R-2023-001-3
※本稿は、2023年2月10日に開催した「歴史分析プログラム」ウェビナー「日米における民主主義とポピュリズムの現状」の内容を東京財団政策研究所が構成・編集したものです。 |
竹中治堅 政策研究大学院大学教授(以下、竹中) 日本の民主主義の現状について、3つの観点からお話しします。いま三牧先生から米国の民主主義は危ういという話がありましたが、日本の民主主義はかなり安定しています。それを前提としつつ、第1に、1990年代後半から日本の民主主義のあり方が大きく変わってきていることについて述べます。すなわち、日本は1994年の政治改革以降、改革を重ねてきた結果、議院内閣制のあり方が実質的に大きく変わってきているということです。
第2に、最近、自民党が強すぎる、あるいは野党が分裂しているといわれます。そこで、政治における競争のあり方について紹介します。
そして第3に、日本の民主主義が安定していることを前提としつつも、そう安心していいのかということで、シルバーデモクラシーの問題、そして2022年7月の参議院議員選挙の結果で一部の政党がややポピュリスト的な主張を掲げていることをどう捉えるかについてお話しします。
統治機構の変化
第1に、日本の統治機構、議院内閣制がどのように変わってきたのかということです。議員内閣制とは「議会の多数派から首相が選ばれて首相が内閣を構成し、内閣は議会から支持される限り存続する。議会が内閣を支持しなくなったことが明らかになるのは、内閣不信任決議案が提出されて可決された時である」——こうした教科書的な意味での日本の議院内閣制のあり方は変わっていません。しかし、政治学の分野では、議院内閣制を異なる政治アクターの間で次から次へと仕事を依頼する関係として捉え、その中で首相がどのような影響力を持っているのかを分析する研究があります。その観点に立つと、1990年代後半から日本の首相は強い力を発揮できるように制度改革がなされてきているといえます。
すなわち、議院内閣制は次のように捉えられます。国民が政治を全て決めるわけにはいかないので、国民は代表者として議員を選んで政治を任せる。政策を何百人かの議員で議論して決めるわけにはいかないので、議員は代表者として首相を選んで政策立案を委ねる。そして、首相が閣僚を選んで、政策立案を分担して行う。閣僚も官僚を抱えて、多くの仕事は官僚に任せていく。この中で首相は、自分を選んでくれた議員には統制されたくないけれども、自分が選んだ閣僚には自分の考えどおりに仕事をしてもらいたいという存在であると捉えることができます。
そこで、日本はいくつかの改革をしてきました。最初の大きな改革は1994年の選挙制度改革です。中選挙区制から小選挙区・比例代表並立制に変えたことにより、首相の権力が強まります。
首相の権力強化の過程
1994年の選挙制度改革以前は中選挙区制で、派閥が強い力を持ち、自民党議員は無所属で当選することが容易でした。首相の地位を獲得・維持する条件として重要であったのは派閥から支持を獲得することで、閣僚ポストは派閥のサイズに応じて配分されました。
これが大きく変わったのが1994年の政治改革です。小選挙区・比例代表並立制が導入された結果、政党の公認権の重みが増します。無所属で当選することは難しくなり、政治家にとって、党の公認を得られるかどうかが死活問題になります。首相は政策を実現できない場合には、解散し、反対した議員を公認しない方針を打ち出せば、多くの政治家は選挙での落選をおそれ、首相に従わざるをえなくなります。首相は議員からあまり束縛されずに政策立案ができるようになりました。また、派閥の力が弱くなったので、首相は以前ほど派閥に気兼ねすることなく閣僚人事ができるようになりました。
もう一つ重要な改革が2001年の省庁再編です。不思議なことにそれまで、首相がやりたい政策があったとしても、首相自らは政策を手がけることはできない仕組みになっていました。政策をつくるのはあくまで大臣であって首相ではないという考えが共有されていました。この考えは改められ首相が直接政策を立案することが認められます。また、首相を補佐する組織や人員が拡大されます。まず、内閣法が改正され、内閣官房の役割が拡大し、内閣官房が重要な政策の立案を担当することが認められます。また、内閣府が首相直属の形で新設されます。この2つの組織を使って首相直轄で政策立案ができるようにしました。
さらに、2014年にもう一つ大きな改革、公務員制度改革が行われます。それまで首相は公務員に対して直接人事権を行使できませんでしたが、この改革によって幹部官僚の人事に大きな影響力を与えることが制度的に認められ、いまや幹部官僚に直接影響力を行使できるようになっています。
首相の力がどのように強まってきているのかをデータで示すのは難題でしたが、一橋大学の中北浩爾教授の当選回数主義の研究があります。昔の自民党では6回当選したら誰でも大臣になれるという不文律がありました。中北教授は当選6回以上の議員の未入閣者数を調べました。私はそれを逆転させて、当選6回以上の議員のうち入閣経験のある人の割合を調べました。2001年にはまだ55年体制あるいは政治改革以前の影響が残っていたので、当選6回以上の議員のうち約95%が入閣経験を持ちます。これが年を経るごとに徐々に下がっていき、安倍晋三政権では最低の時には約60%、現岸田文雄政権でも約75%で、それだけ首相の人事権が強くなったということです。
先ほど首相直轄で政策立案ができるようになったといいました。内閣官房の人員数は、省庁再編前の2000年は約700人だったのが、いまや3,000人を超えています。また、首相直轄で政策立案するための組織(内閣官房副長官補および総務官の下の部局)数は省庁再編前は約10個だったのが、いまは約50個あります。内閣官房でそれだけ多くの政策立案をするようになっているということです。
3つの調整問題
このように首相が強くなったのですが、首相が好き勝手やれるようになったかといえば、そうでもありません。首相からみると3つのハードルがあります。1つは国会です。日本の国会は非常に強い力を持っているので、法案を通すのが難しいという課題があります。
2つ目は参議院です。憲法が参議院に対する衆議院の優位を定めているため、参議院に影響力はない、という見方もありますが、そんなことはありません。国会の中で参議院は議院内閣制の事実上枠の外にある組織で、参議院が本気で首相に反対する場合には、首相は対抗する措置をほとんど持っていません。特に、2000年代以降、与党が参議院で過半数割れしている場合には、首相は法案を成立させるのに苦労し、内閣は短命政権になってしまいました。
そして3つ目が中央・地方関係です。中央・地方の権限関係の総論については、京都大学の待鳥聡史教授の研究があります。私は中央と地方の新型コロナウイルス危機への対応過程を分析しました。簡単にいえば、地方分権改革を進めすぎた結果、地方公共団体が担当する政策分野においては、特に首相と都道府県知事と意見が異なる場合に、首相の政策立案は知事の意向によって制約されます。首相が特定の政策の実現を望むのであれば、知事との調整が必要であるということです。新型コロナウイルス対策のほかリニア中央新幹線の建設計画も顕著な例の一つです。
政治における競争
次に競争の話です。自民党は優位です。2005〜2021年に行われた選挙の自民党の衆議院獲得議席数をみると、2009年以外は常に250〜300議席を確保し、安定的な勢力を保っています。しかし、比例代表選挙区の得票率は、2005年は40%近くですが、それ以外は30〜35%とさほど高くありません。2021年総選挙の得票率をみると、野党は自民党以上得票しているのに議席数に結びついていません。野党は分裂しているからです。自民党以外の人たちが結集できたのが2009年総選挙で、そのときの自民党の得票率は約27%と落ち込んでいます。野党がまとまると自民党に対して強い力を発揮できるのに、そうなっていません。
野党はなぜ分裂するのか
なぜ野党は分裂しているのか。これについては最近研究が進んでいて、選挙制度が多様であることが要因の一つであると指摘されています。衆議院で小選挙区制中心の選挙の仕組みを導入しました。小選挙区制は2大政党にまとまる力を持たせる選挙の仕組みと考えられています。ただ、参議院をみると小選挙区以外の選挙区から選ばれる議員が多いわけです。例えば、東京都選挙区は定数6と多いので、大政党にまとまらなくてもいいですし、全国を一つの選挙区とする比例区もあります。致命的なのは地方です。地方選挙は小選挙区制中心になっていません。中選挙区、あるいは東京都議選で定数8の世田谷区選挙区、石川県議選で定数16の金沢市等のような大選挙区では、なかなか2つの政党にはまとまりません。自民党が優位なのは選挙制度に大きな原因があるのではないかといわれています。
政治改革をした結果、首相の権力を強くなったわけですが、改革の内容が議論されたときには、野党が与党をしっかり牽制することもセットで考えられていたと思います。現状では必ずしも野党が与党を十分牽制できる状況にないのが日本の民主主義の大きな問題点の一つではないかと思います。
日本の民主主義のさらなる課題
さらなる課題の一つは、少子高齢化の進行に伴う「シルバーデモクラシー」です。驚くなかれ、いま、20歳以上の人口のうち50歳以上が6割近くの勢力を占め、政治的影響力を強めています。これまで民主主義においては高齢者が少数派で、国の将来を担うであろう若者たちが多数派を占めるので、将来に向けた投資が行われる予算配分になってきたのではないかというのが私の仮説ですが、いまの日本の予算をみると、高齢者向けの予算がかなりの規模になっています。シルバーデモクラシーというまだ人類が経験したことのない局面をいま迎えています。高齢者が常にマジョリティを占める現状は何らかの改革が必要なのではないか。
もう一つの問題は、新興政党が民主主義とかけ離れた動きをしていることです。例えば、れいわ新撰組の「ローテーション制度」やNHK党のガーシー議員が一度も国会に登院していないことなどです。違法ではないけれど、民主主義としてわれわれが前提としていない行動を取る政党が現れてきています。最も気になるのが、2022年7月の参議院議員選挙にいきなり現れた参政党が、外国人労働者の受け入れ反対を掲げていることです。国政レベルで外国人の問題を取り上げる政党は、私の理解では初めてです。日本でも移民や外国人労働者の数がじわじわと増えてきていることを反映している動きとも考えられます。こういう動きが今後強まるなら、それは日本の民主主義にとって憂いるべき状況ではないかと思います。
■続きはこちら→第3回「ポピュリズムとは何かー定義の試み」(板橋)