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「未来の水ビジョン」懇話会8「河川行政の未来ビジョン」
画像提供:Getty Images

R-2022-117

Keynote Speech(概要)
1.知っておきたい流域治水と総合治水の違い
2.ダムの再生〜容量振替でダム再生は安く早く〜
3.河道の流下能力向上〜既設ダムを最大限活用〜
4.利水ダムを洪水調節に活用する
5.質量両面からの水資源の最適化
6.提言:すべての土地は守れないことを共有しつつ既存施設を最大限活かす
さらなる議論

「未来の水ビジョン」懇話会では、気候変動による水災害の頻発化・激甚化が進むなか、新しい治水である流域治水をいかに推進するか、質・量両面からの水資源の最適化について議論を行う。(20221111日 東京財団政策研究所にて)

Keynote Speech(概要)

黒川純一良/「未来の水ビジョン」プログラム懇話会メンバー/公益社団法人日本河川協会専務理事、河川技術者教育振興機構代表理事

 

1.知っておきたい流域治水と総合治水の違い

気候変動の影響による水害の激甚化、頻発化に対応するため、国土交通省水管理・国土保全局は以下の「4本の柱」を掲げている。

出典:国土交通省水管理・国土保全局 令和5年度予算概算要求資料[1]

とくに令和5年度予算概算要求においては、ハード、ソフトの両面から流域治水を推進することに重きを置いている。

では流域治水とは何か。かつての総合治水とは何が違うのか。違いは3つある。

1つ目は雨量。総合治水は10年に1回の雨(時間雨量50ミリ程度)を対象としたが、流域治水は100年に1回の雨(時間雨量100ミリ〜400ミリ程度)を対象とする。

2つ目はエリア。総合治水は都市化に伴う洪水増加を想定したため都市部の特定の河川を対象としたが、流域治水は全国の河川を対象とする。

3つ目は以下に示すように、かつての総合治水に比べて施策が充実した。

出典:国土交通省水管理・国土保全局「流域治水」の基本的な考え方[2]

貯留対象が広がり、利水ダム(発電ダム)の水位をあらかじめ下げて洪水をより多く貯めたり、水田にも水を貯めたりしていく。

また、土地利用規制、誘導、移転促進が政策に盛り込まれた。日本では私有財産である土地に対して公共が制約をかけることは難しいが、長い目で見ると効果が期待できる。一例として環状2号線の米国大使館前から湾岸に至る、いわゆるマッカーサー道路は長らく開通していなかったが、計画から70年経って実現した。治水計画と都市計画が連動することで、土地利用規制、誘導、移転促進は実現できるだろう。

個人的に期待しているのが、ダムの再生、河道の流下能力向上(ダムの暫定操作規則の解消)、利水ダムの洪水調整活用などで以下順次お話しする。

2.ダムの再生〜容量振替でダム再生は安く早く〜

ダムの再生方法は主に4つある。

①既設ダムのかさ上げ(直下流での新設)による容量増加

古いダムほど水を集めやすい好立地にある。ダム上流部がなだらかに傾斜し、谷が狭まり、地形地質もよい。そういう場所にはダムができる以前は人が住んでいることが多く、建設に際し、多い時には数百戸ほどの移転もあった。そうしたダムをかさ上げし、再生利用する。既設ダムの堤体の上琉あるいは下流側に新たな堤体を増設する方法もある。青森県の目屋ダム(旧ダム)では、下流側に津軽ダムを作っている。

②放流能力の向上によるダム容量の有効活用

かつてのダムは発電用が中心だった。発電には位置エネルギーが必要なのでダム内の高場所にある水は必要だが、低い場所に溜まった水は使わない。そのためダム下部には堆砂容量、死水容量がある。この部分に穴を開ける、堤頂にゲートを増設する、地山にトンネル放水路を新設するなどの方策により放流能力を上げる。鹿児島県の鶴田ダム(川内川)ではこの工事が行われた。

③堆砂対策での長寿命化

ダムには砂が流入する。とくに中央構造線上に立地するダムの堆砂が進んでいる。洪水時に流入する土砂をダム湖下流にバイパスすることや、ダム湖上流で貯砂ダムを設置し補捉することによりダム湖に流入し、堆積する土砂量を低減する。

④ダム容量の振替とかさ上げ

治水容量と利水容量の振替えを行う。必要な容量が不足する場合は、かさ上げ、放流能力の増強などを合わせて行う。北海道の既設の発電ダム(雨竜第1ダム・雨竜第2ダム)の利水容量のうち、予備放流水位以上の容量を洪水調節容量に振り替えるとともに雨竜第2ダムのかさ上げを今後行おうとしている。これによって合計約2,500m3の洪水調節容量が確保できる。

2022年41日の時点で、再生事業を実施しているのは33ダム、完了したのは34ダムある。話題にはなっていないが、着実に進んでいる。

だが、効率よく能力アップが図れるダム容量の振替事業は少ない。ダム容量、費用負担は法定計画で厳密に規定されているため、容量を増やす場合、利水安全度の確保、費用負担、原因者の特定など、見直しのハードルが高いためだ。この点をクリアできれば、容量振替によってダム再生は安く早くできる。

3.河道の流下能力向上〜既設ダムを最大限活用〜

ダム下流の河川整備が進まないためのその能力を100%発揮できないダムが全国各地にある。下流に狭窄部などがある場合、仮にダムが最大限放流すると水が溢れてしまう。

たとえば、佐賀県の嘉瀬川ダムの下流には河道の狭い部分があるため、690m3/Sの放流能力があるが、実際には430m3/Sに止まっている。同様に、和歌山県の大滝ダム(紀ノ川)の放流能力は2,500m3/Sだが、下流の整備状況から1,200m3/Sしか放流できない。これを解消するために、ダム下流100kmにわたって河川整備と橋梁の掛け替えが必要だ。大滝ダムは事業費3,640億円をかけて整備し、475戸に移転してもらった。縄文時代からここにあった丹生川上神社上社も移転してもらった。多くの犠牲を払って作ったダムが能力を発揮するために、下流域の河川整備を順次行っていくことが必要である。

4.利水ダムを洪水調節に活用する

2021年度は94ダムで事前放流による洪水調整を行った。事前に放流することでダムに空き容量を作り豪雨に備えた。このうち利水ダムは46ダムだった。信濃川水系犀川(長野県)では813日〜15日に奈川渡ダムなどの3つの利水ダムで、利水運用と事前放流により合計約2,460m3の容量を確保し洪水を貯留し、下流の熊倉地点(長野県安曇野市)での、洪水流量を約3割減らす効果があったと推定される。

こうしたことが可能になった背景には、降雨の予測精度の向上、空振り時の補償措置、ダムの改造や下流整備の進展などがある。課題としては操作規則の整理がある。ダムの運転には厳密な規則があり、それに則って運転が行われている。現行の操作規則を変更して洪水調整を行う場合、誰の責任でどのように行うのか整理する必要がある。

5.質量両面からの水資源の最適化

利水についても触れておく。東京の水は利根川、荒川、多摩川から来る。一部相模川、栃木県の鬼怒川からも来ている。関東8都県にまたがる広域的な水利用ネットワークが形成され利水の安全度は上がった。個別のダム・堰ごとに法定計画に基づく開発水量が定められているが、全体最適になるよう水運用(渇水に強い水運用)が行われている。

だが、水質の面では課題が残る。利根川上流の河川水の水質はよいが、渡良瀬遊水地や霞が浦の水質は良好とは言えず、水質を含めたネットワークを考える必要がある。全国の河川水質における環境基準達成率は93.5%とかなりよくなっているが、湖沼における全リン、全窒素は50%など閉鎖性水域の水質が悪い傾向がある。

また、取水堰の上流に水質汚濁防止法で規制する多くの特定施設が存在するケースがある。たとえば、下水処理場は今後迎える大規模な施設の更新において、水質事故時を含めた水質安定の視点が必要になるだろう。下水道施設の立地は地域でも調整が極めて重要で、下水処理場のすぐ下流に上水道の取水堰があることも多い。

6.提言:すべての土地は守れないことを共有しつつ既存施設を最大限活かす

人口減、人口オーナス、社会が縮小する時代にあって、水の課題をどう考えるか。

社会の要請は常に変化してきた。戦後、水の正義は発電にあり、次に食料増産と水害対策だった。流域内のよい場所に立地する大規模ダムのほとんどは発電目的が中心だった。高度経済成長期になると水道用水、工業用水が正義になり、昭和時代後半から環境が注目され、現在は治水が正義だ。

気象をはじめとする外部条件も変化する。国の予算がないなかで既存施設を最大限活用し、目的も含めて柔軟に見直す必要がある。

まず、土地には自然由来の浸水リスクがあることを社会で共有すべきである。かつては、どの土地も同じように守るべきだと考えていたが、土地固有の水害リスクはある。水害リスクの高い土地を豪雨災害から守るには多額の資金が必要になる。何を優先して守っていくかの合意形成が重要だ。

人為(堤防、川の浚渫、川の拡幅)により治水安全度が変わる場合、水系内で治水安全度が低下するところがあってはならない。「未来の水ビジョン」は、土地利用も含め流域全体を見る必要がある。土地固有のリスクを共有しながら、既存施設をできる限り使って対応していく必要がある。

さらなる議論

ダム排砂について

 

洪水時のダム操作(水位のコントロール)について

河川整備について

 

 

「未来の水ビジョン」懇話会について

我が国は、これまでの先人たちの不断の努力によって、豊かな水の恵みを享受し、日常生活では水の災いを気にせずにいられるようになった。しかし、近年、グローバルな気候変動による水害や干ばつの激化、高潮リスクの増大、食料需要の増加などが危惧されている。さらには、世界に先駆けて進む少子高齢化によって、森林の荒廃や耕作放棄地の増加、地方における地域コミュニティ衰退や長期的な税収減に伴う公的管理に必要な組織やリソースのひっ迫が顕在化しつつある。

水の恵みや災いに対する備えは、不断の努力によってしか維持できないことは専門家の間では自明であるが、その危機感が政府や地方自治体、政治家、企業、市民といった関係する主体間で共有されているとは言い難い。

そこで「未来の水ビジョン」懇話会を結成し、次世代に対する責務として、水と地方創成、水と持続可能な開発といった広い文脈から懸念される課題を明らかにしたうえで、それらの課題の解決への道筋を示した「水の未来ビジョン」を提示し、それを広く世の中で共有していく。

※「未来の水ビジョン」懇話会メンバー(五十音順)
沖大幹(東京財団政策研究所研究主幹/東京大学大学院工学系研究科)
小熊久美子(東京大学大学院工学系研究科)
黒川純一良(公益社団法人日本河川協会専務理事
坂本麻衣子(東京大学大学院新領域創成科学研究科)
笹川みちる(東京財団政策研究所主席研究員/雨水市民の会)
武山絵美(愛媛大学大学院農学研究科)
徳永朋祥(東京大学大学院新領域創成科学研究科)
中村晋一郎(東京財団政策研究所主席研究員/名古屋大学大学院工学研究科)
橋本淳司(東京財団政策研究所研究主幹/水ジャーナリスト)
村上道夫(大阪大学感染症総合教育研究拠点)

[1] 国土交通省水管理・国土保全局 令和5年度予算概算要求資料
https://www.mlit.go.jp/river/basic_info/yosan/gaiyou/yosan/r05/R5gaisan.pdf

[2]国土交通省水管理・国土保全局 「流域治水の基本的な考え方」
https://www.mlit.go.jp/river/kasen/suisin/pdf/01_kangaekata.pdf

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