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財政危機後の中長期財政再建コミットメントと制度改革
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財政危機後の中長期財政再建コミットメントと制度改革

December 26, 2024

R-2024-073

東京財団政策研究所では加藤創太研究主幹や筆者を中心に「財政危機時の緊急対応プラン」の検討を行っている。この研究プログラムの取りまとめが近づいているが、今回のReviewでは、頭の体操として、財政危機後の中長期財政再建コミットメントと制度改革を考えてみたい。

まず、首都直下地震や台湾有事などを含め、何らかの原因で長期金利が急上昇し、財政危機に陥った場合、政権や政府は、必ず一定の対策を講じるはずだ。しかしながら、財政悪化の応急的な対応により、国債市場や為替市場などの動揺を一時的に収めたとしても、本当の意味で財政危機の収束を図るためには、中長期財政再建へのコミットメントや、それと同時に経済社会の持続的な発展を実現するための制度改革を不退転の決意で行う必要がある。

現在のような財政状況に陥っている最大の理由は、人口増加を前提にした社会保障や税制などの仕組みを、人口減少や少子高齢化を前提にした仕組みに改革できなかったためであり、再分配のあり方を含め、この問題を解決しない限り、中長期的に財政の安定化を実現することはできない。今後の社会保障費の伸びは中長期的な経済成長率の範囲に限る一方、財政危機の影響を受けている人々を的確に支援するなどといった哲学に基づき、財政収支の改善を図ることを基本方針とすることが考えられる。その際、現時点で筆者が考える具体的な方向性は以下のとおりだ。

<独立財政機関の設置と中期的な歳出フレーム>

まず、財政赤字が政治的に発生するメカニズムとしては、政治経済学では、①政治的景気循環(Political Business Cycle)、政治家の戦略的動機、共有資源問題などが存在する。このうち、財政赤字が発生する原因として最も有力な説は、「共有資源問題」である。

一般的に「共有資源問題」とは、共有の資源は私有の資源と比較して過剰に利用されやすい現象をいう。その最悪のケースとして発生する「共有地の悲劇」は、多数者が利用する共有資源の乱獲によって資源そのものの枯渇を招いてしまう現象として極めて有名であり、いわゆる「財政危機」はその財政版「共有地の悲劇」の究極の姿ともいえる。

この問題に対処するため、2000年代以降、欧州を中心に、高い専門性と分析力をもつ「独立財政機関」を設置すべきとの議論が盛り上がり、例えば、イギリスの財政責任庁(OBR2010年設立)のほか、スウェーデンの財政政策会議(2007年)、カナダの議会予算官(2008年)、アイルランドの財政諮問会議(2011年)など、OECD諸国で独立財政機関の設立が相次いでいる。

歴史的に古い伝統をもつ独立財政機関としては、オランダの経済政策分析局(1945 年設立)やアメリカの議会予算局(CBO1974 年設立)が長い歴史を持ち有名だが、これら機関には一定の政治的独立性を付与し、予算の前提となる経済見通しの作成、中長期の財政推計、財政政策に関わる政策評価などを担わせることが想定される。本来であれば、財政危機が発生する前に設置していることが望ましいが、現時点で日本には存在しない。財政危機時でも設置できていない場合は、日本でも独立財政機関を早急に創設するべきである。

その上で、独立財政機関が①で推計した「中長期的な経済成長率」(楽観的でなく保守的な名目GDP成長率の予測)の範囲内に、歳出(補正予算も含む)の伸びを抑制するよう、今後10年間の中期的な歳出フレームを定めるものとする。財政危機時には円安やインフレが進行している可能性が高いが、国民の生命や健康などに直結する医療などの社会保障予算を除き、公共事業、地方交付税交付金、国会議員の歳費や閣僚・国家公務員人件費などの予算は、できる限り歳出の伸びを抑制か横ばいに留めるものとする。その上で、一定の増税やインフレも活用し、財政収支(対GDP)の黒字化を達成しながら、確実な形で時間をかけて、債務残高(対GDP)の安定的な引き下げに努めるものとする。 

<社会保障制度改革>

次に、社会保障給付費137.8兆円(2024年度予算ベース)のうち約半分が年金(61.7兆円)、残りを医療(42.8兆円)・介護(13.9兆円)などが占めており、改革の本丸が社会保障・税制となることはいうまでもない。社会保障改革のうち、公的年金制度については、2004年の改革により、年金給付水準の自動調整を行う「マクロ経済スライド」が導入され、インフレ下でマクロ経済スライドが順調に発動していけば、年金給付総額(対GDP)は今後も上昇せずに安定的に推移し、財政的に問題にならないことが分かっている。実際、内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省(2018)「2040年を見据えた社会保障の将来見通し」によると、ベースラインケースで、2018年度に10.1%であった年金給付費(対GDP)は2040年度でも9.3%に留まることが予測されている。

他方、医療・介護は異なり、これらの問題は、内閣府が202442日開催の経済財政諮問会議で公表した財政等の長期試算(「中⻑期的に持続可能な経済社会の検討に向けて②」)でも読み取れる。この長期試算のシナリオのうち、ベンチマークに位置付けられるのは、直近の景気循環(2012期~2020期)に沿った「現状投影シナリオ」で、かつ、医療の高度化等の要因がこれまでの実績を考慮した1%のシナリオであろう。このシナリオでは、2019年度に8.2%であった医療・介護給付費(対GDP)は、2033年度に9.2%、2040年度に10.2%、2050年度に11.7%、2060年度に13.3%に上昇する試算結果になっている。また、今回の長期試算では、医療・介護の社会保険料負担や公費負担の推計も示しており、既述のシナリオでは、2019年度に4.8%であった医療・介護の社会保険料負担(対GDP)は、2033年度に5.2%、2040年度に5.7%、2050年度に6.4%、2060年度に7.2%に上昇している。2060年度の医療・介護の社会保険料負担(対GDP)が2019年度の1.5倍となっており、このシナリオの妥当性が高い場合、医療介護制度改革を行わない限り、2019年度との比較で、2060年度までに、医療の社会保険料率などを約5割も引き上げなければいけない可能性を示唆する。

小泉政権期では、少子高齢化が進むなか、現役世代の負担増を抑制するため、2004年の年金改革を行い、厚生年金の保険料率の上限を18.3%に定めたが、医療や介護の保険料率には上限がない。子育てを担う現役世代の負担増にも限界があることから、医療・介護の保険料率の上昇幅にも上限を定める必要がある。

保険料率の上昇を抑制する根拠は既に存在している。それは、202312月に閣議決定した「こども未来戦略」である。この脚注27には、「高齢化等に伴い、医療・介護の給付の伸びが保険料の賦課ベースとなる雇用者報酬の伸びを上回っており、このギャップにより、保険料率は上昇している。若者・子育て世帯の手取り所得を増やすためにも、歳出改革と賃上げによりこのギャップを縮小し、保険料率の上昇を最大限抑制する」との記載がある。

中長期財政再建の計画では、この閣議決定を活用し、医療の保険料率の上昇などを抑制しながら、医療・介護の制度改革を行うことが望ましい。医療の社会保険料負担と医療給付費は連動しており、この実現のため、保険診療と保険外診療との併用を認める「保険外併用療養費制度」の拡充を行いながら、2004年の年金制度改革で導入したマクロ経済スライドを参考に、医療制度においても「医療版マクロ経済スライド」を導入することが考えられる(詳細は小黒(2020)『日本経済の再構築』第5章を参照)。なお、医療版マクロ経済スライドは、診療報酬などの改定率を微調整し、中長期的な名目GDP成長率に沿って医療給付費の伸びを制御することで、医療給付費総額(対GDP)を安定化する仕組みをいう。また、介護についても、一定年収以上の高所得者世帯に対する負担限度額の見直しや、混合介護の推進など公的保険以外の仕組みなどの検討を行い、介護給付費総額(対GDP)が安定的に推移するよう、必要な施策を実施する。

<税制改革>

また、税制も抜本改革が必要となる。まずは財政赤字を縮小するため、消費税率を10%から、5年間で1%ずつ段階的に15%に引き上げるほか、財政危機の影響で本当に困っている人々を支援することも重要であり、再分配政策の強化のために「税務執行のデジタル化」等の環境整備も早急に行う。というものも、経済協力開発機構(OECD)の「格差は拡大しているか」(2008)という報告書で下位20%の低所得層に対する所得再分配を2000年半ばで国際比較しているが、日本の再分配はアメリカ並みでしかない。

家計全体が政府に支払う税金や社会保険料の総額(対家計の可処分所得)では、オーストリアと日本は同程度だが、オーストラリアの再分配は本当の困窮者に集中投下する仕組みとなっており、下位20%の低所得層に対する所得再分配は日本やアメリカの2.9倍もあり、財政も健全である。日本の非効率な再分配の歪みを改善するには、リアルな所得データで再分配の全体像を可視化する必要がある。その基盤の一つが「税のデジタル化」である。

例えば、イギリスでは税のデジタル化を進めており、2013年以降、給与所得者の所得税に関するリアルタイムの情報化(RTI)を実現している。イギリスでは日本の源泉徴収制度に類した仕組みがあり、歳入関税庁(日本の国税庁に相当)公認のソフトを用いて、給与が従業員に支払われるたびに、雇用主は給与支払報告を歳入関税庁に伝達する。

オーストラリアも給与支払いのリアルタイム情報制度(STP、従業員20人以上で強制適用)を2018年から導入している。STPは国税庁の発案でソフトウエア企業とも協力して開発したもので、従業員が1人以上いる限り、2019年からは全雇用主にその利用が義務化されている。

タイムリーな所得情報があれば、財政危機の影響などを受けて、「急激に所得が落ち込んだ人々に限定して給付」可能である。この情報がないと「一律給付」するしかないが、給与所得以外の報酬や金融所得などでも源泉徴収を行っている日本では、さらに源泉徴収の適用範囲をプラットフォーマーなどに拡大してRTISTP類似の仕組みを整えれば、状況を一変できる。事業所得も、クラウド会計の導入や消費税の申告情報のリアルタイム化・デジタル化などで、より迅速に把握できよう。

<その他の改革>

以上のほか、労働市場の流動性を高めるための労働法制改革や、人口動態の変化に対応した技術革新の実現や産業構造の転換を促す規制緩和、グローバルに競争できる人材や高度なスキルを持った職業人を養成する教育改革、地域経済活性化や地方の持続可能性を高めるための地方自治改革なども重要であり、財政危機が発生した時点で国民的な合意を取り付け、早急に実施できるよう改革のメニューを事前に準備しておく必要があるだろう。また、少子化の問題も深刻であり、上場企業の一部では、この問題意識から、「働き方改革の成果」として、女性社員の出生率を公表している事例もある。これを模範にして、企業の取り組みを「見える化」する観点から、上場企業には財務諸表に非財務情報として出生率の公表を義務付けることも選択肢としてあり得るのではないか。

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