R-2023-022
1. 韓国におけるジェンダー格差 2. 教育分野でのジェンダー格差 3. 韓国における出生率・婚姻率の停滞 4. ジェンダー平等の実現における障壁 5. ジェンダー平等を目指して |
現在、日本や韓国では、さまざまな分野におけるジェンダー格差が深刻な問題となっている。例えば、日本の衆議院における女性議員の割合は約9.7%、韓国では女性議員の割合は約19.1%。世界の平均値である約25%と比べると、どちらの国も大きく下回っている。
では、このようなジェンダー格差は、なぜ生じているのだろうか。この格差はどのような帰結をもたらすのか。今回、尾野嘉邦研究主幹が、Min Hee Go准教授(梨花女子大学校)とYesola Kweon助教授(成均館大学校)から、日本と韓国の共通点や違いを踏まえながら、韓国が抱えるジェンダー問題、そしてその展望について話を聞いた。 (以下、敬称略)
1. 韓国におけるジェンダー格差
尾野:日本におけるジェンダー格差の問題は深刻です。韓国でも、日本と同様に大きなジェンダー格差が存在すると伺いました。その現状について聞かせてください。
Go:まず韓国におけるジェンダー格差として、経済における格差が挙げられます。韓国はOECD諸国の中でも男女間の賃金格差が最も大きく、男性に比べ女性の経済状況は非常に不安定であると言えます。2021年の韓国における男女間の賃金格差は、31.1%を記録しました[1]。換言すると、これは女性が男性の68.9%ほどの賃金しか得られていないことを意味します。この韓国の賃金格差は、日本の22.1%の賃金格差よりも大きいものです。
賃金格差に加え、雇用率の格差も指摘する必要があるでしょう。韓国における男女間での雇用率の格差は、16〜17%です[2]。女性と比較した場合、男性は20%ほど雇用されやすいということになります。さらに管理職層で見てみると、ジェンダー格差はより深刻です。女性の管理職の割合は16.3%で[3]、女性CEOの割合はずっと低いです。
Kweon:賃金と雇用に加え、女性の職場復帰の難しさも経済状況における格差の要因として考えられます。若年層における男女間の雇用率の差は、そこまで大きくありません。しかし、この差が顕著になるのは、女性が結婚したり、子どもを出産したりした時です。これらのライフイベントが、女性のキャリアに大きな空白を作る原因となっています。そのため、多くの女性は出産を終え、職場に復帰する際、専門的な仕事を再開することが困難な状況に直面するのです。男女間の雇用率の違いのみを見るのではなく、女性の職場復帰や昇進の実態にも目を向ける必要があります。
Go:若年層の女性の雇用率は男性とあまり変わらない一方、高齢層の女性の雇用率は比較的高いです。韓国では、女性は育児に区切りがついた後、仕事に就かなければ生活が厳しい状況にあることが考えられます。実際に高齢層の女性の貧困率も高くなっています。さらにこれらの仕事の多くが、必ずしも正規雇用ではないため、女性の経済状況は不安定なものになっているのではないかと思われます。
2. 教育分野でのジェンダー格差
尾野:近年、韓国では多くの女性が大学に進学しているようですね。
Kweon:その通りです。韓国では男性より多くの女性が大学を卒業しています。スキルの面では、男女間の格差は縮まっているのではないでしょうか。
Go:おっしゃるとおり、男女間における大学進学率の差は、徐々に縮小しています。2020年の女子生徒の進学率は81%で、男子生徒の76.4%よりも高いと言えます。しかし、これは男性と比べ、女性の方がより長い教育を受けているということを必ずしも意味しません。一般的に、男性の方が女性より長く教育を受けています。1980年における男性の平均教育年数は8.7年、女性は6.6年。2020年では、男性の平均教育年数は13年、女性は12年となっています。つまり、韓国においては、多くの女性が大学へ進学してはいるのですが、全体的に見ると男性の方がより長く教育を受けているのです。
Kweon:韓国では、多くの女性が大学へ進学するようになり、良い企業に就職できるようになりました。従来、労働市場は男性間の競争であったものが、大卒女性も参入し、性別に関係なく競争しなければいけない状況へと変化しています。この競争の激化に対して、特に若年層の男性は強い危機感を感じているようです。そのため、韓国ではジェンダー問題が政治化されており、その注目度は高まっています。
一方、日本では、ジェンダー問題はあまり議論されていないように見えます。韓国も日本も似たようなジェンダー問題に直面しているにもかかわらず、この問題の議論のされ方が異なっているようで、この点は非常に興味深いと思います。
Go:韓国の教育分野でのジェンダー格差を考える上では、都市部と農村部における格差についても指摘しておかなければなりません。現在、多くのリソースが首都のソウルに集中しており、都市部と農村部の間でさまざまな格差が存在しています。女性の進学率が上昇傾向にある中、農村部の女性は大学へ進学することができず、高等教育へのアクセスも限られている状態にあります。この問題は、他の問題とも関係しているかもしれません。実際にソウルにおける出生率は0.6ほどで非常に低い一方、都市部以外での出生率は少し高くなっています。
都市部以外の女性の進学や就職、結婚や出産などについても、今後詳細に調査をしていかなければいけないと考えています。
3. 韓国における出生率・婚姻率の停滞
尾野:出生率は日本と韓国でかなり異なっているようですね。日本の合計特殊出生率は低いのですが、その日本と比べても、韓国の出生率はさらに低いです。韓国では、なぜそれほどまでに低いのでしょうか。
Go:確かに日本の出生率は徐々に低下している傾向が見られますね。韓国の出生率は、2000年と2015年を境に急落しています。多くの理由が考えられますが、90年代に経験した金融危機が大きな影響を与えたのではないかと思います。この金融危機の後、韓国は経済的に回復したものの、出生率はいまだに回復できていません。政府が適切なタイミングで、出生率の低下に対して対応できなかったのではないでしょうか。
尾野:日本政府は、子ども・子育て政策に対する予算を増額する考えを示しました。しかし、具体的にどのような支援を提供するべきか、まだまだ手探りの状況であるように見えます。
Kweon:そうですね。政府は女性を「出生のためのもの」と見なしているのではないかと思います。つまり、政府は出生率の低下について対策を講じようとしているのですが、女性の権利について何らかの改善を行おうとはしていないということです。安倍政権や岸田政権は、出生率や女性の雇用率を高めるためにさまざまな政策を行ってきました。韓国政府も同じです。しかし、これらは必ずしもジェンダー平等の実現に資するものではないという印象です。確かに、女性の労働参加率は安倍政権下で大幅に高まったと言えると思います。しかし、これらの女性が就く職業の多くは非正規雇用です。今後、政府は、人口的な観点のみではなく、ジェンダー的な観点から政策を打ち出す必要があるのではないでしょうか。
Go:日本と韓国では、子育てという行為がジェンダー化されている問題もあると思います。子育ては主に女性の仕事と考えられており、女性に経済的・身体的な負担のみでなく、精神的にも大きな負担を強いるものになっています。つまり、子育ては女性のコミットメントが前提とされていて、それが女性へのプレッシャーとなっている可能性が考えられます。そういった子育てに伴う負担やプレッシャー、そして子育てがジェンダー化されているという状況が、女性が結婚や出産を忌避する理由かもしれません。
尾野:韓国における結婚は、どのような状況なのでしょうか。
Go:初婚年齢は顕著に高くなっています。女性の平均初婚年齢は約31歳、男性の平均初婚年齢は約34歳です[4]。韓国は近代化を遂げてきましたが、結婚という制度に関してはいまだに伝統的な価値観が残っていると思います。単純にパートナーとの同棲が始まるというわけではなく、多くの人々は経済面などでしっかりとした準備を整えた上で、結婚する必要があると考えているのだと思います。
Kweon:就職に対する不安や住宅の確保に対する不安が、晩婚化の要因となっているかもしれません。特にソウルの家賃や物価は非常に高く、賃金がそれに伴って上昇していない状態です。ソウルで3人から4人家族が住むためのアパートを探すことは、アメリカなど他の国と比べ、非常に困難なものと言えるでしょう。韓国の若年層は、リスク回避的で、これらの不安要素を解消した後に結婚をするべきであると考えているようです。若年層が経済状況などについて多くの不安を抱いている現在の韓国社会では、結婚して安定した家庭を築き上げることは難しいと考えられているのではないでしょうか。
4. ジェンダー平等の実現における障壁
尾野:韓国では、大統領選挙の際にジェンダー政策に対するバックラッシュ(世論の反発)があったと伺いました。それについてはいかがでしょうか。
Kweon:私の最近の研究[5]では、まさにクオータ制に対するバックラッシュについて検証しました。その研究で実施した調査によると、若年層の男性は、現在のジェンダー格差を過去の世代の人々が生み出した問題だと考える傾向があり、自分たちがクオータ制によって不遇を受けることに対して不満を抱えているようです。この調査で、回答者になぜクオータ制に反対するのかについて自由記述で尋ねたところ、若年層の男性は「逆差別」という単語を頻繁に使用していました。特に若年層の男性は、クオータ制を自分たちにとって不公平な制度だと認識している可能性があります。
Go:格差是正に対して逆差別を強調する言説はよく見受けられますよね。アメリカでも人種的マイノリティに対するアファーマティブ・アクションの公平性が議論の俎上に上げられていました。
Kweon:ここで指摘しなければならない点は、クオータ制が必ずしも女性のみを対象としたものではないという点です。実際に、韓国の小中学校では女性教員が圧倒的に多いため、男性教員の増加を目指したクオータ制の導入について議論されたこともありました。しかし、クオータ制は女性のための制度という認識が強いようです。
もう一つ重要な点は、多くの若年層の女性がクオータ制に対して否定的な意見を持っているという点です。これらの女性は、クオータ制の導入が女性に対する偏見を助長する可能性や自身の評価に負の影響を与える可能性を危惧しているようです。
Go:多くの人々は、クオータ制を女性と結びつけている傾向があるのではないでしょうか。韓国では、クオータ制を「両性平等」と呼ぶか、「性平等」と呼ぶかについての論争もありました。政府は、クオータ制が男性と女性両方のための制度であることを強調する必要があります。
尾野:非常に興味深いですね。日本では、クオータ制の導入について議論はされていますが、選挙においてこの制度は採用されていません。
Go:なぜ日本においてクオータ制の導入が遅れていたり、女性政治家が少なかったりするのでしょうか。
Kweon:クオータ制の採用が遅いのは、自民党の長期政権が理由なのですかね。自民党の多くの議員がジェンダー政策に対して保守的であるように見受けられます。
他の問題として、選挙制度が挙げられると思います。日本では、小選挙区比例代表並立制が採用されていますよね。重複立候補している候補者は小選挙区で落選したとしても、名簿で上位に登録される場合、比例代表で復活当選することができます。しかし、女性候補者や新人候補者が名簿の上位に登録されることは多くはないようです。
韓国でも小選挙区比例代表並立制が採用されています。しかし、韓国では、クオータ制により、比例代表の50%は女性の候補者でなくてはいけません。また、比例代表で当選した候補者は、それ以降の選挙では、比例代表ではなく、小選挙区で再選されなければいけません。そのため、日本の比例代表制は、既に当選経験のある候補者のために機能している一方、韓国の比例代表制は女性候補者や新人候補者にとって登竜門ともいうべき重要な制度になっているのですよね。ただ、現在、韓国でも女性議員の比率は約20%で停滞しており、今後どうすべきか、さらに検討する必要があります。
尾野:韓国では、比例代表のクオータ制はいつごろ導入されたのでしょうか。
Kweon:2004年の総選挙が、クオータ制の導入後、初めての選挙でした。この選挙によって、女性議員の議席占有率は、約6%から約14%まで増加しました。その後は停滞していますね。
尾野:クオータ制が導入される際、反対などはあったのでしょうか。
Go:反対はありましたが、市民団体の働きかけによって、ジェンダー平等が大幅に促進されました。左派政権の誕生を契機に、2001年に女性部(Ministry of Gender Equality)が設置され、2004年にはクオータ制導入後、初の選挙が行われました。大統領や議会の役割も大きかったのは確かですが、1990年代に女性の市民団体やNGOが活発に運動し続けたからこそ、これらの改革は実現されたのだと思います。
Kweon:市民団体の役割は、重要な点ですね。韓国において市民団体は、政治と密接に関係しており、女性の政治的な権利を主張することで、政治過程に大きな影響を与えていると言えます。実際に韓国では、女性部の設置とクオータ制導入後、ジェンダーや女性にまつわる数百もの法案が提出されました。女性が直面する問題を政治化し、政治的な権利を獲得するという点において、市民団体の役割は非常に重要なものであると考えます。
5. ジェンダー平等を目指して
Go:日本でもジェンダー平等を目指す政治家、活動家、学者の方がいらっしゃいますよね。実際に地方議員へのハラスメント対策を講じる動きがあると伺いました。また、ジェンダー問題を活発に報道する女性のジャーナリストの存在も大きいでしょう。
このように政治分野のみでなく、メディアや労働市場など、さまざまな場面で女性が代表としての役割を担う機会が増えることは、非常に重要なことだと感じます。女性が代表することで、ジェンダー格差が喫緊の問題であることを世間に周知し、社会全体の認識を根本的に変えることができるのではないかと思います。
尾野:韓国におけるジェンダー平等は、今後どのようなものになっていくでしょうか。
Kweon:現在、韓国ではジェンダー問題に関する政治的対立は深まっていますが、私はこのことを肯定的に捉えています。なぜかというと、このような政治的対立が、ジェンダー問題を顕在化し、ジェンダー不平等に関する議論を促進させると考えているからです。特に、私が教える大学の学生たちは、能力もあり、ジェンダー格差について強い問題意識を持っています。将来、彼女たちのような人々がジェンダー問題に対してただ傍観するのではなく、声をあげて変化を促そうとすることで、問題も改善されていくのではないかと期待しています。つまり、ジェンダー格差に対する市民社会の認識は徐々に高まっており、この点に関しては楽観的に捉えられるのではないかと思います。
Go:私は、ジェンダー平等の今後に関して必ずしも楽観的な立場ではなく、かなり曖昧な立場です。というのも、ジェンダー問題に対して少し広い視野で捉える必要があるのではないかと考えているからです。多くのアジア諸国では、ジェンダー以前の問題が数多く存在します。特にこれらの国々において、女性が直面している経済的困窮は、その一つでしょう。つまり、他の国や地域を見てみると、状況がかなり違うわけです。そういった意味で、広い視野で今後ジェンダー問題に対して取り組んでいく必要があるのではないかと考えます。
尾野:今日はどうもありがとうございました。
本座談会は、2023年3月9日に東京財団政策研究所にて行われました。本稿はその模様を要約し、日本語に翻訳したものです。
[1] OECD. 2023. “Gender wage gap (indicator).” (https://data.oecd.org/earnwage/gender-wage-gap.htm. 2023年3月17日閲覧.)
[2] OECD. 2023. “Employment rate (indicator).” (https://data.oecd.org/emp/employment-rate.htm#indicator-chart. 2023年3月17日閲覧.)
[3] OECD. 2021. “Share of female managers.” (https://stats.oecd.org/index.aspx?queryid=96330. 2023年3月17日閲覧.)
[4] Korean Statistical Information Service. 2023. “Mean Age at First Marriage of Bridegroom and Bride for Provinces.” (https://kosis.kr/statHtml/statHtml.do?orgId=101&tblId=DT_1B83A05&vw_cd=MT_ETITLE&list_id=A23&scrId=&language=en&seqNo=&lang_mode=en&obj_var_id=&itm_id=&conn_path=MT_ETITLE&path=%252Feng%252FstatisticsList%252FstatisticsListIndex.do. 2023年3月17日閲覧.)
[5] Kim, Jeong Hyun, and Yesola Kweon. 2022. “Why Do Young Men Oppose Gender Quotas? Group Threat and Backlash to Legislative Gender Quotas.” Legislative Studies Quarterly 47(4): 991-1021.