R-2022-002
「水道の現在地」[1][2][3]では水道インフラの危機的な状況をヒト、モノ、カネの視点から見てきた。近年いくつかの水道事業者(自治体)が事業改革を行っているが、先行者は何を考え、どう動き、どのような効果を上げたか。全国の事業者、首長、議員、市民と共有すべき水インフラ改革のキーワードは何か。第2回目のキーワードは「未来人としての意思決定」。住民発の「水道料金値上げの提案」、「フューチャー・デザインによる町の総合計画策定」が行われた岩手県矢巾町に学ぶ。
・住民と事業者がともに考え意思決定する ・ファシリテーション、グラフィックレコーディング技術を身につけた職員 ・住民参画が職員の能力向上につながる ・未来人として40年後のまちをつくる |
住民と事業者がともに考え意思決定する
日本の水道事業は「安全な水が、24時間、当たり前に使えること」を目標に進められてきた。水道インフラが機能すると次第に市民から意識されないものになった。ところが近年、水道事業の継続が危ぶまれるようになり、事業者は、現状や将来像を住民と共有する必要性を感じるようになった。多くの水道事業者は広報活動に力を入れるが、その手法はウェブサイトや自治体の広報誌で事業の現状や将来を説明し「理解」を得ようというもの。「納得」してもらう、「協働」を図る、というステップには至っていない。
図表1 矢巾町が住民参加に取り組むことになった理由
出典:「矢巾町における住民参加型水道事業ビジョン策定とフューチャーデザイン」(吉岡律司/2015年/https://www.hit-u.ac.jp/kenkyu/file/27forum3/YOSHIOKA.pdf(最終閲覧2022年4月14日7時)
岩手県矢巾町(人口28,056人(令和2年の国勢調査より)[4])は、持続可能な水道事業を実現するために、住民との対話を重ねてきた。2008年から取り組みを企画・運営してきた上下水道課の吉岡律司氏(現在は同町政策推進監)は、「時間をかけて双方向のコミュニケーションを図ることが重要」と考える。
矢巾町で、住民の声を水道事業に反映させるしくみは、①パブリックコメント、②アウトリーチ(聞き取り調査)、③やはば水道サポーターと重層的に設計されている。ここに「発言しないマジョリティ」の声を水道事業に反映させようというねらいがある。
2008年にアウトリーチをショッピングセンターなどで実施したところ、1000人中954人から回答を得た。主な意見は「料金が高い」「塩素臭い」など。町民の関心事は「水道水の料金とおいしさ」に集中し、「施設の老朽化」や「事業継続の難しさ」など水道事業者の伝えたい内容とは隔たりがあった。
図表2 重層的な広報戦略
出所:吉岡氏へのヒアリングから筆者が作成
「矢巾町水道サポーター」は「公共水道を守るため、主権者である住民と事業者が一緒に考え意思決定する」ことを目的としている。2008年に始まり、現在も継続されている事業だ。矢巾町の水道利用者なら誰でも参加可能で、1、2か月に1回(年7回程度)開催されるワークショップ(以下WS)に参加すると、1回2,000円の謝礼が支払われる。初年度に集まった11名のうち、「水道に関心があった」のは1人で、「時間に余裕があるから手をあげた」という人がほとんどだった。参加者は、水道水とミネラルウォーターの飲み比べをしたり、浄水場などの施設見学をしたり、水道経営の現状や将来をデータで学んだりした。
ファシリテーション、グラフィックレコーディング技術を身につけた職員
2014年、筆者は「矢巾町水道サポーター」のWSを見学した。20名の参加者は2グループに分かれ、U字型に配置されたイスに座っていた。それぞれのグループに話し合いの促進役であるファシリテーター、議論の内容を文字やイラストでまとめるグラフィックレコーダーが配されていた。ファシリテーターもグラフィックレコーダーも、研修で技術を身につけた水道職員である。住民との対話にエネルギーを注いでいた。
会場には過去のWSの記録が貼ってあった。1つの「問いかけ」に対する参加者の意見が文字とイラストでまとめられ、誰でもすぐに共有することができた。
出所:矢巾町水道サポーターのWSの様子(筆者撮影)
会議がはじまると、ファシリテーターから以下の「問い」が投げかけられた。
「現時点での水道事業の課題は、40年後に優先順位が変わるだろうか」
かなり高度な「問い」である。回答するには現状の課題を知っていることはもちろん、40年後がどうなるかという予測も必要だ。しかし、参加者は「現時点での課題は水道管の老朽化」、「水道事業の人材不足」、「給水人口減少による財源不足」などと端的に話した。40年後の優先順位については、「現時点での課題の見極めと取り組み次第で優先順位は変わる」、「現在の世代が多少負担を負っても将来世代にツケをまわさないことが重要」などと話した。筆者は参加者に「矢巾町水道サポーター」に参加した感想を聞いた。
「WSに参加するうちに水道に対する意識が変わった。水道は利用できて当たり前と感じていたが、料金設定の根拠などを学ぶうち、あって当たり前ではないと感じるようになった」 「水道に携わる人の苦労を知った。大切に使いたいと思うようになった」 「水道事業を持続させるには適正な投資が必要であり、料金の多少の値上げは止むを得ない。大物家電の買い替えに備え、少しずつ預貯金しておくのと同じだ」 |
水道サポーターは水道事業の個別広報の企画も立案した。たとえば、普及啓発のための漫画だ。矢巾町の水の精「じゃじゃっと君」が中学2年の男子と水道管や浄水場を探検し、「水道の仕組み」「水道施設の維持」「人口減少」「経営管理力の低下」など水道事業を取り巻く課題を紹介する。漫画を掲載した小冊子は1万3000部作成され、検針票と一緒に各戸に配布されるほか、町内のコンビニでも無料配布されている。
住民参画が職員の能力向上につながる
住民参加とは、一般的には、住民が行政に参加し、まちづくり活動を行うこととされる。審議会に参画し意見を述べる、パブリックコメントに応募する、市民団体、NPO法人などで主体的にまちづくり活動をすることなどを指す。住民参加のメリットは市民の目線で語られることが多い。
だが、矢巾町では「住民参加は職員の能力向上につながる」と考えている。
「水道サポーターには、事業者の味方であることは望んでいない。対等の立場で将来の水道を考える存在でいてほしい。そうした住民が事業に関心をもつことで、職員は緊張感をもって仕事をするようになる」(吉岡氏)
職員は住民と「自分の言葉」で対話を重ね、仕事を「自分ごと」として捉えるようになる。誠実に仕事を行えば、住民からの信頼を感じ、自信をもつ。それが職員の意識改革、業務改革につながる。
矢巾町では職員が学ぶ環境も整えている。たとえば水道課の若手職員は「水道工学研修」(国立保健医療科学院)に参加する。同研修に参加するのは大規模自治体の職員が中心で、矢巾町は自治体の規模としては最小のレベルだ。
「小規模自治体は人が少ないから研修に出す余裕がないという声を聞くが、学ぶことの大切さを職員全員で共有し、長期的な計画を立てれば参加できる」(吉岡氏)。
研修でノウハウを身につけた職員は大きく成長する。専門家から学び、他自治体の職員と交流しながら、自分たちの強み、自分たちのやるべきことを理解する。まちの将来を考え、「誰かが設定した課題」ではなく、「自分たちの課題」を設定する。研修で専門家から学んだ方法を、自分たちのまちに合ったやり方にアレンジして活用するようになる。
未来人として40年後のまちをつくる
矢巾町は、2016年から「水道サポーター」制度に「フューチャー・デザイン」の手法を導入した。フューチャー・デザインとは、2012年、大阪大学の西條辰義(現・高知工科大学特任教授、総合地球環境学研究所特任教授)、原圭史郎(大阪大教授)両氏が中心となって提唱した。高知工科大学フューチャー・デザイン研究所によると、「フューチャー・デザインとは、現世代が将来可能性を最も発揮できるような社会の仕組みをデザインすること、あるいはそのための学術研究と実践のこと」。「まだ生まれていない将来世代になったとして、その将来世代が生きる社会をクリエイティブに想像する経験を経ると、その実現のために頑張りたいと思い、将来可能性が発揮されること」[5]という。
矢巾水道サポーターは、「40年後の未来人」として考えた結果、老朽化する水道施設の更新に必要な財源を確保するため、水道料金の値上げを提案した。これを受け、町は水道料金値上げを実施した。現代に生きる私たちは、子や孫よりも自分たちの暮らしを優先しがちであり、未来世代へ負の遺産を残してしまう。そうならないために未来世代の声に耳を傾ける必要がある。「40年後の市民として意見を述べよう」という声には、そうした意味がある。社会全体が縮小していくなかで、従来型の資源分配を行っているだけでは地域が保たない。シビル・ミニマム(都市化社会・都市型社会において、市民が生活していくのに最低限必要な生活基準)についての議論も必要になる。
図表3 フューチャー・デザインと水道事業
出所:吉岡氏へのヒアリングから筆者作成
矢巾町では「水道サポーター」で得た住民参画のノウハウを他の部署でも展開した。また、2019年からは「フューチャー・デザイン・タウン」として「未来戦略室」を設置した。フューチャー・デザインを町の総合計画作りに活用した。公募の住民28人によるWSを6月から6回開催し「2060年の矢巾はどんな町か。その理想を実現するため2020~2023年度に行うべき施策は何か」を、2060年の矢巾町に暮らす未来人として考えた。40年後に未来をセットしたのは「人口ビジョン」に合わせたためだ。
まず、町の過去40年間の政策を振り返り、評価する。その後、今後40年間を見据え、町にどんな政策が必要なのかアイデアを出し合った。参加者は思い思いの町の未来像を語った。
WSを終えた住民は「矢巾町への提言」を発表。2060年の矢巾について「教育施設を核とした環境を重視する町」「最先端テクノロジーと観光の町」などの理想が示され、2020~2023年度に実施すべき施策では「芸術系大学の誘致」「南昌山など観光資源の再評価」「再生可能エネルギーの活用」などが提案された。
当初は「道路を整備してほしい」「保育を無償化してほしい」といった意見もあったが、「将来世代の財政負担を増やす」との理由で、未来人としての施策提案からは消えた。矢巾町は、住民の提案を総合計画に反映し政策方針として運用する。
総合計画策定のWSを通じて職員も成長した。ファシリテーション、グラフィクレコーディングの技術を身につけた職員はこの10年間で数十名になり、テーマごとに分かれた住民のチームに入り、合計20時間の議論をとりまとめた。住民とコミュニケーションを図りながら、職員もまちの未来像と、それを実現するために自分が何を行うべきかを考えた。2008年の「矢巾町水道サポーター」からスタートした住民参画の取り組みは10年以上継続することで矢巾町の文化になったと言える。まさに継続は力なりである。
図表4 フューチャー・デザインと町の総合計画
出所:吉岡氏へのヒアリングから筆者作成
自治体のフューチャー・デザインを活用した取り組み事例には、京都府の「水道事業関連の自治体職員を集めた研修」、長野県松本市の「新庁舎建設基本構想と次世代交通政策実行計画策定での住民WS」、京都府長岡京市の「水道ビジョン策定に向けた中堅・若手職員研修」などがある。
「インフラをどう維持するか」と考えるのは現在の課題から考えるやり方だ。インフラを「いかに維持するか」という視点だけでは、対症療法的な議論ばかりになって、根本的な解決につながらない。一方で、インフラは「まちを下支えするもの」。将来のまちの姿をイメージし、「そこにふさわしいインフラとは何か」と未来を思い描くことが大切だ。もちろん思い描いた未来が実現するとは限らない。大事なのは未来予想を的中させることではなく、あらゆる可能性を考えたうえで、そこに向かって、自分たちは何をするのかを主体的に考え、アクションを起こすプロセスにある。この取り組みの要諦は、まちの課題を自分ごとにし、考え行動する住民と行政職員を育む点にある。
[1] 「水道の現在地」1「進まない耐震化・老朽化対策」
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3841(最終閲覧2022年4月14日7時)
[2] 「水道の現在地」2「水道料金はどのように決まるのか。なぜ水道料金は上がるのか」
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3875(最終閲覧2022年4月14日7時)
[3] 「水道の現在地」3「未来の水道の担い手を考える」
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3900(最終閲覧2022年4月14日7時)
[4]岩手県矢巾町HP(https://www.town.yahaba.iwate.jp/docs/2016021600042/)(最終閲覧2022年4月14日7時)
[5]高知工科大学フューチャー・デザイン研究(http://www.souken.kochi-tech.ac.jp/seido/practice/information/about.html)(最終閲覧2022年4月14日7時)