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危機時における民主主義的手続きのあり方について:コロナ禍対応からの示唆
画像提供:Getty Images

危機時における民主主義的手続きのあり方について:コロナ禍対応からの示唆

April 3, 2024

R-2023-132

コロナ禍対応における民主主義国家と権威主義国家
危機時における「旗の下への招集」効果
日本における財政危機対応への示唆
 <対応策の「時間」に沿った整理>
 <「旗の下の招集」効果は起きるのか>

財政危機対応に限らず、あらゆる緊急事態の対応にはスピードがカギになる。「財政危機時の緊急対応プラン」研究プログラムで一つの大きな課題となっているのは、危機時の市場と民主主義のスピード差の問題である。めまぐるしい市場の動きに対して、対応策の策定は後手に回りがちだ。さらに財政措置を伴う対応策などについては、国会での承認、法改正などの民主主義的手続きを経なければならないものも多い。
世界的な緊急事態対応が行われたのは、直近のコロナ禍対応だ。
コロナ禍は世界をほぼ同時に襲ったため、権威主義国家と民主主義国家の対応の内容の違いやスピード差が顕れた。危機対応における民主主義的手続きのプラス面とマイナス面も浮かび上がった。本稿では、コロナ禍対応の経験が示唆することを基に、危機時における民主主義的手続きのあり方について、今後、「財政危機時の緊急対応プラン」で検討すべき点を挙げていく。

コロナ禍対応における民主主義国家と権威主義国家

コロナ禍が世界を席巻した初期段階においては、中国など一部の権威主義国家の対応の強力さとスピードが民主主義国家のそれを圧倒したため、危機対応における権威主義国家の優位性を喧伝される傾向が見られた。
当時、中国は政府自体がその点を盛んに強調した。20203月のGlobal Times(人民日報の英文姉妹誌)の論考では、西側諸国に対する中国の統治機構のシステム的な優位性(systematic advantage)が、コロナ禍対応において存在するとまで指摘している[1]
法治主義下では、コロナ禍対応などで必要となる人権の制約を伴う措置には、民主主義的手続きが必要となる。これは、財政民主主義下において、経済危機時に必要となる予算措置などに民主主義的手続きが必要となることとパラレルである。そして、合意形成のプロセスである民主主義過程は、本質的に多くの時間を費消する。
しかし、その後の政治学者らによる致死率・超過死亡率などの指標をベースとした検証の多くでは、コロナ禍対応における権威主義国家の民主主義国家に対する優位性は明らかになっていない[2](例 安中 2021; Annaka 2021; Neumayer & Plumper 2022)。初期には成功例とされた中国も、ゼロコロナ政策を長期間引っ張った末に転換を余儀なくされ、大量の死者を生んだ。
民主主義国家の対応が、権威主義国家の対応に比べて劣るのは、強権的な対応とそのスピードだ。初期段階では権威主義国家に優位性があったことを統計的に示した研究も、そうした点を優位性の要因として挙げている(Cepaluni et al. 2021)。そうであれば、スピード面では、感染症よりもはるかに速いスピードで進む経済危機への対応においては、民主主義的手続きの遅さは大きくマイナスに働きうる。他方で、強権的な対応は、危機発生当初はプラス方向に働くことが多いが、大きくマイナス方向に行く可能性もある。中国の徹底したゼロコロナ対策への固執が一例だ。

危機時における「旗の下への招集」効果

ただ、危機時においては、有権者も議員も政党もその状況に行動を順応させるため、民主主義のあり方も変わる。危機時にも日頃の政争を続け、みすみす自らに災難を呼び込むほど有権者も政治家も愚かではない。行動の変化に応じて、民主主義的手続きの性質もスピードも変わってくる。
「旗の下の招集」効果(rally round the flag effect) (Mueller 1970)は、最もよく知られた民主主義下の危機時の現象だ。国難的な危機時が生じた際、国民の間に連帯して危機を乗り越えようという一体感が生じ、政権への支持率や政府への信頼度が高まることを指す。この効果はコロナ禍の下で脚光を浴び、コロナ禍初期に政権支持率や政府への信頼が大きく上昇したことの要因と目された(例 Shraff 2020; Meer et al. 2023)。
危機時に「旗の下の招集」効果が生じ、政府への信頼、政権支持率が跳ね上がれば、民主主義的な合意形成過程は、通常より速くかつ容易に進めることが可能となる。実際、ニュージーランドや台湾のように、民主主義国家でありながら迅速な対応を徹底させることに成功した国も少なくない。

日本における財政危機対応への示唆

<対応策の「時間」に沿った整理>

コロナ危機下での政府対応は、日本における財政危機対応策にとっても示唆的である。
まず、対応策のスピードの問題[3]。市場のスピードは感染症が拡散するスピードより速く、財政危機対応には、コロナ禍対応よりさらに迅速かつ強力な措置が必要となる。欧州債務危機の際のケースなどを見ても、特に初期対応において、民主主義のスピードはなかなか市場のスピードには追いつけない。
今回、私たちが財政危機対応プランを作成する大きな目的の一つは、危機時の対応スピードを上げることである。あらかじめ必要と思われる対策の内容や手順を整えておくことは、民主主義的手続きのスピードの遅さを補完する役割を果たす。
対応策を構成する個別の対策それぞれにも、民主主義的手続きが必要となってくる。最も時間がかかる立法・法改正から、国会承認が必要となる予算関連措置、首相の判断のみで実施できる官邸からの担当部局への指示など、必要となる手続き(時間)に応じて、いくつかの類型に分けられる。
よって今回の財政危機対応プランでは、単に必要な対策を順番に列記するのではなく、それぞれの対策にどのような民主主義的手続きが必要かをあらかじめ精査する。その上で、民主主義的手続きに必要な時間も考慮した順番と内容をパッケージ化した対応策とするよう作業を進めている。平時(事前)に先行して整備しておくことができる法改正事項についても検討している。

<「旗の下の招集」効果は起きるのか>

コロナ禍の下での各国のように、日本でも財政危機時に「旗の下の招集」効果が起きて政権や政府への信頼が跳ね上がれば、各種民主主義的手続きが要する時間を大幅に節約することができる。危機の初期段階で必要となる強力な措置も講じやすくなる。民主主義過程の利点を生かしながら迅速な対応が可能となる。
では、日本の財政危機時に、「旗の下の招集」効果は起こりうるであろうか?
ここで押さえておかなければならないのは、コロナ禍初期(危機発生時)における日本の政権支持率の推移である。
図にもあるように、日本はコロナ禍初期において、国民の致死率が低いにもかかわらず、例外的に政権支持率が落ちた国である(加藤 2020Kato & Yoshimoto 2020)。つまり、「旗の下の招集」効果は観察されなかった。程度の差こそあれ、日本以外でコロナ禍初期に政権支持率が落ちた国は、図のG7諸国以外に広げても、極端な対応を採ったブラジルなどごく少数に留まる。

図:G7+韓国のコロナ禍初期時(20202~5月)の政権支持率変化と人口比死者数

出典:ABC/Washington Post調査(米)、YouGov()Ifop()Intratest dimap()Ipsos(伊)、Angus Reid(加)、共同通信(日本)、韓国ギャラップ(韓国)。Our World in Data.

 

日本では危機時に政府—国民がまとまらない、というのであれば、それは財政危機対応においてさらに大きな問題となる。外生的ショックのコロナ禍に対し、財政危機は発生自体に政府に責任がある内生的ショックと考える有権者も多いはずであり、政府—国民の一体感はさらに損なわれると考えられるからだ。
ただ、コロナ禍初期に日本の政権支持率が上がるどころか落ちたのは他の要因だった可能性もある。たとえば、日本では初期の致死率などが非常に低かったため、他国ほど有権者の間に危機感が拡がらず、有権者が旗の下に集まらなかったのかもしれない(ただ、図にあるように韓国の致死率は低いものの政権支持率は跳ね上がっている)。あるいは、その当時生じていた「桜を見る会」問題など他の政治問題の影響が、招集効果を打ち消した、などが考えられる。
要因の問題についてはこれ以上踏み込まないが、一方で、90年代末の日本の金融危機の際には、「旗の下の招集」効果に類する現象も見られている。
それは、バブル崩壊後の金融機関などに対する公的資金投入問題である。まだ危機が本格化していない1996年の時点において、住宅金融専門会社(住専)に6,850億円の公的資金を投じることが国会で審議された際には、「バブルの尻拭いに国民一人当たり5,500円」という批判が拡がり、世論は猛反発し国会は大紛糾した。世論の支持を受けた当時の最大野党の新進党の議員は、国会内で3週間に及ぶピケを張った。
しかし翌年以降、証券会社や銀行が相次いで破綻し金融危機が本格化した後には、公的資金投入は世論や野党の大きな抵抗を受けることなく大幅に拡大し、199912月には公的資金枠は70兆円まで拡大されている。 

コロナ禍下と同様、財政危機時にも、民主主義的手続きはプラスにもマイナスにも働きうる。危機発生時の対応を迅速かつ効果的に進めていくには、対応策の事前の準備に「時間」の要素を入れることに加え、危機発生時の国民や野党との対話も有益となる。意思決定メカニズムの整備や、適切な情報発信の内容とタイミングについてもあらかじめ想定していくべきであろう。

 


<参考文献>

Annaka S. 2021. “Political regime, data transparency, and COVID-19 death cases.” SSM-Population Health. June 12th.
安中進 2021.『民主主義は権威主義に劣るのか? コロナ下の政治体制を分析する』中央公論9月号。
Cepaluni, G., Dorsch, M. T., and Branyiczki, R. 2022. “Political regimes and deaths in the early stages of the COVID-19 pandemic.” Journal of Public Finance and Public Choice, 37(1), 27-53.
Chen, D., Peng, D., Rieger, M.O. et al. 2021. Institutional and cultural determinants of speed of government responses during COVID-19 pandemic.” Humanities and Social Science Communications. 8-171.
加藤創太 2020.『なぜ安倍政権は支持率が低下したのか:データから分析するコロナ禍の各国首脳支持』中央公論9月号。
Kato, S. and I. Yoshimoto. 2020. “Why did Abe’s popularity fall during pandemic?” East Asian Forum Quarterly. Australian National University.
Mueller, J. E. 1970. ‘Presidential Popularity from Truman to Johnson’, American Political Science Review, 64:1, 18–34.
Meer, T., E. Steenvoorden & E. Ouattara 2023. “Fear and the COVID-19 rally round the flag: a panel study on political trust.” West European Politics, 46:6, 1089-1105.
Neumayer E and T. Plümper. 2022. “Does 'Data fudging' explain the autocratic advantage? Evidence from the gap between Official Covid-19 mortality and excess mortality.” SSM Population Health. September 19th.
Schraff, D. 2021. “Political trust during the Covid-19 pandemic: Rally around the flag or lockdown effects?” European Journal of Political Research, 60(4), 1007-1017.


[1] “Many Western governments ill-equipped to handle coronavirus.” Global Times. 2020/3/15.
https://www.globaltimes.cn/content/1182661.shtml
[2] 多くの権威主義国家では、データ自体の信用性に疑義が残ることも多く、コロナ禍の死者数なども例外ではないが、そういった信用性を調整した研究もなされている.
[3] コロナ禍における政府の対応策のスピードに関する研究としてはChen et al.(2021)など。

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