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10年変わることのない日本の成長目標の意味を改めて考える
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10年変わることのない日本の成長目標の意味を改めて考える

January 5, 2022

R-2021-031

岸田政権の下での成長戦略によって経済成長率はどの程度上昇すると見込まれるのか。
わからないとすれば、なぜか。

政府の成長政策は日本の成長力を高めてきたのか
実質2%を上回る成長といった目標はTFPの伸び悩みを背景に実現されてこなかった
成長政策の課題
実質2%を上回る成長といった目標は目指すべきものなのか

政府の成長政策は日本の成長力を高めてきたのか

岸田政権による経済政策への取組が本格化するこのタイミングで、日本の成長目標の意味について改めて考えてみたい。

岸田政権では、「成長と分配の好循環」を通じた所得格差の縮小を経済政策の中心に据えている。そこからは、分配重視の姿勢、そして、経済の分配面に課題があると考える政権の問題意識が窺える。この「分配」を促進するためには、原資となる「成長」が必要であり、岸田政権が掲げる「成長と分配の好循環」は、まさに、所得格差の縮小に向けて両者が重要であるとの考えを示しているが、では、岸田政権はもう一方の経済を成長させる成長政策については、どういった問題意識を持っているのであろうか。これまでの取組が日本の成長力を十分に高めてきたと考えているのであろうか、それとも、分配面と同様に課題があると考えているのだろうか。 

実質2%を上回る成長といった目標はTFPの伸び悩みを背景に実現されてこなかった

アベノミクス以前より、政府による成長政策の目標は、「実質2%を上回る成長の実現」であった。そこで、この目標の達成状況を確認するため、供給面から経済の中長期的な成長力を測る潜在成長率(内閣府推計)を見ると、この10年間、1%未満で推移してきたことがわかる[1]。潜在成長率が、成長目標である2%に達することができない主因は、TFP(全要素生産性)の伸び悩みにある(図を参照)。

 


このTFPは、GDPといった経済のアウトプットと労働や資本といったインプットの比(アウトプット÷インプット)として表わされ、生産性や効率性を意味する[2]。政府も、これまで、生産性の向上に向けた取組を進め、TFPを上昇させることを目指してきた[3]。実際に、アベノミクス開始直後の20138月における政府の中長期の経済財政に関する試算を見ると、アベノミクスの下、成長目標が実現された経済の姿として、2020年度の潜在成長率を2.4%と試算していたが、そのうちTFPによる貢献分は1.8%程度であった。しかし、実現された2020年度の潜在成長率は0.5%、そのうちTFPによる貢献分は0.4%であった。加えて、TFPについては、2013年度の1%程度から低下傾向を示している。 

成長政策の課題

アベノミクスの下、TFPが上昇してこなかったという事実は、必ずしも、アベノミクスの下での成長政策の失敗を意味するものではない。個別の政策分野を見れば、雇用、電力、農業、医療、経済連携などを含め、実に様々な分野で規制改革等の取組が進められ、そうした分野では、少なからず生産性が向上したと考えられる。どちらかと言えば、成長政策における課題は、政策効果をきちんと計測できないこと、その結果、より生産性の高い経済の実現に向けた政策の検証、議論が進みにくいことであると考えている。岸田政権の下で実施されるイノベーションの強化やデジタル化、クリーンエネルギーの推進といった成長戦略によって、TFPはどの程度上昇すると見込まれるのか。わからないとすれば、なぜか。

1つに、TFPGDP等の統計データとは異なり実際には観測されないという課題がある。政府の推計においても、GDP成長率のうち、資本や労働といったインプットの寄与で説明しきれない残った部分(残差)としてTFPを把握している。残りものとして把握されるTFPには、その結果、様々な計測上の課題が伴われ、TFPが上昇していないことが、実態として生産性が上昇していないことを表わしているのかといった基本的な問いへの答えすら判然としない状況となる。そのためか上述の2013年時点の試算も含め、政府の試算においても、これまでTFPの将来の姿については、過去の一定期間の上昇幅と同じ上昇が将来にかけてみられるといった仮定のもと外生的に扱われており、その時々で議論、策定された政府による成長政策の効果が考慮されたものとなっていない。

加えて、TFPが外生的に扱われてきたことを1つの背景として、どのような経路を通じてTFPが上昇していくのかといった内生的メカニズムについて、成長政策の目指す姿を描けていないといった点も指摘できる。TFPの上昇は、労働や資本が産業内、または産業を超えて生産性の高い企業、業種へ移動していくことにより(言い換えれば、労働や資本といったインプットを、より生産性の高い分野に投入することにより)、あるいは新技術の実用化・普及等によりあらゆる企業、業種で生産性が高まることにより実現されるが、岸田政権の下で実施されるそれぞれの施策は、どこに、どのような影響を与えるのだろうか。 

実質2%を上回る成長といった目標は目指すべきものなのか

以上のことを改めて考えた時、10年以上にわたり掲げられてきた実質2%を上回る成長といった成長目標の意味は何であろうか。真に目指すべきものなのか、我が国の成長期待のアンカーとして据えるべきものなのか、それとも、財政健全化に向けた議論の1つのシナリオにすぎないのか。

年初には、新たな中長期の経済財政に関する姿が示されると見込まれるが、目指すべき目標であるなら、岸田政権の下での取組が進められる中で、実現に向けた具体的な道筋が多少とも見えるとよい。岸田政権の下での「新しい資本主義」の起動によって、将来見込まれる経済の姿に変化が生じるのであろうか、それとも政権の発足前と変わらぬ将来の姿が示されるのであろうか。そうした点も見ながら、引き続き成長政策に関する岸田政権の問題意識を読み解いていきたい。

 (「10年変わることのない日本の成長目標の意味を改めて考える(2)」に続く)

 


[1] 実質GDP成長率(内閣府推計)を見ても、2011年度から2019年度までの間の平均的な成長率は0.8%程度となっている。

[2] 一国経済の生産要素(労働(L)や資本(K)といったインプット)の投入と産出量(GDP)の関係を以下の生産関数により表わす。

GDP=A∙F(L,K)

この時、TFPA)は、A=GDP/F(L,K)といったように、アウトプットであるGDPとインプットであるLKの比として表わされる。このTFPについては、実際には観測されないため、観測されるGDPLKといったデータから推計される。潜在GDPは、こうして求められたTFP、及びLKの短期的な変動を均すことで得られる平準化された値をもとに計算されている。

[3] なお、労働生産性は、TFPと資本と労働の比である資本装備率により表わされ、その上昇にはTFPが重要な役割を果たす。

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