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【開催報告:第4回】日米における民主主義とポピュリズムの現状「 日本の民主主義が成熟するには —日・米・欧の視座から考えるーディスカッション」
April 26, 2023
R-2023-001-5
※本稿は、2023年2月10日に開催した「歴史分析プログラム」ウェビナー「日米における民主主義とポピュリズムの現状」の内容を東京財団政策研究所が構成・編集したものです。 |
日本の民主主義をどう評価するか
ディスカッションに入ります。まず、私からお2方に質問を投げかけます。それらをベースに議論を展開していただければと思います。
質問の1つ目は、日本の民主主義をどう評価するか。米欧に比べると安定しているといわれる一方で、野党は分裂かつ低迷し、また対立軸もみえにくい。投票率は低く、政府や選挙で選出された議員への信頼も低い。日本はうまくいっている民主政なのか、あるいは民主主義やリベラリズムが不足しているという解釈もできるのか。
2つ目は、日本にポピュリズムの台頭はありうるのか。格差、中央・地方、ジェンダー、移民の問題などは火種となりえます。それらをうまく利用する勢力がないだけなのか。
3つ目は、現在の米民主政をどう評価するか。米国の民主主義が危ういというお話でしたが、人種問題をはじめ社会がよくなっている面もあります。また、「トランプが去ってもトランピズムは残る」中で、米民主政のレジリエンス、立て直す可能性はどのくらいあるのか。
そして4つ目は、民主政の将来をどう考えるか。一つは、世代の変化あるいは世代交代は日米の政治にどのようなインパクトをもたらすのか。日本においてはシルバーデモクラシーの問題、米国においては人種の問題に関わってきます。また、日本においては野党の停滞、米国においては政権交代を一方が認めない中、政党政治をいかに再構築するか。あるいは、別の形の民主主義を模索していくべきなのか。以上4点について三牧先生からお願いします。
三牧 まず、世代の変化について、竹中先生が「シルバーデモクラシー」の問題を指摘されましたが、米国は逆に、1990代半ば〜2000年代半ば生まれの「Z世代」が人口の約30%を占めており、その世代の持つ可能性や価値観はますます米国政治や社会に影響を与えていくといわれています。まず、いま、そして今後の中核になっていく世代という点に日米の差異を感じました。
日本のポピュリズムに関しては、米国でも、ポピュリズムが吹き荒れている欧米との比較を念頭に、日本における「ポピュリズムの不在」をポジティブな文脈で言及する言論は確かにあります。『リベラル再生宣言』(2018年早川書房)を執筆したコロンビア大学のマーク・リラ教授や『民主主義を救え!』(2019年岩波書店)を執筆したジョンズ・ホプキンズ大学ヤシャ・モンク准教授などもそうした発言をしています。
しかし、岸田首相の同性婚制度に関する発言「社会が変わってしまう」と、そこに明らかに首相がこめていたネガティブな含意を考えると、「ポピュリズムの不在」を日本政治や民主主義の「安定」と評価して良いか、疑問が生まれてきます。現在、日本では同性婚に関してはポジティブな世論が多数派となり、決して欧米諸国と比べて少ないということもない。つまり、数的にマイノリティではない意見で、明らかにその実現によって充足される人権がある問題について、そのような意見が政治の場に適切に汲み取られていない現状があるわけです。このことに鑑みると、日本の民主主義や政治の安定は、厳しい言い方をすれば、マイノリティの抑圧に立脚した「安定」という側面があるのではないかと思います。
本日は米国の民主主義の危機や問題点ばかり語りましたが、良いところも確かにあり、機能しています。民主主義において選挙は非常に重要ですが、唯一の要素ではない。米国ではプロテスト(抗議)やデモが政治社会の変革において大きな役割を果たしています。もっとも象徴的だった近年の事例は、2020年5月、黒人男性ジョージ・フロイド氏が白人警察官に殺害されたのをきっかけに、ブラック・ライヴズ・マター(BLM)運動が盛り上がり、そのことを受けて、そもそもは警察改革に積極的とはいえなかったバイデン大統領もその約束をせざるをえなくなりました。平和的な抗議のように、選挙以外の民主主義の回路が、米国では機能している面があると感じています。
多様性においても米国は日本の先にいっていますが、もちろん万能とはいえません。米国は一見、人種やジェンダーなどで多様な政治が実現されているようにみえますが、この点でもまだ不十分ですし、ハーバード大学のマイケル・サンデル教授が『実力も運のうち——能力主義は正義か?』(2021年早川書房)などが「学歴差別」の問題を提起しています。いまの連邦議会の議員はほとんど高学歴者で占められていますが、サンデル教授は、学歴は実力を保証しないと警鐘を鳴らします。米国社会では、裕福な家に生まれた人間が、大学入学やその後のキャリア形成でも圧倒的に有利です。「多様性」をうたうなら、学歴社会の背後にある富の格差にまで踏み込まねばならないというのです。米国でも多様性の探求は終わっていません。新たな問題や不平等が提起されながら、まだまだ続いています。
そこで、竹中先生におうかがいしたいのは、選挙の外にある民主主義の回路は日本ではどうなっているのか。また、年収や学歴、世代、ジェンダーなど多様性の観点から、日本の民主主義をどう評価されるのかということです。「日本にはポピュリズムがなくて安定している」というのは、見方を変えると、年代やジェンダーなどの多様な価値観が実現されていない状況ともいえます。日本政治には、むしろさまざまな変化が必要なのではないでしょうか。ポピュリズムがなくて安定していて良かったのか、いやむしろこれからポピュリズムを起こしていかなければいけない、という話なのか。先生のご意見をお聞きしたいです。
将来を担う世代への選挙権拡大を
竹中 日本が安定していたのは結局、伝統的な価値観重視型の政治が行われてきて、多様性が進んでいなかったからだという問題提起だと思います。日本で多様性が進んでいないというお話については、女性参画などは国際的にみても遅れていますが、LGBTに対する理解はこの10年ほどでずいぶん進んだと思います。LGBTの問題がここまで認知されるようになったのは、特定非営利活動促進法(NPO法)によりNPO活動の制度的基盤ができたことが大きいと思います。日本の市民社会の成熟につながりました。選挙以外のチャネルはかなり機能しているといえます。ただ、多様性の議論が十分進んでいない、例えば選択的夫婦別姓について世論調査ではかなりの人が賛成しているのにそれが政策に繋がらないのは、自民党の中の意思決定方式に問題があると思います。
板橋先生からいただいた質問、シルバーデモクラシーの今後については、少子化が進む以上、高齢者が多数派という事態はしばらく続くのではないか。以前は年100万〜120万人だった日本の出生者数はいま約79万人。構造的にシルバーデモクラシーは続くでしょう。私は若い世代に国の予算を使うべきだと思いますが、現状は高齢者に偏重しています。高齢者が選挙の中で重要な地位を占めているからです。社会保障のあり方はシルバーデモクラシーの問題を改めない限り、変わらないと思います。そこには工夫が必要で、参院選で世代別選挙区を設ける、子どもに選挙権を持たせて基本的には親権者に代理行使させるなどさまざまな議論を検討すべき時期に来ていると思います。民主主義は選挙権の拡大の歴史です。将来を担う人たちに選挙権を拡大させるべきだと思います。
政党政治の再生については、いま板橋先生の問題提起を受けて思ったのですが、政党は信頼されたことがあるでしょうか。米国の建国の父たちもフランスの政治家マクシミリアン・ロベスピエールも政党を嫌いました。政党は私的な利益を追求する存在だと常に思われていた。しかし、実際に議会政治をやろうすると不可欠になる。信用されていないのにずっと続いてきている政党をどう考えるか、政党への信頼はどのくらい波があるのかについて立ち返って考えてみるべきかもしれません。
若い世代と政党の関係でいうと、自民党はイメージチェンジに成功しています。いま50歳以上の人たちの間では自民党が一番改革志向だと考えられており、49歳以下の人たちの間では日本維新の会が1番目、自民党が2番目であると指摘する遠藤昌久氏とウィリー・ジョウ氏の研究は指摘します。老舗政党の自民党は強かに時代の変化に対応している、それは民主主義にとってはある意味いいことなのではないかという気はします。
日本で「サンダース旋風」は起こらないのは
板橋 政党政治というとき、欧州政治研究者はどうしても組織政党があり、それがミリューなり各階層の利害を代弁しているという割と美しい組織政党政治モデルを想定してしまいます。米国や日本とは違うということにあらためて気付かされました。
三牧 米国は、20年間の対テロ戦争で国が疲弊し、リーマンショックや直近では新型コロナウイルス危機に直面しました。先進国では異例の国民皆保険がない国として、多くの人々が社会保障の脆弱さの犠牲になり、世界最大の感染者数を出してしまうことになりました。こうした事態を先取りする形でいわゆる左派的、福祉的なポピュリズムを唱えるバーニー・サンダース米上院議員が台頭しました。いま米国で、特にZ世代に「未来は社会主義と資本主義のどちらにあるか」と聞くと、拮抗するか、調査によっては社会主義と答える人のほうが多い。伝統的な社会主義のイメージに囚われない世代というのもあるでしょう。彼らが改革モデルとして描いているのは、北欧型の福祉国家のイメージです。日本と米国は医療や社会保障の現状はずいぶん違いますが、それでも日本でも国民生活や福祉の面でさまざまな問題や弊害が起きている。しかし、左派ポピュリズムの台頭が、少なくともサンダース旋風のような勢いで日本ではみられない。それは、現自民党政権が、そのあたりをうまくやっているということなのか、それとも人々はより福祉や国民生活を重視する政治を求めつつも、変革は起こり得ないと考えているのか。気になるところです。
竹中 日本は米国に比べたら社会保障制度、医療制度や年金制度も遥かに整備されているからではないでしょうか。新型コロナウイルス危機下でも給付金を支給したわけです。また、政治家たちは選挙で誰が票を持つかに敏感に反応します。若い世代の投票率が上がれば、おそらく、自民党などは現役世代向けの社会保障をさらに拡充させようと強かにモデルチェンジをしてくると思います。いまは高齢者向けの政策を打っていればとりあえず勝てる状況です。そういう意味で、日本ではサンダース旋風のような動きは出てこないのではないか。若い世代がもう少し反発するようなことにならないのはなぜなのかなという気はします。
政党政治が取りこぼしてきたものへの取り組みを
板橋 刺激的なご議論をありがとうございました。ここで会場から寄せられた多数の質問の中から2つずつお答えいただきます。
三牧先生に対する質問です。一つは「2022年1月に実施されたABCニュースと調査会社イプソスの世論調査で、選挙制度について『とても信頼している』と回答した米国民は約20%にとどまったことが報じられています。そもそも民主主義の制度への信頼性の問題を論じることが先ではないかと思いますが、いかがでしょうか」。もう一つは「統計に表れない人口妊娠中絶薬利用者は多い。そういった現実を考えると、中絶の問題はいずれ国論を分けるイシューではなくなるのではないか。中絶だけでなく、選挙、環境などをめぐって最高裁が州権主義的な立場を強めていることが、国としての米国の統一性・信頼性・予見可能性を低め、民主主義への不信もあいまって米国のカントリー・リスクを高めているように思えてならない。上院の単純過半数で最高裁判事人事が行われるような政治状況に不可逆的に進むしかないのか」。
三牧 「20%」という数字を低いと見るか高いと見るかというのは難しいところもありますが、選挙への不信感が高まっているのは、2020年大統領選以降、トランプ氏が「選挙を盗むな」を掲げ、これが運動として盛り上がってきたことの影響も大きいと思います。もっとも、「選挙で拾われる声には限界がある」と、選挙に対して健全な懐疑を持つことも大事だと思います。「既存の政治には自分たちの境遇を理解してもらえていない」「忘れられている」という、いわば政党政治が取りこぼしてきた声が、2016年大統領選におけるトランプ氏の台頭を後押ししました。こうした人々の存在を常に意識しながら政党政治を分析することも大事だと思います。
2つ目の質問について、インフレが高まる中で行われた2022年11月の中間選挙で、若者世代以外はインフレを最大の関心事としましたが、唯一若者は中絶問題を第一の争点に投票したという調査結果があります。中絶問題そのものは科学的、医学的には解決される可能性があります。ただ、若者世代を中間選挙で突き動かしたのは、中絶の権利への危機感、突き詰めれば、自分たちは、米国史上ほとんど初めて権利を削られる世代になるということです。米国の歴史は、奴隷制の存在するところから始まって、マイノリティが声を上げて運動し、政治を動かして権利を獲得してきた歴史でした。しかし、いまそうした流れが逆行している。そういう危機感や、権利を重視した政治行動に、今後、ますます米国社会の中心となっていく若者世代の1つの特徴があるのではないかと思います。権利の問題は、今後も大きな米国政治の争点になるだろうと考えます。
「民主主義が成熟するのは格差が縮小するとき」
板橋 竹中先生に対する質問です。一つは「移民・難民の増大が社会的価値の分断やアイデンティティの動揺を招いている。それがポピュリズム台頭の最も大きな要因ではないか。欧米でポピュリズムが猖獗を極め、日本でポピュリズムが台頭しないのは端的にその点が大きいのではないか」。もう一つは「米国・EUと比べて日本がポピュリズムを免れているのは、財政規律や金融政策の正常化を犠牲にして、社会保障改革を先送りにしたり通貨を供給したりしていることが一因ではないか」。
竹中 世の中の問題は複雑で、政治・社会の中で起きる問題を移民・難民に帰することは短絡的に過ぎます。しかし、欧州の場合、問題を移民・難民やEUのブリュッセル官僚のせいにする単純な言説が世の中の複雑な因果関係をショートカットする議論として出てきています。日本は実質的に外国人労働者をかなり受け入れてきているという議論も最近はあると承知していますが、以前はなかったので、そういうショートカットの議論をさせないという意味では一定の役割があったのではないかと思います。
2つ目の質問にも関連しますが、新型コロナウイルス危機下で日本は財政状況が悪い中でも分配型の財政政策を実施しました。金融政策においても、金利を抑えて財政破綻をしないような形で問題を先延ばしにしてきています。日本の財政は限界に達している状況です。例えば、いまある社会保障を切らなければならない、あるいは輸入型のインフレ圧力により消費者物価が上昇するといった問題が噴出したときに、移民・難民ではなくても、誰々のせいだとわかりやすい議論をする政治家が現れる恐れがあります。それを私は政治起業家といっていますが、そうするとポピュリズムの風が吹く可能性はあると思います。
民主主義の将来について私が懸念しているのは格差の問題です。「民主主義はどういうときに成立するか。それは格差が縮小するときである」と米国のプリンストン大学のカルロス・ボッシュ氏が唱えていて、一理あると思います。逆に、格差が拡大するとき、それが権威主義体制の成立とどう関係があるかという点に関心をもって研究成果を探しています。また、コロンビア大学のジョン・フーバー氏は「格差が広がると、エスニシティの問題を政治争点化し、格差の問題から焦点で無くなる場合がある」と論じています。この議論の中に、実際になぜ共和党と豊かでない白人男性が連合を組めたのかを解く鍵があると思います。
格差を縮小させることが重要です。格差が広がると、日本ではおそらく、所得がそれほど高くなく雇用が安定していない人たちがナショナリズムの方向にアイデンティティを求める動きを生み出すことが懸念されます。日本の民主主義を安定させる上では、厳しい財政状況の中で所得水準の低い人たちにいかにダメージを与えないで乗り切るかが重要です。富裕層は高い税金が課されていることに不満を抱えていますが、日本全体として所得水準が下がっている状況において、恵まれた人たちがより負担する方向で凌ぐしかないと思います。
板橋 竹中先生がおっしゃるように、ポピュリズム台頭の要因は複雑で、2015年の難民危機のときにも単純な難民の多寡がポピュリスト政党の躍進に直結していたわけではありません。例えば、スロヴァキアのように移民をほとんど受け入れなかった国でもポピュリズムは台頭しました。どれだけ中間層の不安を煽ることに成功するのかが鍵になってくるのだと思います。
本日は貴重なお話をありがとうございました。
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