R-2023-021
■男女の政治家に抱くステレオタイプとは ■政策領域と個人特性へのジェンダーステレオタイプ ■ステレオタイプからの逸脱の影響は?女性首相・防衛大臣に対する態度 ■有権者の1割が女性首相に反対。特に抵抗がある属性は? ■政治における男女格差を縮小させるには |
■男女の政治家に抱くステレオタイプとは
日本では1946年に女性が参政権を得て以来、いまだ一度も女性首相が誕生していない。2021年の自民党総裁選挙では、史上初めて2人の女性(野田聖子と高市早苗)が立候補したものの、両者とも敗北したことは記憶に新しいだろう。日本は世界の中でも政治分野におけるジェンダーギャップが大きい国の1つであり、衆議院における女性議員の割合は9.9%と、OECD加盟国の平均である24%を大きく下回っている。
女性首相がまだ誕生しておらず、衆議院において女性議員が極端に少ない日本。その背景には、日本の有権者の間に女性候補者に対するジェンダーステレオタイプにもとづくバイアスが存在していることが考えられる。
日本国民が男女の政治家に対してどのようなステレオタイプを抱いているのか、そして女性首相に対してどの程度の反対があるのか。本稿では、筆者らが日本で行った研究結果を紹介する。
■政策領域と個人特性へのジェンダーステレオタイプ
有権者が男女の政治家に対して抱いているステレオタイプについて理解するために、筆者らは米国で行われた既存の調査を踏まえて、11の政策領域と10の個人特性に焦点を当てた調査を2019年に実施した。
ここで用いた項目と質問文は、ウィスコンシン大学ミルウォーキー校のKathleen Dolan教授が2014年に米国で実施した調査で用いたものを参考にしている。調査の詳細については、本Reviewのもととなっている学術論文(Endo and Ono, 2023)を参照されたい。
まず、政策領域に関して、11の政策領域それぞれを扱うのがより得意なのは、男女の政治家のどちらであると思うか質問した。回答は「男性政治家の方が得意」、「女性政治家の方が得意」、「男女で差がない」の3つの選択肢の中から1つを選ぶという形式とした。図1は、その調査結果を示したグラフである。図では、日本での調査結果を解釈する上での参考情報として、2014年に同様に実施された米国の調査結果を合わせて示した。
図1 政策領域におけるジェンダーステレオタイプ
Endo & Ono (2023)をもとに筆者作成
図1の結果を見ると、日本の有権者は、男女の政治家に対して、米国の有権者とよく似たステレオタイプを抱いていることが分かる。具体的には、保育・児童福祉、少子化、教育、社会福祉、医療などの政策領域は、女性政治家の方が得意な領域であると考える傾向にある。一方、移民、財政赤字、犯罪、経済、外交、安全保障といった政策領域については、男性政治家の方が得意領域であると考える傾向にある。
日米間の違いは、米国の方が教育をより女性政治家の領域と捉えているのに対して、日本の方が経済と雇用・財政赤字を男性政治家の領域と捉えている点である。
続いて、個人特性のジェンダーステレオタイプについて見てみよう。政策領域と同様に、10の個人特性を提示し、それぞれの特性について一般的に男女の政治家のどちらにより当てはまるかを尋ねた。図2はその結果をまとめたグラフである。
図2 個人特性におけるジェンダーステレオタイプ
Endo & Ono (2023)をもとに筆者作成
個人特性についても、日米間でほぼ同様のステレオタイプの存在が明らかになった。日本の有権者は、全般的に女性政治家の方が、思いやりがあり、誠実で、理知的であると認識している。一方、男性政治家の方が、合意形成が上手く、決断力やリーダーシップ能力があり、政治的経験が豊富で、支配的な存在であると認識している。信頼性についてのみ、男女の政治家間で違いが見られなかった。
日米間を比較すると、男性政治家により当てはまるとされる個人特性について、日本人の方が米国人よりも全般的にやや強いステレオタイプを抱いているようである。
以上のような男女の政治家に対するステレオタイプが、有権者の投票行動にどのような影響を及ぼすのかについては、現在、政治学において様々な研究が行われている。ジェンダーステレオタイプに沿った行動をとる候補者の方が選挙で有利であるとする研究がある一方で、有権者の判断は候補者が立候補している政党によって左右され、ステレオタイプの影響は限定的だと主張する研究もある。
それでは、女性が首相になる、あるいは防衛大臣になるということについて、有権者はどのような態度を抱いているだろうか。男性的な個人特性とされる決断力や支配性が求められる首相や、安全保障問題といった男性が得意とされる領域を扱う防衛大臣のポストに女性が就任することに対して、どの程度の日本国民が反対の態度を持っているだろうか。次に、それを調査した結果を紹介する。
■ステレオタイプからの逸脱の影響は?女性首相・防衛大臣に対する態度
前回のReview(米国で女性大統領は誕生するか──女性候補者に対する国民の本音)で説明した通り、世論調査で回答者に女性首相・防衛大臣を受け入れるかどうか直接尋ねることは、とても困難なことである。なぜなら、回答者は女性首相・防衛大臣に反対することは社会的に望ましくないと考え、女性首相・防衛大臣を受け入れると偽って回答する可能性があるからである。そこで、このような社会的にデリケートな質問をする際には、回答者の真の態度を導き出すべく「リスト実験」という手法が用いられる。「リスト実験」の詳細に関しては、前回のReviewを参照されたい。
筆者らは、2019年に日本でリスト実験を行い、有権者の間で、女性首相に対する反発がどの程度あるのかを調査した。このリスト実験の内容は、前回のReviewで紹介した米国での研究とほぼ同じである。筆者らのリスト実験がそれと異なっているのは、女性首相だけではなく、女性防衛大臣(安全保障分野は男性的ステレオタイプを想起させると示唆されている)に対する反対の程度を計測し、2つの役職間の比較を行った点である。
このリスト実験では、回答者を無作為に3つのグループに振り分けた。3分の1の回答者にはデリケートな項目を含まない一般的な4つの項目を提示した。残りの回答者には、それらに加えて、「女性が首相になる」あるいは「女性が防衛大臣になる」という2つのデリケート項目のうちいずれかを含めた5項目を提示した。そして、それらの項目のうち、「どれに」反対するかではなく、「いくつに」反対するかについて質問した。この実験の詳細については、本稿のもととなっている学術論文(Endo and Ono, forthcoming)を参照されたい。
■有権者の1割が女性首相に反対。特に抵抗がある属性は?
今回のリスト実験の結果を大まかにまとめると、女性首相と女性防衛大臣に反対する回答者の割合は、それぞれ10%、12%であることが分かった(表1)。日本では、女性が首相になることよりも、女性が防衛大臣になることの方が、やや反発が大きいようである。
表 1 リスト実験の結果(単純集計)
|
平均回答項目数 |
両者の差 |
推計される割合 |
|
|
デリケート項目なし |
デリケート項目あり |
||
首相 |
1.50 |
1.60 |
0.10 |
10% |
防衛大臣 |
1.50 |
1.62 |
0.12 |
12% |
Endo & Ono (2023)をもとに筆者作成
では、どのような属性の人が、女性が首相や防衛大臣になることに反対しているのだろうか。筆者らは、さらに最新の分析手法を用いて、回答者の性別や年齢、支持政党などの属性ごとに、女性が首相や防衛大臣になることに反対する人の割合を推定した(図3)。
図3 リスト実験の結果(多変量解析による女性首相・防衛大臣に反対する人の割合の推計値)
Endo & Ono (2023)をもとに筆者作成
この図は、女性首相と女性防衛大臣に反対する回答者の割合の推定値を、回答者の属性ごとに示している(横線は95%信頼区間を表す)。
これらの結果から言えることとして、まず1点目に、回答者のそれぞれの属性において全体的に、女性首相と女性防衛大臣に反対する割合に大きな違いは見られなかった。しいて言えば、70歳前後の高齢の回答者において、女性首相よりも女性防衛大臣に反対する割合が上回っている程度である。
2点目に、日本では男女の間で女性首相・防衛大臣に対する態度に差が見られなかった。興味深いことに、女性より男性のほうが女性大統領に対する反発が強かった米国の結果とは異なる。その一方で、年齢における差は米国と同様の傾向が見られ、日本でも若年層ほど女性首相・防衛大臣に反対する傾向がある。
3点目に、支持政党に関して、女性が首相や防衛大臣になることへの反対は、自民党を支持する回答者に強く見られ、その割合は約20%に上った。この推定割合は、自民党以外の政党を支持する者や無党派の者と比較して10ポイント以上の差がある。長期政権与党である自民党支持層の回答結果は、首相を目指す自民党の女性議員にとっては依然として高い壁が存在していることを示唆している。
■政治における男女格差を縮小させるには
米国で行われた研究を参照しながら、筆者らは日本でリスト実験を含む調査を実施し、公職に就こうとする女性にとって重要な含意が得られた。
まず、日本人有権者は、米国の有権者と同様に、男女の政治家に対して得意な政策領域や個人特性に関して一定のステレオタイプを持っていることが分かった。
女性が首相や防衛大臣になることは、こうしたステレオタイプからの逸脱を迫るものである。どのくらいの有権者がそれに反対するかについて、リスト実験を通じて検証したところ、女性が首相になることに反対する日本の有権者の割合が約1割、自民党支持者については約2割に上ることが明らかになった。
この傾向は、米国の有権者と同じようなものであり、日本においては長期にわたって政権与党の座を占める自民党から首相が輩出されることを考慮すると、女性首相が誕生する道のりは、米国において女性大統領が誕生するのと同じくらい高いハードルがあることが予想される。
今後このハードルは低くなっていくのであろうか。米国での調査結果によると、2006年から2016年の10年間で、女性大統領に対する米国人有権者の反発はおよそ半減している。日本でも、女性の政治への進出がさらに進めば、そのハードルは低くなっていく可能性があるだろう。
日本は政治分野における男女格差が大きく開く国であり、衆議院において女性議員が占める割合は依然として小さい。女性議員が少ない要因は様々考えられるが、まずは男性に比べて女性の立候補者が少ないという問題がある。
2018年には「政治分野における男女共同参画の推進に関する法律」が公布・施行され、選挙において政党は、男女の候補者数ができる限り均等になるように努力することを課せられた。しかしながら、単なる政党の努力だけでは、なかなかその達成は難しい。とはいえ、クオータ制度を導入して義務化を図るのも、世論の反対などがあり、容易ではないと考えられる。女性の立候補者を増やすにはどのようにしたらよいのかについて、米国では候補者擁立の過程に注目するなど実証的な研究が始まっており、日本でも今後さらなる研究が必要である。
今回のReviewテーマは、Journal of Women, Politics & Policyに掲載された著者らの学術論文「Opposition to Women Political Leaders: Gender Bias and Stereotypes of Politicians among Japanese Voters」の内容を踏まえて記載しています。論文全体はこちら(https://doi.org/10.1080/1554477X.2023.2174365)から閲覧可能です。
参考文献
Dolan, Kathleen A. (2014) When Does Gender Matter?: Women Candidates and Gender Stereotypes in American Elections. Oxford University Press.
Yuya Endo & Yoshikuni Ono (2023) Opposition to Women Political Leaders: Gender Bias and Stereotypes of Politicians Among Japanese Voters, Journal of Women, Politics & Policy, DOI: 10.1080/1554477X.2023.2174365