R-2024-058
自民党の総裁選(2024年9月下旬)や衆議院選挙(同年10月下旬)等を経て、新たな首相に就任した石破茂氏は地方創生の初代担当大臣だ。地方の活性化やその持続可能性の確保は筆者も重要に思っているが、やや気になるムード(雰囲気)がある。それは、「東京一極集中の是正を行えば日本全体の出生率が大幅に上昇する」ようなムードが、マスコミや有識者の間で広がっていることだ。
このムードは、本当に正しいのか。「東京一極集中の是正」という言葉は、地方創生が始まる以前から存在するが、この言葉と出生率が結び付いたのは、地方創生以後の話ではないか。この両者の結び付きは、地方創生の「まち・ひと・しごと創生総合戦略」資料から読み取れる。例えば、「第1期「まち・ひと・しごと創生総合戦略」に関する検証会(第2回)」の資料4「東京一極集中の是正について」では、「これまで、地方に比べてより低い出生率にとどまっている東京圏に若い世代が集中することによって、日本全体としての人口減少に結び付く可能性があること等から、東京一極集中の是正に取り組んできた。東京一極集中の是正の意義について、近年の社会・経済状況の変化を踏まえたうえで、改めて共有化を図るべきではないか」(下線は筆者)との記載がある。
一読する限りはもっともらしい記載に思われるが、「地方創生→ 東京一極集中の是正→ 出生率の上昇」というロジックの流れは仮説に過ぎず、東京一極集中の是正を行えば日本全体の出生率が本当に上昇するのか、精査が必要ではないか。そして、精査を行い、もしこの仮説の妥当性が低いならば、その認識を正す必要がある。
この関係で、まず初めに確認しておくべきことは、2014年に地方創生の施策が始まってから、日本全体の合計特殊出生率(TFR)は低下傾向であるという事実ではないか。実際、2015年のTFRは1.45だったが、2023年には1.20まで低下しており、現在のところ、地方創生が出生率の上昇に及ぼす効果は確認できない。
にもかかわらず、「地方創生→ 東京一極集中の是正→ 出生率の上昇」という仮説に基づき、新たな提言が出てきている。その象徴が、政府関係者や民間有識者らで構成する「人口戦略会議」が2024年4月24日に公表したレポート(『地方自治体「持続可能性」分析レポート』)に思われる。
このレポートでは、出生率が低い一方、域内人口の増加分を他地域からの人口流入に依存している東京などの自治体を、「ブラックホール型自治体」と定義し、このブラックホール型という名称のインパクトもあったことから、出生率の低下との関係で、このような自治体への人口流入が問題であるかのような印象を、マスコミを含む国民の間に拡散した。
いわゆる「東京ブラックホール論」だが、これは「東京が原因で日本全体の出生率が低下している」という思い込みによるもので、この議論の真偽については、中里(2024a)や中里(2024b)が鋭い指摘をしている。2023年における日本全国の合計特殊出生率(TFR)は1.20で、東京都のTFRは0.99だが、国別のTFRの比較と異なり、そもそも、地域別のTFRを比較することは適切とは限らず、地域別のTFRの計算方法の特性から引き起こされる誤解も多い。この理解には一つの指標で判断するのではなく、複合的な視点が必要になるので、中里(2024a)や中里(2024b)の指摘も参考に、いくつかの簡単な事実を確認しておこう。
まず、東京都のTFRが都道府県ランキングで最下位というのは事実だ。厚生労働省の2023年の人口動態統計(概数)では、47都道府県のうちTFRが最高位なのは沖縄の1.60、最下位なのは東京の0.99で、2020年の人口動態統計(確報)でも、若干数値は異なるものの、東京は最下位の47位だ(図表1)。だが、別のデータをみると、異なる風景が広がっている。
図表1:合計特殊出生率(2020年)
(出所)厚生労働省(2022)「令和2年(2020年)人口動態統計(確定数)の概況」から筆者作成
例えば、国勢調査(2020年)のデータだ。このデータにより、都道府県別などの平均出生率(未婚の女性も含む、出産可能な15歳-49歳の女性人口1000人当たりの出生数)を計算すると、この値が最高位なのは沖縄の48.9、第2位は宮崎の40.7だが、東京の平均出生率も31.5で、最下位でなく42位だ。
東京の前後では、40位の岩手(32.4)、41位の青森(32.2)、43位の奈良(31.4)、宮城(31.1)、京都(31)、北海道(30.8)が並び、最下位は秋田(29.3)となる(図表2)。しかも驚くべきことに、東京都心3区(千代田区・港区・中央区)の平均出生率は41.7で、既述の47都道府県の値と比較すると、東京都心3区は沖縄に次ぐ2位になる。この都心3区のうち中央区の値は45.4にもなっている。
図表2:出産可能な女性人口(15歳―49歳)1000人当たりの出生数
(出所)総務省(2021)「令和2年(2020年)国勢調査」から筆者作成
では、合計特殊出生率(TFR)と平均出生率(出産可能な女性人口(15歳―49歳)1000人当たりの出生数)で、このような違いが発生する理由は何か。それは、合計特殊出生率(TFR)の計算方法の特性にある。合計特殊出生率(TFR)の定義は「一人の女性が生涯に生む平均的な子どもの数」だが、具体的には年齢別出生率を合計して計算している。この計算方法から奇妙なことが起こる。
例えば、仮想的な例だが、いま20代と30代の女性しかいない2地域があり、地域Aでは20代の女性100人が赤ちゃん30人、30代の女性100人が60人を出産、地域Bでは20代の女性20人が赤ちゃん20人、30代の女性80人が20人を出産するとしよう。また、合計特殊出生率(TFR)の厳密な計算方法は、1歳刻みでの年齢別出生率を合計することで求めるが、議論を簡略化するため、以下では、10歳刻みの出生率を年齢別出生率ということにする。このとき、地域Aの20代の年齢別出生率は0.3(=30÷100)、30代の年齢別出生率は0.6(=60÷100)なので、地域Aの合計特殊出生率(TFR)は、その年齢別出生率の合計であるから、0.9(=0.3+0.6)となる。同様の計算で、地域Bの合計特殊出生率は1.25(=20÷20+20÷80)となり、地域Aよりも地域Bの方が高いが、女性1人当たりの平均出生率は、地域Aが0.45(=90÷200)、地域Bが0.4(=40÷100)で、地域Bよりも地域Aの方が高い。
このような仮想的な例も参考に、平均出生率のランキングで比較すると、東京都や都心3区のイメージが変わってくるが、地域間で人口移動があると、より奇妙な現象が起こる。この簡単なメカニズムにつき、天野(2020)の説明方法も参考に確認してみよう。まず、上記の事例とは異なるが、地域1と地域2しか存在せず、以下の出産可能人口が居住していたとする。
地域1 20代の女性 20人 →うち9人の女性が赤ちゃん9名を出産 → 9/20=0.45 30代の女性 10人 →うち8人の女性が赤ちゃん8名を出産 → 8/10=0.8 地域2 20代の女性 20人 →うち9人の女性が赤ちゃん9名を出産 → 9/20=0.45 30代の女性 10人 →うち8人の女性が赤ちゃん8名を出産 → 8/10=0.8 |
本来のTFRの計算では1歳ごとの刻みで計算するが、ここでは、簡略化のために10歳刻みで計算すると、両地域のTFRは1.25(=赤ちゃん9名÷20代の女性数(20人)+赤ちゃん8名÷30代の女性数(10人)=0.45+0.8)となる。しかし、上記の計算で、地域1で出産していない女性11人のうち10人が地域2に移動するだけで、出生数が変わらないにもかかわらず、地域1のTFRは上昇し、地域2のTFRは低下する。
地域1 20代の女性 10人 →うち9人の女性が赤ちゃん9名を出産 → 9/10=0.9 30代の女性 10人 →うち8人の女性が赤ちゃん8名を出産 → 8/10=0.8 地域2 20代の女性 30人 →うち9人の女性が赤ちゃん9名を出産 → 9/30=0.3 30代の女性 10人 →うち8人の女性が赤ちゃん8名を出産 → 8/10=0.8 |
簡単な計算で確認できるが、実際、地域1のTFRは1.7(=赤ちゃん9名÷20代の女性数(10人)+赤ちゃん8名÷30代の女性数(10人))となる一方、地域2のTFRは1.1(=赤ちゃん9名÷20代の女性数(30人)+赤ちゃん8名÷30代の女性数(10人))となるが、両地域の出生数の合計は人口移動前の17名のままで何も変わらない。このような人口移動により、見かけ上、地域別のTFRが低下することは実際に確認できる。例えば、大学生(女子学生)が多い京都市のほか、練馬区や豊島区のTFRが低い理由もここにあり、そもそも地域別TFRの比較で、出産や子育てのしやすさを判断することは容易でない。
なお、そもそも、日本の出生率が低迷している理由は、東京以外の出生率も低いためである。この事実は、合計特殊出生率(TFR)が地域別に決まっているとの仮定に基づき、東京都の人口をゼロにしても、日本全国の合計特殊出生率(TFR)は1.20から1.23までしか上昇しないことから分かる。
この計算は簡単だ。直近(2022年)の日本全国の出産可能人口(15歳―49歳の女性人口)は2414万人、東京都の出産可能人口は295万人であるから、東京都以外の出産可能人口は2119万人である。合計特殊出生率(TFR)が地域別に決まっている場合、東京都以外の地域の合計特殊出生率(TFR)の平均をZとすると、東京都と東京都以外の地域に居住する出産可能人口の加重平均から、「1.20(全国のTFR)=0.99(東京都のTFR)×295÷2414+Z(東京都以外の地域のTFR)×2119÷2414」という関係式が成立する。この式から、Zを計算すると、Z=1.20となる。これは、東京都の人口をゼロにしても、日本全体の合計特殊出生率(TFR)は1.20から1.23までしか上昇しないことを意味する。
地域別TFRを強調する背景には、地方創生との関係や政治的な思惑もあろうが、東京一極集中の是正を行えば、日本の出生率が大幅に上昇するというのは幻想だ。人口動態の変動は、日本の経済構造や、財政・社会保障の中長期的な持続可能性にも大きな影響を与える重要な要因であり、その環境改善を図るため、出生数の減少トレンドを本気で反転するつもりなら、自治体間での人口争奪戦を促すのでなく、国が責任をもち、少子化対策などを実行する必要があるのではないか。
参考文献
・天野馨南子(2020)「人口動態データ解説-合計特殊出生率誤用による少子化の加速に歯止めを-自治体間高低評価はなぜ禁忌か」基礎研レポート(2020年09月28日)
・中里透(2024a)「東京は「ブラックホール」なのか?(その1):少子化にまつわるエトセトラ」SYNODOS
・中里透(2024b)「東京は「ブラックホール」なのか(その2):「東京国」と「地方国」で考える」SYNODOS