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イソップ童話「オオカミ少年」と金融正常化 —連載コラム「税の交差点」第115回
画像提供:Getty Images

イソップ童話「オオカミ少年」と金融正常化 —連載コラム「税の交差点」第115回

January 18, 2024

R-2023-083

イソップ寓話の「オオカミ少年」(嘘をつく子供)は、ウィキペディアによると「人は嘘をつき続けると、たまに本当のことを言っても信じてもらえなくなる。常日頃から正直に生活することで、必要な時に他人から信頼と助けを得ることが出来るという教訓を示した寓話である」と説明されている。子供のころにもそのように習った。

筆者は、この解釈に違和感を抱いてきた。最後にオオカミ(国際投機筋)が来て、飼っていた羊(や村人)も全部食べられてしまう、という結末なので、油断を戒める物語ではないか。

さて、筆者は、「放漫財政を続けていると国際投機筋からすきを突かれ、国債国際価格が暴落し金利が急騰、インフレが一気に火が付くことになりかねない」と様々な機会に言ってきた。しかしこれまでのところ、そのような事態は生じず、「オオカミ少年(今は高齢者だが)」呼ばわりされてきた。ウクライナ戦争やグローバルインフレなど先の見えない不透明な状況下、わが国にオオカミは本当にやってこないのだろうか。 

おりしも今年の経済政策の最大の課題は金融の正常化だ。失われた30年の下でデフレに慣れ切った多くの国民にとって、インフレや金利ある世界は、未知の世界である。大きな変化が起きようとしている今日、油断すれば大変なことになる。

まず、バブル崩壊後今日まで続く「失われた30年」の原因だが、以下のように要約することができる。

少子高齢化の加速に伴う労働人口や国内需要の減少(いわゆる縮小経済)を背景に、企業は賃上げや投資に消極的で、ひたすら内部留保を積み増すという行動が続いた。国民は、社会保障の持続可能性へ疑問から将来不安が生じ、消費の低迷につながっている。この結果、賃金水準は実質的に30年間横ばいで、企業による設備投資や人的投資は大きく伸び悩んだ。また日本型雇用制度の下で雇用の流動化は進まず、事業経営者は経費の削減に注力しリスクをとるアニマルスピリットが失われた。度重なる経済対策が下支えをした結果、新陳代謝や改革が進まず、生産性の低い産業や企業が温存され、潜在成長率はほぼゼロの水準になった。このような状況が定着することによってデフレ経済が形成され、30年も継続してきた。

2012年暮れに安倍政権が誕生し、黒田日銀総裁のもとで、デフレ経済脱却を目的に異次元の金融緩和が始まった。当初はわが国経済の景色を大きく変える効果をもたらしたが、成長戦略や規制緩和は進まず、デフレの原因となった経済構造、消費者マインドを変えることはできなかった。

一方で以下のように、長く続いた金融緩和政策のマイナス面(副作用)が目立ち始めた。

金利という経済のシグナルが失われた結果、市場により淘汰される事業や会社(いわゆるゾンビ企業)が延命され、新陳代謝が遅れ経済の構造改革が進まない。

家計の利子所得はほぼゼロになり、預金を持つ高齢者の生活を圧迫している。

さらに、地方の金融機関の収益悪化が、貸出姿勢の消極化を通じ地域経済に悪影響を及ぼしている。

一方日銀にとっても、上限のない国債購入を継続した結果、保有国債残高は500兆円を超え、バランスシートの問題を抱えている。また、大量のETF(上場投資信託)買いは、株価形成や株主ガバナンスにも影響を与えている。

最大の問題は、「実質的な財政ファイナンス」が行われ、財政規律が弱まったことである。「国債を大量発行しても日銀という子会社が買ってくれるので問題ない」、「政府と中央銀行の勘定は一体なので、国債の増発分はそれに見合う国民の資産増加となり、将来世代の負担にはならない」「自国通貨を発行する権限のある政府は、中央銀行が財政赤字分の国債を買い続けることによって、国民負担なく財政出動が可能となる」など、MMT(現代貨幣理論)によるこじつけが政治の世界で広がった。経済に需給ギャップがある限りこれを埋め合わせる財政出動を行うべきだという考え方のもとで度重なる経済対策が行われた結果、政府はGDP2倍を超える債務残高をかかえることとなった。これは、日銀の責任というより、政府・政治の責任といえよう。

ところがウクライナ戦争やコロナ禍という想定外の事態が生じ、グローバルインフレが発生、日米金利差による過剰な円安の影響も加わり、わが国の消費者物価の上昇率が3.0%を超える状況が現れ、企業も生活防衛的な意味合いから賃上げに応じ、2%の物価上昇率の目標の達成が日程に入ってきた。日銀はこの機会をとらえて、金融政策の正常化を模索し始め、植田総裁は、今年の春闘の状況を見きわめて判断したい、と発言している。

想定していたストーリーとは異なるものの、賃金と物価の好循環が生じようとしており、デフレ経済脱却の条件が整い始めたのである。

しかし、金融正常化は、日銀のバランスシートや、わが国の財政に大きなマイナスの影響をもたらす。日銀は、金利が上昇すると、保有国債に含み損が生じる(ただし会計上は原価主義なのですぐには顕在化しない)だけでなく、大量の国債を民間銀行から購入した結果生じている膨大な当座預金の金利を引き上げる必要があり、利払い負担の増加で赤字に転落し、現在毎年1兆円程度ある国庫納付金(いわゆる通貨発行益)はゼロになる。

国債の償還分を金利の上がった国債に再投資することによって、中期的な赤字脱却は可能だが、それには数年単位での時間がかかる。

日米金利差が縮小すれば、円高が急激に進み、経済に悪影響を与えるリスクも生じる。

個人には、プラスの効果も生じる。運用利回りの増加を通じ、国民年金や企業年金などの財政状況が改善する。現在家計の金融資産は2000兆円を超えその半分が現預金なので、預貯金金利収入の増加が生じる。

一方で住宅ローン金利の引上げによる負担増などの問題が生じるが、マクロ的には利益の方が上回る。これは、借りている者と貸している者との損得の転換である。

では国家はどうか。デフレ経済から脱却できれば、税収は増加する。インフレは、莫大な政府の借金を目減りさせる。いいことづくめのようだが、そうではない。インフレに伴い社会保障などの歳出は増加する。なにより、金利上昇により、国債利払い費が毎年大幅に増えていく。国債の平均残存期間は9年程度なので、短期的な金利の上昇は直ちに利払い費に直結するわけではないが、徐々に利払い費は増加していく。利払い費の増加は、財政硬直化をもたらし、将来世代の財政政策の自由度を奪うことになる。

財務省の試算(「令和5年度予算の後年度歳出・歳入への影響試算」)によると、金利が1%上がると国債費は、翌年から0.7兆円、2.0兆円、3.6兆円と増加する。2%引き上がると、1.5兆円、4.0兆円、7.2兆円と増加していく。GDP2倍を超える国債残高のもとで国債費が雪だるま式に増えれば、それを賄うためにさらなる新規国債発行という悪循環に陥る。

すでに令和6年度予算では、想定金利が1.9%とされ、前年度に比べて1.7兆円国債費が増加している。

ブラジルの実例が参考になる。70年代のブラジルは、中央銀行の貨幣増発による高インフレに悩まされてきた。そこで80年の改革で、インフレ対策として金利を引き上げる政策へと転換した。しかしインフレは収まるどころか加速することとなった。なぜなら、金利引き上げに伴う政府の利払い費が増加し、これが財政を悪化させ貨幣の魅力の低下によるインフレが発生したからである。(「物価とは何か」渡辺努 講談社選書メチエ)

このように、30年間のデフレ経済で、金利も成長も賃金上昇もゼロという状況に慣れ切った我々には、金利のある世界への転換は各方面に大きな影響を及ぼす。利益を受ける者もいれば、損をする者も出て、社会が分断される可能性もある。何より、このような転換がスムーズにいく保障はどこにもない。

20131月の政府と日銀の共同声明では、日銀と政府はそれぞれ役割を分担してコミットをした。日銀は2%の物価目標の早期達成、政府は経済成長力を高める構造改革の推進と持続可能な財政基盤の形成であるが、この10年、政府の役割となっている構造改革や財政健全化は進まなかった。令和6年度予算も、いまだ平時の規模(100兆円)から10兆円以上上回っている。防衛費や少子化対策の財源についても、依然不明なまま、歳出だけが増えている状況だ。

冒頭のイソップ寓話の教訓に話を戻すと、オオカミ少年の警告を無視して準備を怠ると、長年のデフレ経済から転換できる千載一遇のチャンスに、国際投機筋というオオカミがやってきて、国民(村人)は大変な被害(国債暴落、ハイパーインフレ)に遭うことになりかねない。

市場からの財政への信認を食い止めるため、歳出改革を徹底的に進めると同時に、国民負担の問題を真剣に考えていくという道筋を示す必要がある。さらには、日銀と改めて共同声明を出し、市場の信頼をつなぎとめることも検討すべきではないか。金融政策の転換は、いばらの道である。

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