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第3号被保険者の「廃止」とは何か
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第3号被保険者の「廃止」とは何か

December 18, 2023

R-2023-078 

そもそも第3号被保険者の仕組みとは
社会保険の原理原則から逸脱
ライフスタイルに対し非中立的
女性差別の助長

2023年5月、日本労働組合総連合会(連合)が、年金制度の第3号被保険者について廃止も含めて検討するとの方針を打ち出した。「廃止」はかなり踏み込んだ表現である。本稿では、第3号被保険者の仕組みと問題点を改めて整理した。

なお、本稿では、夫と専業主婦という言葉を便宜的に使うが、男女を入れ替え、妻と専業主夫としても議論は成立する。本稿で批判の対象としているのは、仕組みそのものであり、第3号被保険者となっている人ではない。

そもそも第3号被保険者の仕組みとは

そもそも第3号被保険者(以下、被保険者は省略)とはどのような仕組みだろうか。しばしばわが国の公的年金制度について政府から次のような説明がなされる(図表1)。

A.基礎年金は国民年金の別称である。

B.基礎年金(国民年金)を1階部分、厚生年金を2階部分とする2階建てである。

C.専業主婦は国民年金に加入している。

もっとも、いずれも制度の実態を表していないうえ、問題の所在を見えにくくしている。

制度の実態は次の通りである。公的年金制度は、厚生年金保険、共済組合、国民年金の3つに分かれている(図表2)。厚生年金保険制度について、まず、収入43.8兆円の主な内訳は、保険料率18.3%(労使折半)による保険料33.4兆円、および、国庫負担10.2兆円である。次に、支出43.3兆円の主な内訳は、平均月額約9万円の厚生年金給付費23.4兆円、および、基礎年金の給付費に充てるための拠出金(基礎年金拠出金)19.7兆円である。前掲の国庫負担10.2兆円の主体は、この基礎年金拠出金の2分の1である。共済組合も厚生年金保険とほぼ同様の構造である(以下、共済組合の詳細な説明は省略)。

国民年金制度について、まず、収入3.2兆円の主な内訳は月16,520円の国民年金保険料計1.3兆円と国庫負担1.9兆円である。次に、支出3.5兆円のうち注目すべきは給付費が0.1兆円に過ぎず、この0.1兆円も旧国民年金制度の名残であるため早晩ゼロになることである。すなわち、国民年金という給付は存在しない。主たる支出は基礎年金拠出金3.3兆円である。

こうして3つの制度から拠出された計25.4兆円の基礎年金拠出金は、国の年金特別会計基礎年金勘定に移し換えられ、ここから満額であれば月額6.6万円の基礎年金が給付される。このように、国民年金という制度は存在するが、国民年金という給付は存在しない。基礎年金は3つの制度に共通した給付の名称であり、制度ではない。よって、基礎年金は国民年金の別称ではなく、国民年金に基礎年金の括弧書きをつける上述のA.の説明はミスリードである。B.についても「国民年金を1階、厚生年金を2階とする2階建て」にはなっていない。「3つの制度と基礎年金給付」が正しい説明となる。


各制度の基礎年金拠出金を算出する際に用いられるのが、第1号、第2号、第3号という被保険者区分である(図表3)。基礎年金拠出金は、基礎年金の給付費から特別国庫負担[1]を差し引いた額として、各制度に割り当てられる。各制度に割り当てられる基礎年金拠出金は、各制度の頭数に共通の単価(2021年度は月37,086円)を乗じて算出される。この頭数を拠出金算定対象者という。

16,520円の国民年金保険料を払っているのが第1号であり、663万人がそのまま頭数になる。厚生年金保険においては、被保険者(第2号)のみならず、専業主婦、具体的には国民年金法第7条3項に定められた配偶者も頭数に加えられる。この配偶者が、第3号被保険者と位置付けられている。厚生年金保険を例にとれば、第2号3,567万人が自らの分のみならず第3号687万人の分の基礎年金拠出金も負担していることになる。

国民年金法第7条3項に記載されている第3号の要件を要すれば次の(ア)~(エ)をすべて満たす者となる。

(ア)20歳以上60歳未満。
(イ)婚姻している。
(ウ)そのうえで、夫が第2号である。
(エ)主に夫の収入により生計が維持されている。なお、その基準は、厚生労働省の通知によって妻の収入130万円未満とされている[2]

このように、上述のC.「専業主婦は国民年金に加入している」という説明は実態を表していない。第3号は、基礎年金の給付を受けることが出来るが、自らは保険料を負担しておらず、「加入」と表現できるのか疑わしい。あくまで日本年金機構における書類上の話に過ぎない。第3号が、基礎年金拠出金算定時の頭数に加えられるのは厚生年金保険か共済組合のいずれかであり、国民年金制度ではない。

社会保険の原理原則から逸脱

こうした第3号という仕組みにおける1つめの問題は、わが国の年金制度が社会保険を標榜しつつ、社会保険の原理原則から逸脱していることである。これは最大の問題といえる。社会保障制度審議会(1950)は、社会保険という方法の核心と重要性を次のように説いている。「国民が困窮におちいる原因は種々であるから、国家が国民の生活を保障する方法ももとより多岐であるけれども、それがために国民の自主的責任の観念を害することがあってはならない。その意味においては、社会保障の中心をなすものは自らをしてそれに必要な経費を拠出せしめるところの社会保険制度でなければならない」[3]。社会保険は、自助・共助・公助のうち、しばしば共助に位置付けられるが、そうではなく自助と共助のミックスというべきであり、自立した個人が想定されている。ところが、第3号は自らをして必要な経費を拠出する仕組みとなっておらず、同審議会の言葉を借りれば、自主的責任の観念を害していることになる。

ライフスタイルに対し非中立的

2つめの問題は、ライフスタイルに対し中立的な仕組みとなっていないことである。第3号の仕組みは、保険料拠出に代わり、家事・育児・介護などといった無償労働を年金制度上評価していると肯定的に捉えることもできるが、それは(ア)~(エ)をすべて充足している人に限定されている。そこが問題となる。例えば、無償労働は婚姻しているか否かにかかわらず行われるにも関わらず、(イ)の婚姻を充足していなければ第3号になることはない。あるいは、ある妻が(ア)、(イ)、(エ)を充足していても、夫が第1号であると(ウ)を充足せず、妻も第1号となり国民年金保険料の納付が必要となる。夫が第1号であるか第2号であるかは、妻の無償労働の価値とは関係がない。そのため、第3号は、ライフスタイルに対し中立的な仕組みとなっておらず、不公平が生じる。

連合の芳野友子会長は、2023615日の記者会見において、次のように評している。「その中で第3号の問題について私自身が思っているのは、例えば女性が親の介護で仕事を辞めざるを得ないとなった時に結婚してる人は2号から3号に行くことができますが、結婚してなければ第1号になります。どういう人生を歩むか、結婚してるかしてないかだとか、3号でも死別なのか離別なのかによってこれが変わるということ、ライフスタイルによって女性のその位置付けが変わってしまうことは、不公平な制度ではないかと私自身は思っているので、やはりどういう生き方を選択しても中立的に不利にならないような制度にしていかなければならないと思っています」。 

女性差別の助長

3つめの問題は、第3号という仕組みは、女性差別を助長していると考えられることである。第3号の仕組みは、第2号を夫に持つ専業主婦優遇と女性差別という2つの側面を持っている。第3号830万人(2019)のうち、女性は98.6%の818万人と割合が圧倒的に高い(図表4)。女性の第3号を就業形態別にみると56.8%の465万人が就業者であるものの、(エ)主に夫の収入により生計が維持されている状況を維持すべく、就労調整が図られている世帯が多く含まれているとみられる。いわゆる「年収の壁」である。就労調整は、私的時間の確保となる反面、低賃金、キャリアアップ機会の喪失にもつながる。第3号という仕組みが、健康保険の扶養の仕組みなどとともに、女性をこうした就業上の地位にとどめる要因となっていると捉えることが出来る。


もっとも、こうした捉え方に対しては、年金法上、男性でも第3号になることができるのであり、女性差別にあたらないという反論もあり得る。こうした反論に対しては、選択的夫婦別姓の是非を巡る議論が参考になる。民法は、婚姻時の夫婦同姓を求めているが、男女何れかの姓としており、文言上は男女を差別するものとはなっていない。しかし、林(2011)は、わが国も1985年に締約している国連の女性差別撤廃条約における考え方を引用し、事実上の状況の評価が必要であると述べる。

「締約国の差別撤廃義務とは形式的なものであってはならず、女性が社会の中でおかれた事実上の状況を評価したうえで、実質的な平等を確保するものでなければならないとしています。また、条約は直接差別のみならず間接差別を禁止しており、男女のいずれかがそれまでの氏を喪失しないことには婚姻ができず、統計上は96%は女性が旧姓を喪失している現状からすると、民法の規定は条約が禁止する差別であることは疑いのないことと思われます」[4]

この議論を第3号の仕組みにあてはめると、確かに年金法は、男女を差別するものではない。実際、男性の第3号もわずかながら存在する。もっとも、第3号の98.6%が女性であり、非就業となっている、あるいは、就業していても就労調整を行っている事実上の状況を踏まえれば、第3号という仕組みは女性差別撤廃条約が禁止する差別であることになる。なお、こうした評価は、配偶者控除にもあてはまるであろう。

以上3つの問題に加え、制度の実態が理解しにくいうえに、曖昧であることなども指摘できる。制度の実態が理解しにくいのは、複雑であるうえ、冒頭述べたような政府の説明方法にも原因がある。曖昧さについては、例えば、130万円未満という基準は、既述のように国民年金法ではなく厚生労働省の通知でしかなく、果たしてどこまで厳格に守る必要があるのか定かではない。

 このように問題点を整理すると、第3号被保険者の「廃止」とは、第3号という既得権のはく奪という矮小なものではなく、社会保障制度審議会(1950)が重視する国民の自主的観念の回復、多様なライフスタイルに対する制度の中立性確保、および、女性差別の撤廃など、より大きな社会問題解決の一環と解釈することが出来る。第3号問題は、それらの象徴なのだとも言える。連合の問題提起を受け、広く政府内外において、小手先ではない議論の展開が期待される。 

参考文献

田中秀明(2023)『〈新しい国民皆保険〉構想 制度改革・人的投資による経済再生戦略』慶応義塾大学出版会

林陽子編著(2011)『女性差別撤廃条約と私たち』信山社


[1] 特別国庫負担とは、保険料免除者などに対する国の負担。

[2] 130万円未満という基準は、国民年金法ではなく厚生労働省の通知による。「収入がある者についての被扶養者の認定について(通知)」(昭和52年4月6日保発第九号・庁保発第九号)(平成5年3月5日最終改正)

[3] 社会保障制度審議会(1950)「社会保障制度に関する勧告」。

[4] 現在、婚姻件数504,930件のうち夫の氏は94.7%の478,199件、妻の氏は5.3%の26,731件となっている(2022)。厚生労働省「令和4年人口動態統計」保管統計表 婚姻 第3表 婚姻件数(当該年に結婚生活に入り届け出たもの再掲)、都道府県(特別区-指定都市再掲)・夫の氏-妻の氏別。

    • 日本総合研究所理事
    • 西沢 和彦
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