R-2022-097
1.はじめに 2.アンケート調査結果の概要 3.アンケート結果 4.データ分析 5.まとめ 補論 |
1.はじめに
東京財団政策研究所の研究プログラム「多様な国民に受け入れられる財政再建・社会保障制度改革の在り方:行動経済学・政治学の知見から」(研究代表:佐藤主光)は、「(厳格な推計に基づく)経済的実現可能性」と「(国民に受容されやすい)政治的実現可能性」との両立の観点から、財政・社会保障の持続可能性に向けた真に実現可能な政策提言を目指している。その活動の一環として本プログラムでは経済の専門家に対して日本経済と財政に関する見通しについての調査(ウェブ調査)を実施した。国民の間での合意形成を図るためには「専門家」としての経済学者の間でどのような共通認識が存在するのかを問う必要があるからだ。
ここで一口に経済学者といっても大学の学術研究者からシンクタンク等のエコノミストまで多様なバックグラウンドがある。本調査では学術研究者を対象とした。その理由としては経済学が重んじる「ロジック(理論)」と「エビデンス(証拠)」に基づく研究活動が真に「専門家」の知見を形成することが挙げられる。特に世界標準の最新研究を多く担ってきたであろう大学・研究機関から対象者を抽出した。[1]
リスト中の経済学研究者にはメールでもって調査への依頼を行い、ウェブ上で回答してもらった。調査期間は 2022年11月4日(金)14 時 30 分から11月24日(木)18 時までとした。調査期間中、二回リマインダー(協力の再依頼)も行っている。最終的な回答者数は282名で回答率は 38.8%だった。(無論、回答者は匿名化されている。)
2.アンケート調査結果の概要
回答者 282 名の属性(研究分野、所属学会、居住地、性別、年齢)の分布については補論の表で与えている。研究分野については財政・公共経済学など特定の分野への偏りは見受けられなかった。年齢についても同様である。参加学会としては 207 名が日本経済学会を挙げている。
これは、同学会がカバーする経済分野が広いことから自然な結果と言えよう。居住地(都道府県別)は東京都が 140 名と回答者の約半数を占めた。これはトップ 25%大学・研究機関が多く東京都に所在することに拠る。性別では回答者の 88%が男性だったが、対象大学・研究機関における男女比を反映しているのかもしれない。
調査では財政赤字への認識(財政赤字は問題か否か)、これまでの財政政策への評価、社会保障の基幹財源と位置付けられてきた消費税への評価とその税率への今後の見通し、日本経済の今後の成長可能性及び成長と分配のいずれを重視するべきか、その経済の現状を踏まえたときに必要な政策の優先順位などに係る設問を設定した。その結果は次のようにまとめられる。第一に経済学者は財政赤字を問題視しており、財政赤字を放置した場合、増税・歳出カットなど厳しい財政再建に迫られると予見している。他方、脱デフレに向けた積極的財政政策については効果が乏しかったとの否定的な見方が多かった。第二に、現在の積極的財政政策よりも財政再建や企業の生産性向上に資する政策を志向している。第三に、優先度の高い政策としては「規制改革」を挙げる。企業の生産性向上に努めるべきという回答と合わせると財政出動より構造改革を支持していることが伺える。第四に、日本経済について将来的な成長可能性には悲観的な一方、「成長と分配(格差の是正)のどちらを重視するべきか」という問いには成長を重んじる、あるいは成長と分配のバランスを挙げる回答が多かった。高い成長は難しくても成長戦略自体は放棄すべきではないという見方ではないだろうか。最後に消費税に対しては逆進性よりも安定財源であり、経済活動に及ぼす歪みが少ないという意味で効率的との評価が多数を占めた。他方、今後の消費税率の見通しについては 15%程度までの引き上げを挙げる回答者が最も多かった一方、現状維持を志向する回答者も少なくなかった。関連して、国民負担と歳出改革との関係に係る設問では「歳出を抑えて負担回避」が最大多数を占め、現在の財政赤字を踏まえて、「歳出を抑えて負担増」が続く。「歳出は現状維持で負担増」の回答は三番目だった。財政の健全化・持続性の確保に際しては歳出の適正化を優先する向きが強いことが伺える。以下では、主要設問への回答状況について述べていく。
3.アンケート結果
(日本経済の展望と財政出動)
はじめに今後の日本経済への展望についてみていく。「Q4.日本経済の将来的な成長可能性についてのお考えを教えてください。2030 年度までを念頭にお答えください」との設問に対して「成長は困難」との回答が半数を占めた。政府は「成長なくして財政再建なし」を標榜してきた。しかし、これを「大規模な財政出動」で実現可能とする向きは 3.2%に留まる。他方、「構造改革で成長は回復」とする回答者は 36.9%だった。財政拡大による成長実現には懐疑的な経済学研究者が多いことが伺える。関連して、「Q5.デフレ経済に対して日本が取ってきた財政政策は、低迷脱却に総体としてどの程度効果を発揮したとお考えでしょうか」との問いについて「非常に大きな効果を発揮した」あるいは「ある程度効果を発揮した」との回答は合わせて 21.3%に過ぎず、むしろ「あまり効果は発揮していない」が 61.7%に上った。
(必要な改革について)
とはいえ、政府は引き続きデフレギャップの解消を優先させ、物価高対策として 29 兆円規模の令和 4 年度第二次補正予算を決定した。しかし、「Q12.円安やエネルギー価格の上昇などにより物価は上昇基調にありますが、その中で財政・金融政策はどうあるべきと考えますか」に対して「需要を喚起するよう政府支出を拡大するべき」としたのは 4.3%に過ぎない。むしろ「企業の生産性の向上に努めるべき」との回答が 48.2%を占めた。「金融緩和を改め、金利を引き上げるべき」と現行の金融緩和政策の転換を求める向きも 14.9%だった。関連して、「Q18.日本経済の現状を考えたときに必要な政策の優先順位を教えてください」との問いについて「金融緩和の継続」や「大規模な財政出動」の優先度は極めて低かった。むしろ「規制改革」(282 名中 170 名が一位)への支持が高い。次に「財政再建」を二位に挙げる回答者(108 名)も多かった。
(財政赤字について)
政府は積極的財政政策の財源として赤字国債に依存してきた。我が国の一般政府債務の対GDP 比は国際的にも最悪の水準にある。この財政赤字について経済学研究者の見方は厳しい。設問「Q7.財政赤字についてどのようにお考えですか」に対して財政赤字を「大変な問題」としたのが 44.3%、「ある程度問題」と合わせると回答者の 86.5%が財政赤字を問題視していることが分かった。MMT: Modern Monetary Theory, Modern Money Theory(現代金融理論)は「自国通貨を発行する政府は財政的な制約を受けない」(よって財政赤字は問題ではない)とするが、これを支持する経済学研究者は多くないことが伺える。では財政赤字が累積すればどうなるのか?「Q15.このまま国の借金が増加の一途を辿るとして、将来的に何が起きると思いますか」との問いに 44.3%の回答者が「増税や歳出カットなど厳しい財政再建を強いられる」ことを挙げた。「高いインフレが起きる」も 21.3%に上った。増税・歳出カット、あるいは高インフレという形で将来の国民生活にしわ寄せが及ぶことを経済学研究者の多くが予想している。
(消費税について)
本アンケート調査では消費税に対する経済学研究者の認識についても訊いている。「Q8.あなたの消費税に対するイメージとしてあてはまるものを 2つまで選んでください」との設問について「安定財源」(回答者 282 名中 170 名)が最も多く、「投資や雇用への歪みが少なく効率的」(99 名)、「世代間で公平」(96 名)が続いた。一般に消費税は「逆進的で不公平」との批判が少なくないが、経済学研究者の間では安定的で効率的な財源として評価されていることが確認できた。また、(所得階層間より)世代間の公平を重んじていることも伺える。「Q10.社会保障等、今後の財政支出の財源をどこに求めるのが適切だとお考えですか」に対しても168 名が消費税を挙げていた。社会保障の財源を含めて消費税を基幹税として位置づけている。次に今後の消費税率について訊いている。「Q9.日本は今後、消費税率を引き上げるべきだと思いますか」との問いには 31.9%が「15%に引き上げる」を選択した。「20%に引き上げる」あるいは「20%以上に引き上げる」は合わせて 24.8%だった。他方、「現状維持(10%)」も 30.9%だった。回答者の過半数が消費税の引き上げが必要だとする一方、増税に慎重な向きも少なくない。(なお、消費税減税の意見は 1割に満たない。)関連して「Q13.国民負担と歳出改革との関係について、今後政府はどのような方針で臨むべきだと思いますか」との設問に対して回答者の 34.4%が「歳出を抑えて負担回避」としている。これに「歳出を抑えて負担増」(23.0%)が続く。財政再建において負担増の前に歳出改革を優先するべきとの向きが伺える。
(成長か分配か)
政府は「新しい資本主義」を掲げて、所得分配を重視する姿勢を打ち出してきた。他方、アベノミクス以来、(構造改革の一環としての)成長戦略も重視されている。経済学研究者の間では成長と分配の関係はどのように認識されているかを訊いている。「Q17.日本経済において成長と分配(格差の是正)のどちらを重視するべきだとお考えになりますか」との問いに対して、最も回答が多かったのが「どちらかといえば成長重視」(33.0%)だった。これに「成長と分配のバランスを重視」(30.9%)が続く。「どちらかといえば分配重視」、「分配重視」は合わせても 13.5%に留まった。回答者が市場経済・小さい政府志向だったからというわけでは必ずしもない。別の設問では「Q16.福祉のサービス水準と負担のあり方について」訊いている。「中福祉・中負担」を挙げる回答者が 66.7%を占めているが、「高福祉・高負担」(18.1%)への支持が「低福祉・低負担」(9.6%)を上回っていた。「成長なくして分配なし」という見方が反映されているのかもしれない。
4.データ分析
経済学研究者の属性によって回答のパターンが有意に異なるかについても簡単な分析をした。以下では、設問「Q7.財政赤字についてどのようにお考えですか」を取り上げる。分析には順序プロビットを用いた。Q7 では「財政赤字は大変な問題」=1 を、「財政赤字はまったく問題ではない」=5 の値を取るため、数値が低くなるほど財政赤字への危機感が高いという解釈になる。個人の属性としては年齢、性別、居住地ダミー(東京在住=1,その他=2)の他、「Q4.日本経済の将来的な成長可能性」及び「Q16.福祉のサービス水準と負担のあり方」への回答を含めた。このうち Q4 は日本経済の成長期待を表す指標とする。「高い成長は可能」=1、「成長は困難」=4 であることから数値が大きいと期待は悲観的となる。Q16 は政府の役割への価値観であり「低福祉・低負担」=1、「高福祉・高負担」=3となり、高い値ほど大きな政府を志向している。Q7、Q4,Q16 のいずれかにおいて「その他」、「分からない」との回答を除いたため、サンプル数は 248 となった。説明変数には研究分野を加えて分析も行っている。結果は以下の表の通りである。年齢の係数が負のため年齢階級の高い回答者ほど財政赤字に厳しい見方をしていることが分かる。日本経済の成長可能性(Q4)に悲観的な回答者も同様である。他方、居住地(東京か地方か)、あるべき政府観(Q16)は財政赤字への認識に影響していないことが伺える。研究分野を説明変数に加えた場合、財政・公共経済学及び産業組織論の研究者が危機感を(他の研究分野に比して)有している。両分野以外は回答に影響していない。
5.まとめ
本アンケート調査の狙いは経済・財政について「専門家」としての経済学者の間で認識が共有されているか否かを検証することにあった。その際、世界標準の学術研究をしている大学・研究機関を対象とすることで「専門家」のレベルをある程度担保している。調査の結果、回答者の間では概ね財政赤字への問題意識、財政政策の在り方について一定の共通認識があることが確認された。ネット世論や一部エコノミストの意見と大きな違いがあるが、経済学研究者の意見を取りまとめた意義が大きいといえよう。
補論
回答者 282 名の属性(所属学会、研究分野、年齢、性別、居住地)は以下の通り。
[1] 具体的には IDEAS にある”Top 25% Institutions and Economists in Japan” (「日本におけるトップ 25%研究機関及び経済学者」)に掲載された大学の研究者(経済学)について公開されているデータに基づいて対象者リストを作成した。IDEAS とは経済学に特化した研究論文・研究者のデータベースであり、インターネット上に無料で公開されている。Top 25% Institutions and Economists in Japan については
https://ideas.repec.org/top/top.japan.html
を参照のこと。本サイトで掲載された大学・研究機関の ウェブサイト 等から経済学研究者のメールアドレスを取得している。経済学研究科・経済研究所等の教員で経済学及び関連する分野を専門とする研究者に絞っている。具体的な研究分野はアンケート調査の中でも改めて確認している。ただし、教員のメールアドレスを公開していない大学・研究機関については経済学研究者がウェブ上で公開している論文中に掲載されたメールアドレスなどを用いた。(全てが公開情報であることは確認済みである。)検索の結果としてトップ 25%の大学・研究機関の中から氏名、所属先、メールアドレスを含む 727 名の経済学研究者リストを作成した。