R-2024-049
1.学びに関する高度専門職 2.教員との合意はあるか 3.マルチタスクな教員の現実と合っているか 4.「人格の完成」を担う「高度専門職」に自律性は不要か |
本論考はこちらよりPDF形式でもお読み頂けます。
「教員不足」が喧伝される中、なり手を増やすために教職の魅力をアピールしようと、文部科学省(以下、文科省)が試行錯誤を重ねている。その一つが教員の仕事の「3分類」だ。いま携わっている仕事の棚卸しをし、しなくてもいい業務を減らしたうえで、AIを駆使した新しい学びを子どもたちに提供する。その先頭に立つ、かっこいい教員の姿は、きっと若者を魅了するはず…。そう算段しているようだ。教職の不人気の背景として長時間労働が指摘されており、趣旨は理解できる。だが、それは教育の質を高めるという本来の目的に沿った手法だろうか。第一、教員は文科省の打ち出す方向性に納得しているのだろうか。実際の働き方を現場でつぶさに追いながら、考えていきたい。
1. 学びに関する高度専門職
中央教育審議会(以下、中教審)は2024年8月、「『令和の日本型学校教育』を担う質の高い教師の確保のための環境整備に関する総合的な方策について」(以下、環境整備答申)を文部科学大臣に答申した。教員が「令和の日本型学校教育を担う学びに関する高度専門職」であるために①学校における働き方改革の一層の推進②専門職にふさわしい処遇の実現——などを求めている。仕事を効率化・適正化して残業を減らし、給与を上げれば、「教職の魅力が真に向上し、…教師の皆さまが、子どもたちに対してよりよい教育を行うことができるようになる」。これにより「教職の魅力」が向上し、「緊急・臨時的な教師需要にも対応できるよう教職志願者を拡大」できる、と期待しているのだ。
核となる仕事の効率化・適正化の方法として重視されているのが、「学校・教師が担う業務に係る3分類」だ=資料1=。
資料1 学校・教師が担う業務に係る3分類
(「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について(答申)(第213号)(平成31年1月25日)」)
学校内に存在する14項目の仕事を「基本的には学校以外が担うべき仕事」「学校の業務だが、必ずしも教師が担う必要のない業務」「教師の業務だが、負担軽減が可能な業務」の三つに分類し、それぞれを外部人材やIT機器などに任せることで、「教師でなければできない業務」に集中できると見込んでいる。
ここでいう「教師でなければできない業務」とは、従来のような「教室で教える」ではない。2022年にデジタル庁、総務省、文科省、経済産業省が公表した「教育データ利活用ロードマップ」によると、子どもに関する様々なデータを分析したうえで、ひとり一人の学びを設計して支えるデザイナーであり、さらにはAIを駆使して「いつでも・どこでも・誰とでも」学べるようにするコーディネーターとしての役割も求めている。日本はデジタル後進国と自認している。それだけに、AI時代の利器を駆使した学びの高度専門職への期待値は高い。その前段でまずは、教員の仕事の棚卸しが不可欠というわけだ。
▪️裁量の余地があった「3分類」
「3分類」が初めて示されたのは2017年12月22日だ。中教審が「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について」(中間まとめ)に明記した[1]。早くもその4日後の12月26日には、文部科学大臣が「緊急対策」として打ち出している。
年末の慌ただしい動きは、半年前の6月9日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2017」(骨太の方針)を受けていた。長時間労働の是正に向けた緊急対策を年末までにまとめるよう、時間的制約を設けたのだ。文科省は早速、翌7月に「学校における働き方改革特別部会」を設けて議論を開始し、半年足らずで結論を出した。
「3分類」は特別部会の初回に示された「今後の検討すべき主な事項(案)」に明記されている。結論ありきの会議だった。だが奇妙なことに、立ち止まって再考する機会を文科省自身が提供していた。文科省が3回目に提出した「教職員の従事率・負担感率」(2014年度教職員の業務実態調査)[2]によると、たとえば授業準備にかける時間については、長くても負担に感じるのは小中学校の教員とも2割程度に過ぎない反面、授業準備時間よりも短い時間ですむ「通知表作成・指導要録作成」は、6割以上が負担と感じていた。時間の長短と負担感は相関していないことがわかる。
結局、部会のメンバーから「長く時間をかけても効率化のインセンティブが働かない」といった教員の働き方自体が問題とする指摘が出たり、何より議論の期限が定められていたりしていたこともあって、予定された結論に粛々と収斂(しゅうれん)していった。
2019年の同答申も「3分類」を踏襲した。ただし、「業務の明確化・適正化」は、「一律に業務を削減したりするものではなく(略)学校として何を重視し、どのように時間を配分するかという考え方を明確にし、地域や保護者に伝え、理解を得ることが求められる」と明記された。学校側に自由裁量の余地を残したのだ。
2. 教員との合意はあるか
これに対し、環境整備答申は、一転して「3分類の徹底」「強力な推進」を打ち出した。そのためには「保護者や地域住民、首長部局等の理解・協力・連携も不可欠」と強調している。
答申に先んじて、すでに小学校での教科担任制や支援スタッフの配置が進められている。答申で推進力を高めたいのだろう。けれども、実現にはかなりの困難が伴うと思われる。保護者や地域住民はともあれ、肝心の教員が3分類の徹底や強力な推進に合意しているようには見えないのだ。それは、文科省による「教員勤務実態調査(2022年度)」[3]でも明らかだ=資料2=。
資料2 「3分類」に対して半数以上が否定的・無回答の項目(2022年度教員勤務実態調査速報値より松本まとめ)
調査に回答したのは、小学校17,762人、中学校17,475人の教員。勤務時間の実態を調べただけでなく、3分類・14項目の仕事について、「削減すべきで削減可能」「削減すべきだが削減は難しい」かの見解も求めている。その結果、「児童生徒の休み時間における対応」「給食時の対応」「支援が必要な児童生徒・家庭への対応」など6項目で、過半数が「難しい」と回答していた。
それ以上に、この6項目では、「無回答」が2〜3割超もあったことに注目したい。設問のあり方自体の問題性を浮き彫りにするからだ。「削減すべき」が前提になっている。6項目はいずれも、児童生徒の指導や授業の根幹にかかわる「教師でなければできない業務」ととらえる教員が多いのではないか。枕に振られた「削減すべき」の言葉に躊躇し、悩み、「無回答」を選択せざるを得なかったと推測される。
3. マルチタスクな教員の現実と合っているか
一体、「3分類」は教員の現実に照らしたものだろうか。東京都杉並区の天沼小学校(薩摩博之校長)で教員の1日を取材した=資料3=。(資料3は別ウィンドウ表示、本ページの下部にも掲載)
▪️1年生担任のA先生の場合
たとえば1年生担任のA先生の始業直後の時間(8時15分)を見ていこう。まだ授業が始まる前。3分類で言えば「児童生徒の休み時間における対応」で、「学校の業務だが、必ずしも教師が担う必要のない業務」にあたる。A先生は教室の黒板前の教卓で、子どもたちから宿題の漢字ドリルを受け取り、丸つけを始めた。ドリルを出した子どもたちはその場にとどまり、A先生に話しかける。その輪はどんどん広がっていく。A先生は手を休めることなく、子どもたちの話を聞いて相槌(あいづち)を打ち、さらに授業で何を使うのか、いま何を用意したらいいのかといった指示を、教室後方にいる子どもたちにまで出している。同時に複数の仕事をこなす、マルチタスク状態だ。
同校は地域や保護者との関係が良好で、ボランティアや支援スタッフもそろっている。ドリルの丸つけや、休み時間の子どもの対応もできる態勢にある。だが、A先生はその依頼をしていない。「子どもを理解したい」からだ。授業時間だけでは分からない学校外での子どもの姿や、ドリルの取り組み状況から学習でのつまずきも見えてくるという。
「教師の業務だが負担軽減が可能な業務」に位置付けられる給食時対応でも、1人で奮闘していた。教卓の後ろの棚からエプロンと三角巾、マスクを出して身支度を整え、給食ワゴンを搬入。給食当番の子どもたちに配膳を指導し、全員に行き渡ったところで自らも教室で食事。A先生の食事時間はわずか4分だったが、その間も子どもたちに「ハヤシライスのグリーンピースだけを残すとか、やめてくださいね」と好き嫌いをしないよう呼びかけていた。さらにおかずの入った鍋をもち、子どもたちにおかわりを促しながら、机の間を歩いていた。
A先生だけの取り組みではない。同学年の別の教員たちも頼まないようにしているという。「子どもの指導に直接かかわることなので、外部スタッフなどには頼まない」。3分類の徹底にはそぐわないが、「人格の完成」(教育基本法第1条)につながる子どもの理解という点では、「指導に直接かかわること」は外せないと考えているのだ。
A先生の悩みは、他教員の授業を見るなど研修の機会をどう確保するかだ。放課後には、職員室で高学年の教員に授業参観させてもらえないかと交渉していた。
▪️6年生担任・学年主任のB先生
同じ学校でも6年生のB先生の日常はやや異なる。学年主任のため、管理職や外部スタッフらとの打ち合わせも多い。配慮の必要な子への対応にも時間と工夫が必要だ。
ただ、担任学級は5年次からの持ち上がりで、1年以上かけて指導してきたことから、給食時間や休み時間の対応は子どもたちに任せることができるという。確かに、給食の時間も子どもたちだけで配膳を済ませていた。その間、社会のテストの丸つけ。さすがに作業しながらの食事を子どもたちに見せるわけにはいかないから、黒板前の机で子どもたちと向き合っての食事時間はたった2分。ほとんど丸呑み状態だ。食事が終わると教室脇の教卓に戻り、作業を再開。テスト結果をパソコンに入力していた。
6年生ともなると、理科や音楽など専科の教員による授業が1日にいくつか出てくる。この時間は授業準備や学年の教材作りに充てることにしている。授業の構成を考え、教材を用意する「準備」だ。ただ、当日に仕込んだ準備を慌ただしく直後の授業に振り向けなければならないことも多く、取材した日も「授業がグダグダになってしまった…」と反省していた。
学年主任は、学校行事への取り組みでも中心的な役割を求められる。授業後には、運動会で披露する学年の演目「御神楽」の動画作りに他教員たちと分担して取り組んでいた。お手本を披露する教員、撮影する教員、B先生はその動画を編集し、学年の子どもたちの学習端末に配信していた。これ以外の資料は週末、自宅で作成するという。
午後6時。「帰って晩ご飯を作ります。パパの仕事に戻ります」と職員室を後にした。
4.「人格の完成」を担う「高度専門職」に自律性は不要か
こうして日常をつぶさに見ていくと、合意が形成されていないことが見えてくる。
まず教員の現実とそぐわないから、教員たちは3分類14項目を念頭に置いて行動していない。そもそも「授業」「研修」「打ち合わせ・会議」は分類項目から外れており、他の業務と絡み合っていたり、複数の業務を同時に進めていたりすることも多いため、単純に外部スタッフや機械に任せるという切り分けが難しい現実もある。
保護者やボランティアらとの合意も不十分だ。同校では「登下校に関する対応」などをボランティアや保護者らに任せているが、問題が起きれば、やはり学校に相談が持ち込まれて教員が出ざるを得ない。
項目の意味自体も合意が形成されていない。たとえば「授業準備」は、電子黒板の起動やプリント類の印刷といった物品類の準備もあれば、授業の構成、中心発問の想定など授業そのものに関する準備もある。学年や学級、教員のキャリア、学校内での責任、子どもの状態によっても業務内容は変わってくる。
合意がないところでは、いくら徹底・推進を呼びかけても動くことは難しい。その他、どんな能力を持つ外部スタッフや機械を、どの時点で、どれだけ導入したら教員の業務を減らせるのか、どのぐらいの予算が必要で誰が負担すべきか。合意すべき課題は山積する。
何より、3分類の徹底・強力な推進の先に、教育基本法がうたう子どもたちの「人格の完成」を担う「高度専門職」の姿が現出するという、最も肝心な合意は形成されているのだろうか。
高度専門職の姿を環境整備答申はこう述べている。「逐一、管理職の職務命令によるのではなく、一人一人の子供たちへの教育的見地から、教師自身の自発性・創造性に委ねる部分が大きい」。当然、「どこまでが職務で、どこからは職務でないかを精緻に切り分けて考えることが困難」だからこそ、答申でも勤務時間を包括的にとらえて賃金を支払う給特法[4]の維持が明示されたのだ。
「3分類の徹底、強力な推進」はこれと矛盾しないだろうか。「どこまでが担うべきで、どこからは任せてもいい」を徹底するほどに、専門職としての自律性を損なう懸念がある。
中教審が2019年に出した「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について」答申には、「教師の勤務時間の上限に関するガイドライン」策定が盛り込まれた。これを受けて、文部科学大臣はガイドラインを「指針」に格上げした。ガイドラインとは異なる、法的根拠と拘束力を持つものに格上げされたのだ。「3分類の徹底、強力な推進」が同様に、一気呵成(いっきかせい)に法的根拠を持つ指針になる恐れはある。そうなれば、教育の現場では戸惑いが広がることは必至だ。
教員が自発性、創造性を持って子どもたちと向き合える学校の実現は誰もが望んでいる。そのためには、まず国と現場との合意形成が求められる。
▪️10月27日にキックオフ座談会
そこで私たちは2024年10月27日、東京都内で小さな座談会を開き、手始めに3分類14項目+αを「機械にさせたい仕事・させたくない仕事」「技術的に実現する・実現しない(わからない)」の2軸で分類した。開催報告は後日報告したい。合意形成には議論の積み重ねが必要だ。学校・教員だけでなく、次世代の育成に想いをよせる多くの人たちと一緒に考えながら、よりよい学びの場の実現のための合意形成を支えていきたい。
資料3 東京都杉並区立天沼小学校の教員の1日(松本作成)
表中の①~⑰の番号について。①〜⑭は資料1を参照。そのほか、⑮授業、⑯研修 ⑰打ち合わせ・会議を加えて分類した。表中の丸数字は、3分類+「その他」で分けている。赤い丸数字は「基本的には学校以外が担うべき業務」、茶色は「学校の業務だが、必ずしも教師が担う必要がない業務」、緑色は「教師の業務だが負担軽減が可能な業務」。青数字は「その他」で、⑮授業、⑯研修 ⑰打ち合わせ・会議に分けた。
[1] 中央教育審議会の中間まとめ https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/__icsFiles/afieldfile/2018/01/26/1400723_01.pdf
[2]平成29年8月29日学校における働き方改革特別部会 資料1 https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11293659/www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/079/siryo/__icsFiles/afieldfile/2017/09/01/1395044_1.pdf
[3]教員勤務実態調査(令和4年度)の集計
https://www.mext.go.jp/content/20240404-mxt_zaimu01-100003067-2.pdf
[4] 給特法:公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法。創造的、自律的な教員の働き方に合わせて、残業時間の有無に関わらず、給料月額の4%相当額を上乗せする「教職調整額」を支払うことを明記している。
外部特設サイト「AI時代の先生」はこちら