2021年6月4日に、全世代対応型の社会保障制度を構築するための健康保険法等の一部を改正する法律案が可決・成立した。同法案には、後期高齢者医療の被保険者のうち、一定所得以上であるものについて、患者負担割合を2割とすることができる規定が設けられた。
年齢でなく負担能力に応じた負担が設定されたことは、社会保障負担を改める第一歩として評価できる。年収300万円の64歳以下は3割負担なのに、同年収でも75歳以上だと1割負担だったことを、来年度後半から改められる。特に2022年度から団塊世代が75歳以上になり始めるのに間に合った点では大きい。
思えば、この高齢者医療の患者負担割合は、小泉純一郎内閣での最初の医療制度改革以来、約20年かけての改革だった。
その顛末は、拙著『平成の経済政策はどう決められたか』(中央公論新社)でも詳述したところである。小泉内閣で最初にこの議論が俎上に載ったのは、2002年度の医療制度改革であった。なぜなら、2002年度には診療報酬改定が予定されており、小泉内閣となって初めて編成された2002年度当初予算では、小泉首相が就任した最初の所信表明演説で明言した「国債発行を30兆円以下とする」ことを求めていたからである。前掲拙著でも記したが、小泉首相には、厚生大臣在任中に医療制度改革を積み残したと認識していた。
経済財政諮問会議が発足して最初の「骨太方針」となる「今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針」(2001年6月閣議決定)では、適正な患者自己負担の実現・保険料負担の設定を行う」ことが明記されたほどである。
これを受けて、2001年9月に厚生労働省が公表した「医療制度改革試案」では、患者負担割合を75歳以上は1割(現役並み所得者は2割)、70~74歳は2割とすることが提案されていた。
このとき既に、70~74歳の患者負担割合を2割とする案が出されていたのである。これが通らなかったことから、約20年にわたる迷走が始まったと言ってよい。74歳以下で2割負担が実現しなければ、75歳以上での2割負担もとうてい実現しない。
2002年度の医療制度改革においては、最終的に高齢者の患者負担割合は、70歳以上の現役並み所得者だけ2割にすることのみが通り、70歳以上は引き続き1割のままとされることで決着した。そして、老人医療を改めて新たな高齢者医療制度を創設することは、今後の検討に委ねることとした。
この時点では、むしろ69歳以下の患者負担割合を全員3割とすることに注力して、医療界などの反対を押し切った。そのとき、小泉首相はこの医療制度改革を「三方一両損」(医療機関は診療報酬本体で史上初のマイナス改定、患者は窓口負担割合の3割への引上げ、保険者は保険料の引上げ)と繰り返し述べ、国債発行30兆円枠とともに、それらを実現した。
小泉内閣での医療制度改革第2ラウンドは、2006年度の医療制度改革だった。2006年度には2年に1度の診療報酬改定が予定されていた。2005年9月の衆議院総選挙(郵政選挙)での与党圧勝の勢いそのままに、同年12月に「医療制度改革大綱」を政府与党で決定した。同大綱では、2006年度から70歳以上の現役並み所得者の患者負担を3割に引き上げ、2008年度から、70~74歳の患者負担を原則2割とするとともに、75歳以上を対象とした後期高齢者医療制度を発足させて、75歳以上からは原則全員から保険料を徴収するとともに、患者負担を1割とすることとした。
ついで、2006年度の診療報酬改定では、診療報酬本体をマイナス1.36%と過去最大のマイナス改定とした。これは、診療報酬改定に強い影響力を持つ中央社会保険医療協議会(中医協、厚生労働大臣の諮問機関)を背景として2004年に起きた中医協汚職事件も影響しているとみられる。診療報酬本体がプラス改定とならなかったのは、今に至るまで小泉内閣期の3回のみである。
同大綱を踏まえた医療制度改革関連法案は、2006年6月に成立して日の目を見た。
ところが、このまますんなりとはいかなかった。2007年7月の参議院選挙で自民党が敗北して、ねじれ国会となり、退陣した第1次安倍晋三内閣の後を受けた福田康夫内閣が、2007年10月に70~74歳の患者負担割合の引上げを凍結して、特例として1割としたのである。その後、民主党政権でもこの特例が継続された。
結局、70~74歳の患者負担割合が原則2割となるのは、第2次安倍内閣の下で2014年度から70歳になる人から順次実施されるまで待たなければならなかった。70~74歳の全員が2割負担となったのは、2019年度だった。
そして、第4次安倍内閣の下で2019年9月に設けられた全世代型社会保障改革検討会議で、75歳以上の患者負担割合を2割にする議論が取り上げられた。これは、70~74歳の全員が2割負担となってからだった。
同検討会議は、同年12月に取りまとめた「中間報告」において、75歳以上(現役並み所得者は除く)であっても一定所得以上の人については、医療費の患者負担割合を2割とすることが明記された。2019年度に既に2割負担となっている74歳の人が、75歳となる2020年度からも引き続き2割負担とすることは実現できなかったが、団塊世代が75歳以上となる2022年度初めまでに実現できるよう求めた。
布石はあった。同検討会議第2回会合でヒアリングに応じた日本医師会の横倉義武会長(当時)が、75歳以上の窓口負担を2割にすることに強く反対はせず、低所得者にも十分配慮しつつ、国民が納得できるよう十分な議論を尽くしていくべき、との意見を述べた。これまでこの2割負担に反対の姿勢を明確にしてきた医療界が、「低所得者への配慮」を条件にこれを容認したと受け止められた瞬間だったといえよう。
同検討会議の最終報告は2020年6月に予定されていたが、新型コロナの影響を受けて、同年末に延期された。内閣も菅義偉内閣に代わり、2020年12月に同会議が取りまとめた「全世代型社会保障改革の方針」が閣議決定されて、一応の決着をみた。その間、社会保障審議会(厚生労働大臣の諮問機関)の医療保険部会で、所得基準等に関する議論が続けられてきた。閣議決定された「全世代型社会保障改革の方針」には、2割負担の対象者についての細かい条件までもが明記された。
積年の課題は、このような紆余曲折を経て、一定の結論にたどり着いた。しかし、これが完成形ではない。2割負担の対象者は所得の上位30%程度なので、依然として大半の後期高齢者は1割負担のままである。対象者の拡大を、3割負担者も合わせて、今後診療報酬を改定する2年に1度の頻度で不断に見直していくべきである。
今般の改正によって、1割負担が2割負担に倍増するのではない。74歳まで2割負担だったのを75歳以上も継続するのである。さらに、高額療養費制度があるから、自己負担が一時的に高額になっても、負担が倍増することのない仕組みが整えられている。2割負担になって受診控えを懸念するが、入院医療では起きにくい。負担が1割から2割になったからといって、医師が入院を勧めるのに患者から入院を断ることはまずあり得ない。
こうした負担にまつわるあらぬ誤解を払拭しつつ、後期高齢者医療制度の不断の見直しが必要だ。