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基準改定で「なめらか」になった鉱工業指数
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基準改定で「なめらか」になった鉱工業指数

July 21, 2023

R-2023-029

はじめに
鉱工業指数の作成方法と基準改定の影響
今回の基準改定のポイントは季節調整方法の見直し
生産指数の中で「なめらか」さが特に増したのは輸送機械工業
輸送機械工業のウエイト低下も鉱工業生産指数のなめらかさに寄与か

平均成長率は基準改定で若干低下
過去にさかのぼって季節調整をやり直すようになるか?

はじめに

鉱工業指数は、景気判断において中心的な存在である。景気の波そのものを表すと考えられる「景気動向指数」(内閣府)の一致指数の採用系列10系列のうち、鉱工業指数に含まれる鉱工業生産指数、鉱工業用生産財出荷指数、耐久消費財出荷指数の3系列が採用されている。この鉱工業指数の基準改定が2023年6月に行われ、2023年4月分の確報値から2020年基準指数に改定された。

本研究プログラムは前身である「経済データ活用研究会」から、鉱工業指数のリアルタイムデータベースを整備してきた。2018年4月に公表された2018年3月分の速報値から、毎月公表される鉱工業指数の時系列データを保存し、「鉱工業総合」については各公表月における生産、出荷、在庫、在庫率の時系列データをEXCEL1枚にまとめ、速報値以降、各月の指数がどのように改定されていったかを把握できるようにしている。

このデータを用いて、基準改定前(2023年4月速報)と基準改定後(2023年4月確報)の鉱工業生産指数(総合、季節調整値)を比較すると、コロナ禍当初の生産の落ち込みが若干緩やかになったほか、2022年中のブレが小さくなった[1](図表1)2018年2月~20234月の鉱工業生産指数(総合、季節調整値)の前月比の標準偏差は、基準改定前の3.54から、基準改定後は2.86と低下している。足元でも基準改定前の2023年4月は3ヵ月ぶりの低下だったのが、基準改定後は3ヵ月連続の上昇となっている。基準改定後の鉱工業生産指数(総合、季節調整値)は総じてなめらかになり、言い換えれば不規則変動が少なく、状況判断がしやすくなっているように見受けられる。 

図表1 鉱工業生産指数(季節調整済み、前月比)の推移


本稿では、リアルタイムデータベースを活用し、注目度の高い鉱工業生産指数について毎月の変動にこのような影響が生じた背景などを確認したい。

 

鉱工業指数の作成方法と基準改定の影響

鉱工業指数は、個々の品目のサービス生産活動を指数化し、基準年のウエイトで加重平均したものである。経済産業省の資料(鉱工業指数2020年基準改定の概要)によると、2020年基準のウエイトは2020年の日本の事業所・企業の経済活動を調査した「令和3年経済センサス・活動調査」(総務省・経済産業省)の産業別集計で鉱業、製造業をもとに作成している。なお、2020年は新型コロナウイルス感染症が急拡大した時期ではあったが、「令和3年経済センサス・活動調査」と、2019年の実績を調査した2020年工業統計調査の結果を確認したところ、付加価値額の産業分類別構成比に大きな変化がみられなかったとして、ウエイトの調整は行っていない。鉱工業生産指数の業種別ウエイトの新旧比較は図表2の通り。業種別では最大の輸送機械工業のウエイトが3%弱(1万分の294.1)低下した一方、化学工業のウエイトが上昇している。 

図表2 生産指数における業種別の新旧ウエイト比較

 

今回の基準改定のポイントは季節調整方法の見直し

今回の基準改定のポイントは、季節調整方法の見直しである。手法は、従来通り米国センサス局のX-12-ARIMAであるが、原系列から取り除く季節要因を算出するのに用いるデータ期間を従来の8年間から12年間に延長した。X-12-ARIMAは移動平均型季節調整法と呼ばれるように、原系列を移動平均することで季節要因を取り除く。季節要因とは、例えば、チョコレートはバレンタインデーのある毎年2月に販売が多くなるといったものであり、統計的手法で抽出するため、一定程度の長さの時系列データが必要となる。

一方、基準改定の際にさかのぼって算出するデータには限りがあり、今回の2020年基準改定では2018年1月以降について2020年基準の指数が算出されている。201712月以前は、旧基準(2015年基準)の指数の変動を用いた接続系列が提供されている。接続系列は、ウエイトや指数計算に用いられる品目が変化することでデータの構造が変わっている可能性がある。季節調整に用いる原系列のデータ期間を長くすると、構造の異なるデータを移動平均することになり、移動平均の期間を長くすれば良いとは必ずしも言えない。経済産業省の資料(鉱工業指数2020年基準改定方針)によると、季節要因を算出するのに用いる原系列の期間を8年、12年、16年、全期間(1978年1月以降)と変えて比較することで、従来の8年より長い12年に変えることにしたとしている。

季節調整においては、原系列の異常値などを事前に取り除くことも重要である。季節要因を算出するための移動平均に影響を与えるためだ。そのため、X-12-ARIMAでは、曜日、祝祭日、うるう年など季節要因以外に原系列に影響を与えるものを取り除くオプションがある。2015年基準までは鉱工業全体の指数に設定したオプションを業種別、財別指数にも用いていたが、2020年基準からは業種分類、財分類ごとに設定することになった。

鉱工業生産は毎年2月の確報値を公表するタイミングで年間補正を行い、前年までの季節調整をやり直し、予定季節指数を算出する。例えば、20222月確報時には2014年1月~202112月までのデータを用いて季節調整が行われ、20221月以降は季節調整の結果得られた予定季節指数が使われた。さらに、基準改定があるため20232月には年間補正が行われず、同じ予定季節指数が2023年4月速報値まで使われた。このため、基準改定直前の2023年4月速報値と基準改定直後の20234月確報値の変動の違いには、季節調整に用いる原系列の期間が長くなった要因だけでなく、20232月に年間補正を行わなかった影響も含まれる点には注意が必要である。

 

生産指数の中で「なめらか」さが特に増したのは輸送機械工業

図表3は、2018年2月~2023年4月にかけての業種別の生産指数の前月比の標準偏差を基準改定前(2015年基準)と基準改定後(2020年基準)について比較している[2]。生産用機械工業、石油・石炭製品工業、その他工業を除き、多くの業種が45度線の下方にあり、基準改定前より改定後の方の標準偏差が小さく、変動がなめらかになったことが確認できる。

 

図表3 業種別の生産指数(前月比)の基準改定前と基準改定後の標準偏差


特に標準偏差の低下が大きいのが輸送機械工業(基準改定前:11.099.74)と電子部品・デバイス工業(4.623.01)である。

輸送機械工業の生産指数は、基準改定前は24品目の動きを合成して作られていたが、今回の基準改定で小型バス、大型バス、二輪自動車部品の3品目が指数算出に用いられなくなった。ただ、原系列前月比の標準偏差は基準改定前の19.9から基準改定後は19.8とほとんど変わっておらず、季節調整方法の見直しがなめらかさに寄与していると考えられる。

電子部品・デバイス工業の生産指数は、基準改定前は18品目の動きを合成して作られていたが、今回の基準改定でスイッチング電源、粉末冶金製磁性材料の2品目が指数算出に用いられなくなった。現系列前月比の標準偏差は基準改定前の8.1から基準改定後の7.7へ低下しており、採用品目の変更と季節調整方法の見直しの両方がなめらかさに寄与していると考えられる。

一方、季節調整指数の前月比の標準偏差が基準改定で大きくなった3業種のうち、生産用機械工業は原系列前月比の標準偏差が基準改定前の16.6から基準改定後は17.4に高まっているが、他の2業種はほとんど変化がない。移動平均期間を長くするという今回の見直しは、必ずしもすべての業種の指数をなめらかにしているわけではないようだ。

 

輸送機械工業のウエイト低下も鉱工業生産指数のなめらかさに寄与か

鉱工業生産指数(総合)の季節調整値は、原系列に季節調整をかけて算出されている(直接法と呼ばれている)。このため、季節調整方法以外に原系列の変動の違いも、季節調整値のなめらかさに影響すると考えられる。そこで、原系列前月比の標準偏差がわずかに低下(10.410.3)したが、輸送用機械工業のウエイトが低下したことが影響している。基準改定前と基準改定後の原系列前月比の差の絶対値を20182月から20233月について計算したところ0.38であった[3]。一方、各業種の総合指数への寄与度について基準改定前と基準改定後の差の絶対値平均を確認すると輸送機械工業が0.31と他業種に比べて圧倒的に大きい。輸送機械工業の標準偏差が基準改定前も基準改定後も業種別で最も大きいことが影響していると考えられる。

一方、経済産業省の資料(鉱工業指数2020年基準改定方針)によると、鉱工業生産指数(総合)の季節調整値を、業種別指数の季節調整値を加重平均して作成することも検討していた模様である。これは間接法と呼ばれ、GDPの季節調整値で用いられている。積み上げなので原系列だけでなく、季節調整系列でも業種別寄与度の積み上げが総合の変動と等しくなるという利点があるようだ。

結果的に採用を見送ったようだが、試しに主要業種分類の季節調整値を加重平均して作成した鉱工業生産(総合、季節調整値)と正式系列を比較したのが図表4である。2018年2月~2023年4月の前月比の標準偏差は、正式系列が2.86であるのに対し、業種別を積み上げたものは2.78とわずかに低下している。ただ、足元をみると正式系列は20232月~4月まで3ヵ月連続でプラスなのに対し、積み上げたものは2月にマイナスになった後、3月は1.6%上昇と変動が激しくなっている。

 

図表4 鉱工業生産指数(季節調整済み、前月比)の推移


平均成長率は基準改定で若干低下

最後に、基準改定前と基準改定後で生産の平均成長率が変わっているかを確認しよう。2018年1月から20234月の鉱工業生産全体の平均成長率(年率)は基準改定前のマイナス1.14%から基準改定後はマイナス1.18%とわずかに低下している。2015年基準改定時(20131月~2018年9月平均の比較)は、基準改定前の1.35%から基準改定後は1.46%とプラスが高まっていた。コロナ禍があったとはいえ、国内の生産活動の回復はまだ道半ばと言える。

図表5は業種別に比較を行ったものである。平均成長率が基準改定前より低下したのは、汎用・業務用機械工業、電気・情報通信機械工業、化学工業、プラスチック製品工業、鉱業であった。

 

図表5 業種別の生産指数の基準改定前と基準改定後の平均成長率(年率)


過去にさかのぼって季節調整をやり直すようになるか?

前述した通り、鉱工業生産の季節調整は、毎年2月確報値の際の年間補正で行われる。その際、季節調整値が変わるのは前年の1月~12月の実績値であり、それ以前の季節調整値は改定しないのが現在のやり方である。経済産業省の資料(鉱工業指数2020年基準改定方針)によると、これをGDP統計のように過去にさかのぼって季節調整をかけ直すという検討も行われている模様だ。ただし、「本対応には、経済産業省のシステムの改修が必要となることから、2020 年基準期間内でシステムの改修を行い、改修が完了次第、当該方法を実施」としている。

冒頭に述べた通り、鉱工業生産は景気判断において中心的な存在である。今回の季節調整方法の改定が不規則変動が少なく、状況判断がしやすいことに引き続き結びついていくのか、過去にさかのぼって季節調整をやり直すことで景気判断に影響を与えることになるのか、今後の行方が注目される。

 

 


[1] 2020年基準指数は2018年1月以降について作成されており、それ以前は旧基準指数(2015年基準など)を接続しているため、本稿では2018年1月~2023年4月の指数について比較を行っている。

[2] 化学工業と食料品・たばこ工業は速報時点では指数が公表されず、2015年基準の2023年4月の実績値がない。このため、この2業種については2018年2月~2023年3月にかけての業種別の生産指数の前月比の標準偏差を比較している。図表4も同様。

[3] 20234月の速報値がない業種があるため、2023年3月までのデータを用いた。

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