【座談会】東アジアの歴史認識と国際関係――安倍談話を振り返って(下) | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

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【座談会】東アジアの歴史認識と国際関係――安倍談話を振り返って(下)

August 24, 2016

2015年8月14日に安倍談話が発表されてから、1年が経ちました。

この談話により、国内外でどのような反応が見られ、影響があったのか、そして、グローバルに展開する歴史認識問題に今後日本はどう向き合っていくべきなのか。

政治外交検証研究会では、改めて安倍談話の意味を検証するとともに、東アジアの歴史認識と国際関係について、中国、韓国、米国、欧州の専門家が考察していきます。

※本稿は2016年2月行った政治外交検証研究会の内容を東京財団が編集・構成したものです。

【メンバー】(順不同、敬称略)

  • 川島 真 (東京財団政治外交検証研究会メンバー/東京大学大学院総合文化研究科教授)
  • 西野 純也 (東京財団政治外交検証研究会メンバー/慶應義塾大学法学部准教授)
  • 渡部 恒雄 (東京財団政策研究ディレクター兼上席研究員)
  • 細谷 雄一 (東京財団上席研究員・政治外交検証研究会サブリーダー/慶應義塾大学法学部教授)[モデレーター]

下 国際関係から考える東アジアの歴史認識

3 国際関係のなかで歴史認識をどう捉えていくのか

3-1 欧州からみる日本とアジアの歴史認識

細谷 渡部先生のご指摘は、重要な点だと思います。1つは、先ほどから話題になっているフレーズ、「寛容の精神をもって国際社会は接してくれた」という文言についてです。これは、明らかにメルケル首相の2015年3月の東京での演説をヒントにしたものです。

それまで日本では、歴史に向き合ったドイツから学ぶべきだという論調が大きな流れでした。しかし、メルケル首相はその演説で、ドイツが歴史和解を実現できたのは、近隣国の寛容の精神のおかげだと発言しました。同時に、ドイツが歴史に誠実に向き合ってきたことにも触れています。その両方が必要だと発言しており、日本でも歴史和解を考える際に、日本の一方的な努力だけでは不十分だという認識が広がってきました。

メルケル首相が言及した歴史和解に必要な二つの条件、すなわち日本が誠実に歴史に向き合うことと相手国の寛容の精神を示すこと、その双方が必要であることを安倍談話は示唆しています。その意味では、メルケル首相が3月に東京で行った演説は、期せずして安倍談話にも大きな影響を及ぼしたと考えています。それゆえ、安倍総理は4月の米国議会での演説や8月の安倍談話でも、米国、イギリス、オーストラリアなどの諸国の和解へ向けた寛容の精神に感謝の姿勢を示しているのです。

欧州との関係で歴史和解を考える際、第1に人権問題、第2に戦争責任の問題、そして第3に植民地の問題の3つの位相を総合的に観る必要があるのではないでしょうか。そして、その3つの大きく異なる位相の問題が、混同して論じられていることが、歴史認識問題を複雑にしているのです。これら3つの中で、欧州の戦後史において最も重要なのは、人権問題です。

ドイツが戦後、何を謝罪し、何を反省したのか。それは戦争責任よりもまず先に、人権の問題、つまりホロコーストの歴史です。歴史上類をみない人権侵害をしたホロコーストこそがドイツにとっての最も重く最も難しい歴史問題であって、ホロコーストによって、欧州に住む約900万人のユダヤ人のうちの約600万人を殺したといわれています。ドイツにとっての歴史認識問題とは、まずイスラエルとの関係が重要で、さらにはアウシュビッツが所在するポーランドとの関係が重要なのです。そもそもドイツは「イスラエル」に侵略したわけでも、戦争をしたわけでもありません。もしドイツが戦争責任の問題で謝罪するとしたら、その相手は長期間戦争をしたイギリスやソ連、さらには米国です。いわゆる連合国の戦勝3大国に対する謝罪が本来は重要なのですが、より脚光を浴びているのがホロコーストの問題でした。

実はドイツは、戦争犯罪については、連合国側の責任を問うこともあります。例えば、イギリスもドレスデンで大規模な空爆をして、約13万人の死者が出たといわれています。東京大空襲は30万人ですから、日本も同じような問題を抱えているといえます。つまり、ドイツは人権問題については真摯で誠実な謝罪を示してきて、同時に戦争や侵略、占領についても同じように責任を感じていますが、その2つでは重みが異なります。

他方で、植民地主義については、ドイツは植民地をほとんど所有していないので、歴史認識問題で大きな位置を占めることがありません。もしも植民地について反省するのであれば、反省するのはドイツではなくて、イギリスやフランスなのでしょう。しかしイギリスやフランスは戦勝国ですから、それについて反省したり謝罪をしたりする必然性がない。そういった点では、植民地主義の問題は、戦争中にも民族自決や反植民地主義の理念を掲げていた米国と、戦後にまで植民地を抱え、またそれを正当化して維持しようとしたイギリス・フランスでは大きく立場を異にするのです。したがって、大西洋憲章の第4項の帝国特恵関税制度の廃止をめぐり英米で対立が観られたように、実は植民地の独立の問題は連合国内でも難しい問題となっていて、敗戦国となった日本と戦後独立を果たした韓国との間の関係のようにはなかなか論じることができません。

普遍的な価値として植民地支配を悪としてとらえて、反省や謝罪を求める声はありますが、こうしたイギリスやフランスの植民地支配の歴史を考慮に入れるならば、必ずしも国際社会で簡単に結論を導くことができる問題ではないことが理解できると思います。それはいまだにイギリスやフランスでは、かなり深刻な国内問題にもなっており、左右のイデオロギー対立の源泉にもなっています。それはさらに、現在の欧州連合(EU)に流入する難民や移民の問題にも関連してくるのです。ですので、第1の人権問題や、第2の戦争責任と比べても、第3の植民地の問題ははるかにややこしく、複雑で、扱いが難しいのが国際社会の現状であろうと思います。

他方で、韓国が女性の人権侵害として慰安婦を持ち出し、幅広い国際的な共感を生んでいます。また、1931年の満州事変以降の日本のアジアにおける侵略についても、国際連盟規約やパリ不戦条約にみられる戦争の違法化に逆行する行為として、日本が反省や謝罪をしなければならない問題とみなされています。

ところが、日露戦争に関しては、それを日本の朝鮮半島の植民地化の始まりだとする韓国でみられる厳しい批判は、欧州では必ずしも幅広い共感を生むことはないでしょう。というのも、この時代には欧州諸国も植民地拡大の戦争を行っていて、植民地支配を反省し、謝罪する必要性を自明とは考えていないからです。

他方で、日露戦争は、日本がアジアを欧州支配から解放した側面をもつ、あるいは日本の勝利をトルコやアフリカで賞賛する声が聴かれたといわれることがありますが、これには欧州から批判が出てくる可能性があります。というのも、アジア主義の論理で自らの行動の正当化を行うならば、欧米諸国を人種主義的なアジアに対する敵としてとらえることになってしまうからです。このような主張は、戦前のアジア主義的な論理に似ているので、扱いが難しいのです。

日本では、欧米とアジアと二元論的に文明を分けて考える傾向がありますが、アジアの植民地下にあった民族にとっては、日本も米国も欧州諸国も、自らを植民地支配するのであれば、そこに人種的、文明論的な違いはそれほど多くはありません。彼らにとっては、自らの独立こそが最も尊かったのです。

いま挙げた人権の問題、戦争責任の問題、そして植民地の問題の中で、国際社会で最も難しいのは、すでに述べたような理由からも植民地の問題です。ですから、日本と韓国の間で植民地支配の歴史的な評価をめぐって対立がみられますが、それは世界史的にも難しい問題であることを認識しなければなりません。3つの異なる位相を、それぞれ丁寧に扱っていくことが必要であり、また植民地の問題はその中でもおそらく一番扱いにくい、また最も対立が起こりやすい問題になっていくのだと考えています。

渡部先生は、村山談話にはリアリズムがなかったけれども、安倍談話にはリアリズムがあったことを指摘されました。西野先生は「積極的平和主義」について、さらには安倍談話においてはそれぞれオーディエンスが異なることを指摘されました。

京都大学の中西寛教授がアジア情勢に関する月刊誌『東亜』(霞山会)で、安倍談話は欧米をオーディエンスとして想定し、村山談話はアジアをオーディエンスとして想定している。この両方がどちらも必要だ、と書いておられました。重要な指摘だと思います。そういった意味では、村山談話と安倍談話では、そもそもその内容の性質が違いますし、またそのターゲット、オーディエンスが違ったのでしょう。また、日本がアジアだけと和解していいわけではないし、あるいはアジアと和解しないで欧米だけと和解していいというわけでもない。両方とも必要というのは、そのとおりだと思います。

そのような意味で、安倍談話がこれだけ注目された理由として、現代の国際関係において歴史認識の問題が重要な争点となっている現実を理解しなければなりません。国際政治学者の高坂正堯先生は、その著書『国際政治』(中公新書)で、「各国家は力の体系であり、利益の体系であり、そして価値の体系である」と書いています。さらには、次のようにも述べています。「国際社会にはいくつもの正義がある。だからそこで語られる正義は特定の正義でしかない。ある国が正しいと思うことは、他の国からみれば誤っているということは、けっしてまれではないのである。そこにも緊張と対立がおこる可能性がある」。このような視点をもつことが、歴史認識問題の難しさを理解する大きな鍵になると思います。

国家は価値の体系でもあるので、どのような価値を抱くかがそのまま、国家のアイデンティティーと深く結び付いている。だとすれば、国家にとって歴史の問題、あるいはどのような価値を掲げるのかは、けっして軽視できない重要な問題なのです。

従来、国際政治学においては、リアリズムのパラダイムで力と利益を中心に語られてきましたが、価値の問題もまた視野に入れなくてはならないのです。国際政治理論でも、コンストラクティビズムというかたちで、米国の国際政治学者のボストン大学のトーマス・バーガー教授やコーネル大学のピーター・カッツェンスタイン教授が、規範の問題を重視して日本のアジア安全保障政策を論じています。すなわち戦争経験や歴史認識、規範が、戦後日本の安全保障政策と深く結びついてきたのです。そういった意味では、最近の動きの中で、国際関係を考える上で歴史問題や歴史認識が重要であるのは、国際政治学の観点からも理解可能なことなのです。

以上のことも含め、安倍談話以降の動きと今後の展望について、日中関係、日韓関係、そして日米関係の視座からお聞かせいただければと思います。

3-2 中国が目指す価値の体系とは

川島 力の体系、利益の体系、価値の体系という、3つの方向性から中国をみると、まさにこれらをいま、中国がやろうとしているといえます。力と利益はもともと当たり前になっています。さらに、価値の創出をいまやろうとしているのです。

中国がアジアの新安全保障を語り、アジアの将来を中国が主導的につくっていくと明確に言い出しました。同時に、中国がつくるアジアとは、世界の既存、とりわけ国際連合に代表される秩序に反しているわけではないことを特に強調しています。2015年9月3日の抗日戦争勝利70年中国軍事パレードは、そういう意味合いがあったわけです。

このパレードは、中国の力を示そうとしたわけですが、それと同時に、中国が第二次世界大戦以来世界の勝利者の側に立っていて、だからこそ国際連合の安全保障理事会の常任理事国となっており、中国が世界秩序と共にあることを強調したのです。もちろん、そこに中国の力の体系、利益の体系の論理も入っていますが、最近は価値の体系を前面に出してきているのです。中国はこれからもアジアの主導権を握ること、世界秩序の貢献者であることの双方を強調し続けていくだろうと思われます。そこに歴史も動員され、グローバルな空間で、米国と中国は仲が良かった、ソ連、ロシアとは同盟であったという話を持ち出して、大国間協調を唱えつつ、東アジア地域では歴史問題で日本を批判し、中国の優位性を強調しようとしているわけです。

2つめは、だからこそ、歴史認識をめぐる問題は、依然としてグローバルに展開されていくという点です。

ユネスコの世界遺産、「世界の記憶」(世界記憶遺産)の問題は、必ずしも2015年だけに埋め込まれた問題ではなく、2000年以前から南京などで育まれてきたプロジェクトが、次第に姿を現したわけです。今後も中国は、国際的な場でそうした「事実」づくりをけっしてやめないでしょう。ユネスコのような組織の制度を利用して、歴史の事実に対する国際的なお墨つきを得ていく作業を続けるのです。今度は、おそらく「世界の記憶」を世界文化遺産などにランクアップすることを中国は進めていくべく、現在、パリなどで活動をしているはずです。

この流れは、二国間関係が落ち着いても、また日中韓において歴史認識問題が一定の解決をみたとしても、止まらないと思います。これは、世界に向けておこなっていることですし、また中国国内での歴史教育や歴史をめぐる宣伝と符合するようにしているわけですから、何も対日外交だけがタグ付けされているわけではありません。国内の歴史教育や宣伝全般と関わる以上、それに反することはできないので、続けていくだろうと思います。

3つめですが、日中間の首脳レベルの関係は、野田佳彦政権のいわゆる尖閣諸島国有化で途絶えました。安倍政権になっても1年めは首脳会談がなく、2013年末に安倍総理が靖国参拝を行って関係が冷え込んだものの、2014年秋から首脳会談が続いています。日中関係は、困難があることは承知していますが、いくらでも和解に向かう可能性はあります。それは、安倍談話にもはっきり盛り込まれています。談話の「謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」という文言の後に、「しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります」とあるわけです。これは中国が日本に常にいっている「歴史を鑑にして未来へ向かう」という言葉を書き下した内容になっています。この点をのりしろにして、日中間で折り合うことは一定程度できるかもしれません。

しかし、二国間関係が改善しても、東アジア地域、また世界的な空間での、歴史をめぐる問題について中国が消極的になるとは考えにくい面があります。なぜなら、中国にとって歴史認識問題は、政権の正当性や領土問題、あるいは中国の周辺外交などとセットとなってしまっているからです。重要なことは、日中間において歴史問題は、領土問題やナショナリズムと関わり、力と利益とも関わりながら、さらに中国が生み出す価値や正当性に関わる部分も大きくなっていることです。本来は、力の体系と利益の体系が大きくて、その従属の問題として、価値の体系があったのですが、最近、歴史の問題が出てきて、中国にとっても歴史と関連が深い価値に関する問題が大きくなり始めている。もしかしたらそれが独立変数となりつつあるのかもしれません。そうした意味では、従来の力の体系と利益の体系だけならば日中二国間関係で折り合えたとしても、価値の部分が残され、日中関係においても、東アジア地域や世界政治と関わりながら、歴史をめぐる問題だけが大きくなる可能性もありえるということです。

3-3 日韓にとって今後の共通利益とは何か

西野 細谷先生が指摘された、欧州の三つの異なる位相――人権問題・戦争責任の問題・植民地の問題の観点からいうと、韓国は基本的に植民地の問題にこだわってきました。慰安婦問題は、人権問題と密接に関わっていて、これを強く打ち出すようになってきたのが新しい形ではないかと思います。韓国は、慰安婦問題を戦時女性の人権問題という形で、国際社会に強く訴えるようになってきたのです。高坂先生のおっしゃった力と利益と価値の体系の観点からいうと、韓国はそもそも力の面では非力であるという自己認識が強いので、基本的には、経済発展の形で実益・実利をいかに追求していくのかが韓国のこれまでの歩みだったと思います。しかし、近年、人権問題との絡みで、価値の側面を国際社会に強く訴えるようになってきました。そのような状況において、韓国外交の中で慰安婦問題がこの3年間、重きを占めるイシューであり続けてきたのだと思います。ただ、2015年12月28日に日韓合意がなされたので、これをふまえて今後のことを考えなければなりません。

2015年の日韓合意には3つの重要なポイントがあったと思います。

1つめは、韓国側が長くこだわってきたのは、戦時人権の問題と密接に関わる「法的責任」の問題です。これについて、日本側がかなり韓国側に歩み寄ったのではないかと個人的には考えています。合意内容をみると、安倍総理つまり日本国内閣総理大臣が主語になり、お詫びをし、「日本政府は責任を痛感している」と言っている。

2つめは、「ゴールポストを動かす」論との関連で、「最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」との文言が入っていることです。「不可逆的」は、北朝鮮の核問題に対して使う言葉で、日韓のような友好国同士で使う言葉ではない、と韓国側から強い反発が起こりました。しかし、安倍政権には強いこだわりがあったのではないでしょうか。

3つめは、価値の問題と関わるところで、国際社会でもう告げ口外交や非難合戦はお互いにやめましょう、と合意したことです。これは意味のあることで、高く評価したい部分です。日韓政府間では合意がなされたので、もうこれでいくという強い決意を互いがもっていると思います。政府間では、これを守り、今後の日韓関係に引き継ぎ、互いに利益を実現していくという観点から関係が構築されていくことになります。

ただし、「日韓にとって今後の共通利益は何か」というところは実は難しい問題が残っていると思います。短期的には、北朝鮮問題が重要な日韓の共通課題であって、これに共に対処していく、協力していくことが日韓関係にとって意味のあることでしょう。しかし、「それを越えた、中長期的な共通利益は何なのか」が日韓関係にとっての大きな課題です。

中長期な共通利益について、可能性は大きく2つあると思います。1つは、東アジアにおける最も成熟した2つの民主主義国家として、共に協力し、地域の秩序をリードしていくことです。これができれば、理想的で望ましいと思います。現状では、日本はTPP、韓国はアジアインフラ投資銀行(AIIB)と、異なる地域経済秩序にコミットしています。韓国はTPPにも入りたいと言っていますが、この分野での日韓協力は容易ではないようです。しかも安倍政権は、外交青書の記述で、韓国と価値を共有しているという部分を削除してしまいました。

もう1つは、米中関係を念頭に、日韓がいかに協力していけるかという問題です。韓国では、米中G2という考えが支配的ですが、日本は米中G2とは認識していません。つまり、日韓両国は、東アジアにおける米中関係に対して異なる秩序感覚を有しているわけです。異なる秩序感覚を有する2つの民主主義国家が、東アジア地域の中で果たしてどのように協力していけるのかが今後の日韓関係の大きな課題です。慰安婦合意ができたことで、幸い短期的には日韓関係はうまくいくと思いますが、北朝鮮核実験やミサイル発射実験の現実をふまえて考えると、より根本的な問題が依然として残されています。

3-4 安定した日米関係

渡部 米国は2016年11月に大統領選挙があり、政権交代期を迎えます。西野先生が発言されたように、米中G2論を想起させる米中相乗りに対する懸念は、常に日本にもありますし、米国の中からもオバマ政権批判として出てくるでしょう。ただし、オバマ政権は冷静にバランスを取り続けると思います。つまり、地球温暖化防止のように中国と協力できるものは協力し、妥協してはいけない案件、例えばサイバーセキュリティーや南シナ海の領有権などでは中国をけん制し続けるという両方のスタンスを取り続けていくのだろうと思います。日本としては、米国の両義的なスタンスは不安になりますので、積極的平和主義を掲げて、日本が地域でやれることは積極的に貢献することで、米国に対して中国をけん制する活動と軍事的なプレゼンスを継続するように働きかけるのでしょう。

安倍政権の安保法制は国内では評判があまりよくなかったので、2016年夏の参議院議員選挙前には、新法をふまえた積極的な政策の遂行には慎重になっています。米国が期待しているところは、日本はすぐには踏み込めないかもしれません。ただ、そのあたりの政治的状況は米国も理解しています。結局、米国にとっても、喫緊の外交課題はシリア内戦の終結やイランとの核合意の履行で、そのためにはロシアと中国を全面的に敵に回したくはないという計算もあります。南シナ海やサイバー領域等で中国をけん制する一方で、イラン核合意やシリアの問題、あるいは気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)での温暖化防止のためのパリ協定の履行については中国とは協力する。要するに、日本や韓国からみれば、米中両国は南シナ海やサイバー領域で敵対する一方で、一部では米中G2のような動きをしているという、複合的な状況が続くのだろうと思います。

複雑な情勢の理由の一つに、現在の米国外交がアイデンティティー・クライシスともいうべき状況になっていることもあります。既存のエスタブリッシュメントに対する不満が、民主・共和両党の支持者から出てきており、それらの人たちは、米国の国際的影響力が低下したことについてオバマ政権に批判的であると同時に、ブッシュのイラク戦争が引き起こしたグローバルな関与と介入の負の遺産を嫌うという両義的な気持ちを抱いています。大統領選挙の予備選挙で、共和党のジェブ・ブッシュ候補の人気が出ないのは、兄のジョージ・ブッシュ大統領が行ったイラク開戦とその軍事・財政的な負担が、いまの米国の影響力の低下につながっているという認識が根強くあるからだと思います。ヒラリー・クリントン候補が、民主党の予備選で予想外に苦戦している理由の一部には、国務長官として遂行したオバマ外交が、その弱腰ゆえに世界への影響力を低下させているという批判があるからでしょう。

2016年の米国大統領選挙戦をとおして、米国内では外交政策の方向をめぐって、かなり議論が揺れ動くと思います。ただし、米国内の議論は揺れ動いたとしても、オバマ政権は、日米同盟を重要視し中国に対するけん制を行うことは止めずに、しかし、一方では中国と協力できることは協力するでしょう。そのような米国の立場からすると、日本は、アジア近隣との歴史認識の問題に関する懸念を払しょくし、安保協力への期待と信頼も高まり、日米関係は安定を取り戻したと考えていいでしょう。

 

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4 戦後の国際秩序と今後の国際政治

細谷 今後を展望する場合に重要なのは、今回の議論でも出てきたように、歴史認識問題をそれ自体で完結した問題として考えるのではなくて、あくまでも国際秩序の問題や、今後の日本の対外関係の問題とも不可分に結びついていることを、深く理解することです。国際情勢が変われば、歴史認識問題にも変化が生まれてくるでしょう。その逆もまた考えられます。

そもそも、現在の国際秩序にはいくつかの重要な欠落部分が存在しています。というのも、この国際秩序の骨格が冷戦体制の中での妥協からつくられてきたからです。冷戦体制において、中国も韓国も分断国家でした。また、この両国は、サンフランシスコ講和会議にも参加しておらず、戦後のアジア太平洋秩序を形成する上で重要な役割を担うことができませんでした。敗戦国である日本、日本の植民地から独立した国家としてサンフランシスコ講和会議に参加できなかった韓国、そして戦後しばらくの間米国との緊張関係が続いて、日本や米国との外交関係をもつことができなかった中国と、いずれの国家も既存の国際秩序に不満を抱いています。

安倍総理がかつて、「戦後レジームからの脱却」という言葉を語って国際秩序の修正を求めていました。また中国は、AIIBをはじめ、従来の欧米がつくった国際社会を大きく変えようとしている。そして、米国もまた、これまでのように米国自らがアジア太平洋地域の国際秩序を維持することに多大なリソースを用いることに抵抗を示すようになりました。だとすれば、この地域の主要国のいずれもがなんらかの不満をもっていて、いずれの主要国も現在の国際秩序を変革しようとしているようにもみえる。だから、現状維持の志向性と現状変更の志向性が同時並行でみられるのです。

それでは、今後この地域の秩序を、どのような規範に基づいて、どのように維持していくのか、あるいは変更していくのか。それをサンフランシスコ講和体制と関連づけてお聞かせいただけないでしょうか。

4-1 中国が歴史をめぐって何をするか

川島 まず、サンフランシスコ講和体制についてです。確かに冷戦下の産物ですが、日韓基本条約(1965年6月22日)は、「千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約の関係規定及び千九百四十八年十二月十二日に国際連合総会で採択された決議第百九十五号(III)を想起し、この基本関係に関する条約を締結することに決定し」とあるようにサンフランシスコ講和条約をふまえていました。1952年4月28日の日華条約もそうですし、日中共同声明(1972年9月29日)も、条文にサンフランシスコ講和条約への言及はないものの、基本的にサンフランシスコ講和条約を受け止めた内容になっています。日中間の4つの基本文書が堅持されている間は、つまり先ほど申し上げたように、1998年の日中共同宣言の中には、「日本側は、1972年の日中共同声明及び1995年8月15日の内閣総理大臣談話を遵守し」と、はっきり述べられていますので、二国間関係では歴史に関するボトムラインは大きく変わらないと思われますし、今回の安倍談話でいっそうブレの幅は小さくなったと思います。また、サンフランシスコ講和体制に限定すれば、いまのところは、中国が大きくそれを変えようとしているとまではいえないだろうと思います。

それから、細谷先生の国内政治と国際政治が重要、との指摘はまさにそのとおりです。中国自身が歴史をめぐって何をするか。まず、二国間関係とは異なる世界政治、地域政治の局面があって、それが二国間関係にも流入してくるかもしれないという危惧があります。日本としては、世界を見ながら、日中関係を位置付ける必要があります。また、国内的な面では、中国政府は目下、歴史教育のみならず歴史研究への統制をもいっそう強化する方向に向かっています。共産党一党独裁の中で、歴史観の解釈の幅を狭める、多様な解釈を認めない方向に向かっているのです。国内での歴史教育あるいは歴史学で、国内では解釈の一元化を進めながら、国際的な側面では、対外宣伝も強めています。しかしながら、日中間では歴史認識問題を完全には悪化させないように、一応ボトムラインはつくってあるという状態です。これはかなり微妙な政策調整が求められます。

長い文脈からみると、国際的な秩序が大きく変わり、中国の位置が大きく変われば、日中間のボトムラインに中国は変更を加えようとするでしょう。また、中国国内の中で民主化、言論の多元化がもっと進むと、日中間や世界に対する言い方も変わると思います。しかし、それはまだ先のことと思います。

4-2 サンフランシスコ講和体制と日米関係

渡部 今後長期的に、日米間で歴史認識が問題になることは、サンフランシスコ講和体制が変更になるようなよほどの大きな変動がない限り、起こらないと思います。日米安保条約は、サンフランシスコ講和条約と対になって同年に成立し、サンフランシスコ講和体制に組み込まれています。その後、日米安保条約は双務性を高める1960年の改定を経て、1978年と97年に安保協力ガイドラインにより協力の幅を広げ、直近の2015年のガイドライン改定ではさらに地域の安定のための協力の強化に動いている。日本と米国は、アジアにおける安全保障協力についてはしっかりした合意と利益を共有しています。日本はアジア太平洋地域の安定の鍵は米国の軍事プレゼンスと理解しており、これに支持、協力するという立場です。米国は、台頭する中国を協力的なプレイヤーに誘導するためにも、日本、オーストラリア、韓国、インドなどの同盟国や協力国との多角的、多層的な協力によるアジア太平洋地域の安定を考えているのです。

中国はこれに対して真っ向から挑戦するほどの力はないという自覚はあると思います。中国は、自国の地域の影響力をじわじわと拡大しようとしていますし、あわよくば、将来のどこかで米国の覇権へのチャレンジの可能性を考えてはいるかもしれませんが、米国に代わって地域の覇権を握ることも含め、少なくとも現時点では、それが実現できるとは考えていないでしょう。

国際政治は常に変化していきますので、歴史認識も、その変化の影響を受け続けるのだと思います。日本としては、歴史認識が地域安定のための日米のリアルな力の維持や行使に障害にならないよう、気をつけなければなりません。そのためにも、米国だけとの関係ではなく、欧州、アジア諸国、特に韓国と中国との関係が重要です。日本が、外交・安全保障政策においても、歴史認識においても、冷静でプラグマティックな対応をできるかどうかが今後の課題になっていくと思います。

それから、米国という国はダイナミックに外交を展開してきた国ですが、現在、国内政治においては相当、内向き傾向が強くなっています。現在の大統領選挙戦も、内向きの候補のほうが支持を集めています。しかし、米国が決定的に内向きになると、結局は、米国の国益を損ねることになるため、それを自覚している既存のエスタブリッシュメント層と、それに反対する内向き傾向をもつ支持者とのせめぎ合いとなります。しかし、内向き主義者も、米国が大きな利益を得ている既存のサンフランシスコ講和体制を見直そうというところまではいかないでしょう。日本は大統領選挙が指し示す米国の方向性を注視しながら、アジア諸国と付き合っていくことになるかと思います。

4-3 揺らぐ1965年体制

西野 日韓関係の観点からいえば、川島先生がおっしゃった日中関係と基本的には同じで、日韓基本条約(1965年)およびそれに付随するさまざまな協定は、サンフランシスコ講和をふまえて結ばれているので、大枠としては支持されていくことになると思います。

「1965年体制」がいま韓国の中で揺らいでいて、1965年体制に対する異議申し立ての声が大きくなってきています。2011年8月の憲法裁判所の慰安婦問題等に対する決定や2012年5月の韓国最高裁の判決が代表的な動きです。2005年、盧武鉉政権のときに日韓交渉の文書が全面公開され、それら文書を調査・研究した結果、韓国の官民合同委員会は、慰安婦問題等は日本の法的責任が残っているという結論に至りました。それが今日の韓国政府の立場です。2015年に日韓合意がなされた経緯があるので、基本的には1965年体制は支持されていくし、2015年末の合意によって1965年体制は、ある意味で補強されたということができるはずです。加えて、65年のときにはなかったお詫びと反省が、98年の日韓共同宣言では盛り込まれました。65年体制は、時を経るにつれて補強され、強靭なものになってきています。

他方で、台頭する中国は、日韓関係にとっても重要になってきています。韓国がどのように中国と共に北朝鮮問題で対応していくのかが重要な問題です。韓国にとっては、東アジア地域秩序の根幹であるサンフランシスコ講和体制と同じく、朝鮮戦争の結果つくられた休戦/停戦協定体制が大きな問題です。長期的には、この停戦体制を解消して統一へと向かっていかなければならないのです。つまり、サンフランシスコ講和体制と停戦協定体制をいかに調和的に発展させていくのかは、韓国にとって大きな課題なのです。

統一へと向かうにあたり、重要なのが中国です。それは、停戦協定の署名者が、米国を中心とする国連軍と中国、そして北朝鮮だからです。韓国にとって中国との関係は、地理的、秩序的な面から、質的に日本と異ならざるをえないわけです。日本と韓国がそれぞれみている中国、あるいは今後付き合っていかなければならない中国の姿は、日韓の間でかなり乖離してきており、それは今後も重なることはないでしょう。しかし、互いの中国との関係性を共に理解し、その上で協力できる部分は協力していくことが必要になってくると思います。

日韓の対中認識の違いは、最終的に完全に収斂することはないでしょうが、より大きくリージョナルな観点から考えてみると、日韓は十分協力できるだろうと思います。そのような協力は、すでに1998年の日韓共同宣言以降の日韓関係で実現されてきています。日韓共同宣言が出て以降、東アジアの地域協力は、金大中大統領のイニシアチブによってかなり進んできました。それがより進化した形として日中韓3カ国協力もある程度進みました。こういう形が、日本や韓国にとって望ましいのではないかと思います。日本側も韓国側も、今後さらにそのような協力の深化に向けて、より自覚的になれるかどうかが大きな課題となるでしょう。

細谷 重要な点を指摘していただきました。国によって歴史的な経緯や認識がかなり違う。まずそれぞれの違いを理解して、自分たちの正義を他国に押し付けて、他国を批判するのではなくて、それぞれの国の中でどういう正義が語られているのか、あるいは歴史的な経緯を経てきたのかを理解することが重要です。

それに付け加えて、それぞれの国が置かれている国内の政治状況や、その国を取り巻く国際環境を深く理解することによって、それぞれの国が異なる歴史認識を有することが理解できるかもしれません。その中で相互理解を深めて、相互に妥協をしていくことが重要になっていきます。

保守の側もリベラルの側も、自分たちが掲げる正義を絶対的な正義とみなすことで、国内的な対立の原因となり、また国際的な対立の原因となります。どれだけ他者を理解し、尊重するか、またその中での妥協点がどこにあるかを理解することが重要となります。力と利益だけではなく、価値、歴史認識をめぐっても、相互に受入可能な妥協点がどこにあるかを慎重に見極め、国内的にも国際的にも受け入れ可能な着地点をみいだすことが、これまで以上に求められる時代となっています。

いまのアジアでは、激しい対立が各所でみられる一方で、そのような妥協や調整の余地が残されていて、どうにか衝突を回避しようとする動きもみられます。いずれにしても、現在の安定は非常に脆弱で、一次的なものですから、その脆弱な安定がより強靱な協調に変わることができるかどうかが重要なのでしょう。

登壇者略歴

川島 真(かわしま・しん)

東京財団政治外交検証研究会メンバー /東京大学大学院総合文化研究科教授
東京外国語大学中国語学科卒業、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学後、博士(文学)。北海道大学法学部助教授を経て現職。安倍総理の「21世紀構想懇談会」メンバー。著書に『チャイナ・リスク』(編著)、『対立と共存の歴史認識―日中関係150年』(編著)、『近代国家への模索 1894-1925』、『中国近代外交の形成』(サントリー学芸賞)など多数。

西野 純也(にしの・じゅんや)

東京財団政治外交検証研究会メンバー /慶應義塾大学法学部准教授
慶應義塾大学法学部政治学科卒業、同大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了、延世大学大学院政治学科博士課程修了(政治学博士)。在韓国日本大使館政治部専門調査員、外務省国際情報統括官組織専門分析員などを経て2010年より現職。この間、日韓新時代共同研究プロジェクト日本側幹事、ハーバード大学・エンチン研究所交換研究員、ウッドロー・ウィルソン・センターのジャパン・スカラーおよびジョージ・ワシントン大学シグール・センター訪問研究員。編著書に『朝鮮半島の秩序再編』、『転換期の東アジアと北朝鮮問題』など。

細谷 雄一(ほそや・ゆういち)

東京財団上席研究員 政治外交検証研究会サブリーダー /慶應義塾大学法学部教授
立教大学法学部法学科卒業、英国バーミンガム大学大学院国際関係学修士号取得(MIS)、應義塾大学大学院修士課程修了(法学修士)、同大学大学院博士課程修了(法学博士)。北海道大学法学部専任講師、敬愛大学国際学部専任講師、プリンストン大学客員研究員、パリ政治学院客員教授などを経て現職。安倍総理の「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」および「安全保障と防衛力に関する懇談会」メンバー。著書に『 安保論争 』、『戦後史の解放 歴史認識とは何か―日露戦争からアジア太平洋戦争まで』、『国際秩序―18世紀ヨーロッパから21世紀アジアへ』『倫理的な戦争―トニー・ブレアの栄光と挫折』(読売・吉野作造賞)『戦後国際秩序とイギリス外交』(サントリー学芸賞)など多数。

渡部 恒雄(わたなべ・つねお)

東京財団上席研究員 兼 政策研究ディレクター
東北大学歯学部卒業。歯科医師を経てニュースクール大学で政治学修士課程修了。1996~2005年戦略国際問題研究所(CSIS)にて上級研究員などを務め、05年帰国。三井物産戦略研究所主任研究員を経て現職。CSIS非常勤研究員、沖縄平和協力センター上席研究員を兼ねる。著書に『武器輸出三原則はどうして見直されたのか?』(共著)、『論集 日本の安全保障と防衛政策』(共著)、『今のアメリカがわかる本―揺れる超大国 再生か、荒廃か?』、『二〇二五年米中逆転』など。

 

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    • 政治外交検証研究会メンバー/東京大学大学院総合文化研究科教授
    • 川島 真
    • 川島 真
    • 政治外交検証研究会メンバー/慶應義塾大学法学部専任講師
    • 西野 純也
    • 西野 純也
    • 元東京財団上席研究員・笹川平和財団特任研究員
    • 渡部 恒雄
    • 渡部 恒雄
    • 細谷 雄一/Yuichi Hosoya
    • 元 研究主幹、政治外交検証研究会幹事 / ポピュリズム国際歴史比較研究会幹事
    • 細谷 雄一
    • 細谷 雄一
    研究分野・主な関心領域
    • 国際政治学
    • 国際政治史
    • 日本の安全保障政策
    • 現代イギリス外交史
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