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女性大統領候補に対する米国民の真意とは 「本音」を引き出す調査のデザイン 10年で女性大統領候補へのバイアスは半減 女性大統領誕生に嫌悪感を持つのは誰? 依然として高い、女性がトップに立つ障壁 |
女性大統領候補に対する米国民の真意とは
米国では建国以来、いまだ女性が大統領に選ばれたことがない。2016年の大統領選挙において、ヒラリー・クリントン氏が米国で初めて主要政党から指名を獲得した女性大統領候補となった。ご存知の通り、クリントン氏は、共和党から立候補するドナルド・トランプ氏を得票数では上回ったものの、獲得した選挙人数が下回り、大統領選挙で敗北した。米国において女性が大統領に就任するという夢がまた一歩遠のいた。
クリントン氏がこの選挙で敗北した一つの要因として、米国民の間で女性候補者に対するバイアスが存在していたことが考えられる。人々の中に「女性は大統領に向かない」「女性よりも男性のほうが大統領に適している」といった偏見があり、それが投票に影響を与えた可能性がある。
米国民に女性大統領候補に投票する意欲がどの程度あったのか。女性大統領に対する国民のバイアス、その真意とは?それを解き明かすために、近年多くの研究が行われているが、ここでは、2016年の大統領選挙直前において、サーベイ実験により検証した結果を紹介しよう。
「本音」を引き出す調査のデザイン
世論調査を通じて国民に直接質問し、女性大統領を受け入れるかどうかを計測・評価することは非常に困難なタスクである。なぜなら、調査において回答者は社会的に望ましい回答をしようとする傾向があり、大統領職に女性が就任することに反対する回答者は、一般的な社会規範に屈して、女性大統領を支持する意思があると偽って報告する可能性があるからだ。つまり体裁を気にして、本音を隠しがたる。
このようなデリケートな質問に対する真の態度を回答者から引き出すためには、直接賛否を尋ねるのではない、別の方法が必要である。そのための選択肢のひとつが、「リスト実験」と呼ばれる手法である。
リスト実験では、回答者にいくつかの項目を示し、そのうち「どれが」好ましくないと感じたかではなく、「いくつ」好ましくないと感じたかを尋ねる。回答者は直接的な答えを問われないため、より本音で答えやすくなる。また、回答者を無作為に2つのグループに分け、半数の回答者には一般的な項目のリストを示し、残りの半数には同じ項目からなるリストにデリケートな項目を追加する。
例)
グループ1
以下のうち、好ましくないと感じるものはいくつありますか?
・運転時のシートベルトの着用を義務付ける
・大企業による環境汚染
・路上喫煙
・プロ野球選手に高額年俸が支払われる
グループ2
以下のうち、好ましくないと感じるものはいくつありますか?
・運転時のシートベルトの着用を義務付ける
・大企業による環境汚染
・路上喫煙
・プロ野球選手に高額年俸が支払われる
・女性が大統領に就任する
そして、両者のグループの間で回答者によって選択された項目の「数」の平均値の差が、デリケートな項目を好ましくないと感じた回答者の割合の推計値となる。例えば上の問いで、グループ1の平均値が3、グループ2の平均値が3.5であれば、5割の人が「女性が大統領に就任する」ことを好ましくないと感じていることになる。このようにリスト実験は、回答者が社会規範に反するような意見や態度を非公開にできる一方、研究者は社会的望ましさによる誤差を小さくすることができるという仕掛けになっている。
リスト実験自体は、James Kuklinskiらが1997年の人種意識に関する研究において初めて政治学に導入したものであるが、それをMatthew Strebら4人の研究チームが女性大統領に対する意識調査に応用し、2006年に米国で実施した。
そこから10年、筆者を含む3人の研究チームは、2016年の大統領選直前に同様の実験を再びオンライン調査にて実施した。回答者は米国人有権者1,578名である。この実験では、4つの一般的なトピック項目を提示したグループと、それら4つに加えて、1つのデリケートなトピック項目を提示したグループの2つが存在する。このうち回答者がどちらのグループに属するかは、回答開始時点で無作為に決められる。実験の詳細については、本論考のもととなっている学術論文(Burden, Ono, and Yamada 2017)を参照されたい。
10年で女性大統領候補へのバイアスは半減
表1は、2016年の実験結果と2006年の実験結果を比べたものである。結果を大まかにまとめると、女性大統領に反対の態度を示す回答者の割合は、2006年から2016年の10年間で、26%から13%に半減している。「女性が大統領に就任する」というデリケートな項目をリストに含めなかった場合の回答者たちの平均選択項目数は、両者の調査でほぼ同等であることから、この変化は、女性大統領候補に対する国民のバイアスが大幅に軽減したことによるものと考えられる。
表1 リスト実験の結果(単純集計)
|
平均回答項目数 |
両者の差 |
推計される割合 |
|
|
デリケート項目なし |
デリケート項目あり |
||
2016年 |
2.17 |
2.29 |
0.13 |
13% |
2006年 |
2.16 |
2.42 |
0.26 |
26% |
Burden et al. (2017) 及びStreb et al. (2008)をもとに筆者作成
女性大統領誕生に嫌悪感を持つのは誰?
それでは、回答者のうち誰がどの程度強く女性大統領候補に反対しているのだろうか?筆者らは2006年当時にはなかった新しい分析ツールを使って、回答者の性別や支持政党などの特性ごとに(その重複を考慮に入れつつ)「女性が大統領に就任する」ことに反対する人の割合を推計した。その結果が図1である。
図1 リスト実験の結果(多変量解析による女性大統領に反対する人の割合の推計値)
Burden et al. (2017)をもとに筆者作成
この図は、女性大統領に反対する回答者の割合の推定値を、回答者の特性ごと示している(横線は95%信頼区間を表す)。まず、男性の方が女性よりも女性大統領に反対であり、その差は13.1ポイントと比較的大きいことが分かる。興味深いことに、若年層ほどリベラルな思考を持ち、女性大統領を容認すると一般に考えられるかもしれないが、実際には若年層ほど女性大統領に反対する傾向がある。政治政党ごとによる違いについては、共和党支持者の方が民主党支持者や無党派層よりも女性大統領に反対する傾向が強く、それぞれ17.4ポイント、12.4ポイントの差があることが推定される。
社会階層について意外に思われるかもしれないが、「上流階級」を名乗る人たちは「下流階級」の人たちよりも女性大統領に敵対的である。社会階級とイデオロギーには正の相関があり、自らを上流階級とみなす保守派は、女性大統領の誕生が自分たちのイデオロギーにとってどのような意味を持つかについて、より懐疑的であることが伺える。
このほか、人種やエスニシティについて、ヒスパニック系は白人や黒人よりも女性大統領に反対するであろうと考えられたが、そのような差異は見られなかった。また、居住地域による違い(保守的な南部地域であるか否か)もほとんど見られなかった。
読者の中には、ここで提示した結果が、女性が大統領になることについての一般的な見方を示しているというよりも、当時最も有力な女性大統領候補であったクリントン氏個人に対する見方(いわゆる「ヒラリー効果」)を示しているだけだと思われる人もいるかもしれない。しかし、クリントン氏に対する好感度の指標を分析に加え、その影響を取り除いても、結果はほぼ変わらなかった。
依然として高い、女性がトップに立つ障壁
2006年に行われたリスト実験を再展開した結果、公職に就こうとする女性にとって重要な政治的変化を示す2つの含意が得られた。1つは2006年から2016年の10年間で米国民の間で全体として女性大統領に対する敵意は弱まったこと。もう1つは、女性大統領誕生に対する抵抗の度合いは属性によってバラバラで、民主党寄りの有権者グループが最も低く、その他のグループではほとんど変化していないこと。つまり、民主党寄りの有権者グループ以外は、いまだ女性大統領候補者に対するバイアスを持ち続けていることが明らかになった。こうした結果が、2016年の大統領選挙において、クリントン氏の敗北に結びついたと考えられる。
2020年の米国大統領選挙では、共和党のトランプ大統領に対して、民主党から立候補したジョー・バイデン氏が対峙し、勝利した。その際、民主党副大統領候補に指名されたのがカマラ・ハリス氏である。ハリス氏は、初の女性副大統領となった(同時に初のアフリカ系・アジア系副大統領でもある)。次の2024年の大統領選挙はいったいどのようになるのであろうか。ハリス氏あるいは他の女性政治家がもし大統領を目指して選挙に立候補した場合、勝利する可能性はあるのだろうか。
筆者は、2020年の選挙戦においてハリス氏が女性であることへの注目が、クリントン氏の時と比べて低い印象を受けた。それは大統領職を目指した場合と、より補佐的な地位に留まる副大統領職を目指した場合とで、有権者のバイアスが異なるせいである可能性を示している。つまり、女性政治家が大統領職を目指した場合、政治家の性別に国民の注目が集まり、反発が大きくなるのではないかと考えられる。
筆者が日本で行った実験結果では、ある政治家が議長・副議長としてうまく議会を運営できるかどうかを有権者に問うたところ、提示した政治家が男性であるか、女性であるかによって、回答結果が大きく変わった。議長に比べて副議長の場合、女性政治家の方が男性政治家よりもうまく議会を運営するだろうという回答が多かったのである。この結果は別の論考で詳しく紹介する予定であるが、このようにポジションによって有権者の反応が変わり、女性政治家が大統領などのリーダー的ポストを目指すことに対する障壁は、依然として高いと考えられる。そうした有権者のバイアスや態度を今後どう変えることが出来るのか、さらなる研究が必要である。
最後に、米国同様に、日本においても、女性が首相に就任したことはこれまで一度もない。日本国民の間で、女性首相に対する反発はどの程度あるのだろうか。日本国民が女性首相をどのように捉えているのか、そして女性政治家に対してどのようなステレオタイプを抱いているのか。筆者らが行った研究結果をもとに、続編のReviewで詳しく明らかにする。
参考文献
Barry C. Burden, Yoshikuni Ono, and Masahiro Yamada. (2017). “Reassessing Public Support for a Female President.” Journal of Politics 79 (3): 1073 – 1078.
Kuklinski, James H., Michael D. Cobb, and Martin Gilens. 1997. “Racial Attitudes and the ‘New South.’” Journal of Politics 59:323-49.
Streb, Matthew J., Barbara Burrell, Brian Frederick, and Michael A. Genovese. 2008. “Social Desirability Effects and Support for a Female American President.” Public Opinion Quarterly 72:76-89.