R-2021-024
本問題について取り上げた、朝日新聞社「国土交通省による基幹統計の不正をめぐる一連のスクープと関連報道」が、2022年度日本新聞協会賞に選ばれました。 ▼朝日新聞社・伊藤氏の受賞報告寄稿に、平田主席研究員のコメントが掲載されております。 https://www.pressnet.or.jp/journalism/award/2022/index_7.html (2022年10月11日) |
・はじめに ・追加的に明らかとなった重要な事実 ・各方面への影響 ・結びにかえて |
はじめに
12月15日の朝日新聞朝刊の報道による国土交通省で不正が疑われる統計問題については、翌16日に拙著「国土交通省「建設工事受注動態統計」問題を紐解く」(上)と(下)にて、概要説明、毎勤統計問題との類似点、問題発生・継続の理由と今後の対応について、15日時点で利用可能な情報をもとに整理した。
その後、国会でも首相、大臣他の関係者が様々な答弁を行い、国交省や関係している省庁からの情報も続々と出てきている。そこで本稿では、12月19日までのマスコミ報道や国会答弁でわかってきたこと等を踏まえ、論点別に事実整理を行った上で、論点となっているトピックに触れていく。なお、(下)で提示した考えうる4つの理由のいずれも、19日時点では棄却されないと筆者は考えている。
なお、本稿では受注統計が公表され始めた2000年4月~2013年3月までの抽出率調整をベースとした推計を推計方法 Ver. 1、2013年4月~2021年3月までの抽出率調整と回収率調整をベースとした推計を推計方法 Ver. 2、2021年4月以降の推計を推計方法 Ver. 3と呼ぶ。
追加的に明らかとなった重要な事実
様々な情報が明らかになる中で、新たにわかった重要な事実は3点あったと筆者は考えている。第一に書き換えの開始時期、第二に書き換えの中止時期及び書き換えをしていない適切な統計の公表時期、第三に会計検査院の役割である。
1. 書き換えの開始時期
書き換え開始時期は、回収率調整を開始した時期(2013年4月)かそれ以前の時期であることがわかってきた。朝日新聞は「遅くとも2010年代前半から」とし、日経新聞は「同省が不適切な集計をはじめたのは12年5月に遡る」としている[1]。同じ基準で作られた統計で前年比を取る必要があることから、2013年4月以降用いられた推計方法Ver. 2によるデータは、2012年1月以降分について公表されている。意図的か否かは別として、これに近い時期に書き換えが始まったとみられる[2]。
2. 書き換えの中止時期及び書き換えをしていない適切な統計の公表時期
書き換えの中止時期及び書き換えをしていない適切な統計の公表時期については、政府の説明と新聞報道で違いがあるように見られる。16日の参議院予算委員会での斉藤国交大臣の答弁では、2019年11月に会計検査院から指摘を受け、2020年1月以降は「改善された方法」が採用されたとしている。国交省政策立案総括審議官も「適切な数字も出していた」と主張している。他方、2021年9月に公表された会計検査院法第30条の3の規定に基づく報告(「公的統計の整備に関する会計検査の結果について」)では、2021年3月分以前は書き換えが存在したことを示唆している[3]。朝日新聞は会計検査院の記述と整合的な報道をしており、2020年1月~2021年3月は、過去分を当月分に合算するものを前月分のみに限定したものの、書き換えは継続していたとしている[4]。
この議論で齟齬が生じている理由は、統計をみる時点についての認識のズレにあると考えられる。政府側の説明にある「改善された方法」による2020年1月分以降の統計は、2021年6月10日以降にまとめて公表されている。それ以前には、書き換えデータに基づく不適切な数字である「従来の方法」による統計のみが公表されていた。つまり、2020年1月分の統計が公表された2020年3月時点では、不適切である認識はあったものの、「従来の方法」による統計のみを公表しており、同様の運用が2021年3月分の統計が公表された2021年5月まで続いたということである[5]。
3. 会計検査院の役割
既述の通り、2021年9月に公表された報告書の2年近く前の2019年11月には、既に会計検査院から国交省宛に問題点の指摘がなされていた。つまり、2年前に問題に気づいていながら、それを公表しなかった国交省の責任は問われるべきである。この間、不適切な統計が公表されていたことを国民は把握できていなかったことになる。
ただし、統計の専門家ではない会計検査院が今回の問題に気づいたことは一定の評価をされるべきであり、統計を第三者がチェックしていくことの効果を証明したと言ってよい。
各方面への影響
では、受注統計の書き換え問題は、どのような問題を引き起こすことになるのであろうか。検討してみたい。
岸田首相(15日)「2020年度、2021年度のGDPには直接影響していない」 |
―― 誤り。
GDP統計に関しては、四半期推計、年次推計毎に、受注統計の使い方は異なってくる。政策決定に用いられる四半期速報値であるQE統計の場合、供給側推計の建設、需要側推計の公的資本形成、民間企業設備に、受注統計の数字が用いられている[6]。
ここで、リアルタイムデータ(以下、RTD)という言葉を紹介したい。筆者も研究メンバーとなっている東京財団政策研究所の「エビデンスに基づく政策立案(EBPM)に資する経済データの活用」プログラムでは、RTDに関する研究を蓄積している。そして、同じくメンバーである、我が国のRTD研究の第一人者である小巻泰之氏によると、「多くのマクロ経済データは事後的に改定されるため、政策評価を行う場合、意思決定を行った時点と事後的に評価する時点ではデータが大きく異なる」[7]。それ故に、実際の政策決定をした時点で利用可能なデータ、すなわちRTDが大事になってくる。
先述の、政府側の説明にある「改善された方法」による2020年1月分以降の受注統計は、2021年6月10日になって公表されている。この2日前には、内閣府から「1994年1-3月期~2021年1-3月期2次速報値」のGDP統計が公表されており、少なくとも当時の菅政権の経済政策運営には、「改善された方法」による統計ではなく、「従来の方法」による不適切なRTDが用いられていたと言うことになる。もっとはっきり言えば、2020年度、2021年度のGDP統計は今回の問題の影響を直接受けていたということである。
もう一点、進捗率調整がGDP統計に与える影響にも言及しておきたい。結論を先取りして言えば、2020年度、2021年度のGDP統計は「従来の方法」で算出された受注統計を用いているはずである。(下)でも紹介したとおり、受注統計に過去の公共工事の進捗率を適用して出来高ベースの公共工事の額が推計され、GDPの速報値算出に利用されている。以下の図表1の左図表は、進捗率調整のイメージ図であるが、ここにある工期が鍵となる。受注統計の年報によると、図表1の右図表のとおり工期1年未満のものは全体の30%に過ぎず、3年を超えるものも15%程度ある。つまり、2020年度のGDP統計には、2017年度~2019年度の受注統計が用いられていることを意味している。
図表1 進捗率調整と工期の分布
注:グラフは、2020年度の民間等からの受注工事の工期別割合(請負契約額ベース)。
出所:国土交通省総合政策局情報政策課建設経済統計調査室(2020)「建設総合統計の遡及改定及び今後の推計について」(第22回国民経済計算体系的整備部会 資料1) 8ページ、国交省『建設工事受注動態統計調査(年度報)』
萩生田経済産業相(17日)「業況が悪化している業種に属する中小企業に対し、融資額の80%を保証する『セーフティネット保証5号』の業種指定に影響を与える可能性がある」 |
―― 正しい認識。
受注統計が、中小企業庁によるセーフティネット保証制度5号の対象となる不況業種かどうかの判断基準として活用されているため、この認識は正しい。ただし、受注統計の数字がどのように活用されているかは外部からはわからないため、はっきりしたことは言えない。もしも、前年比(または前期比)で不況業種如何が判断されている場合、増幅(二重計上)の動向次第で前年の裏の影響が変わってくるため、業種指定の結果が変わる可能性はある。
山際経済再生担当相(17日)「国交省が(数値を)訂正すれば、それに基づいてGDPの計算をすることになる。正確性を期すものなので、値が変わるのなら、過去にさかのぼって計算したものを公表するのは当然だ」 |
―― あいにく訂正はできない。したがって、過去に遡って計算は不能。
山際大臣は国交大臣次第では、との条件付きで話しているため、この発言自体に問題はないものの、19日の朝日新聞報道によると、永年保存義務のある電子化されている調査票情報は、書き換え後の内容であるという[8]。紙の調査票は2年の保存期間のため、2010年代の書き換え実態はほとんど捕捉できないであろう。すると、GDPの再計算も不可能となる。
会計検査院法第30条の3の規定に基づく報告(2021年9月1日)「元年12月分の集計以降、同省は、前記の指示を改めて、過去分の調査票を別途提出するように都道府県に対して指示していた。そして、同省は、統計の品質向上の観点から、過去分の調査票について関係機関と集計方法等の見直しを検討して、3年4月分の集計以降、都道府県から別途提出を受けた過去分の調査票について提出時点の調査周期の調査票の情報に含めずに集計している。」 |
ここでの「関係機関と集計方法等の見直し」とは一体何を指すのかは判然としないものの、文脈からは「集計方法」は調査票の扱い、すなわち書き換えの件を指すと考えるのが素直だと思われる。しかし、筆者の調べた限りでは、Ver. 3への「推計方法」の見直しに関する審議は存在するものの、「集計方法」についての見直しは、実質的にほとんど審議されずに承認されたような形となっているようにみえる。
少し丁寧に見ていきたい。Ver. 2の「推計方法」の見直しは統計委員会の産業統計部会(第29~30回)で議論された[9]。それにも関わらず、Ver. 3の「推計方法」については産業統計部会で取り上げられた形跡は筆者の調べた限りなく、統計委員会の評価分科会(第8回)で審議が行われている[10]。この分科会については、受注統計の定例公表資料の一つである推計方法の変更に関する解説資料において、「本推計方法の変更(筆者注:Ver. 2からVer. 3への変更)は、令和2年10月30日の第8回統計委員会評価分科会でも報告している」と言及されている。
では、Ver. 3の「推計方法」が取り扱われた評価分科会とはどのような合議体なのであろうか。評価分科会は2018年11月に設置され、2018年3月の統計委員会「平成28年度統計法施行状況に関する審議結果報告書(統計精度検査関連分)」で2018年度までに「実施すべきとされた事項について関係府省の取組を聴取して、統計技術の観点から評価」を行うことを目的とした[11]。
ただ、この報告書では受注統計は言及されておらず、建設関連では建設工事施工統計調査(以下、施工統計)のみが言及されている。施工統計は評価分科会の第2回、第5回、第8回で議題に上がっているが、第2回、第5回で受注統計が議論された形跡は議事録にも資料にもない。第8回では、受注統計の無回答業者に関して新たに欠測値補完を行う場合、受注統計に影響が出うるとして、「参考資料」内で3ページのスライド資料で言及されている。受注統計のVer. 2からVer. 3への「推計方法」の変更は、抽出率調整、受注率調整に加え、更に施工統計と同様の未回答業者の欠測値補完方法を援用するものであり、その部分の議論は行われている[12]。
図表2 推計方法Ver. 2と3の違い
注:グラフ左は受注高合計の前年比(単位:%)、右は受注高合計の水準(単位:兆円)。点線はVer.2、実線はVer. 3の受注高。Ver. 3の受注高合計の水準はVer.2よりも数兆円押し上げられている。また、Ver. 2とVer. 3の前年比は被っている期間が3か月間しかなく、両者の継続性がどの程度担保できているのか、ユーザー側には判断が難しくなってしまっている。ちなみに、これは、Ver. 1からVer. 2への移行についても同様であった。
出所:国交省『建設工事受注動態統計調査』
しかし、「集計方法」に相当するとみられる「遅れて提出があった調査票についても当月分の調査結果に適正に反映すべく、毎年度の年度報の公表にあわせて遡及改定を行う」という部分には、国交省側も統計委員会側も触れることなく、承認されている。少なくとも、この文言から、説明無しに書き換えの存在を推し量ることは、統計委員会側にとっては不可能であったと思われる。(下)でも指摘したとおり、調査票の書き換えというのは、統計委員会としては想定していない。筆者の経験上も、調査票の書き換えを見抜くには、日頃から当該統計の作成に関与し、数値の動きをチェックしていない限り、不可能である。
さて、非常に入り組んだ状況なので、時系列での動向を整理してみると以下の図表3のとおりである。「推計方法」に関する運用については、Ver. 1からVer. 2への移行は、承認から実施への期間が1年半程あるが、Ver. 2からVer. 3への移行は、承認から実施への期間が半年未満と、相当に急ピッチで行われた。一方、「集計方法(書き換え)」に関する運用は、2019年11月の会計検査院からの指摘以降、書き換えの担当を、自治体→国交省→自治体、と切り替えた。そして、本年4月以降は、Ver. 3への移行と同時に書き換えを中止している。
図表3 受注統計に関連する経緯の時系列
出所:新聞報道、国会答弁などをもとに筆者作成
結びにかえて
今回の問題に関しては、国交大臣の下で第三者委員会が立ち上げられるという。これについては、(下)でもその必要性を説明したとおりである。ただし、第三者委員会が原因究明を行うのに1か月は短すぎること、受注統計の使われ方、及び本稿で上述したような時系列的な経緯の熟知が必要不可欠なことを強調しておきたい。
今後、2019年11月の会計検査院指摘以降の一連の国交省の対応について、第三者委員会が明らかにしていくことを期待したい。なぜ本来報告されるべきと考えられる産業統計部会で審議されず、評価分科会でのみ審議されたのか、書き換えの中止と推計方法の変更のタイミングの一致は意図的なものなのか否か、等について、一つ一つ丹念に解明していくことで、問題の本質は見えて来るはずである。それと同時に、書き換えが始まった経緯についても、内部資料や当時の責任者への聞き取り調査を通じて、明らかにして欲しいと願っている。
なお、統計作成方法の変更に伴う影響について、政府統計がどの程度ユーザーフレンドリーな対応をしていくかは、今後要確認であることを最後に指摘しておきたい。例えば、日銀短観は、事前からのかなり丁寧な告知と新旧データの提供を通じて統計の動きをユーザーに紹介し、新統計へのスムースな移行をサポートした(日銀調査統計局(1999)「「企業短期経済観測調査」(短観)の見直しによる新旧ベース比較対照表」)。今回の問題をきっかけに、統計の種類に関係なく、類似の取り組みが政府統計内で拡がることを期待したい。
[1] 伊藤嘉孝・柴田秀並「検査院指摘→二重計上の量減らす 国交省、不自然に見えぬよう調整か」(朝日新聞、2021/12/17)、「GDP再計算難しく」(日経新聞、2021/12/19)による。
[2] 統計を前年比でみる場合、「前年の裏」と呼ばれる現象に気を付ける必要がある。これは、比較対象とする前年のデータ次第で前年比の数値が影響を受けることをいう。統計の作成ルールが変わったことを考慮せずに、新旧の統計をつないで前年比をとると、作成ルール要因による前年の裏が出てしまい、統計の評価に悪影響を及ぼす。
[3] 会計検査院法第30条の3の規定に基づく報告(「公的統計の整備に関する会計検査の結果について」)P. 43によると、「3年4月分(筆者注:2021年4月分)の集計以降、都道府県から別途提出を受けた過去分の調査票について提出時点の調査周期の調査票の情報に含めずに集計している」とある。
[4] 伊藤嘉孝・柴田秀並「検査院指摘→二重計上の量減らす 国交省、不自然に見えぬよう調整か」(朝日新聞、2021/12/17)によると、「20年1月(筆者注:2020年1月分)以降は、足し上げるのを2カ月分だけに減らしたが、その間も二重計上は続いていた。21年4月以降は書き換えをやめて正しく集計していた」とある。
[5] 国会答弁を素直に聞くと、政府の説明はリアルタイムで2020年1月以降は「従来の方法」による統計だけでなく、「改善された方法」による統計も公表していたかのように聞こえるものであり、筆者個人としてはミスリーディングであると感じた。
[6] 需要側推計、供給側推計については、山澤成康(2020)「GDP四半期速報をめぐる諸問題」『跡見学園女子大学マネジメント学部紀要』29, P. 31-46を参照。
[7] 小巻泰之「リアルタイムデータとEBPM」(東京財団政策研究所 政策データウォッチ(2)、2018年12月12日)による。
[8] 柴田秀並・伊藤嘉孝「元データ消滅 検証困難か」(朝日新聞、2021/12/19)による。
[9] 産業分科会は、統計委員会の内規によると「農林水産、鉱工業、公益事業及び建設統計に関する事項」を扱うとされる。
[10] 各種の資料は産業統計部会、評価分科会より入手できる。
[11] 評価分科会「当面の評価分科会の検討の進め方(案)」(2018年11月28日)
[12] (下)でも指摘したとおり、受注統計の推計は数値の過小評価が長年の焦点となっている。このため、国交省側は、未回答業者の欠測値補完方法によって数値が押し上げられ、数値が建設工事施工統計の完成工事高の水準に近づくことをアピールする報告を行っている(図表2参照)。