し、再生可能エネルギー(以下、再エネ)の普及拡大を推進するエネルギー転換へと進んできた。その中で、新型コロナウイルス(以下、「新型コロナ」)の感染拡大が、日常生活に影響を及ぼし世界の経済を停滞させるという事態をもたらしている。4月14日に国際通貨基金(IMF)が公表した世界経済見通しでは、新型コロナのパンデミック(世界的大流行)により世界経済は1930年代の世界大恐慌以来の最悪の景気後退に陥るとの見解が示された。既に世界各国でロックダウン(都市封鎖)が行われるなど、人の移動や生産活動が制限されてきているが、こうした状況は、気候変動問題への対処とエネルギー転換にどのような影響を及ぼすであろうか。

原油価格と再エネ普及の動向

産油国による石油市場のシェア争いからくる石油の供給過剰という状況が続いてきた中、新型コロナ感染拡大による経済活動の停滞から、2020年3月30日の原油価格(WTI)の終値はバレル当たり20ドル割れ目前の20.09ドルで終えるという大幅な安値を記録した。さらに、4月15日には20ドル割れとなる19.87ドルで取引を終え、終値ベースでは2002年2月以来、ほぼ18年ぶりの安値水準に突入している。2020年1月から3月までの平均価格をみても45.98ドル/バレルとなり、前年平均価格の57.01ドル/バレルと比べても大幅な安値となっているが、昨今の原油価格の下落は再エネの普及にどのような影響を及ぼすであろうか。

これまでの再エネ設備への投資額の推移をみると、原油価格の動向に関わらず投資が進んできていることがわかる(図1)。

(図1)再エネ設備投資額と原油価格の推移 

特に、2014年の原油平均価格93.11ドル/バレルに対し、2015年の平均価格は48.71ドル/バレルと大幅に下落しているが、この間においても再エネへの設備投資は増加している傾向にある。これは、再エネの固定価格買取制度(feed-in tariff)を導入している国が2002年は23カ国であったのに対し、2014年は103カ国に増えていることからもわかるように、各国が原油価格の動向に関わらず、気候変動問題への対策として政策的に再エネ普及を進めてきたことが背景にある(図2)。

こうした再エネの普及を進める世界の政策動向は、2008年のリーマンショックという経済危機に直面してもかわらず、2008年の再エネの固定価格買取制度導入国71カ国に対し2009年は81カ国と増加している。即ち、これまでの再エネの普及動向は、原油価格や経済危機の影響よりも政策的な意図がドライビングフォース(推進力)となっていると言える。

(図2)再エネ固定価格買取制度(FIT)を制定している国の累積数 

各国の再エネ普及政策により、ドイツをはじめとして欧州では発電電力量構成における再エネ比率が40%を超える国も現れるなど再エネの普及が進み、それとともにコストの低下も進んでいる。原油価格は2011年の平均価格95.05ドル/バレルから2020年1~3月平均価格の45.98ドル/バレルへと約51%下落しているが、太陽光発電施設の総設置費用も2011年の3,891ドル/kWに対し2018年は1,210ドル/kWと約69%も安くなってきている(IRENA,2018)。

こうした再エネのコスト低下は太陽光発電だけではなく風力発電や蓄電池でも進んでおり、再エネの発電コスト(新設案件(補助金無)、均等化発電原価(kWh))も原子力、石炭、天然ガスを抑えて再エネが最も安い電源となってきている(Lazard,2018)。

また、石油の用途という点から見ても、原油が20ドル/バレル台であった2002年においても世界の発電電力量構成における石油割合はわずか7.1%(経済産業省,2010)であったことから発電部門における石油の役割はほぼ終えていると言える。石油の用途として大きいのはおよそ4割を占める運輸・乗用車部門となるが、同部門は二酸化炭素排出量が多く、世界がパリ協定による気候変動問題への対策を進めていくうえでは、石油依存を削減するため電気自動車(EV)や燃料電池車(FCV)をはじめとする次世代自動車の普及が必要となる。

以上のように、再エネの普及は気候変動問題に対する世界の政策に大きく影響される状況にある。2018年10月には、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)から、地球温暖化をパリ協定の目標である2℃未満でなく1.5℃に抑えることが持続可能な世界を確保するために必要であり、そのために再エネの発電電力量構成比率を2030年には48%~60%とするシナリオを示した特別報告書『1.5℃の地球温暖化』が公表されており、世界の気候変動対策の政策方針に変更がない限り再エネの普及は進む方向にある。

新型コロナ禍における世界の動向

一方で、新型コロナの感染拡大は世界の気候変動対策の動きに大きな影響を及ぼす可能性がある。アメリカで本年3月末に成立した2兆ドル規模の景気刺激策法案では、新型コロナ禍(以下「コロナ禍」)の自粛下で経済的に影響を受ける様々な産業や個人に対し、直接給付や低利子の貸し付けが予定されている。しかし気候変動の観点から借り手に対してなんらかの条件を設けているものはない。民主党は航空産業への支援に対して「2050年までに二酸化炭素の排出量を半減させること」を条件とするよう提案したが、採用されなかった。共和党員からは、コロナ禍の危機を利用して気候変動対策を進めようとすることに対する非難があったという(Houlden, 2020)。

また、再エネ業界が議会に対して訴えた「太陽光発電や風力発電事業が生産税控除(PTC)の受給資格を得るための申請期限を、コロナ禍の影響で生じる遅れの分だけ延長する」という要求は、今回の法案には反映されなかった(Groom, 2020)。このように、新型コロナ感染拡大の状況が長引き世界経済に深刻な影響が出ると、気候変動対策が後回しにされる可能性がある。

対照的に、欧州連合(EU)はコロナ禍でも気候変動対策の手を緩めない方向性で議論が進んでいる。もともとEUは、昨年末時点で欧州委員会の新委員長フォンデアライエン氏の下、グリーンニューディールを進めるために1兆ユーロ規模の投資を実施するという非常に意欲的な計画を発表していた(安達 2019; Diermann and Beetz, 2019; Hall, 2020)。脱炭素化への投資が、持続可能的な経済発展へつながるという考えが根底にある。EUは新型コロナ対策に1兆ユーロ規模の政策パッケージを行うことを決めたが、並行してコロナ禍後の景気刺激策についても欧州委員会が計画し始めている。そこでは、従来推進してきた情報通信技術を用いたグリーンな経済への移行(the green transition and the digital transformation)というビジョンに適合したものが目指されている(European Council, 2020)。ただしEU加盟国政府によるコロナ禍に対する航空産業や自動車産業への支援策がグリーン経済移行への協力を条件とするかどうかに関しては、欧州委員会は限られた裁量しか持っておらず、現在は各国政府に委ねられている状況にある(Simon, 2020)。

こうした状況のなか、国際エネルギー機関(IEA)は、新型コロナ感染拡大による経済活動の低下から2020年は二酸化炭素排出量が減る可能性があるが、長期的に気候変動リスクに対処するためにはエネルギー転換を進めていく必要があるという趣旨の声明を繰り返し発表している(Bahar, 2020; Birol, 2020; Jørgensen and Birol, 2020)。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)も4月20日に初めて公表した「Global Renewables Outlook」において、柔軟な電力系統、エネルギー利用の効率化、電気自動車の充電インフラなどへの投資が気候変動対策としてだけではなく、コロナ禍後の景気回復策としても有効であると主張している。世界資源研究所(World Resource Institute)のMountfold氏は、様々な根拠を挙げながら気候変動対策が経済に有効であることを論じている(Mountfold, 2020)。

気候変動対策の行方とリバウンドへの備え

新型コロナ感染拡大の影響は経済に打撃を与えるため、各国政府は経済回復のため様々な景気刺激政策を講じる必要に迫られる。そのときに忘れてはならないのが、二酸化炭素排出量の増加(リバウンド)を予防するという観点だ。コロナ禍での経済活動の自粛により世界の二酸化炭素排出量は一時的に下がることが予測できるが、各国が行う景気回復策次第では、のちにリバウンドを招き、持続可能な社会の構築を妨げる可能性がある。

Peters, et al (2012)によれば、化石燃料の使用とセメントの生産による二酸化炭素排出量は、リーマンショックの影響により2009年に世界全体で1.4%減少した。しかし2010年には前年の落ち込みを大きく凌駕し、排出量は5.9%まで増加した。この現象は電力需要増加の著しい途上国だけではなく先進国でも観察された。今回のコロナ禍による二酸化炭素排出量の減少も、後に大きく増加する可能性がある。

この観点からは、「高速道路の無料化」という景気刺激策は賢明ではないと言える。3月25日の産経新聞によれば、政府は新型コロナ感染拡大終息後の経済対策の一環として、高速道路無料化を検討していたという。しかしこの政策は電気自動車が普及していない現状では、確実にガソリンの消費を増やしてしまう。ガソリンの消費は、二酸化炭素だけではなく、窒素酸化物やPM2.5の排出を増加させ、大気汚染にもつながる。

リーマンショック後にアメリカが行ったグリーンニューディールと呼ばれる景気刺激策は、国内総生産(GDP)や雇用を増加させるだけではなく、エネルギー転換の促進に有効だったという評価がある。米国大統領経済諮問委員会(2016)によると、リーマンショック後にオバマ政権が2009年に実施したアメリカ復興・再投資法(The American Recovery and Reinvestment Act)では、再エネ電源の開発、エネルギー効率化、次世代自動車・燃料の開発などに約900億ドルの財政的支援を行い、2015年までの6年間に少なくとも新エネルギー部門で90万人/年分の雇用を産み出した。アメリカ復興・再投資法は、住宅のエネルギー利用効率化のための財政支援も行った。その結果、2012年までの間に80万軒以上の住宅が耐寒構造を得た。アメリカ復興・再投資法によるこのようなエネルギー利用効率化のための投資は、2050年までに4億MMBtu(百万熱量)分のエネルギー消費を節約する効果があったと試算されている。これはアメリカの住宅1万軒が2050年までの約40年間に消費するエネルギーをゼロにしたのと同じ効果がある。 

新型コロナ感染拡大は世界経済に大きな打撃を及ぼすはずであり、コロナ禍後の世界は、可能な限り早期に経済を立て直すため様々な施策を講じる必要がある。一方、化石燃料の消費を増加させる短期的な景気回復策は二酸化炭素排出量の増加というリバウンドを引き起こし、長期的に見て気候変動対策を後退させることにつながりかねない。したがって、コロナ禍後の世界は経済復興と気候変動対策の継続という二つの課題に、今まで以上に取り組んでいく必要がある。

 

引用文献

Renewable Power Generation Cost in 2018. IRENA. May 2019.

Levelized Cost of Energy Analysis – Version 12.0. Lazard. November 2018.

「平成21年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2010)」経済産業省 2010.

Council of Economic Advisers. A Retrospective Assessment of Clean Energy Investments in The Recovery Act. Executive Office of the President of the United States. 2016.

Dan Jørgensen., Fatih Birol. How clean energy transitions can help kick-start economies. IEA Commentary. 23 April 2020.

Emiliy Houlden. $2tn US coronavirus relief comes without climate stipulations. The Gardian. 26 March 2020.

European Council. Joint statement of the Members of the European Council. Brussels, 26 March 2020.

Fatih Birol. Put clean energy at the heart of stimulus plans to counter the coronavirus crisis. IEA Commentary. 14 March 2020.

Frédéric Simon. Questions remain over green aspects of EU recovery plan. Euractiv.com. 2020年4月24日 (updated:  2020年4月25日).

Helen Mountford. Responding to Coronavirus: Low-carbon Investments Can Help Economies Recover. World Resource Institute, Blog. March 12, 2020.

Heymi Bahar. The coronavirus pandemic could derail renewable energy’s progress. Governments can help. IEA Commentary. 4 April 2020.

IRENA. Global Renewables Outlook: Energy transformation 2050 (Edition: 2020), International Renewable Energy Agency, Abu Dhabi. 2020.

Max Hall. European Commission announces €1tn Green Deal ambition. PV Magazine. January 15, 2020.

Nichora Groom. U.S. wind, solar industries plead for tax credit 'tweaks' to keep projects alive during virus outbreak. Reuters. 26 March 2020.

Peters, G., Marland, G., Le Quéré, C. et al. Rapid growth in CO2 emissions after the 2008–2009 global financial crisis. Nature Climate Change 2, 2–4. 2012.

Ralph Diermann., Becky Beetz. EU Commission presents ‘historic’ European Green Deal plan. PV Magazine. December 12, 2019.

足達英一郎「欧州グリーンディールの意志 脱炭素を推進、社会システム変革」日本経済新聞. 2019/12/27.

産経新聞 「感染終息後に高速道路無料化へ 政府検討、観光業を支援」 2020年3月25日.

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