R-2022-009
はじめに「未来の水ビジョン」懇話会について Keynote Speech(概要) 1. 誰も知らない地下水の話 2. 地下水の挙動は人間の活動の影響を受ける 3. 現時点での地下水の課題とは何か。 議論 さらなる課題探究 |
はじめに「未来の水ビジョン」懇話会について
我が国は、これまでの先人たちの不断の努力によって、豊かな水の恵みを享受し、日常生活では水の災いを気にせずにいられるようになった。しかし、近年、グローバルな気候変動による水害や干ばつの激化、高潮リスクの増大、食料需要の増加などが危惧されている。さらには、世界に先駆けて進む少子高齢化によって、森林の荒廃や耕作放棄地の増加、地方における地域コミュニティ衰退や長期的な税収減に伴う公的管理に必要な組織やリソースのひっ迫が顕在化しつつある。
水の恵みや災いに対する備えは、不断の努力によってしか維持できないことは専門家の間では自明であるが、その危機感が政府や地方自治体、政治家、企業、市民といった関係する主体間で共有されているとは言い難い。
そこで「未来の水ビジョン」懇話会を結成し、次世代に対する責務として、水と地方創成、水と持続可能な開発といった広い文脈から懸念される課題を明らかにしたうえで、それらの課題の解決への道筋を示した「未来の水ビジョン」を提示し、それを広く世の中で共有していく。
※「未来の水ビジョン」懇話会メンバー(五十音順) 沖大幹(東京財団政策研究所研究主幹/東京大学大学院工学系研究科) 小熊久美子(東京大学大学院工学系研究科) 黒川純一良(公益社団法人日本河川協会参与) 坂本麻衣子(東京大学大学院新領域創成科学研究科) 笹川みちる(東京財団政策研究所主席研究員/雨水市民の会) 武山絵美(愛媛大学大学院農学研究科) 徳永朋祥(東京大学大学院新領域創成科学研究科) 中村晋一郎(東京財団政策研究所主席研究員/名古屋大学大学院工学研究科) 橋本淳司(東京財団政策研究所研究主幹/水ジャーナリスト) 村上道夫(大阪大学感染症総合教育研究拠点) |
第1回は、地下水の特徴を理解した上で、水循環系の一部である地下水を、どのように日本の地域社会の発展につなげるかについて議論を行う。(2022年4月8日 東京財団政策研究所にて)
Keynote Speech(概要)
東京大学大学院新領域創成科学研究科 環境システム学専攻 徳永朋祥(ともちか) 中央が徳永氏
1. 誰も知らない地下水の話
地下水は、私たちの足もとの地面の下に存在し、普段目にすることはないが、人間の生活にとっては必要不可欠のものだ。その用途は多様で、農業、工業、地域によっては水道水の原水、またミネラルウォーターとしても利用されている。
地下水とは、地表面より下にある水(土壌・岩石の隙間に存在する水)の総称で、地球の表層の水循環を構成する要素の1つだ。地下水の利用を念頭に置いた議論を行う場合には、地下水利用が水収支に与える影響を考慮する必要がある。その前提として、社会で共有すべき「地下水の特徴」を簡単にまとめると以下のようになる。
(1)地下水は位置(高さ)とその地点の水が持つ圧力で動く
地下水は地中を流れている。水を通しやすく、貯める能力が高く、井戸での取水や湧水として連続して地下水を供給しうる地層を帯水層という。利用を考える場合、水が「どこから」「どこへ」流れていくかを知ることが重要になる。地下水は、位置エネルギーと水の圧力エネルギーの和である「水理ポテンシャル」の高い地点から低い地点へと流れる。場所によって、位置(高さ)だけでなくその地点の水が持つ圧力によって流れることに留意する必要がある。同じ帯水層にある地下水でも、上から下へ向かって流れていたり、下から上へ流れていたりする場合がある。谷や崖下の湧水のように、水が地表面に湧き出ている場所では、地下水が深いところから浅いところに向かって流れている場合もある。
(2)地下水の動きは地質や岩盤の特性(亀裂等)、地形の影響を受ける
地下水の動きは地質に関係する。地下には粘土のように水を通しにくい粒の細かい地層と、砂や小石のように粒のあらい地層がある。地下水はその隙間を縫うように、主に水を通しやすい粒のあらい地層の中を流れる。また、岩盤の特性(亀裂等)、地形によっても流れは変わる。岩盤の特性という点では、たとえば、沖縄県の天然記念物・塩川は、石灰岩の亀裂から雨がほとんど降らない時期でも毎秒180リットルほどの水が常に湧き出している。
(3)地下水は地表水と関連しながら水循環の一部を構成する
地下水は河川、湿地、湖などから独立して存在しているわけではない。水循環系の一部であり、河川、湿地、湖などと水のやり取りをしている。地下水位が下がると河川水位も下がり、最終的には河川が枯れたりすることからわかるように、地下水は地表水を「下支えしている」。
地下水と河川水は水位の関係によって水のやり取りをする。河川水の水位が地下水より低い場合は、川が流れるうちに地下水が供給され川の流量が増す。これを「得水河川」という。反対に、河川水の水位が地下水より高い場合、川は流れるうちに流量を減らし、周囲の地下水量が増える。これを「失水河川」という。たとえば、黒部川は地下水が黒部川扇状地を流れる際、地下水面は河川中心のあたりが張り出し、周囲に向かって河川水が地下水に供給される失水河川であることがわかる。
また、一般に、河川流域で考えた場合、河口から海に流れでている河川流量の、約1割に相当する地下水が海底から直接湧き出していると考えられている。これを海底地下水湧出といい、周辺の生態系の構成に影響を与えているともいわれている。その理由は④で述べる。
(4)地下水は特有の生態系をつくる
湧出する地下水には特性がある。相対的に温度が変わらない、流量の変化が小さい、表流水とは異なる化学的特徴(酸化還元状態、溶存物質量等)をもつことなどだ。地下では水に溶けている酸素が失われ、岩石などに長時間触れるため水のなかに溶けている物質の量が多くなる。こうしたことから湧水が出る場所に特有の生態系をつくる場合がある。
(5)地下水の挙動は人間の活動の影響を受ける
人間の活動とともに地下水は質、量の面で変化している。これについては以下で具体的に述べていきたい。地下水について議論する場合、こうした地下水に関する知識をもつことが重要だろう。現時点では地下水に関する基本的な知識が、社会で十分に共有されているとはいえないと感じている。そのため地下水に関する課題が発生したときに、議論をはじめるのが難しい。
2. 地下水の挙動は人間の活動の影響を受ける
地下水と人間の活動の関係についてまとめたのが以下の図だ。
(1)水利用にともなう地下水の変化
地球という大きな水循環システムの中で常に水は巡り、降雨によって地下水への涵養がなされている。そのなかで人間の地下水利用は地下水に影響を与える。たとえば、井の頭池(東京都三鷹市)は、かつて神田上水を通じた江戸の水源であり、水に恵まれていた。しかし、昭和30年頃から、周辺地域の都市化や地下水利用のために池の水は減少し、今日では地下水を深井戸から汲み上げて池に補給している。浅層地下水と深層地下水の間に難透水層があり、深層地下水を汲み上げると、難透水層および浅層地下水の水位も下がってしまう。井の頭池の保全や地下水利用を考える場合、この関係性を考慮する必要がある。
(2)土地利用にともなう地下水の変化
日本では水田を通した地下水涵養(地表から水が染み込み地下水となること)や、灌漑施設を中心とした農村地域の水管理がなされてきた。水田を灌漑する水の地下水涵養への貢献は大きく、これが安定的で豊かな水田地帯をつくってきた。また、水を育むとともに地域の景観もつくってきた。しかしながら農業従事者が減ったり、耕作放棄地が増えたりと、農業地域の中長期的な安定が課題となっており、水循環や地下水の挙動に大きな影響が出ると考えられる。人による整備が不可欠になるが、誰がどのように行うかが課題だ。
(3)地下構造物建設にともなう地下水の変化
過去の事例として、東海道本線の丹那トンネル工事では、大量の湧水が発生し、地域の山葵栽培、水田、飲料水として使われていた水が枯れた。このことは吉村昭著『闇を裂く道』(文春文庫)に記載されている。また、旧国鉄高森線と高千穂線を結ぶ旧高森トンネル工事では度重なる出水で工事が中断となり、その結果、現在は高森町の貴重な水源地となっている。
地下構造物ができると、「地下水が枯渇する」と考えられることがあるが、実際には「地下水の流れが変わる」のである。地下水の流れに直行して延長の長い地下構造物ができると、構造物の下流方向に水が流れにくくなるが、別の方向に水が流れるため、水量の減少する地点と増加する地点ができる。
近年では、岩盤グラウト工法などの減水対策工を施工するケースもある。恒久的な湧水対策としてトンネル掘削後に特殊材料である極超微粒子セメントを注入することで、湧水量を大幅に低減させた事例もある。ただし、費用対効果にも考慮する必要がある。
(4)熱利用にともなう地下水の変化
豪雪地帯に設置される「消雪パイプ」は、地下水をポンプで汲み上げ、路面に散水して雪を溶かすための施設で、昭和30年代に急速に普及した。地下水の水温は冬期でも地域の年平均気温程度と雪の温度に比べて高いことが多く、その温度差で雪を溶かすことができる。
だが、必要以上に揚水する傾向、揚水量が減るとさらに井戸を深くする傾向が見られ、過剰な揚水が引き起こす災害(地盤沈下、塩水化、水資源の枯渇、生態系への影響)が懸念されている。
3. 現時点での地下水の課題とは何か。
地下水利用によって引き起こされる地下水流動の変化は一定ではなく、その把握が重要な課題である。その手法としては、数値解析を用いたモデリングが有効なツールとなりうる。
揚水量に相当する水は、「地下水貯留量の減少」「地下水への涵養量の増加」「地下水からの流出量の減少」という3つの変化によってもたらされる。揚水される水の起源は、時間と共に変化していく。地下水開発初期は、帯水層中の地下水貯留量の減少分が井戸からくみ上げられる水の大部分を占めるが、その後の揚水によって引き起こされる涵養量の増大による表流水の地下への浸透や地下から地表への流出量の減少が、井戸からの揚水の多くの割合を占めるようになる。
[1] “Groundwater The Water-Budget Myth” (Bredehoeft et al., 1982 )
https://www.eqb.state.mn.us/sites/default/files/documents/The_Water-budget_Myth.pdf
(2022年5月25日午前7時最終閲覧)
[2] “Sustainability of ground-water resources” (Alley et al., 1999 )
https://pubs.er.usgs.gov/publication/cir1186
(2022年5月25日午前7時最終閲覧)
議論 さらなる課題探究
1.農業と水循環、農地の機能とその持続性について
2.地下水についての「理解」と「納得」について
3.地下水質の汚染について