R-2022-122
1 狙いは「倍率アップと質向上」 2 「負のイメージ」先行で教職断念の現実 3 空洞化した教職課程の質低下 4 早期に学びを深める体験の場を< |
文部科学省が教員採用試験の前倒し実施の方針を出したことを受け、東京都など各自治体の教育委員会が準備に動き出した。民間企業よりも先に内定が得られる条件を整備し、学生を教員という職業に振り向かせるのが狙い。近年の「教員不足」を何とか打開したいという思いが背景にあることはよく分かる。しかし、拙速な前倒しは害あって得るところなしではないか。現状でも問題が多い教職課程をさらに空洞化させ、かえって学生の教職離れに拍車をかけかねない。前倒しすべきは試験日程ではなく、教職の魅力を実感できる現場実習の時期と考える。
1 狙いは「倍率アップと質向上」
永岡文部科学大臣が採用試験の前倒しを打ち出したのは、2022年9月。日程の早期化のほか、複数回実施や通年にわたる採用といった方向性も合わせて表明した。「教師を目指す方々の数を増やし、質を高めていく」と強調する。裏を返せば、受験者数が減って倍率が下がり、教員の質、煎じ詰めれば公教育の質が下がっていると、大臣みずから認めたことになる。
実際、採用試験の倍率低下は著しい。中でも公教育の根幹となる小学校教員で顕著だ。文部科学省(以下、文科省)によると、2021年度の倍率は2.5倍で「過去最低」だが、低落に歯止めがかかる兆しはない。
採用試験は、筆記を課す1次と、面接やグループ討論、実技試験などを盛り込んだ2次とで構成される。時事通信の調査[1]によると、2022年夏の1次試験は66都道府県市の9割近い56自治体で1倍台だった。名前を書けば合格できる状態。各自治体は合格点数も平均点数も公表していないが、「質の担保ができる状態ではない」(時事通信)のは確かだ。
試験時期の前倒しは、こうした厳しい採用実態の緩和を狙う。文科省が提示したのは「4月試験・7月下旬合格発表」「5月試験・7月下旬合格発表」の2案。中央教育審議会などで教育長や大学関係者から出された意見をもとに作られた。いずれの案にせよ、民間企業の採用日程よりも早ければ、進路を決めかねている人材を取り込めると見込む。2024年度導入に向け、関係者と具体策を協議中だ。
こうした方針を受け、自治体でも前倒しに向けた動きが広がっている。東京都教育委員会は2023年度実施の採用から、1次の筆記試験を大学3年生でも受けられるようにすると公表した。そこで通過できなくても、4年生で再受験できるようにする。4年生対象の1次試験は従来通りの日程で実施するので、複数の入り口が学生に開かれたことになる。軌を一にして、関東地方の国立大学とそれぞれの地元の自治体でも前倒しの協議を始めた。
2 「負のイメージ」先行で教職断念の現実
従来も、自治体同士で試験日程の調整を続けてきた。対象大学等が競合する地域では、抜け駆けできないように同じ日に試験を実施。複数回受験できるよう他地域に試験会場を設ける場合は、会場となる地域の自治体の試験日と重ねないといった調整もしている。
一方で、独自の「青田買い」も。自治体独自の教員養成コースに低学年から入れば筆記試験を免除するなどの特典を設けたりしてきた。それでも、受験倍率は上がってこない。なぜか。
愛知県内の国公私立大学6校の教職課程学生を対象にした調査[2]で、教職に就くことをあきらめた理由を尋ねたところ、「内定の時期が遅い」は「教員免許更新制度」[3]と並んで最下位の20.7%だった。1位は「他にやりたい仕事が見つかった」(66.6%)、2位は「休日出勤や長時間労働のイメージ」(64.1%)と続く。自由記述には「部活」「給料」「残業」「残業代」に関する負の意見が並んだ。しかし実は、調査時点で対象学生の9割がまだ教育実習を受けていなかった。SNSや報道などで目にする「負のイメージ」が先行し、具体的な試験日程を詰める前に断念したようだ。
埼玉大学の研究グループ[4]によると、入学時に同大の学生約8割が教職を目指していたにもかかわらず、3年進級時には45%と、半数近くの学生が教職志向を減退させていた。3年進級時はやはり教育実習に行く前。就職活動について具体的なプランづくりは始まっていない頃だ。
いずれの調査でも、教育実習、つまり学校現場を体験する前に教職を進路候補から外している実態が判明したことに着目したい。
3 空洞化した教職課程の質低下
前倒しがどのぐらい採用倍率の向上に寄与するのか、文科省には「試算がない」という。ならば同じように、悪影響についての試算もないのではないか。教職課程や学生生活に与える影響に触れた記述がどこにも見当たらないからだ。
そこで考察するに、悪影響の主たるものは、教職課程の質の低下ではないか。
教職課程は、国公私立大学院、大学、短大述べ約900校に設けられている。文部科学大臣の認定があれば、どの大学等も免許状取得を目指した教員養成教育の課程を設けることができる。
現在、全国の大学等に設けられている教職課程は「教職課程コアカリキュラム」[5]に準拠している。文科省に置かれた検討会議が2017年にまとめた内容(図表2)だ。それまでの教職課程は「学芸的側面の過度な強調」「担当教員の関心」に傾いていた——つまり研究・学問志向の大学教員に丸投げだったという反省に立ち、「実践的指導力や課題への対応力の習得」に重点をシフトした。その観点から、内容も精査されたはずだった。
ただ、そのカリキュラムの実現可能性は、当初から危ぶまれていた。求めるような広く深い内容の教育を実現するには、相当な規模の教員集団と時間が必要だからだ。
現実には、教員養成系の学部(多くは教育学部)は大学経営層にとっては頭の痛い存在だ。人件費比率が高く、企業など外部資金が期待しにくい「稼げない学部」であることが大きい。しかも、教科ごとに固まるタテ割り傾向が強く、教育委員会幹部から校長経験者、産業界出身者まで混在する複雑な構成メンバーで、マネジメントが難しい。ある教育学部の担当学科長は「誰がどんな授業をしているのか、誰もわかっていない」と打ち明ける。
当然、授業の内容にはばらつきが出る。関東地方の国立大学の小学校教員養成課程のシラバスで必修の算数概論を見ると、一人の教員は国際的な学力テストの歴史と現状を全回通して講義し、別の教員は四則演算や算数教材の活用を教えると書かれていた。1回目が天文で2回目は実験、3回目は地学全般といった散漫な内容の理科概論もあった。
学生から不満が上がるのも無理はない。その大学の学生に話を聞くと、「先生の趣味に付き合わされた。意味がわからず、役に立ちそうもない授業だった」「成績に関係するから我慢していたが、本当につまらなかった」「クラス固定制だから、当たり外れがある」などと嘆いていた。
採用日程が前倒しとなり、それに伴い教職課程の期間が短くなれば、ただでさえ問題を抱える養成教育を混乱させ、何より単位をとらせる必要から授業を過密化させて、更なる内容の劣化を促す恐れが強い。
図表2 普通免許状(1種、4年生大学卒で取得可能)に必要な単位数 |
|||
|
各科目に含めることが必要な事項 |
小学校 |
中学校 |
教科及び教科の指導法に関する科目 |
・教科に関する専門的事項 ・各教科の指導法(情報機器及び教材の活用を含む) |
30 |
28 |
教育の基礎的理解に関する科目 |
・教育の理念ならびに教育に関する歴史及び思想 ・教職の意義及び教員の役割・職務内容(チーム学校への対応を含む) ・教育に関する社会的、制度的または経営的事項(学校と地域への連携及び学校安全への対応を含む) ・幼児、児童、生徒の心身の発達及び学習の過程 ・特別の支援を必要とする幼児、児童、生徒に対する理解 ・教育課程の意義及び編成の方法(カリキュラムマネジメントを含む) |
10 |
10 |
道徳、総合的な学習の時間等の指導法及び生徒指導、教育相談等に関する科目 |
・道徳の理論及び指導法 ・総合的な学習の時間の指導法 ・特別活動の指導法 ・教育の方法及び技術(情報機器及び教材の活用を含む) ・生徒指導の理論及び方法 ・教育相談(カウンセリングに関する基礎的な知識を含む)の理論及び方法 ・進路指導(キャリア教育に関する基礎的な事項を含む)の理論及び方法 |
10 |
10 |
教育実践に関する科目 |
教育実習 |
5 |
5 |
教職実践演習 |
2 |
2 |
|
大学が独自に設定する科目 |
|
2 |
4 |
|
+日本国憲法、体育、外国語コミュニケーション、情報機器の操作 |
各2単位 |
各2単位 |
|
「令和の日本型学校教育」を担う教師の養成・採用・研修等の在り方について関係資料(1) P.71より抜粋 https://www.mext.go.jp/content/20210312-mxt_kyoikujinzai01-000013426-3.pdf |
|
|
4 早期に学びを深める体験の場を
そもそも、過密化した教職課程で学生をつなぎとめておくことができるだろうか。
教職課程の学生は、すでに相当に密度の高い学生生活を過ごしている。中でも時間に追われているのは、小学校教員を目指す教員養成系学部の学生よりも、法、経済、理工など、それ以外の学部(一般学部)で教職を取る学生たちだ。
手元に、東京都内の総合私立大学法学部学生の時間割がある。この学生は2年次から社会科教員の免許を目指して教職課程を取り始めていた。一般学部の学生向けの教職課程は、第6限や土曜日に配置されることが多い。この学生も5,6限に土曜も含めて教職課程を修めている。こうした時間割が3年後期まで続く。採用試験が前倒しされれば、試験対策も加わってさらに過密な時間割になるのは間違いない。
大学卒業レベルで取得できる1種免許状取得状況[6]を見ると、中学校・高校教員免許の取得が減り、特に中学校では、近年で最も多かった2007年度に比べると2割強、約1万件も少ない3万7334件となっていた(図表3)。これに対し、小学校教員免許は5割ほど増えている。中高免許の主力は、最初から養成学部で必要科目を学ぶ小学校教員とは異なり、一般学部で教職課程を取る学生であり、もうすでに授業の負担感が免許取得に悪影響を与えていることが分かる。
愛知と埼玉の調査に現れたように、学生が現場を体験しないうちに「負のイメージ先行」で教職から離れている現状を考えると、一層の時間割の過密化が望ましい結果を招くとは考えられない。むしろ教職を断念する傾向に拍車をかける懸念さえある。
文科省は採用日程の前倒しのほか、最短2年で小中学校などの教員免許に必要な単位を得られる教職課程を4年制大学に認める方針を固めたとマスコミで報じられた。これも、教員の量を担保するための策と見える。採用日程の前倒しで実質的には、2年間程度で完成させなければならなくなる。そのための帳尻合わせにしかみえない。教員教育の質をどう充実させるかといった視点に欠ける。
今、早急にすべきは、学生が教職の魅力を早くから実感し、教職課程での学びを実際の現場で深められるシステムに切り替えることではないか。
中央教育審議会も2022年12月、教育実習の見直しを提言している。「全ての学生が一律に、教職課程の終盤に(教育実習を)履修する形式を改め、(略)学生の状況に応じた履修形式が認められるべきである」[7]とし、例として、通年で決まった曜日などに教育実習をしたり、早い段階から学校活動を体験する機会を設けたりすることを挙げた。それにより、「教職科目と学校現場の教育実践を相互に関連づけながら学びを深める」ことができると期待感を表明した。もっともだ。
現在、教育実習は3年後期から4年前期に設定され、学校と大学側それぞれの行事などの日程を調整しながら計画されている。教職課程は必修授業が多い。1年次から現場に出すには、日程調整でもクリアすべき問題はあるだろうが、まず大学側が積極的に発案して調整することから歩を進めてはどうか。
採用試験の前倒しは、それからでも遅くはないはずだ。
[1] 時事通信社出版局 https://book.jiji.com/basic/app_guide/app_guide-7334/
[2] 「教職の魅力向上への課題に関する調査研究」愛知県総合教育センター研究紀要第111集(令和3年度)太田恵里ほか。調査は2021年4〜5月、6大学の計1781人を対象に行われた。
[3] 教員免許更新制度は2022年7月に廃止。
[4] 「今後の教育学部における教職支援の在り方」「同Ⅱ」「同Ⅲ」埼玉大学教育学部附属教育実践総合センター 安原輝彦、長江清和ほか
[5] 文部科学省「教職課程コアカリキュラム」 https://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2017/11/27/1398442_1_3.pdf
[6] 調査協力 本プロジェクトリサーチアシスタント 中村まい
出典 2015年度以降:文部科学省 「教員免許状授与件数等調査について」
2013年度以前:教育委員会月報5月号「取得方法別の免許状授与件数」
[7] 「『令和の日本型学校教育』を担う 教師の養成・採用・研修等の在り方について 」
https://www.mext.go.jp/content/20221219-mxt_kyoikujinzai01-1412985_00004-1.pdf