R-2022-105
年頭の記者会見で岸田文雄首相が「異次元の少子化対策」を掲げたことから、その中身や賛否につき、テレビや新聞のほかにネット上でも大きな議論が巻き起こっている。
この議論がさらに盛り上がった理由には、自民党税制調査会の幹部である甘利明前幹事長の発言も影響しているのではないか。というのも、年明けの報道番組で、甘利氏が「子育ては全国民に関わり、幅広く支える体制を取らなければならない。将来の消費税も含め、地に足がついた議論をしなければならない」と発言したためだ。
報道番組で甘利氏は、異次元の少子化対策のために消費税を増税するとは一言も明言しておらず、ミスリードの報道であることは明らかだが、岸田首相が異次元の少子化対策のために消費税の増税を検討しているといった印象を与える報道が相次ぎ、ネット上で議論が盛り上がった。
このような状況のなか、その後の記者会見で、松野博一官房長官は「消費税については、当面触れることは考えていない」と発言、また、鈴木俊一財務大臣も「将来の消費税のあり方について、政府として具体的な検討を行っているわけではない」と発言し、関係閣僚はテレビやネット上等の憶測を否定している。
筆者は議論が盛り上がった理由が何であれ、少子化の問題に国民の関心が再び集まったことは良いことだと思っている。なぜなら、膨張する公的債務や財政の問題のほか、高齢化と社会保障の問題、地方の衰退や伸びない賃金の問題など、現在の日本は様々な問題を抱えているが、この中で最も大きな問題は「急速な少子化」であると確信しているからである。
というのも、1970年代前半に200万人程度であった出生数が、2021年には約81万人に減少している。このトレンドが継続すると、今後10年程度で出生数が2031年に70万人を割り込む可能性もある(図表)。トレンドでは、60万人割れとなるのは2040年、50万人割れとなるのは2052年だ。このような状況のなか、日本人や日本社会が消滅に向かっていく危機感をもつ人々が増えていくのも当然だろう。
岸田首相が「異次元の少子化対策」への挑戦を表明したのは、まさに国民の危機感が高まってきた、このタイミングだ。政府は、2023年4月から子育て支援などを一元的に担う「こども家庭庁」を内閣府の外局として設置することを決定しているが、岸田首相は担当の小倉將信こども政策担当相に対し、同年3月までに対策のたたき台を取りまとめるように指示しており、6月には政策の大枠を示すとしている。
もっとも、「対策の必要性は理解できるが、少子化の問題は10年・20年以上も前から深刻化しており、出産可能な女性の数がここまで減少してしまっては、もはや時遅しではないか」という意見もあるかもしれない。だが、筆者はそうは思わない。人口減少を直ちに反転することはもちろんできないが、できる限り早く少子化のトレンドを転換した方が将来の人口に寄与する効果が高いためだ。転換が遅れれば遅れるほど、人口減少は加速する。むしろ、今回が最後のチャンスかもしれず、不退転の決意で頑張ってほしいと願う。
問題は、①少子化対策のうち何をターゲットにして、②財源をどう賄うかだ。以下、順番に説明しよう。
まず、①の「少子化対策のうち何をターゲットにするか」という問題である。いま日本財政は1000兆円を超える公的債務を抱えており、財政的な余力は乏しいが、最近の防衛費増強の件をみても、数兆円程度の財源を用意することは不可能ではないはずだ。しかしながら、財政が厳しいことは現実の問題であり、総花的な少子化対策を実施する財政的な余力は少ないため、効果的かつ効率的な視点でターゲットを絞った対策が求められる。
年頭の記者会見において、岸田首相は、「異次元の少子化対策」の基本的な方向性として、3つの柱を掲げていた。具体的には、1)児童手当を中心とした経済的支援の強化、2)学童保育や病児保育、産後ケアや一時預かりなどすべての子育て家庭に対する支援拡充、3)育児休業制度の強化を含む、働き方改革の推進やその支援制度の充実の3つだ。
この柱は、既存の施策の延長線であり、これら1)から3)のちょっとした拡充により、出生数を大幅に引き上げるのは不可能に近いと思われる。なぜなら、出生数を引き上げるには、一人の女性が生涯に産む子どもの数の平均である「合計特殊出生率」を引き上げる必要があるためだ。2015年の合計特殊出生率は1.463であったものが、2021年は1.30に低下している。2022年の合計特殊出生率はまだ確定していないが、1.27程度ではないかとも言われている。
既存施策の延長線でなく、ターゲットを絞り、もっと思い切った異次元の政策が必要である。そのヒントになるのが、「出生率の基本方程式」だ。この方程式は筆者が時々利用しているもので、「合計特殊出生率=(1-生涯未婚率)×有配偶出生数」という関係式をいう。日本では婚外子は約2%しかおらず、子供を産む女性は結婚している女性が多いため、合計特殊出生率は、平均的にみて、夫婦の完結出生児数(夫婦の最終的な平均出生子ども数)に「有配偶率」(=1-生涯未婚率)を掛けたものに概ね一致する。このため、夫婦の完結出生児数を「有配偶出生数」と記載するなら、「合計特殊出生率=(1-生涯未婚率)×有配偶出生数」という関係式が成立し、例えば、生涯未婚率が35%、夫婦の完結出生児数が2であるならば、出生率の基本方程式から、合計特殊出生率は1.3になる。
また、厚生労働省「出生動向基本調査」によると、夫婦の完結出生児数は1972年の2.2から2010年の1.96、2015年の1.94まで概ね2で推移してきたことが読み取れる。それにもかかわらず、合計特殊出生率が低下してきている主な理由は、生涯未婚率が上昇してきたためである。
出生率の基本方程式から、合計特殊出生率を引き上げるためには、2つの施策が考えられる。まず、一つは、生涯未婚率を引き下げる施策であり、もう一つは、有配偶出生数を引き上げる施策だ。ここでは、後者の施策を考えてみよう。既述のとおり、有配偶出生数は1970年頃から概ね2であるが、生涯未婚率(0.35)が変わらない前提の下、有配偶出生数が3に上昇したら、どうなるか。出生数の基本方程式から、合計特殊出生率は1.95となる。この値は、現在の合計特殊出生率(1.3)の概ね1.5倍で、現在の出生数が約80万人であるため、出生数が120万人程度に跳ね上がる可能性があることを意味する。
では、どうやって、有配偶出生数を2から3に引き上げるかだ。これは容易ではないが、これこそ、異次元の対策として、出産育児一時金を子ども一人当たり500万円に引き上げてみてはどうか。昨年、岸田首相のリーダーシップで、出産時に子ども一人当たり42万円が支払われる「出産育児一時金」を、2023年度から50万円に引き上げることを決めたが、これまでの出生数の減少トレンドをみても、8万円程度の増額で合計特殊出生率が上昇に転じるとは信じがたい。岸田首相や政府が本気で少子化問題のトレンドを逆転したいなら、子ども一人当たり500万円の出産育児一時金を給付するくらいの覚悟が必要ではないか。
もっとも、出生数が80万人ならば4兆円の財源、120万人ならば6兆円の財源が必要になる。つまり、既述の②「財源をどう賄うか」という問題に直面する。4兆円や6兆円という財源の調達は、従来の発想ならば不可能に思えたが、防衛費増額の決定プロセスをみても、実は可能なのではないかと筆者は思い始めている。なぜなら、たった数か月で、約5兆円強の防衛費の倍増が決まったからだ。
決定までの流れは、こうだ。まず、2022年6月上旬、政府は骨太方針で「防衛力を5年以内に抜本的に強化する」ことを閣議決定し、6月中旬、自民党は7月の参議院選挙の政権公約として、GDP比2%以上を念頭に防衛費を増やす方針を明記した。そして、12月中旬、自民党と公明党の幹部が、防衛費増額の財源問題の協議を行い、防衛費を対GDPで2%程度に増額するため、まず、5年間(2023年度から2027年度まで)の防衛費の総額を約43兆円とし、このうち新たな予算増加分を約17兆円とすることが確認された。
問題となるのは、防衛費を約11兆円に増額する恒久財源だ。自公協議では、この財源につき、①歳出改革、②一般会計の決算剰余金の活用、③国有財産の売却益や税外収入等を活用する「防衛力強化資金」(仮称)の新設で対応するが、2023年度は増税しないものの、その不足分は④税制措置で対応することを確認している。
この流れを受け、増税時期は「2024年度以降の適切な時期」となったが、2023年度の税制改正大綱では、④の財源として、法人税、所得税、たばこ税の3つを明記した。防衛費でこのような対応ができるなら、異次元の少子化対策の財源確保でも対応可能なはずだ。
現下の厳しい財政事情のなか、この財源を国債発行で賄うことはナンセンスであり、しっかりした財源の確保が必要になるが、消費税率を2%引き上げれば、6兆円程度の財源を得ることができる。これを財源として、出産育児一時金を子ども一人当たり500万円程度に引き上げてはどうか。
財源を節約するため、出産育児一時金を累進的な制度に改め、「子ども1人目=100万円」「2人目=300万円」「3人目=900万円」「4人目以降=1000万円」とすることも考えられる。子育てにも固定費があり、子どもの数が増えるほど、家計の子育てに関する限界費用は低減する。一方で、出産育児一時金が累進的となれば、子どもの数が増えるほど、この家計の限界便益は増加し、ネットの限界便益は大幅に増加する可能性がある。例えば、3人の子どもをもつ家庭で子どもが1人増えても、教育費を除き、生活費が大きく増加するわけではない。むしろ、兄弟姉妹で衣服等のシェアが可能になる等して、限界費用が低減する。
なお、現行の賦課方式年金は、現役世代が負担する財源を老齢世代に移転する仕組みであり、少子化が進行すると行き詰るリスクを抱えている。この考え方を明確にしたものが、Groezen et al.(2003)等の理論的な研究であり、この理論によれば、賦課方式の年金は出生率を社会的に望ましい水準から低下させる誘因をもち、その是正には子育て支援の拡充が有効となる。出生率が低下するメカニズムは、賦課方式の年金が存在する場合、自らは子どもを持たず、他人の子どもに「ただ乗り」する誘因をもつからであり、それは少子化を加速する外部性をもつためだ。
つまり、出産育児一時金や児童手当拡充などの子育て支援の目的の一つには、少子化を緩和し、その将来の担い手である社会保障財源としての子どもを増やすという目的が存在することも忘れてはいけない。
なお、一般的に少子化対策といっても、様々な政策手段があり、出生数の増加そのものに直接働きかける出産育児一時金のような施策(a)と、出産後の子育て支援を行う児童手当や学童保育支援のような施策(b)の2グループがある。教育や子ども医療費の支援も(b)のグループに属す。これらすべてに対し、総花的な対策で、資源の逐次投入を行っているだけでは、少子化のトレンド転換を果たすことは難しい。人間は必ずしも合理的でなく、近視眼的な側面ももつ。行動経済学的な知見を考慮すると、(b)よりも(a)の方が出生数の増加に寄与する可能性が高いのではないか。出生数の増加を目標に掲げるならば、本当にコアとなる政策手段を見定め、1点突破の姿勢で、例えば、出生数の増加に直接働きかける出産育児一時金の施策に資源を一気に集中投下する検討も行うべきだ。
この観点では、自民党・公明党が昨年末に決定した「令和5年度税制改正大綱」には、「妊娠時から出産・子育てまで一貫した伴走型相談支援と妊娠・出産時の10万円の経済的支援を一体的に行う「出産・子育て応援交付金」について、その事業費が満年度化する令和6年度以降において継続実施するための安定財源の確保について早急に検討を行い、結論を得る。」(pp.118)という記述もあるが、この拡張として、出産育児一時金の大幅な拡充を中心に、「異次元の少子化対策」のバージョンアップやその財源についても検討してみてはどうか。
異次元の少子化対策には、異論や様々な批判が噴出することが想定されるが、少子化は「静かな有事」といっても過言でなく、見方によっては防衛問題よりも深刻な現在進行形の問題である。異次元の少子化対策で、仮に出生数が80万人から120万人に増加したとしても、直ちに人口減少にブレーキがかかるわけではない。20年、30年という長い時間をかけて、人口動態が変わっていくことは明らかだが、我が国が人口減少の罠を脱出するためには、異次元の少子化対策という「実験」が必要な段階にきていることは確かであり、いま政府や国民の本気度が問われている。
参考文献
・首相官邸(2023)「岸田内閣総理大臣年頭記者会見」
・自由民主党・公明党(2022)「令和5年度税制改正大綱」
・van Groezen, Leers and Meijdam (2003) “Social Security and Endogenous Fertility: Pensions and Child Allowances as Siamese Twins,” Journal of Public Economics vol. 87, pp. 233-251.