
R-2024-110
第5回は、水辺の小さな自然再生、水辺ツアーとフィールド実習などを通じて、参加者がどのように学び、サポートには何が必要なのかなど、人材育成に関する課題を考える。懇話会メンバーの吉冨友恭氏とプログラムメンバー3名で議論を行う。(2025年2月27日 オンライン開催)
・はじめに 1.水辺の小さな自然再生と学習の意義 2.水辺のツアーとフィールド実習の事例と協力者 ・議論 さらなる課題探求 |
Keynote Speech(概要)
吉冨 友恭:東京学芸大学 現職教員支援センター機構 環境教育研究センター
(写真提供:吉冨友恭氏)
はじめに
東京学芸大学に勤務して20年になる。以前は土木研究所自然共生研究センターに研究員として在籍していた。学生時代は水産学を専門とし、生理学的な視点から環境汚染の魚類への影響について研究をしていた。その後、環境問題の伝え方に関心を持ち、環境展示の研究に取り組むようになった。環境問題については研究の成果を学会にとどまらず、多くの場で広く発信していくことが必要であると感じ、一般の人たちに分かりやすく伝える手法を模索するようになった。研究テーマを展示へとシフトし、現在は河川に関する展示の理論・方法に関する研究と創造活動を進めている。水循環や河川に関する委員・アドバイザーを務めるほか、博物館の運営にも携わっている。
河川は、小さなスケールから大きなスケールまで空間的に広がりがあり、流量や化学的性質も変動するため時間的、水の性質上においても捉えにくい対象である。こうした複雑かつ動的な特性を踏まえ、河川を人々に分かりやすく伝える手法を検討するため、屋内外の展示、教材、映像ツールなどのメディアを活用した研究を進めている。研究の主軸は3つある。第1に、対象をどのように捉えるかという「見方」の研究。第2に、それをどのようなメディアを用いて表現するかの研究。第3に、伝達の効果を検証する研究。これらを進めるうえで、水辺のフィールド体験は重要な基盤となる。
1.水辺の小さな自然再生と学習の意義
水辺の小さな自然再生は、河道内を対象とした小規模な取り組みであり、短期間で効果が目に見え、現場の状況に応じて柔軟に対応できる特徴がある。また、生物の生息地を創出するとともに、地域の子どもから高齢者まで幅広い世代が参加し、アイデアと力を出し合いながら手作りで進めることを重視している。
私は「水辺の自然再生の事例集」[1]の編集委員として事例集の作成に携わるとともに、いくつかの現場の活動に参加した。本稿では三つの事例を紹介し、その後、学習の観点について述べる。
①上西郷川のケース
上西郷川では、自然の石や間伐材を活用し、簡易な水制を設置することで流れに変化をつけ、生物の生息環境を創出した。危険を伴う作業や力を要する作業は大学生や大人が担当し、それ以外の協力作業を小学生が行った。福間南小学校は計画段階から関わり、上西郷川の学習を総合的な学習の時間に組み込んだ。現場の状況に応じて年間計画を立て、「上西郷川日本一の郷川を目指す会」や「古賀森林組合」がキーパーソンとして活動を支えている。
②室見川のケース
室見川はシロウオが生息する河川である。産卵床が砂に埋もれて消失したため、福岡大学の学生や地域の人々、子どもたちが協力し、産卵環境を復活させる活動を行った。具体的には、産卵床を耕して間隙を作り、定期的に手を入れる「川の保全活動」を実施している。この活動の中心は、福岡大学のサークル「博多湾海援隊」である。彼らは汽水域である河口近くで石を掘り起こし、シロウオが産卵できる環境を整える作業を継続している。また、生態観察やシロウオを食べる文化を体験する場にもなっている。
③岩本川のケース
岩本川は、土砂が堆積し草が生い茂っていた場所を、生物に配慮した遊べる川へと再生した。ここでは、簡易水制と魚道を手作りで設置し、環境の改善が図られた。地元の平井小学校では、生活科の地域学習の一環として、岩本川を体験する授業が実施された。この取り組みには、「岩本川創遊会」と「豊田市矢作川研究所」がキーパーソンとして関わっている。子どもたちは石を集めて積み上げる作業を行い、その後、自然再生と環境教育の場として活用されている。
水辺の小さな自然再生の現場(岩本川/写真提供:吉冨友恭氏)
こうした小さな自然再生の作業を通じて、河川の構成要素やその関係性を体験できる。生き物の住処を作る際には、石の積み方や安定させる工夫、水の流れや河床の状況に注意しながら作業を進める必要がある。
また、水の中に入ることで、水域・水際域・陸域の横断的なつながりを体感し、上流から下流への縦断的なつながりも意識できる。さらに、土砂の流れや相互作用を感じることで、環境が常に変化していることも実感できる。
試行錯誤しながら作業することで探求心が促され、石を並べたり杭を打ったりすることで川の力を直接感じ、造形的な視点も養われる。また、構成遊びのように空間や構造を理解し、作り壊しながら創造力や構想力を高めることができる。
作業前後を比較することで、自分が設置したものがどのように変化したかを確認できる。現場に足を運ぶと、崩れたり元の状態に戻ったりしていることもあり、実験的な視点を持ち、自ら立てた仮説を検証する機会となる。また、作業を進める中で周囲と相談しながら進めるため、対話的な学びも生まれる。
こうした自然再生の場は、規模の大きな環境整備に比べてアクセスしやすく、浅く流れが緩やかな場所が多いため、安全な活動が可能である。多世代が作業や維持管理に関わることで、学習活動の支援や安全管理の体制も整い、環境学習の場として活用されている。
橋の上からは川の全体像が俯瞰しやすく、一方、川に入ると石の隙間などの微細な環境まで観察の視点が広がり、生物の営みなどを多角的に捉えることができる。流れや水深、水際の植生などの違いを比較しながら、生物の生息状況を多様なスケールで観察できる。
整備された環境では、教育活動を支援する体制が整い、学習ツールや手法も充実していく。さらに、フィールドとの関わりを通じて、子どもたちの川への愛着が深まることもデータとして示されている。
現在も岩本川では、創遊会や矢作川研究所が学校の授業を支援しており、この活動は継続的に行われている。研究室としても関わり、子どもたちの行動や意識の変化を調査しながら、学びの場の発展に貢献している。
2.水辺のツアーとフィールド実習の事例と協力者
水辺のツアーは、米国コカ・コーラ財団の支援を受け、水辺の学びデザインプロジェクト(Water Special Interest Tours)として、東京学芸大学で5年間にわたり取り組んだ。テーマ性・趣味性の高い目的型旅行(SIT)として、水をテーマに大学生が調査・企画し、ツアーを実施した。
①ポンウエンベツ川の生物調査(北海道夕張市)
NPO法人の支援を受け、川の生物調査を実施。北海道に生息する生物の特徴や環境の現状を学び、採捕活動の適地選定や実施判断のノウハウを得た。調査で得られた生き物は、ツールを活用して間近に観察し、分かりやすく解説された。
②夕張シューパロダム見学(北海道夕張市)
北海道開発局の協力のもと、夕張シューパロダムを見学。ダムの役割、水位調整、維持管理の仕組みなどを学び、監査廊内部やダム上部・下部から見学を通じて、ダムのスケールや構造を体験的に理解した。
水辺の学びデザインプロジェクト(ダム見学/写真提供:吉冨友恭氏)
③標津サーモン科学館(北海道標津郡標津町)
サケの産卵期に標津サーモン科学館を訪問し、回遊や産卵などの生態を学ぶとともに、忠類川で産卵床や産卵行動、ホッチャレ(サケの死骸)の分解過程を観察。陸・川・海のつながりを館長の解説を通じて理解した。
④築地市場の見学(東京都)
豊洲移転前の築地市場を訪れ、マグロの競りや流通の仕組みを学ぶ。マグロ中卸大四郎社長の案内のもと、築地市場の区画構成や漁食文化、マグロの選別方法などについて解説を受けた。
次に、大学で進めている河川や環境教育に関する実習を三つ紹介する。
⑤川の博物館での生物調査(埼玉県)
埼玉県立川の博物館で展示を見学し、荒川の環境について学んだ後、荒川支川の槻川で生物調査を実施。学芸員の指導のもと、生物や物理環境の調査を行い、田んぼと河川のつながりや魚類や両生類の生息環境の特徴について理解を深めた。
⑥野川の水調査(東京都)
みずとみどり研究会の指導のもと、大学近くの野川で湧水の水質調査を実施。電気伝導度の測定を通じて湧水の特徴を把握することを学んだ。市民による調査の現状についても聞き取りを行った。これらの経験を活かし、流域内の団体の活動を可視化するため「野川流域環境活動マップ」を作成し、流域全体の調査状況を団体間で共有することを目指した。
⑦野川の魚類調査と環境DNA解析(東京都)
日立中央研究所と共同で環境DNAを用いた魚類相調査を実施。研究員の指導のもと、調査手法や採水のコツ、環境DNA調査の利点や課題について学びながら、野川の状況を把握するための調査場所の選定などを一緒に検討しながら調査を進めている。
水みんフラ卓越人材との関連でいうと、学びを支援してくれた人々には、以下のような共通点があると感じている。
・長年、特定の地域や仕事にかかわっている
・専門的知識を有しており、経験が豊富
・地域への愛着がある
・川の特徴、見方を知っている
・視点を与える、関係性を伝える
・教具や教材を効果的に活用できる
・面倒見が良い
・面白そうに話し、聞いている人を話にひき込む
・広く伝える力、発信力がある
・表現力がある(言葉はもちろん絵や写真なども)
・人脈や組織のネットワークをもっている
・過去の状況、これからのことも話せる
・地域の魅力を作り出せる
議論 さらなる課題探求

[1] できることからはじめよう 水辺の小さな自然再生事例集 第2集」(編集「小さな自然再生」研究会、発行 日本河川・流域再生ネットワーク)
http://jp.a-rr.net/jp/activity/publication/files/2020/04/JRRNcollaboriver2020_web.pdf
「未来の水ビジョン」懇話会について
「未来の水ビジョン」懇話会を結成し、次世代に対する責務として、水と地方創成、水と持続可能な開発といった広い文脈から懸念される課題を明らかにしたうえで、それらの課題の解決への道筋を示した「未来の水ビジョン」を提示し、それを広く世の中で共有してきた。
第1期(2022年4月〜2024年3月)では、私たちの豊かで安全、健康で文化的な暮らしを支える有形無形の社会共通基盤システムを「みんなのインフラ」という意味で「みんフラ」と名付け、特に水をマネジメントする社会の仕組み全体を「水みんフラ」と呼び、社会全体で支えていこうという提言を行なった。
第2期(2024年4月〜2025年3月)では、「水みんフラ」を支える人材について議論する。地域に合った「水みんフラ」の再構築による、持続可能な維持管理、突発的な事故や災害への対応体制の整備が急務で、それには「水みんフラ」に関する総合知を習得した卓越人材(水みんフラ卓越人材)が不可欠だろう。日本各地を見回すと、コミュニティでの水道の維持管理や、市民普請でグリーンインフラを整備するケースで、そうした卓越人材が地域社会を先導する場合が多い。こうした水みんフラ卓越人材がどのように育成され、彼らを中心とした組織がどのように生まれ、ノウハウがどのように共有されているかを議論していく。
※「未来の水ビジョン」懇話会メンバー(五十音順) |