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第1回 吉岡律司さん(岩手県矢巾町政策推進監)水みんフラ卓越人材を探せ
「水みんフラ」曼陀羅より一部抜粋 https://www.tkfd.or.jp/files/research/2023/Oki_PG/tktd_mizu_pos_web_001.pdf

第1回 吉岡律司さん(岩手県矢巾町政策推進監)水みんフラ卓越人材を探せ

August 27, 2024

R-2024-028

水みんフラ卓越人材を探せ

現在まで日本の安全な水の安定供給を支え、水の災禍を低減させているのは、上下水道、農業水利施設、治水施設などの構造物(いわゆるインフラ)、自然生態系や人為的な生態系、それらに関わる人や組織といった要素が組み合わさったシステム全体=水に関する社会共通基盤(水みんフラ)だ。しかし、人口減少、土地利用変化、財源不足、担い手不足、災害の頻発化などのため、持続可能な維持管理が困難になっている。

都市のみならず地方においても、地域に合った「水みんフラ」の再構築による、持続可能な維持管理、突発的な事故や災害への対応体制の整備が急務で、それには「水みんフラ」に関する総合知を習得した卓越人材(水みんフラ卓越人材)が不可欠だ。

本研究ではこうした水みんフラ卓越人材がどのように育成され、彼らを中心とした組織がどのように生まれ、ノウハウがどのように共有されているかをヒアリング、レビューにまとめ、その後、調査研究・集約し、卓越した水みんフラ人材を体系的に育成する方策を提言する予定である。

第1回 吉岡律司さん(岩手県矢巾町政策推進監)

1.水みんフラ卓越人材の活動概要
2.水みんフラ卓越人材プロフィール
3.水みんフラ卓越人材にせまる一問一答
4.ヒアリングを通じてわかったこと

1.水みんフラ卓越人材の活動概要

岩手県矢巾町では、持続可能な水道事業を実現するため、矢巾町水道サポーターという住民参加の取り組みを行った。「水道サポーター」は「公共水道を守るため、主権者である住民と事業者が一緒に考え意思決定する」ことを目的に、2008年に始まり、現在も継続されている。住民はこども世代・孫の世代の水道を考えた結果、老朽化する水道施設の更新に必要な財源を確保するため、水道料金の値上げを提案した。

 
水道サポーターワークショップの様子(写真提供:吉岡律司氏)

矢巾町では「水道サポーター」で得た住民参画のノウハウを他の部署でも展開。

2019年からは「フューチャー・デザイン・タウン」として「未来戦略室」を設置した(現在は、未来戦略課)。公募の住民によるワークショップを開催し「2060年の矢巾はどんな町か。その理想を実現するため20202023年度に行うべき施策は何か」を、2060年の矢巾町に暮らす未来人として考えた。2060年の矢巾について「教育施設を核とした環境を重視する町」「最先端テクノロジーと観光の町」などの理想が示され、20202023年度に実施すべき施策では「芸術系大学の誘致」「南昌山など観光資源の再評価」「再生可能エネルギーの活用」などが提案された。当初は「道路を整備してほしい」「保育を無償化してほしい」といった意見もあったが、「将来世代の財政負担を増やす」との理由で、未来人としての施策提案が多く採用された。矢巾町は、住民の提案を総合計画に反映し政策方針として運用するとともに未来視点からのアセスメントにも取り組む。[1]

水道サポーター、未来戦略室での取り組みを企画・運営してきた同町の吉岡律司政策推進監に話を聞く。

2.水みんフラ卓越人材プロフィール


吉岡律司さん:1970年岩手県生まれ。岩手県立大学大学院総合政策研究科後期博士課程単位取得退学。博士(学術)。公営企業(水道事業)に20年間在籍し、その後、企画財政課を経て、矢巾町政策推進監・岩手県立大学客員准教授。専門分野は、行政学、市民参加論、地方公企業論(上下水道)。

(写真:ファシリテーションする吉岡さん。201412月に筆者撮影)

3.水みんフラ卓越人材にせまる一問一答

(1)取り組みをはじめたきっかけを教えてください。うまくいってうれしかったことを教えてください。

「水道政策を実現可能なものにしていくためには住民の理解が必要と考えました。自主的に集まった人たちで水道サポーターが組織できたときに最初の喜びを感じました」 

水道事業には財源不足や人材不足などの課題があったが、役所の考えだけで事業計画をつくっても実現は難しい。なぜなら水道は住民に意識されていない。現在の水道普及率は97%で、水道がない生活を経験した人はほとんどいない。管路の耐震化や老朽管の更新を進めても、サービスの向上を住民は実感できない。水道政策を実現可能にするには住民の理解が必要だった。そうした狙いで、2008年、水道サポーターをスタートさせた。

当初は、市民団体の代表者が集い、自分の構想とは異なっていた。知り合いを集めた住民参加は本物ではない。あらためて「誰に水道のことを意識してもらいたいか」と考え、家計を預かることの多い女性、特に若い女性と考えた。

町内を見回すと若い女性が一定の時間に集まっていることに気づいた。それは幼稚園の送迎バスを待つ母親たちだった。そこで、その人たちを水道サポーターに勧誘し、子供たちが幼稚園に行っている時間にワークショップを始めた。その人たちが主要メンバーになり、口コミで徐々に広がった。自主的に集まった人たちで水道サポーターが組織できたときに最初の喜びを感じた。

水道へのクレームもサポーターを増やす好機と考えた。話し合いをしていて落ち着いて話せる状況になったら、水道サポーターについて説明し、メンバーになってもらった。

開始6年目からは住民基本台帳から無作為抽出して案内状を出し、水道サポーターに加入してもらった。サポーターはいちばん多い時で52名いた。

(2)最初にどんな困難に直面したかを教えてください。

「日頃から水道について考えている人はほとんどいません。そのため、参加したいと思いにくいし、参加しても自分の意見をもちにくいのでしょう」

水道の住民参加は難しい。私は大学院で「住民参加論」を学び、水道でも住民参加は可能と考えていた。しかし、住民参加の前提は「参加したい」という気持ち。水道は誰もが意識せずに使っているから、参加したいと思わないし、自分の意見ももちにくい。

集まったサポーターは水道への思いがあるわけではなかった。そこでまず「役所に文句を言う会」から始めた。水道だけでなく他部署への意見や要望ももらい、次のワークショップで回答した。その結果、少しずつ参加者と職員の信頼関係が生まれた。

それでも水道への要望は「料金を安く」「もっとおいしく」などに限られ、議論は停滞した。そこで水道水とミネラルウォーターの飲み比べや浄水場などの施設見学を行った。人前で話すことに抵抗を感じる人も多かったので、個別に意見や疑問を書いてもらい、職員が回答した。しばらく交換日記のようなやりとりを続けた。

振り返ってみるとこの時間が重要だった。こうした活動を1年間続けたところ、サポーターは「水道経営について学びたい」「施設と費用について知りたい」などと自らテーマを出すようになった。役所がデータを揃えなくても自主的に水道について調べ、発表する人も現れた。自分事として考えるようになるには、一定の時間が必要だと気づいた。

多くの自治体では「住民参加」を唱えながら、役所の意見を代弁する組織、決定を追認する組織をつくろうとする。これが失敗の原因だろう。矢巾町の取り組みを教えて欲しいという自治体は数多くあったが、1年後には「うまくいっていない」と連絡がくる。そうした自治体は、住民を役所の色に染めようとしている。役所に関する批判でもかまわないので、まずは自分の意見を持ってもらうことが重要だ。いまでも私たちとサポーターは緊張感をもった「つかず離れず」の関係だ。 

これからは水道を意識系サービスにする必要がある。水道は市民のためのサービスであるが、市民によるサービスではない。とくに意識しなくても「蛇口をひねれば24時間安全な水が出る」という無意識系のサービスとして成立してきた。だが、人口減少時代の水道を再構築していくには、意識系のサービスに変革する必要がある。

それをどう図るかが大きな課題だ。思うに水循環の議論をする際、自然の水循環の話はしても、水道や下水道などの話は少ない。今後、子どもたちのキャリア教育、ふるさと教育を行う計画がある。地域の仕事に関心をもってもらうのが狙いだが、そのなかで上下水道など水に関わる仕事を意識してもらう施策を考えている。 

(3)ご自身の活動をやめようと思ったことはありますか?それはなぜですか?
(4)そのときに踏みとどまった理由はなんですか?

「活動をやめようと思ったことありません」(よって(4)の回答はなし

さまざまな困難に直面したが、失敗したと思ったことは一度もない。止めたら失敗で、取り組みが続いているうちは失敗ではないと考えている。

住民とコミュニケーションする際、井上ひさしさんの言葉、「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに」を意識した。

きっかけは、ある水道サポーターから「役所の広報はまったくおもしろくないから読まない」と言われたこと。ショックを受けて住民とのコミュニケーションの取り方を役所内で議論し、難しいことを分かりやすく、興味をもってもらうよう心がけた。これによって職員の町民との接し方が変わった。周囲の職員の変化、自分自身の変化を実感でき楽しかった。

その後も職員は住民と「自分の言葉」で対話を重ね、仕事を「自分ごと」として捉えるようになった。誠実に仕事を行えば、住民からの信頼を感じ、自信をもつ。それが職員の意識改革、業務改革につながっていった。 

(5)活動してきて個人にとってよかったことは何ですか?

「多くの知り合いができたことです」 

水道サポーターなどの活動を通じ、多くの知り合いができ自分自身の財産になった。水道サポーターには、次第に元コンサルタント、元メーカー職員などが参加してくれるようになり、専門的な話で盛り上がるようになった。

3200トンの配水池をまちの中心につくる計画の際、PC鋼材(プレストレストコンクリート)にするかステンレス製にするかを、住民に決めてもらうことにした。ステンレス製は高額なので、PC鋼材を選ぶと予想したが、住民はステンレスを選んだ。住民は矢巾町の職員の技術レベルについて把握しており、それを考えるとステンレス製のほうがメンテナンスがしやすい、結果として住民は安全な水を得やすくなると考えたという。これには驚いた。

(6)ご自身の活動を若い人にすすめますか? それはなぜですか?

「すすめます。自分自身の成長につながるから」

2019年から行った総合計画策定のワークショップを通じて多くの職員が成長した。ファシリテーション、グラフィックコーディングの技術を身につけた職員はこの10年間で数十名になり、テーマごとに分かれた住民のチームに入り、合計20時間の議論をとりまとめた。


総合計画策定のワークショップ(写真提供:吉岡律司氏)

住民と緊張感をもってコミュニケーションを図りながら、職員もまちの未来像と、それを実現するために自分が何を行うべきかを考えている。2008年の「矢巾町水道サポーター」からスタートした住民参画の取り組みは15年以上継続し、矢巾町の文化になったと言える。文化は人によって育まれ、文化が人を育むと感じる。

(7)活動をともにする仲間や新たな卓越人材を生むために必要なことはなんですか?

「ビジョンは示すがやり方は任せる、学ぶ機会をつくる、の2点が大切」

1つは任せること思いを持って水の仕事に取り組む人材はいつの時代もいる。肝心なのは、その人にやり方まで指示しない。その人なりの方法で取り組んでもらう。水道サポーター立ち上げの頃、部署内には自分の考えをもつ職員が数多く集まっていた。その時のリーダーは、「こういう水道にしたい」というビジョンは示したが、「具体的に実現していく方法はみんなのやり方でいい」と言った。その結果、広報見直し、水道キャラクターなどさまざまなアイデアが出た。能動的に動くことで職員が成長した。水道サポーターのワークショップでも私は次第に前面に出るのを止め、やり方も任せた。私のマネジメントスタイルはいまも同じだ。

もう1つは学ぶ機会をつくること。たとえば水道課の若手職員は「水道工学研修」(国立保健医療科学院)に参加する。この研修に参加するのは大規模自治体の職員が中心で、矢巾町は自治体の規模としては最小のレベルだ。小規模自治体は人が少ないから研修に出す余裕がないという声を聞くが、学ぶことの大切さを職員全員で共有し、長期的な計画を立てれば参加できる。研修でノウハウを身につけた職員は大きく成長する。専門家から学び、他自治体の職員と交流しながら、自分たちの強み、自分たちのやるべきことを理解する。まちの将来を考え、「誰かが設定した課題」ではなく、「自分たちの課題」を設定する。研修で専門家から学んだ方法を、自分たちのまちに合ったやり方にアレンジして活用するようになる。

⑻生まれ変わったら何をしてみたいですか?

「いまと同じ仕事がやりたいです」

ずっと住民主体のまちづくりを一緒にやれる職員でいたい。下回ってはいけない行政サービスの水準を「ナショナルミニマム」と言う。社会全体が縮小していくなかで、従来型の資源分配を行っているだけでは地域が保たない。シビル・ミニマム(都市化社会・都市型社

会において、市民が生活していくのに最低限必要な生活基準)についての議論も必要になるだろう。シビル・ミニマムを住民主体で決められたらと思っているが、定年までの6年では完了しない。だから生まれ変わってもいまの仕事をやりたいと思う。

4.ヒアリングを通じてわかったこと

1.きっかけ

将来を見据えた水道政策を実現可能なものにしていくためには住民の理解が必要と考えた。

2.個人のモチベーション

自主的に集まった住民がまちの将来を考えて政策を議論してくれることに喜びを感じる。水道サポーターなどの活動を通じ、数多くの知り合いができ自分自身の財産になった。

3.卓越人材に必要なこと

いつの時代にも水道の仕事に思いをもって取り組むはいる。その人とビジョンは共有するが、やり方は任せる。

 
2024年66/オンラインでヒアリング)


参考文献
[1] 水インフラ改革のキーワード2「未来人としての意思決定」https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3976

 

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