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教員採用試験での「教職専門」の廃止をどう受け止めるか
画像提供:Getty Images

教員採用試験での「教職専門」の廃止をどう受け止めるか

August 21, 2024

R-2024-025

1.教員採用試験の「教職専門」の廃止
2.「教職専門」の廃止は大学の教員養成を空洞化させる
3.教員採用試験の「教職専門」に問題はないのか
4.教員の国家資格化を検討すべきではないか

本論考はこちらよりPDF形式でもお読み頂けます。

1.教員採用試験の「教職専門」の廃止

公立学校教員の採用倍率が低下し、教員のなり手不足が指摘される中で、教員採用試験をめぐる様々な模索が続いています。ただしその多くは、教員の質の確保をめざしたものとは言えず、教員の量的確保という喫緊の課題に対応するための「場当たり的」な弥縫策というべきものだと思います。

こうした中で大きな関心を集めているのが、2024729日、教員採用試験において「教職専門」の試験を廃止するという茨城県教育委員会の方針です。具体的に、茨城県教育委員会のホームページには、2025(令和7)年度以降に実施予定の教員採用試験の変更点について概ね以下の3[1]が掲載されています。

  • 1次試験における「教職専門」の廃止

令和7年度に実施する1次試験から「教職専門」を廃止し、「専門教科・科目」のみとする。2次試験の試験内容については変更はありません。

  • 外部試験(SPI3)による選考枠の新設

令和7年度に実施する第1次試験から、一般選考とは別に外部試験(SPI3)で受験可能な選考枠を新設します。この200名程度採用予定の特別枠は、「受験する区分ごとの普通免許状を現に有する方、又は採用時までに取得見込みの方」が対象です。

  • 大学3年生を対象とした前倒し選考及び早期化・対象の拡充

令和7年度に実施する選考試験から、「大学3年生を対象とした前倒し選考」を5月実施に変更し、受験区分を小学校から全校種へ拡充します。

一般に、教員採用試験は一次試験で「教職専門」と「専門教科・科目」の試験が必須とされます。それは茨城県も同等でした。今回の茨城県の変更は、このうち「教職専門」を廃止して「専門教科・科目」のみを実施するもので、全国でも初めてのケースとなります。

こうした方針の決定の背景には、茨城県での教員採用の志願者数の低下があります。茨城県の2025(令和7)年度採用試験の志願者数は2,911名で、2024(令和6)年度に比べ647人減少しました。志願倍率も2025年度は前年度比0.75ポイント低下の3.02倍で過去3番目に低い水準であったとされています。こうした方針の変更について、茨城県の柳橋常喜教育長は、「同じ世代だけでなく幅広い採用になれば、試験内容などを見直す必要がある」と述べ、「質の高い教員の確保と志願者数の確保に努めたい」と説明しています[2]

新聞、テレビをはじめ、ネットは、もっぱら教員採用試験での「教職専門」の廃止が、志願者の試験の負担を軽減することで志願者確保を狙いとしたものと受け止められ、「質の高い教員の確保」につながるのかについて多くの疑問が投げかけられました。特に、ネットでは、「教職教養が嫌で志願者が減少しているわけではない」(中学校教員)「教員になるにあたって知っていて当然の教育法規や教育心理は担保しておかないと、就職してからも使いものにならない。採用の難度を下げても無意味」(小学校教員)「教員が減っているのは、試験が負担だからでありません。業務量、業務内容の問題です。見直すべき点をはき違えているのでは」(40代教員)という厳しい意見が挙がりました[3]

個人的には、「教職専門」の廃止が「質の高い教員の確保」との関係で問題視されるのは当然であるとしても、企業採用で広く用いられている「総合能力試験(SPI3)」での受験を可能とする選考枠を設けることにも大きな問題があるとみています。これは民間企業との併願者や教員への転職希望者の受験を促すことが目的であると考えられます。ホームページの変更点を見る限り、「専門教科・科目」までも実施されなくなるからです。仮にそうだとすれば、新設された選考枠による試験が、果して教員採用試験と言えるかどうかさえも怪しくなります。ただし、今回はこの点には触れず、焦点となっている「教職専門」の廃止の問題について考えていきます。

2.「教職専門」の廃止は大学の教員養成を空洞化させる

ところで、そもそも「教職専門」が何を意味するかよくわからない方もおられるかもしれませんので、少し説明しておきましょう。日本で教員として働くためには、大学での教員養成、資格付与、採用という段階を経る必要があります。教育職員免許法及び教育職員免許法施行規則という法律に基づいて、大学で所定の単位を取得した者に対して教員免許状が与えられます。教員免許を授与するのは大学の所在地となる都道府県の教育委員会です。

教育職員免許法施行規則では、教員免許状を取得するために、大学で取得すべき科目群は、大きく「教科及び教科の指導法に関する科目」「教育の基礎的理解に関する科目」「道徳、総合的な学習の時間等の指導法及び生徒指導、教育相談等に関する科目」「教育実践に関する科目」などに分類され、それぞれ所定の単位数が定められています。

このうち、「教科及び教科の指導法に関する科目」に該当するものが、教員採用試験の「専門教科・科目」であり、「教育の基礎的理解に関する科目」をはじめ、それ以外の領域が主に「教職専門」と分類されます。

大学によって名称に違いがありますが、「教職専門」の領域に対応する科目としては、「教育原理」「教育課程論」「生徒指導論」「教育心理学」「教育法規」「教育史」「教育相談」「道徳教育の理論と方法」「特別活動の指導法」「教師論(教職論)」などが該当します。簡単に言えば、「教職専門」とは、教員として必要な教育に関する総合的な知識ということができます。教員免許取得にあたって「教職専門」に関する比重が大きく、例えば、大学で中学校国語の免許を取得する場合、国語科の「専門教科・科目」の最低取得単位数は20単位ですが、「教職専門」に関する科目では31単位を取得する必要があります。

実際の教員採用試験では、大学での「教職専門」に関する科目は、「教育原理」「教育史」「教育法規」「教育時事」「教育心理」の5つの分野に整理されて出題されるのが一般的のようです(教員採用試験のための受験参考書などでは、こうした分類が一般的です)。

以上のように、教育職員免許法・施行規則に規定された「教職専門」に関する科目の単位数は多く、大学の教員養成においても「教職専門」に関する科目の比重は高くなります。

しかし、今回の教員採用試験の変更点によれば、茨城県を受験する志願者にとっては、大学の教職課程で学んだ「教職専門」の分野は問われることなく教員として教壇に立つことが可能となるわけです。教員のあり方、教員として職務、生徒指導、教育心理などについての知識が採用試験で問われることがなく、国語や社会などの教科の知識のみの試験だけで「質の高い教員の確保」が実現できるとは常識的に考えられません。仮に、教員志願者数の確保という論理が優先され、茨城県の採用試験の形態が各自治体の教員採用試験に拡大すれば、大学の教員養成を空洞化させることになると考えられます。しかもそれは、教育職員免許法・施行規則に規定された教員免許の制度的枠組みを形骸化させるものとなります。「教職専門」を廃止するという茨城県の変更は、実は一つの自治体に留まらない問題へと波及する可能性があるのです。

3.教員採用試験の「教職専門」に問題はないのか

これまで茨城県が打ち出した教員採用試験の変更点について、批判的に指摘してきました。端的に言えば、「教職専門」の廃止は、「質の高い教員の確保」につながらないのではないかという疑問に基づくものです。

しかし一方では、現在実施されている「教職専門」の試験が果たして「質の高い教員の確保」を担保する内容のものとなっているかを問う必要があります。結論から言えば、残念ながら、「教職専門」の試験内容は決して十分に意味のあるものとは言えません。例えば、「教育史」では、ペスタロッチ、フレーベル、貝原益軒、福沢諭吉の代表的な著作名を答えるだけの試験が繰り返され、その著作の中身や教育論が問われることはありません。それは、「教育心理学」「生徒指導論」「教育法規」でも同様です。

大学でこうした「教職専門」の講義を担当している立場からすれば、実際の講義で、こうした初歩的な知識を教えることだけに終始することはありませんし、そうした講義で満足する学生はいません。それにもかかわらず、教員採用試験で問われるのは、初歩的なレベルの知識です。教員採用試験の内容は、大学の教員養成の実態からもかけ離れており、そのことが「質の高い教員の確保」につながるはずはありません。

しかも、あまり指摘されませんが、各自治体の実施する教員採用試験の問題にはそれぞれにある種の「傾向」があり、「教職専門」のすべての領域が網羅されているわけではありません。分かりやすく言えば、「教育史」「教育心理学」などの領域の出題はされない自治体もあれば、「教育法規」など特定の領域しか出題しない自治体もあり、「教職専門」全般の内容が適切に出題されるわけではありません。したがって、現状の教員採用試験の内容では、茨城県が打ち出したように、「教職専門」を廃止したとしても、確保される人材にそれ程の「質」の違いはないとも言えてしまうのです。

4.教員の国家資格化を検討すべきではないか

教員採用試験をめぐる以上のような状況は、そもそも「質の高い教員」、つまりは教員の専門性とは何かという根本的な問題が十分に議論されてこなかったことに起因していると言えます。「教師=労働者論」「教師=聖職者論」「教師=専門職論」をはじめ、戦後日本では様々な教師像の模索が続いてきました。1990年代以降は、「学び続ける教師」像が、教員の専門性と密接に関わるものとして提示されています。しかし、こうした教師像の模索は、教員の需給関係が優先される一方で、教員としての「専門性」の内実が十分に詰められたといえばそうではありません。 

こうした状況の背景には、教員採用に至るまでの日本の「特殊性」が関係しています。先述したように、教員として働くためには、大学での教員養成、資格付与、採用という段階を経る必要があります。一般に、弁護士、医師、看護師、薬剤師、公認心理士などの専門職の場合、「大学教育―資格試験―現場採用」という三段階があり、前二つの段階で、その専門職に就く者の質的・量的コントロールが行われます。

ところが、日本の公立学校教員の場合、大学教育と資格試験の段階で実質的な選抜は存在しません。教職課程のある大学・学部では開放制の原則のもとで、教員免許の取得が可能であり、教職課程で所定の単位を取得すれば、都道府県教育委員会に申請することで教員免許状を取得することができます。資格試験が存在しないために、各都道府県等で実施される教員採用試験によって選抜されるわけです。前田麦穂は、この点を次のように説明しています(『戦後日本の教員採用―試験はなぜ始まり普及したのか』晃陽書房、2023年)。

“この選考試験(教員採用試験―筆者註)は資格試験とはことなり、「合格者の到達水準や特定の合格者数が明示されるわけではなく、毎年の教員需要を見越した募集定員が示されるにすぎない」ものである。つまり教員の新規参入者に対しては、他の専門職の資格試験のような質的統制がほとんど行われていない。その一方で「倍率が3倍を切ると教員の質が低下する」などの言説に見られるように、教員採用試験の競争倍率を「教員の質」の水準と同一視する議論は根強い。このことからは、新規参入者への量的統制の水準が疑似的な質的統制の手段とみなされていることがわかる。同様の発想は戦後初期、教員養成制度の設計段階から既に存在していたことが指摘されている。”

また、教員には資格試験がないことで、大学の単位認定が教員資格の「専門性」を担保していると受け止められる状況もあります。そのため、茨城県教育委員会の柳橋常喜教育長が、教員採用試験での「教職専門」の廃止について、教職専門の分野は、「大学で教員免許を取得するに当たって十分学んでいる」と述べ、採用後の研修を充実することで「質の担保」については問題ないという説明には、実は一定の説得力があるのです[4]

ところで、本稿ではこれまで教員採用試験と記述してきましたが、法規上では「公立学校教員採用選考試験」と称されています。前田麦穂によれば、「選考」とは、志願者の教員としての職務遂行能力を「一定の基準」や「手続き」に基づいて審査することで、相互の優劣を定めず、官職の職務遂行能力の有無を選考の基準に適合しているかどうかに基づいて判定することです。これに対して、採用試験としての「競争試験」は、「受験生を競争せしめ、相互の優劣を明らかにしてその能力を相対的に判定する」もので、「選考」試験とは区別されます(前田前掲書)。

教員採用試験が、本来は「選考」試験であるにも関わらず、実質的には資格取得者と教員需給の関係において「競争試験」として機能していることの問題点はこれまでも繰り返し指摘されてきました。しかし、こうした指摘はほとんど具体的な議論の俎上には上らず、また各自治体の実務段階では、この「選考」の意味は特に意識されることなく「競争試験」として実施され、相対的な判定によって合格者の採用が行われています。

そもそも教員採用が「競争試験」ではなく、「選考」試験とされたのは、教員には「教育専門的見地(資格)や人格的な要素」が重視されたためと言えます。教員採用試験は、法規上の「選考」ではなく「競争試験」として実施されており、本来の趣旨からかけ離れています。しかも、その「競争試験」は各自治体の教員の需給バランスに左右され、「競争試験」としても多くの課題を含んでいます。

こうした状況を克服するためには、他の専門職と同様に「資格試験」を導入し、その内容も「選考」試験にふさわしいものへの転換を検討する必要があります。もちろん、その「選考」試験は各地域の教員の需給バランスに左右されかねない各自治体に委ねるのではなく、教育職員免許法・施行規則に基づいた国家による統一的な資格試験として実施すべきです。資格試験の導入によって法規上の整合性が担保され、これによって大学での教員養成、資格付与、採用という選抜機能がより公正・公平に機能することが期待されます。

資格試験の導入に基づく教員の国家資格化に関する議論が高まれば、今回の茨城県の教員採用の変更は「パンドラの箱」をこじ開けたものとして歴史的に評価されるものとなるかもしれません。


[1] https://kyoiku.pref.ibaraki.jp/post-31371/

[2] https://ibarakinews.jp/news/newsdetail.php?f_jun=17217430983646

[3] https://news.yahoo.co.jp/articles/b020877c29ab80bb6ac3b44d183a00fb7b46bd13

[4] https://ibarakinews.jp/news/newsdetail.php?f_jun=17217430983646

 
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