R-2024-056
第2回は、熊本の高校生たちの学びを通じ、多様な人材が個性や能力を発揮して活躍できる社会の実現を目指す「まちづくり・地域づくり」教育を通じ、水みんフラ卓越人材の育成について議論を行う。(2024年9月2日 東京財団政策研究所にて)
・Keenotespeech(概要) 1.はじめに 2.ユース水フォーラムくまもとの創設 3.4回のワークショップの流れ 4.インフラとコミュニティは一体 ・議論 さらなる課題探求 |
Keynote speech(概要)
田中尚人:熊本大学 大学院先端科学研究部 准教授
(写真:橋本淳司撮影)
1.はじめに
熊本地震の直後、水脈が変わってしまった水前寺成趣園では、地域住民とボランティアが協力し、風景を再生する活動が行われた。このような取り組みが、真のサステナブルであると考える。
水前寺成趣園での活動(写真提供:田中尚人氏)
私は土木史、景観マネジメント、都市地域計画を専門にし、文化的景観保全の研究と実践を、熊本県を中心に行っている。文化的景観とは「地域における人々の生活又は生業及び当該地域の風土により形成された景観地で我が国民の生活又は生業の理解のため欠くことのできないもの」(文化財保護法第二条第1項第五号より)であり、歴史・自然環境・生活や生業がその要素となっている。
まちづくりや風景保全の現場では、地域の魅力を知り、深め、伝えることが重要であり、シビックプライドがそれを支える。私たちはシビックプライドを、伊藤香織氏(東京理科大学教授、シビックプライド研究会代表)らの定義に基づき「市民が都市や地域社会、環境に対して持つ愛着や誇り、自負」と考えている。
数年前、土木学会誌の編集に携わっていた頃「ally」という考え方に出会った。allyとは「違いを認め合い、全く同じにはなれないけれど、味方でいること」。従来、公共インフラを整備する際、マイノリティの利用者や関係者は排除されてきた。マイノリティの例としては、障害者、高齢者、外国人、LGBTQ+、低所得者、ホームレスなど多岐にわたる。土木はハードなインフラについて責任を負ってきたが、インクルーシブネス(包摂)の視点からインフラを見ると「人」に着目せざるをえないし、土木だからこそ実現できるインクルーシブなインフラを構築することもできる。
2.ユース水フォーラムくまもとの創設
本日は、熊本の高校生たちによる水文化についての学びを通じ、多様な人材が個性や能力を発揮して活躍できる社会の実現を目指す「まちづくり・地域づくり」教育についてお話しする。
ユース水フォーラムくまもと(Youth Water Forum Kumamoto:YWFK)は、2021年3月、「熊本の水文化」を世界に発信する高校生をサポートする目的で結成された。YWFKに参加した高校生たちは、小学生時代に熊本地震を体験している。1953(昭和28)年に起きた「6.26水害」に代表されるように、水害常襲地域である熊本に大地震が起きた際、多くの人が意識したのが水の大切さだった。市民が「清正公さん」と愛情を込めて呼ぶ加藤清正は「土木の神様」として知られる。熊本市中心部を流れる白川は昔から暴れ川として有名で、阿蘇の火山灰土(ヨナ)を含んだ重い水流が洪水のたびに熊本の市街地を襲った。蛇行する白川の流路は城下町建設には厄介者だ。清正は、こうした熊本特有の「水」の課題を、治水・利水・親水のすべてにおいて卓越した土木技術を用いて解決していった。
熊本には伝統的な水文化があるが、それを守るだけではない。sustainable持続可能とはどういう状態かを高校生とともに考え、「変わらないために変わり続ける」ことを意識して活動を行った。「不易流行」とは、「変わらない」も「変わっていく」はどちらも大事ということ。高校生たちは熊本の水文化で「守っていきたいもの」「時代に合わせてアップデートしていくもの」を自分なりに表現している。
3.4回のワークショップの流れ
YWFKの活動の中心となる「水文化ゼミ」では、4回(1回2時間)のワークショップを通じて、3分間の動画制作を進める。ゼミの目的は、世代間や他校との交流を図りながら、自らの言葉で「熊本の水文化」を発信する力を養うことだ。
4回のワークショップは以下の流れで進む。第1回は物語を編むために、キャッチコピーをつくる。高校生はワールドカフェ形式のワークショップを通じ、学校の枠を越えてのつながりを深める。次に、伝えたい物語のキャッチコピーを考える。CMや広告表現の実例を交えた講義を通じ、表現のバリエーションやアイデア展開の方法を学び、各チームが水文化をどのような言葉で伝えるかを検討する。
ワークショップの様子(写真提供:田中尚人氏)
第2回では物語を4コマ漫画にする。起承転結の4コマができたら、それを補完する前後2コマを加えた合計3×4=12コマの絵コンテへと膨らませ、動画の完成イメージを具体化する。このプロセスを通し、動画の方向性を共有し、理解を深める。伝えたいストーリーができたら、実際に3分間の動画制作に取り組む。世界に向けて発信するため音声や字幕に英語を使うことが要件だが、撮影機材や技術面については制限を設けず、自由な表現を尊重している。制作途中では、編集と技術の2点からレビューを行い、完成度を高める。
第3回は動画を完成させ全員で鑑賞し、相互に評価し合う。水というテーマから生まれたさまざまな物語を楽しみながら、多様な表現への理解を深める機会となっている。第4回は修了式である。
2022 年4月に熊本城ホールで開催された第4回アジア・太平洋水サミットでは、高校生が主体となり、取り組みの発表と3チームの動画放映を行なった。同時に全長8メートルのブース壁面では、「水の話に花咲かそ」をテーマに、来場者と水にまつわる物語を記入できるインタラクティブな展示に取り組んだ。
2023年1月、熊本市や肥後銀行との協働として「ユース水守」の活動も始まった。4期目となる2023年度からは、卒業生がTA(ティーチングアシスタント)としてYWFKの活動をサポートし、より一層の学びの広がりが始まった。高校を超えたつながりの創出や、熊本県以外の高校生との交流事業を目標に活動を行っている。
4.インフラとコミュニティは一体
私はYWFKが水みんフラ卓越人材を育てる場になることを願う。水みんフラ卓越人材のあり方は、きっと多様なはずだ。加藤清正のようなリーダーシップを持った卓越人材がいる時はいいが、そうでないときも多い。そのような場合、フォロワーシップが発揮され水みんフラ卓越チームや、水みんフラ卓越ルールなどが機能すればよい。水みんフラ卓越人材については、全員が卓越人材である必要はなく、よきフォロワーの存在も重要だ。また、人は最初から卓越しているわけではないので、何を学ぶかを考える必要もあるだろう。
私は「まちづくり」という言葉を、多様性(Diversity)、包摂性(Inclusive)、持続可能性(Sustainable)から考える。多様性とは世代を超えて誰かと一緒にやること、包摂性とは違いを認め合う、変化を楽しむこと、持続可能性とは楽しく続けていくこと。
公共インフラは、有形施設だけでなく、制度や仕組みといった無形物も含まれる。私が意識したいのは文化と文明だ。中世古廣司さんが、「役に立つ価値」がもたらすものを「文明」、「意味がある価値」が生み出すものを「文化」と言っている。土木は文明の徒と言われるが、近年は文化基盤としても力を発揮するようになり、文明と文化は両方重要だ。私はインフラとコミュニティは一体と考える。インフラは機能だけで成立するわけではなく、インフラにまつわる文化がある。私は京都生まれなので、熊本に転勤した際に「せからしい」という言葉がわからなかった。「めんどうくさい」という意味かと聞くと、「うっとうしい」や「落ち着きがない」などの意味もあると教えられた。このようにその土地でしか語れないことが、地域らしい言語になっている。このような地域の文化を読み取って、水のエコシステムに合わせられるのが水みんフラ卓越人材だと思っている。
議論 さらなる課題探求
「未来の水ビジョン」懇話会について
「未来の水ビジョン」懇話会を結成し、次世代に対する責務として、水と地方創成、水と持続可能な開発といった広い文脈から懸念される課題を明らかにしたうえで、それらの課題の解決への道筋を示した「未来の水ビジョン」を提示し、それを広く世の中で共有してきた。
第1期(2022年4月〜2024年3月)では、私たちの豊かで安全、健康で文化的な暮らしを支える有形無形の社会共通基盤システムを「みんなのインフラ」という意味で「みんフラ」と名付け、特に水をマネジメントする社会の仕組み全体を「水みんフラ」と呼び、社会全体で支えていこうという提言を行なった。
第2期(2024年4月〜2026年3月)では、「水みんフラ」を支える人材について議論する。地域に合った「水みんフラ」の再構築による、持続可能な維持管理、突発的な事故や災害への対応体制の整備が急務で、それには「水みんフラ」に関する総合知を習得した卓越人材(水みんフラ卓越人材)が不可欠だろう。日本各地を見回すと、コミュニティでの水道の維持管理や、市民普請でグリーンインフラを整備するケースで、そうした卓越人材が地域社会を先導する場合が多い。こうした水みんフラ卓越人材がどのように育成され、彼らを中心とした組織がどのように生まれ、ノウハウがどのように共有されているかを議論していく。
※「未来の水ビジョン」懇話会メンバー(五十音順)2024年9月現在 |