R-2022-059
1.はじめに
2022年7月19日に内閣府経済社会総合研究所(Economic and Social Research Institute,以下、ESRIと略称する)が主催する第21回景気動向指数研究会にて、新たな景気動向指数(以下、新指数と略称する)が提案された[1]。この新指数では、経済構造の変化を踏まえ、景気の現状を捉えることを目的として、採用系列や指数の構築で見直しが行われた。景気動向指数および採用系列の動きは、現在の景気状況を知る情報であることに加えて、景気の局面判断にも使われる。現在、新指数は参考情報として試験的に公表されており、今後はデータの蓄積を踏まえ修正が行われる予定である。そこで、本論考では、新指数の概要を紹介し、問題点など懸念事項を指摘する。そして、採用系列の見直しを提案し、ESRIの新指数と比較を行うことで、新指数の更なる精微化に向けた提案を行いたい。
2.新指数の概要
新指数は、「景気を把握する新しい指数(一致指数)[参考指標]」として2022年8月22日から公表が始まった[2]。ここでは、ESRIの公表資料と井野 他 (2022)をもとに、新指数の特徴について紹介したい。
まず、新指数は、作成の基本方針として以下の4点が挙げられている。簡潔に示すと、1) 景気指数は共通変動の抽出ではなく、経済の総体量の変動を反映する、2) 生産・分配・支出の3面から景気を捉える、3) 市場経済の下での自律的な動きに焦点を絞る、4) 財とサービスに関する統計をバランス良く採用する、というものである。
次に、上記の基本方針のもと、採用系列が変更された。現行の一致指数(以下、現行指数と略称する)は10系列であり、以下の表1にまとめられている。
表 1 現行指数の構成系列 (ESRIのサイトより筆者作成)
現行指数においては、上記の3側面から見ると、生産・分配・支出の採用数がそれぞれ4・2・3となっている。このことから、生産面の業況が景気動向指数に大きな影響を与えるとして、批判も出ていた。また、コロナ禍では対面サービス産業を中心に落ち込みが著しいことから、導入されたものとみられる。
今回の新指数の構成系列数は、17へ大幅に拡大され、以下の表2の通りである。
表 2 新指数の構成系列
(井野 他 (2022)より筆者作成)
表2の赤色で表記された系列は、新規採用の統計であり、青色は、遅行系列[3]から組み換えされたものを意味する。景気を生産・分配・支出の3側面に分類し、総合的な景気動向指数を作成する。3側面の採用数がそれぞれ5・4・8となり、現行指数と比べると支出の系列数が生産よりも多い。また、前述したコロナ禍における対面サービス業の落ち込みを反映させるために、第3次産業活動指数が数多く採用されている。そして、営業利益は、全産業から第2次と第3次に区分されたものを使用する。更に、ソフトウェア投資を含めた無形固定資産や建設出来高などが新たに追加された。
そして、この新指数では、現行指数とは異なり、3側面でそれぞれ指数が算出され、それらの平均を総合的な景気状況を表す指数として公表される。図1は生産・分配・支出の一致指数と新指数を描いたものである。
図 1 新しい景気動向指数(新指数・生産・分配・支出)
3側面の指数は2008年5月の値から公表されている。図1の影部分はESRIが定める景気後退期を示す[4]。2020年以降の3指数を比較すると、分配面が最も高く、2018年半ばの水準にまで回復している。一方で、生産と支出は2019年10月の消費税率引き上げ前の水準にも戻っていないことがわかる。
次に、現行指数と比較をする。図2は、現行指数と新指数を描いたものである。
図 2 現行指数と新指数の比較
グラフの比較からわかる現行指数との大きな違いは、現行指数に比べて変動が小さい、現行指数の系列で作られる景気後退期と異なる可能性がある、などである。
この3側面の指数を作成する際に、現行指数では構成系列(の基準化変化率[5])の算術平均であったが、新指数では、各構成系列の混合比率を産業連関表から固定している(数値は表3を参照)。
表 3 各側面指数における系列の混合比率(ESRIの公表資料より筆者作成)
このように、新指数は、採用系列の入れ替えに加え、生産・分配・支出という3側面を明確化し、景気を捉えようとする新たな試みである。だが、この新指数にはいくつか懸念事項があり、その点については次節で詳述する。
3.新指数への懸念事項
筆者が感じる懸念事項は大きく分けて、景気の定義、系列の選択が挙げられる。まず、景気の定義について、基本方針で「景気指数は共通変動を抽出するのではなく、経済の総体量の変動を反映する」としている。景気動向に関わる分析者らが参考とするBurns and Mitchell (1946) に従えば、景気は経済動向の共通変動である。そして、景気を抽出するために、景気の動きに一致して動く指標を選ぶものであった。しかし、新指数においては、それが否定され、経済の総体量と定義している。新指数は生産・分配・支出の算術平均であり、現行指数との計算方法の違いは、各個別系列の混合比率であることから、大きな違いは無い。
そして、景気の総体量は、生産・分配・支出から捉えるとしているが、これは経済規模や水準を捉えるGDPの考え方であり、井野(2022)に準拠したものとみられる。それゆえ、新指数は月次GDPと混同する方も多いだろう。経済状況の一致であり、景気の時間的な現況を捉えるものではないように感じられる。
系列の選択の問題を簡潔にまとめると、 1) データの信頼性、 2) 実質値と名目値の混在、3)四半期データの利用、4)産業区分の不連続、5) 遅行系列の採用である。
まず、建設出来高の採用である。建設統計に関する不正問題は、本研究プログラムでも度々取り上げている[6]。建設統計の改善は未だ道半ばであることから、景気動向指数への採用は時期尚早と思われる。2点目の実質値と名目値の混在であるが、営業利益、建設出来高、無形固定資産では名目値が使用されている。昨今の物価高の影響を考えると、統一すべきである。
3点目の四半期データの利用については、部門別営業利益、建設出来高、無形固定資産は四半期データであり、現行指数では新しいデータが手に入らない期間は欠損値扱いとしていた。しかし、新指数では過去の変化率から推定されるトレンドで補間するとしている。各系列におけるトレンド推定には更なる検証が必要である。そして、ソフトウェア投資は2008年第1四半期からの公開であり、これが新指数の公開期間を短くさせている。4点目、労働力調査では、2010年以降、産業区分の変更が行われている。また、電気・ガス・水道は記載がないことから、部門別営業利益と実質総雇用者所得では区分と対応データが不明瞭となっている。
最後は、これまで遅行系列であった第3次産業活動指数の採用である。対面サービス業は、生活必需品を取り扱う産業が数多いことから、景気への反応は弱いことが知られている。新指数を景気局面の判断材料にする場合、こうした系列の採用は、局面判断を難しくさせる可能性がある。こうした懸念については、Ohtsuka and Kakamu (2018)でも指摘されている。
以上のように、新指数では、新たなコンセプトを打ち出しているものの、向かう方向性は月次GDPであり、採用系列についても多くの懸念事項があることから、できる限りの改善を行う必要がある。
4.改善案と参考指標との比較
4.1 採用系列の再構成
本節では、上記の問題点に対して、いくつかの改善策を提起し、新指数や現行指数との比較を行う。新指数で採用されている系列への対応は、以下の表4にまとめられている。
表 4 新指数の採用系列に対する変更点
建設関連統計の2つは信頼性の観点から削除する。利用期間が最も短く、かつ四半期である無形固定資産も削除とする。次に、産業別総雇用者所得は全産業の実質賃金指数と雇用者数によって代替する。営業利益は全産業版を企業向けサービス価格指数で実質化させる。そして、3側面の指数を計算する際に固定していた混合比率は、以下の表5のように使用する系列の割合の合計値が1となるよう再配分させる。
表 5 提案する系列と混合比率
また、トレンド計算でデータが確保出来るものは使用する[7]。これにより、提案する3面指数は2008年1月から2022年6月までESRIと同じ方法で計算した。図3は、提案する3面指数とESRIが公表するものをそれぞれ比較したものである。
図 3 ESRIの指数との比較
図3より、生産・分配・支出ともに、挙動においてはESRIが作成するものと大きな乖離は見られない。無形固定資産や建設関連統計は、指数への混合比率が低いことから、除外の影響は軽微と見られる。図3中段の分配では、これにより、前述した問題点をクリアし、ESRIの指数は概ね再現出来ることが明らかとなった。
4.2 3側面からの合成方法を変える
次に、3側面の指数から総合指数をどのように作るかを考える。基本方針では「景気は経済の総体量」と強く主張していることから、ここでは主成分分析で作成する。主成分分析とは、複数のデータを結合し、総合指標を作り出す方法である。ここでは、主成分分析による総合指数(表記はPC-CI)、ESRIの新指数(ESRI-n)と現行指数(ESRI-o)を比較する(図4)。
図 4 総合指数の比較
図4より提案するPC-CIは、新指数の挙動をほぼ再現出来たと言える。これにより、産業別に拘る必要も無い。また、PC-CIにおける3面指数の混合比率は、生産・分配・支出でそれぞれ0.37・0.27・0.37であり、分配の割合が他の2側面よりも低い結果となった。
4.3 分配面は必要か?
最後に、3側面全てを利用すべきかについて考える。前節の結果より、分配の割合が他に比べて低いことから、分配そのものを除外した場合の指数を計算する。主成分分析の結果から、生産と支出側面の混合比率は同じであったことから、ESRIと同様の計算で作成し、新指数と比較する(図5を参照)。
図 5 生産・支出のみを用いた総合指数
2側面から計算される指数(図5では2CIと記載)は、新指数と比較すると水準の差はあるが、挙動については似通った動きとなった。今後、従来のように景気動向指数(採用系列)を用いて景気局面を判断する場合には、2側面の指数を使用しても結果に差異は無いと思われる。
5.まとめ
本論考では、ESRIが提案する新たな景気動向指数の特徴を示し、まだ取り組まれていない懸念事項の洗い出しを行った。そして、それらに対して改善案を作成、具体的には採用系列の一部除外、系列の実質化などを行った。次に、再構築したデータセットを主成分分析で総合的な景気指数を計算した結果、ESRIが提案する新指数とほぼ同じ趨勢を再現出来ることを示した。また、3面のうち、分配面の指数を除外した2側面で指数を構築しても、上下変動についてはESRIとそれほど変わらないという結果が得られた。
最後に、今後の課題について述べる。1つは景気基準日付への活用である。ESRIの報告資料では、新指数で過去の景気基調の遡及判断は行わないとしている。しかし、景気関連統計は、統計値そのものだけでなく基調判断への利用も重要であることから、現行の山谷判断をした場合、3面でどのような特徴があるのかを調査する必要がある。また、今回の刷新は月次GDPを意識しているようにも感じられる。このことからMariano and Murasawa (2003)の月次GDPやGrant and Chan (2017)のトレンド・サイクル分解モデルで月次GDPを作成し、新指数と比較する必要がある。最後に、コロナ禍により大きく変わってしまった経済状況に対して、景気の指標も改善が必要となろう。この点については、ESRIの更なる活動に期待したい。
参考文献
- Burns, A F. and W C. Mitchell (1946) “Measuring Business Cycles” National Bureau of Economic Research, Inc.
- Grant A L. and J C. C. Chan (2017) “A Bayesian Model Comparison for Trend-cycle Decompositions of Output”, Journal of Money, Credit and Banking, 49, p.525-552.
- 井野靖久 (2022) 「GDP統計による三面不等価の経済変動分析」ESRI Research Note No.62. 2022年3月
- 井野靖久・野村研太・池本靖子・塚本大器・宮原隆志・辻村龍仁・栗山博雅 (2022)「景気を把握する新しい指数(一致指数)について」ESRI Research Note No.69. 2022年8月
- Mariano, R S. and Y. Murasawa (2003) “A New Coincident Index of Business Cycles Based on Monthly and Quarterly Series”, Journal of Applied Econometrics, 18, p.427-443.
- Ohtsuka Y. and K. Kakamu (2018) “Regional Growth and Business Cycles in Japan”, Review of Urban and Regional Development Studies, 30, p.1-25.
[1] 景気動向指数研究会の議事録詳細については、内閣府経済社会総合研究所ウェブサイトhttps://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/di/di_ken.html を参照されたい。
[2] 新指数に関する情報は以下のサイトで閲覧することができる。内閣府経済社会総合研究所ウェブサイトURL: https://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/di/di_ref.html
[3] 遅行系列とは、景気の動きに遅れて反応する代表的な経済統計のことである。現行指数では、民間消費支出などが含まれる。
[4] 景気後退期は現行指数の採用系列によって行われており、新しい指数のもとでは実施されていない。
[5] 各系列の変化率から長期のトレンド値を引いて、四分位範囲で値の変動を調節したものである。
[6] 建設統計に関するコラムは、以下の「エビデンスに基づく政策立案(EBPM)に資する経済データの活用」研究プログラムのウェブサイトで閲覧することができる。
URL: https://www.tkfd.or.jp/programs/detail.php?u_id=31
[7] ESRIでは、2013年4月までのトレンド値は、2008年6月から当月までの平均値を用いて代替している。