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深層中国第3回「大規模停電からみた中国の政策決定メカニズム」
画像提供:Getty images

深層中国第3回「大規模停電からみた中国の政策決定メカニズム」

December 17, 2021

R-2021-022

目下、人類はエネルギーの安定供給と気候変動というディレンマに直面している。気候変動を食い止めるためには、化石燃料の消費を抑制する必要があるといわれるが、再生可能なエネルギーの開発は技術的に遅れている。しかし、気候変動の被害が年々拡大している現実をみると、クリーンエネルギー開発のイノベーションの必要性は待ったなしといえる。

去る1031日に国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)が英国グラスゴーで閉幕した。地球温暖化の原因はCO2排出量の増加にあると指摘されているが、それを受けてCOP26では、主要国はCO2排出量の削減を公約し、気候変動を食い止めるために積極的な姿勢を示した。そのなかで、中国政府は2030年にCO2排出量をピークアウトさせ、2060年にはカーボンニュートラルを実現させると公約した。世界最大のCO2排出国である中国が積極的に温暖化対策を講じることを公約したことで、多少なりとも希望の光が見えてくるかもしれない。

しかし、中国国内のエネルギー事情に目を転じると、状況は必ずしも楽観視できない。中国の電源構成をみると、70%以上は火力発電であり、その大半は石炭火力である(図1参照)。中国政府が掲げるCO2削減目標が実現できるかどうかは依然として不透明である。中国における電力消費の弾性値は、エネルギー効率が低いことから、経済成長率以上に電力消費の伸び率が高い傾向にある(図2参照)。とくに、中国政府は電気自動車の普及に力を入れているため、これから電力消費の伸び率はさらに高まる可能性がある。

 図1 中国の電源構成(2021年1-8月)

 

 資料:中国国家統計局

 図2 中国の電力消費のGDP弾性値の推移(2009年第3四半期-2021年第3四半期)

 資料:CEIC

こうしたなかで、中国の電力事情の難しさを示す出来事が起きた。202110月、中国主要大都市で大規模停電が起きた。10月というのは東北部でも暖房の供給がまだ始まっていない時期である。それでも大規模停電が起きたのはなぜだろうか。

一部の評論家は、中国政府がCO2削減の目標を達成するために、電力の供給を制限したことが停電を招いたと指摘している。この指摘の論理性には問題はないが、事実に反していると言わざるを得ない。CO2削減の目標を達成するために、電力の供給を制限することはありうるが、生活用の電力や、エレベーターや道路の信号機などまで停電させるのだろうか。インターネットのSNSにアップされた動画を確認したところ、実際に、一家四人が停電で止まったエレベーターに閉じ込められたり、停電で信号機が使えなくなったことにより交差点で大渋滞になってしまったという事案が見られた。こうした現象が引き起こされていたことから、今回の大停電はCO2削減の目標とは無関係と判断できる。

では、なぜ大規模停電が起きたのだろうか。

大規模停電をもたらした直接的な原因は石炭不足である。胡錦涛政権(20032013年)のとき、安全策が十分に講じられなかったことから炭鉱の爆発事故が後を絶たなかったため、中小規模の炭鉱の多くが閉鎖された。その分、国内の石炭生産量が減少し、代わりにオーストラリアやインドネシアなどからの石炭の輸入が増えた。

2020年にコロナ禍が深刻化した際、オーストラリア政府は新型コロナウイルスの発生源についてきちんと調査すべきだと求めた。この指摘は北京を刺激してしまい、中国政府は即座にオーストラリアからワインとビーフ、そして石炭の輸入を停止した。要するに、オーストラリアに対する経済制裁が実施されているのである。

ワインとビーフの輸入を止めても中国人の生活はそれほど困らないが、石炭の輸入を止めてしまったため、中国国内で石炭が不足してしまい、大規模停電を招くことになってしまった。換言すれば、中国政府のオーストラリアに対する経済制裁は自らを困らせてしまったということになる。

そして、大規模停電をもたらしたもう一つの遠因についても指摘しておきたい。日本では、電力料金の自由化が進み、電力会社は燃料価格の変動に応じて電力料金を調整することができる。それに対して、中国では、電力料金は自由化されていない。しかも、石炭や天然ガス、石油などの価格は高騰しているが、電力料金の改定が遅れているため、電力会社にとっては、発電すればするほど、その分赤字が出てしまうという状態になっている。したがって、電力会社は赤字を削減しようとして、発電量を減らそうとする。ただし、平時のときに発電量を減らすと社会問題になるため、それはできない。一方、現在は習近平国家主席自らがCO2削減を呼び掛けているため、電力会社にとって発電量を減らす口実ができたということになる。

しかし、今回の大規模停電からみえてきたのは、硬直的な電力料金や石炭の需給バランスが崩れたことによる問題だけではない。問題なのはpolicy makingと政策執行において混乱が生じていることである。すでに述べたように、オーストラリアに対する経済制裁の実施自体は理解できるが、自らを困らせるような制裁は得策とはいえない。石炭不足により電力の供給を制限しなければならないとしても、産業用電力を制限すべきであり、生活用電力や信号機の電気を止めるのは明らかに間違いである。

とくに、中国にとっては、大規模停電が続いた場合、世界の工場として重要な役割を果たしてきたグローバルサプライチェーンの再編が促されてしまう。コロナ禍により、中国経済はすでに減速に転じており、雇用が厳しい状況にある。多国籍企業が生産ラインを海外に移転させてしまった場合、中国の失業率はさらに上昇してしまう恐れがある。

地球温暖化対策として、中国のようなCO2大量排出国は電源構成の合理化に取り組む必要がある。中国政府がCO2削減の目標を掲げ世界に向けて公約を行ったことは朗報といえる。ただし、それが実現可能な目標かどうかについては検証する必要がある。

そのうえ、短期的な課題として電力供給の安定を維持する必要がある。米中対立とコロナ禍により中国のpolicy makingと政策執行において混乱が生じているが、省庁間の連携と情報の共有が求められる。このままいけば、多国籍企業はサプライチェーンを再編し、生産ラインの移出を加速させる可能性がある。

最後に、中国経済がさらに減速した場合、日本経済と日本企業にも大きな影響を及ぼすことになる。日本企業は中国に直接投資を行っており、日本経済は中国に依存している。中国における間違った政策立案は景気を一段と押し下げてしまう恐れがあるため、日本にとってもリスク管理を強化しなければならない。

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