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Health expenditure最新値3つの留意点 -政府統計化を確実かつ速やかに-
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Health expenditure最新値3つの留意点 -政府統計化を確実かつ速やかに-

September 18, 2024

R-2024-033

OECDのHealth expenditure(保健医療支出)の最新値公表
2019年度の処方薬が1.7兆円の大幅下方修正
2020年度のCOVID-19関連支出項目の開示
Health expenditureの政府統計化を

OECDHealth expenditure(保健医療支出)の最新値公表

20247月、Health expenditureの最新値がOECDから公表された。Health expenditureは、医療のみならず介護や予防も含んだ健康に関するマクロ費用統計であり、わが国では保健医療支出と訳され多用されている。Health expenditureは、OECDなどによって整備されたSHAA System of Health Accounts)という基準に則って推計される加工統計であり、わが国の数値は医療経済研究機構(IHEP)の手によるものである。

今回、わが国に関しては、最新値として2021年度の数値が公表されるとともに、過年度分についての改定およびCOVID-19関連支出の情報が加えられている。わが国の保健医療支出の推計値が実用レベルにないとの認識は近年共有されつつあるが[1]、今回の数値にも留意すべき点が多い。なお、以下では一般名詞とOECD統計上の機能別項目名を峻別(しゅんべつ)するため、項目名には適宜〈 〉の記号を用いる。

 

2019年度の処方薬が1.7兆円の大幅下方修正

留意すべき点の1つは、2019年度の〈処方薬〉が1.7兆円下方修正されたことである(図表1)。すなわち2019年度の〈処方薬〉は過大推計であったことが確認された。保健医療支出は、経常保健医療支出(current expenditure on health)と総固定資本形成(gross capital formation)とに大きく分けられ、そのうち経常保健医療支出は、〈治療〉から〈行政および制度運営の費用〉まで7つの機能に区分されている。ちなみに、〈治療〉と〈リハビリテーション〉は合計して公表されている。

〈処方薬〉は〈医療材〉の主要構成項目であり、改訂前は2019年度10.9兆円とされていたが、今回の改定によって9.2兆円へと▲1.7兆円下方修正された。1.7兆円は対GDP0.3%ポイントである。その分〈治療およびリハビリテーション〉がほぼ同額上方修正されている。要は誤りだったのだ。〈処方薬〉が過大推計されている可能性については、筆者の同僚が20235月公表のレポートで1.7兆円という数値も示しながら指摘し(成瀬(2023))、レポート公表前にIHEPに問い合わせもしていたのだが、今回ようやく対応がなされたことになる。

保健医療支出は、重要な政策決定において広く用いられており、事態は重く受け止められる必要がある。直近では2024年度の診療報酬改定に際し保健医療支出が参照されている。医療サービスの公定価格である診療報酬は、診療報酬(本体)と薬価とに大きく分けられる。20231220日に決定された2024年度の診療報酬改定において、診療報酬(本体)は0.88%のプラス改定となり、他方、薬価は ▲0.97%のマイナス改定となった。

マイナス改定の背景には「我が国の医薬品等の対GDP比が先進国の中で極めて高い」という認識があり、過大推計であった2019年度の〈処方薬〉の数値が材料の1つとなっている(図表2)。202311月1日に開催された財政制度等審議会の資料の「医薬品費等(対GDP比)」における〈医薬品費等〉とは、経常保健医療支出の〈医療材〉である。グラフタイトルには2020年の数値である旨の記載があるが、他国比で速報性に劣るわが国の数値は2019年度である。

過大推計が、その可能性が指摘されながらも放置され、利用された経緯は不明である。再発を防ぐためにもそれは明らかにされるべきであるし、薬価改定のやり直しを政府に求める権利が製薬企業にはあるだろう。

もともと問題点の多い〈予防〉に新たな疑問点

2つめは、推計にもともと問題点の多い〈予防〉において[2]、新たに不可解な点が生じていることである。〈予防〉の小項目〈災害への備えと緊急対応〉[3]には、2019年度を例にとれば、改定前0.34兆円が計上されていた(図表1)。改定後、その0.34兆円は〈疾病の早期発見(検診)〉に移し替えられている。2020年度も同様である。2021年度は〈災害への備えと緊急対応〉はゼロに、〈疾病の早期発見(検診)〉に0.35兆円が計上されている。

今回の改定によって、〈災害への備えと緊急対応〉に計上されるべきではない数値が取り除かれたことは、遅きに失したとはいえ、まあよいことである。〈災害への備えと緊急対応〉の数値に対しては、「計上すべき箇所が違う」との疑問がかねてより呈されていた(西沢(2020))。もっとも、不可解なのは、移し替えられた先が〈疾病の早期発見(検診)〉であり、〈予防接種〉ではないことである。

移し替えられるべき先がなぜ〈予防接種〉なのか。そう推察する根拠は技術的な話になるため、本稿では立ち入らないが(詳細は西沢(2020))、〈予防接種〉の2019年度と2021年度の数値がほぼゼロとなっていること(図表1)を見ても推計の不適切さは明らかである。図表1は、兆円単位で表記しているため両年度の〈予防接種〉は0.00となっているが、例えば2021年度は13.4億円である。2019年度以前もほぼ同額である。念のため確認すれば、これはわが国全体の1年間の数値として公表されている。

もちろん、わが国の予防接種に年間13.4億円しか要していないことなど実際にはあり得ない。地方自治体だけでも、定期接種の実施、および、任意接種(Hib、肺炎球菌など)の費用助成などで毎年度およそ3,500億円(COVID-19を除く)が支出されている。こうした数値は総務省の統計から取得出来る[4]。〈予防接種〉に計上することは難しいことではない。企業の健康保険によっては、被保険者向けにインフルエンザ予防接種の費用助成をしているところもあり、これを含めれば〈予防接種〉はさらに膨らむであろう。

 

2020年度のCOVID-19関連支出項目の開示

3つめは、COVID-19関連支出項目に関する留意点である。今回、2020年度のCOVID-19関連支出項目が新たに開示されている(図表1)。COVID-19関連支出項目のうち〈処置〉から〈その他(経常保健医療支出に含まれるもの)〉までの5項目は経常保健医療支出の内数である。

2020年度の経常保健医療支出は、改定前の59.33兆円から改定後は60.51兆円へと1.18兆円上方修正されている。この差は、COVID-19関連支出5項目の合計1.30兆円から〈処置〉0.12兆円を差し引いた1.18兆円に相当する。〈処置〉0.12兆円は、改定前に経常保健医療支出に既に計上されていたと考えられる。

第1の留意点は、1.3兆円というCOVID-19関連支出の規模である。妥当性を検証するうえで、国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の推計との比較が有効である。社人研も、「社会支出(Social expenditure)」を構成する一政策分野として〈保健〉を推計している。「社会支出」は「社会保障給付費」とともに「社会保障費用統計」として毎年度公表されている。「社会支出」の〈保健〉もSHAに則って推計されている。Health expenditureは、公的給付のみならず家計の自己負担と民間保険をも含むのに対し、「社会支出」は公的給付のみであるという差はあるものの[5]、拠って立っているのは何れもSHAである。よって、例えばCOVID-19関連支出における公的給付は、保健医療支出と「社会支出」の〈保健〉とが一致するはずである。

ところが、2020年度の「社会支出」における〈保健〉のなかのCOVID-19関連支出は33,519億円であり(図表3)、保健医療支出の前掲1.3兆円と約2兆円もの乖離がある。ちなみに、乖離の要因は保健医療支出の過小推計と考えられる[6]

第2に、COVID-19関連支出の総保健医療支出の各機能への計上箇所の妥当性である。COVID-19関連支出のうち1.0兆円が〈その他 (経常保健医療支出に含まれるもの)〉に分類されたうえで、経常保健医療支出では〈災害への備えと緊急対応〉に計上されている。もっとも、COVID-19関連支出は〈疫学的サーベイランス、リスクと疾病のコントロール〉に含まれるべき性格のものが多いと考えられる(注3も参照)。〈疫学的サーベイランス、リスクと疾病のコントロール〉はまさに保健所の本業である。COVID-19発生後はもちろん、発生以前においても〈疫学的サーベイランス、リスクと疾病のコントロール〉がゼロであることはあり得ない。

第3に、2021年度の経常保健医療支出にCOVID-19関連支出が計上されていないと考えられることである(〈処置〉については計上されていると推察される)。第1の留意点で述べたように、2020年度の保健医療支出はCOVID-19関連支出に限ってみても過小推計になっており、2021年度は過小推計の規模が拡大していると考えられる。以上のように、わが国の保健医療支出が実用レベルにないという本稿冒頭の表現は誇張ではない。

 

Health expenditureの政府統計化を

2024719日、早ければ2025年度から厚生労働省自らが保健医療支出の推計を始める旨が報じられた(日本経済新聞)。「厚生労働省は予防接種や健康診断など幅広い医療サービスをまとめて把握した新たな統計を作成する方針だ。国際標準の算出手法に基づき、公的医療保険が適用されない支出も対象とする。医療にかかる費用の全体像をより正確に捉え、社会保障の政策立案に生かす。早ければ2025年度から算出を始め、従来の統計と併せて公表する。新統計は一般に『ヘルスエクスペンディチャー(保健医療支出)』と呼ばれる基準で集計する」。その後、厚生労働省からの正式な表明は聞こえてこないが、報道内容の確実かつ速やかな実現が不可欠である。

 

参考文献

[1]成瀬道紀(2023)「OECD薬剤費統計の留意点」リサーチ・フォーカス No.2023-008 https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/researchfocus/pdf/14239.pdf

[2]西沢和彦(2017)「『保健医療支出』における予防費用推計の現状と課題」JRIレビューVol.9, No.48

https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/jrireview/pdf/9718.pdf

[3]西沢和彦(2020)「予防接種費用推計の現状と課題」JRIレビューVol.5,No.77

https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/jrireview/pdf/11527.pdf

[4]西沢和彦(2022)「予防にかかる費用統計の整備を」東京財団政策研究所 Review R-2022-018  https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4014

[5]西沢和彦(2024)「Long-Term-CareLTC)に関する費用統計の現状と課題-『社会保障費用統計』における推計との比較を踏まえて-」リサーチ・レポート No.2024-005

https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/researchreport/pdf/15105.pdf

[6]令和国民会議(2024)「医療介護政策の基盤となる事業者データと保健医療統計の整備を」https://www.reiwarincho.jp/news/2024/pdf/20240425_001_01.pdf


[1] 例えば、令和国民会議(2024)は、わが国の保健医療支出の推計値について次のように問題点を指摘したうえで、政府統計化を求めている。「例えば、現状では国際的な基準に照らして、対象範囲の設定が適切でない項目や、薬剤費や保健衛生対策費など、過少な報告となっている項目が多くありますが、それを是正することで国際比較が可能になります」。

[2] 詳しくは西沢(2022)。

[3]〈予防〉の小項目について大まかに概要を整理すれば次の通りである。

〈情報、教育、相談〉妊産婦への保健師の訪問指導、精神保健相談や栄養指導など。

〈予防接種〉風しん、BCG(結核)、B型肝炎、ロタウイルス、Hib、小児用肺炎球菌、ジフテリア、百日せき、破傷風、不活化ポリオ、麻しん、水痘、 日本脳炎、子宮頸がん予防、インフルエンザの各ワクチン代、および、医療機関に対する委託料など。

〈疾病の早期発見(検診)〉がん検診など特定の疾病の早期発見。

〈健康状態のモニタリング(健診)〉視力・聴力検査や体重測定など定期的な健康チェック。

〈疫学的サーベイランス、リスクと疾病のコントロール〉COVID-19への対応を例にとれば、PCR検査検体採取センターの運営、自宅療養者の往診、感染者の病院搬送、および、酸素ステーション運営などが考えられる。

〈災害への備えと緊急対応〉災害派遣医療チーム(DMATDisaster Medical Assistance Team)の活動などが相当すると考えられる。DMATとは、医師、看護師、それ以外の医療職および事務職員で構成され、大規模災害や多傷病者が発生した事故現場において、機動的に活動開始可能な、専門的訓練を受けた医療チームと定義されている 。

[4] 総務省「社会保障施策に要する経費」によれば、予防接種に要する経費は、直近3年度において次の通りとなっている(COVID-19は含んでいない)。2019年度3,075億円、2020年度3,539億円、2021年度3,211億円。国立社会保障・人口問題研究所は、「社会保障費用統計」の推計に際し、この「社会保障施策に要する経費」を用いている。

[5] 正確に表現すれば、Health expenditureは、次の3つを対象とする。①政府/強制社会保険の給付、②家計の自己負担、③任意の健康保険。他方、「社会支出」が対象とするのは①のみである。

[6] 国立社会保障・人口問題研究所の推計の方が、IHEPの推計に比べ正確性で優れている。西沢(2024)は、LTCについて両者の推計精度を比較している。

    • 日本総合研究所理事
    • 西沢 和彦
    • 西沢 和彦

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