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社会科学領域におけるジェンダー研究の動向:政治学、経済学、社会学、心理学… どのようなテーマでジェンダー研究が行われてきたのか?
November 18, 2022
このレビューのポイント
□論文誌のデータベースであるWeb of Scienceを用いて、社会科学分野(政治学、経済学、社会学、心理学)の学術研究誌に掲載されたジェンダーに関する論文の書誌情報を大量に収集した。
□1970年以降に英語で出版された論文のうち、タイトルにwomenまたはgenderという単語が含まれる論文数とその割合を、社会科学の分野ごとに集計した。いずれの分野においても、それらの論文は増加傾向にあることが明らかになった。
□次に、それらの論文の要旨を計量的に分析することで、研究内容の特徴を分野間で比較した。そこからは、政治学では選挙や公的機関における代表に関する傾向、経済学では雇用や就業に関する傾向、心理学では身体、意識に関する傾向、そして社会学では家族や家庭の経済状況に関する傾向がみられた。
□さらに筆者の専門分野である政治学の論文を詳細に見ていくと、投票行動やデモ活動、公的組織における代表性に関するものが出版されていることが分かった。こうした研究動向の変化は、SNSデータや地理データなどの研究資料上の変化を反映している可能性がある。
R-2022-071
・イントロダクション ・タイトルに「women」「gender」が含まれる論文の掲載割合 ・分野ごとのジェンダー研究における違い ・政治学分野におけるジェンダー研究 ・まとめ |
■イントロダクション
社会科学領域において、ジェンダーをめぐりどのような研究が行われ、研究トピックにどのようなトレンドが見られるのだろうか。
本稿では、世界の学術論文情報を収録するデータベースを用いて、社会科学領域(政治学、経済学、社会学、心理学)の学術研究誌に掲載されたジェンダーに関する学術論文のデータを大量に収集し、分野ごとの論文掲載数・割合の推移を計算する。そして、収集した論文データから要旨情報を抽出し、統計学を用いた計量テキスト分析を行うことで、分野ごとの研究テーマの傾向を抽出する。さらに、筆者が専門とする政治学分野に焦点を当てて、政治学におけるジェンダー研究の分析対象の変遷を明らかにする。
■タイトルに「women」「gender」が含まれる論文の掲載割合
本稿は論文誌のデータベースであるWeb of Scienceを用いて、1970年から2021年にかけて英語で出版された論文のうち、タイトルにwomenまたはgenderという単語が含まれる論文の書誌情報を4つの分野(政治学、経済学、社会学、心理学)ごとに収集した[1]。掲載年ごとの各分野の掲載論文割合は図1で示すとおりである。
図1 womenまたはgenderがタイトルに含まれる論文の掲載割合(1970-2021年、分野ごと)
出所:Web of Scienceより集計
図1が示すように、いずれの分野においても、タイトルに「women」「gender」が含まれるジェンダー関係の論文の掲載割合は1970年ごろには1%未満の水準にとどまっていたが、徐々に増加傾向にある。特に顕著なのは社会学であり、1990年代以降は5%以上を占めている。その他の分野についても次第に増えていることが明らかになった。
■分野ごとのジェンダー研究における違い
分野ごとに論文の掲載割合が異なる推移を示していることが明らかになったが、それらの論文で研究対象とするテーマは、質的にどのように異なるだろうか。次に、計量テキスト分析と呼ばれる、統計学に基づく計算処理によって文字情報を分析する手法[2]を応用し、各分野の特徴を推定した。具体的には文書ベクトル(Le and Mikolov, 2014; Levy and Goldberg, 2014)と呼ばれる分析手法を応用し、複数領域の論文の要旨を同一空間に埋め込むことで、分野ごとの研究関心の特徴を推定した。
その際に各論文を単位とする点と文章内の単語を同時に埋め込んだうえで線形判別分析を行うことで、分野ごとに特徴的な語彙を抽出した[3]。なお、埋め込まれた単語は、前処理時に語幹のみを抽出している。そのため、governmental, governmentなどの言葉は同じ言葉として統計上処理される。これらの分析結果を図2に示す[4]。
図2 社会科学領域におけるジェンダー研究の分野間の差異
出所:Web of Scienceより集計した要旨に対して計量テキスト分析を実施した。その際、視認性の観点から埋め込んだ単語の位置は5分の1に縮尺を調整している点に注意されたい。箱ひげであらわした各分野の文書の分布と、付近に埋め込まれた語彙から各分野の特徴を推定できる。
図2からは、政治学(political science)ではelect(選挙), represent(代表), candid(候補者) などの言葉が示すように、選挙や公的機関における代表に関するジェンダー研究が行われていることがわかる。経済学(economics)はwage(賃金), income(収入), labor(労働)など雇用や就業におけるジェンダー研究が他の分野とは異なって特に行われていることがわかる。心理学(psychology)についてはpatient(患者), stress(ストレス), group(集団)などの言葉が示すように、身体、意識に関する研究や、ジェンダーに基づく推定が行われていることがわかる。社会学特有の表現としては、family(家族), affluent(裕福な)など家庭や家庭の経済状況との関連でジェンダー研究を行っている傾向がみられる。
4つの分野のうち、最も図の中心に位置する分野は社会学(sociology)である。これは社会学領域で出版された論文が、他領域にも関連するテーマを分析対象としていることを意味していると考えられる。また、横軸、縦軸の基準や周辺語彙から推定される洞察として、社会学、政治学、経済学におけるジェンダー研究はサーベイ実験(実験要素を盛り込んだ社会調査)や社会現象の観察を含むのに対して、心理学は病理や発達過程に関する医学に近い分野も含んでいるため、方法論や分析対象に違いが生じている可能性が示唆された。
■政治学分野におけるジェンダー研究
上記を踏まえ、さらに筆者の専門とする政治学分野の論文について、計量テキスト分析を行った[5]。具体的にはワードクラウド(文章中で出現頻度が高い単語をその頻度に従って大きさで表現する手法)と構造トピックモデル(Roberts et al. 2014)という2つの手法を用いた。分析対象としたのは政治学の英語の論文で、タイトルにwomenまたはgenderという言葉が含まれる論文で、なおかつ要旨が収集可能だったデータは1991-2021年の間で3801本である。ワードクラウドや構造トピックモデルを行うために、前処理では単語の文章における登場頻度をもとに行列(文書行列)を作成した。
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ワードクラウドによる可視化
ここでは上述した文書行列からワードクラウドを作成した。分析対象とした論文の出版時期は、6本のみを収録する1991年を除き、1992年から2021年までの30年間を、5年ごとの年代情報を示す6期間に分割した。結果を図3で示す。
図3 政治学におけるジェンダー研究での頻出語彙の変化(1992-2021年)
出所:Web of Scienceより年代ごとに集計し、算出
図3が示すように、要旨の中にwomenやgenderという言葉が頻度の高い言葉として抽出されているが、これはタイトルにこれらの言葉が含まれた論文を分析対象としているため、自明である。
6つのすべての期間においてrepresentation(代表), candidate(候補者), equality(平等), gap(格差)などの言葉が普遍的に表れており、政治学の論文では選挙や代表性が注目されてきたことがわかる。
また、1992年から2001年にかけてはsurveyという言葉が登場し、サーベイ手法を用いた量的研究が進められたことが示唆される。2012年以降はsocial, local, feministなどの言葉が示すように、社会運動やデモなども研究対象となっていることがわかる。
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構造トピックモデル(Structural Topic Model、STM)による分析
次にどのような研究が時代ごとになされていたかを構造トピックモデル(Roberts et al. 2014)を用いて分析する。この手法は事前に決定したトピック数をもとにテキストデータの内容をトピック(単語の集合で示す)として抽出する手法である。
ここではこの構造トピックモデルを用いて、同様のデータを分析した。トピック数の決定に関しては関連指標のシミュレーションをもとに85と推定した。以下では85のトピックのうち、占める割合が高い上位の6トピックについてトピックを構成する単語とともに図4に示す。
図4 政治学におけるジェンダー研究の上位6トピック
出所:Web of Scienceより収集したデータを分析
図4より、それぞれのトピックを次のように解釈した。
トピック20:選挙における女性立候補者に対する有権者の投票行動に関する研究
トピック61:サーベイ実験を用いた投票行動に関する研究
トピック6:世代間の有権者の投票行動の差異に関する研究
トピック73: 女性議員の得票率に関する研究
トピック79: ジェンダー関係のデモ活動に関する研究
トピック47: 軍隊や組織内のジェンダーに関する研究
分析結果からは、選挙や投票行動に関する個人レベルを対象とした研究の割合が高いことが分かる。また、トピック79のようにジェンダーを巡る問題意識をもとに行われたデモ活動に関する研究もおこなわれていることがわかった。図4の分析は、時期区分をせずに行ったが、実際には年代ごとに異なる傾向がみられる可能性がある。そこで、図5ではそれぞれのトピックの時系列的な変遷を推定した。
図5 政治学におけるジェンダー研究のトピックの変遷(1991-2021年)
出所:Web of Scienceよりトピックの時期による変遷を算出
図5より、トピック6(世代間の有権者の投票行動の差異に関する研究)は1990年代以降に減少し、トピック79(ジェンダー関係のデモ活動に関する研究)は2015年以降、次第に増えている。これは、デモ活動をSNSデータや地理データなどを用いて分析することが容易になるなど、研究資料上の変化を反映している可能性がある。その一方でトピック20、61、73、47は比率においては大きな変化は見られない。ここから、政治学におけるジェンダー研究では、分析とする対象そのものに関しては大きな変動が少ないことが示唆される。
■まとめ
本稿では、社会科学の領域で行われてきたジェンダーに関連する研究の学術論文情報を収集し、対象とされる分析テーマの傾向を計量的に分析した。図1が示すように、ジェンダー関連研究の割合は、社会科学4分野のうち、社会学で特に高く、社会学者の間で最も大きな関心が寄せられていることが分かった。ただ、政治学、経済学、心理学においても、1%から3%ほどの割合を占めていることが明らかになった。
次に計量テキスト分析を用いて、研究対象テーマを分野ごとに抽出した。政治学は選挙や公的機関における代表性、経済学は労働・雇用、社会学は家族や家庭の経済状況、心理学は身体や意識に関する研究が主に中心的に行われていることが明らかとなった。
最後に本稿は政治学に分析対象を絞り、そこで扱われてきたテーマの変遷を追跡した。ジェンダーに関連して、政治学では、投票行動のメカニズム、世代間の投票行動の差異、デモ活動、公的組織における代表性などに取り組む論文が出版されていることが明らかとなった。また、研究手法として、新たな形式のデータ(SNSデータや地理データなど)を用いる研究も登場したことが示唆された。
参考文献
日本語
樋口耕一(2014)、『社会調査のための計量テキスト分析―内容分析の継承と発展を目指して』ナカニシヤ出版。
御器谷裕樹、持橋大地(2022)、「文書ベクトルを用いた中国共産党のイデオロギーの分析」電子情報通信学会NLC(言語理解とコミュニケーション)研究会、信学技報 vol.121、no.415、 NLC2021-32、pp.24-29。
英語
Barnett, C., FitzGerald, M., Krumbholz, K., & Lamba, M. (2022). Gender Research in Political Science Journals: A Dataset. PS: Political Science & Politics, 55(3), pp.511-518.
Le, Q., & Mikolov, T. (2014). Distributed representations of sentences and documents. International conference on machine learning, Proceedings of Machine Learning Research, 32(2), pp.1188-1196.
Levy, O., & Goldberg, Y. (2014). Neural word embedding as implicit matrix factorization. Advances in neural information processing systems, 27(2), pp.2177–2185.
Roberts, M. E., Stewart, B. M., Tingley, D., Lucas, C., Leder‐Luis, J., Gadarian, Shana, K. Albertson, B. & Rand, D. G. (2014). Structural topic models for open‐ended survey responses. American journal of political science, 58(4), pp.1064-1082.
Roberts, M. E., Stewart, B. M., & Tingley, D. (2019). stm: An R package for structural topic models. Journal of Statistical Software, 91(1), pp.1-40.
ホームページ
quanteda-textplot_wordcloud<https://quanteda.io/reference/textplot_wordcloud.html>2022年8月26日最終アクセス。
データベース
Web of Science<https://clarivate.com/ja/solutions/web-of-science/>慶應義塾大学メディアサービスKOSMOSよりアクセス、2022年3月13日。
[1] それぞれPolitical Science、Economics、Sociology、Psychologyである。なお、そのうち要旨情報がデータベースに記録されている論文の割合は、政治学は29.7% (3801本)、経済学は58.2% (5535本)、社会学は39.8% (7914本)、心理学は50.2% (4299本)であった。
[2] 樋口によれば計量テキスト分析とは、「計量的分析手法を用いてテキスト型データを整理または分析し、内容分析(content analysis)を行う方法」である(樋口、2014:15)。
[3] 詳細な実装については御器谷、持橋(2022)を参照されたい。
[4] 視認性を高めるために2次元に埋め込み、表示する単語はTFIDF上位語に設定した。
[5] 政治学におけるジェンダー研究の出版数に関する近年の動向についてはBarnett et al. (2022)によるレビュー論文が詳しい。本稿では出版された論文の内容を計量的に分析することを主眼とする。