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石破総理への提言―リアリズムに徹し、SNS(ネット世論)に惑わされることのない国民目線の政策を—連載コラム「税の交差点」第123回
画像提供:共同通信

石破総理への提言―リアリズムに徹し、SNS(ネット世論)に惑わされることのない国民目線の政策を—連載コラム「税の交差点」第123回

October 11, 2024

R-2024-043

1.石破総理の誕生
2.変わる産業政策や税制のアップデートを
3.かぎはEBPM(証拠に基づく政策立案)によるワイズスペンディング
4.変わる法人税を巡る議論
5.財政健全化目標をどうするのか
6.応能負担と歳出改革
7.SNSやネット世論、さらには市場(マーケット)に惑わされない

 

1,石破総理の誕生

筆者は数年前、石破茂氏から、税制の話を聞かせてほしいとの依頼があり、夕食をともにしながら語り合ったことがある。大変な勉強家で、経済財政に限らず重厚な政治理念を語っておられたことが印象に残っている。税制に関しては、公平性を最重視され国民目線の税制の構築の必要性を述べておられた。深い教養に裏打ちされたお話は、こちらが大いに学ばせていただいた。

さて、10月4日初の所信表明演説が行われた。国民目線の石破カラーを引っ込めた内容に対し、新聞各社をはじめとするマスメディアの評判はさんざんで、前途多難の船出となった。これから始まる「イシバノミクス」だが、党内基盤の弱い中で言行不一致が目立てば、期待した国民に失望が広がる。これまで持論とされていた政策をどのように現実化していくか、いかにリアリストに変身していくかが問われることになる。

以下、財政分野に関して筆者が注目するポイントと筆者なりの提案を記してみたい。

2,変わる産業政策や税制のアップデートを

経済政策や税制についてはここ数年で世界的に考え方の大きな変化があった。石破総理は長らく党や政府の要職から離れており、各省の経済官僚たちと接する機会は多くなく、最新情報はインプットされていない可能性がある。まずそれら最新の情報をアップデートすることが必要だ。

米国をはじめ世界各国の経済・財政政策は、ここ数年、経済安全保障や地政学リスクを背景にした自国経済の強化、あるいは米国を軸としたフレンドショアリングへと大きく変化している。これに脱炭素という世界的な流れが加わった。これらは、新自由主義とは異なる考え方で、戦略分野への投資の促進を補助金や税制で支援するネオ国家資本主義ともいうべき潮流だ。

わが国としても、この数年の政策はこの流れに乗ったものとなっている。その証左の一つが、世界最大の半導体受託製造会社TSMCや次世代半導体の国産化を目指すラピダスといった民間企業への巨額補助金の直接供与だ。半導体は最重要の「戦略物資」と位置付けられ、政府主導の育成が進められている。2021年度から2023年度までの3年間で半導体産業への補助金は合計で3.9兆円に上る。数年前には個別企業にここまで巨額の補助金を直接出すということはなかった。

3,かぎはEBPM(証拠に基づく政策立案)によるワイズスペンディング

戦略物資への投資が国として必要である以上、必要なことは、限られた資源・財源をどう戦略的に振り向けるかというワイズスペンディングだ。そのキーとなるのが、政策の効果を検証するEBPMである。

先ほどの半導体産業への支援規模をGDP比で比べると、日本は0.71%、米国は0.21%、ドイツは0.41%と、わが国が突出している。補助金に加え租税特別措置という形でも、手厚い手当が行われており、EBPMの強化により補助金等の有効性、租税特別措置と補助金の整合性を検証していく必要がある。

政府税調では税制のEBPMに関する専門家会合を設置し租税特別措置(以後租特)の検証を始めているが、容易ではない。EBPMは適切なデータを用いた効果検証であり、データが必要となるだけでなく、相関関係ではなく因果関係の分析が必要となる。そのためには、租特の適用を受ける者と受けない者との間で租特が及ぼす効果のデータセットの構築が必要となり、また経済学の知見を持つ人的資源が必要となる。外部人材も活用して検証を行い次の政策に反映してワイズスペンディングを行っていく必要がある。

4,変わる法人税を巡る議論

このような中、法人税を巡る議論は大きく変わってきた。まず、自国の税率を引き下げて他国から企業を誘致する法人税の引き下げ競争は、G20やOECDの努力もあり、歯止めがかかった。一方で、米国IRA法(米国インフレ抑制法)のように、巨額の税額控除などで特定の産業を支援する動きが先進諸国に蔓延した。わが国もその一つだ。そしてそのための財源を米国は、自社株買への課税、最低法人税率の導入など、法人税の増税で賄っている。

わが国の法人税改革は基本的な考えとして、「租特などを整理統合して課税ベースを拡大し(財源を出し)、法人税率を引き下げる」という形で行われてきたが、今日では「企業部門の租特や補助金を拡大し、その財源は法人税率の引き上げで賄う」という方向への変化がみられる。

その証左が与党の2024年度税制改正大綱で、前向きな投資や賃上げが行われず内部留保が積み上がった企業行動を指摘し「累次の法人税改革は意図した成果を上げてこなかった」という認識を示し、一方で、賃上げや前向きな投資や企業のチャレンジは後押ししていく必要があるとし、最後に、「今後、法人税率の引き上げも視野に入れた検討が必要」としたのである。

5,財政健全化目標をどうするのか

小泉内閣時代の2002年に閣議決定された「国・地方を合わせたプライマリーバランス(以後PB)の黒字化」という財政健全化目標については、20247月内閣府が、「歳出効率化努力を前提に2025年度PBが黒字化する」という試算を公表した。

秋に予定されている補正予算規模が数兆円と大規模になれば達成は困難になるが、今後経済の好調が続けば、PB黒字化の達成はいずれ視野に入ってくる。その場合、新たな財政の歯止めルールをどうするか、考えておく必要がある。

PBが均衡する」というのは、「当年度の税収等で当年度の政策的経費が賄える」ということであるが、重要な点は、PBの定義に過去の借金(国債発行)の「利払費」が含まれていないということだ。したがって、PBが均衡しても利払費の分だけ債務残高は増え続ける。

さらにデフレから完全脱却して物価上昇率が安定して2%近傍になれば、国債金利も上昇し、それに伴い税収は伸びるが利払費も増加する。先進国最大の債務残高(GDP2.5倍)を抱えるわが国としては、PBは黒字化したが、利払費を含めた収支(財政収支)が赤字を続けては意味がない。新たな財政ルールを検討していく必要があるのではないか。

ちなみに、政府は資産を多く持っているので債務はグロスでなくネット(純債務)で比較すべきだという議論がある。しかし、年金積立金等政府が保有する金融資産を差し引いた純債務残高でみても、わが国のGDP比は先進国最悪である。この点SNSでは間違った言説が流れている。

6,応能負担と歳出改革

一番問題になるのは、受益と負担の問題であろう。今回の自民党総裁選では、石破氏や加藤勝信氏、さらには茂木敏充氏など多くの候補者が、社会保障負担を年齢や所得だけでなく経済力に応じて行うこと、つまり資産や資産性所得も勘案する「応能負担」にすることを語った。

それもそのはず、9月に閣議決定された「高齢社会対策大綱」には、年齢に関わりなく、全ての国民がその能力に応じて負担し支え合う「全世代型社会保障」の構築が記されている。具体的には、後期高齢者の窓口3割負担(「現役並み所得」)の判断基準の見直しを2028年度までに実施について検討を進めることが記されている。(高齢社会対策大綱(令和6年9月13日閣議決定)本文 (cao.go.jp)p15)

これらは現役世代への負担をこれ以上重くしないための施策であるが、「能力に応じて負担」とは、金融資産や金融所得を勘案することで、そのためには預貯金口座へのマイナンバーの付番が検討課題となる。早期に検討を開始すべきだ。

問題は、拙速な進め方では国民の反発を招くことだ。この点、小泉純一郎元総理の手法が参考になる。それは、歳出改革からはじめることである。

小泉元総理は、2006年に党の主導の下で「歳出・歳入一体改革」を策定した。直後の経済財政諮問会議で、以下のように発言している。

「これから、歳出削減というのは楽なものではないというのがわかってくる。今はまだわかっていない。歳出削減の方が楽だと思っている。いずれ、歳出削減を徹底していくと、もう増税の方がいいという議論になってくる。ヨーロッパを見ると、消費税は10%以上、ドイツは19%、与野党が反対と言っていたのが一緒になった。みんな10%以上だ。野党が提案するようになっている」と。

その推察のとおり、「歳出・歳入一体改革」は、社会保障分野を中心に党内の反発から実現できなかった。そのことが、社会保障国民会議の創設、中期プログラムの策定、民主党政権への交代を経て、三党合意に基づく2012年の社会保障・税一体改革につながったのである。

防衛予算増強にも少子化対策財源にも歳出改革での財源ねん出が、それぞれ1兆円(社会保障関係費以外)、1.1兆円(社会保障経費)と記されている。今後実行に移されていくのだが、改革による財源捻出ができなければ税や社会保険料の負担増をせざるを得ない、というアプローチが有効ではないか。

7,SNSやネット世論、さらには市場(マーケット)に惑わされない

最後に、SNS、ネット世論についても触れたい。岸田政権を見ていて感じたのは、SNSでの「増税メガネ」というレッテルを気にし過ぎたことだ。突然の岸田減税(定額減税と給付)は、それに反発したものと言われているが、十分な検討のないままに実施したので、今日まで混乱が見られる。

SNSには、根拠のしっかりした批判と、間違えたり悪意に満ちた言説とがごっちゃになったりしており、冷静な国民議論の場とは似ても似つかないものとなっている。これを国民の声と勘違いすると、政策は誤った方向に流れていく。

例えばSNSではいまだリフレ派が主流で、デフレ完全脱却に向けて大胆な金融緩和策の継続と財政拡張政策の継続を主張する。しかし現在国民が悩まされているのはインフレだ。金融政策の正常化こそ進むべき道で、リフレ政策は、すでに時代遅れのオワコンの政策といえよう。

「市場」についても一言触れたい。石破総理就任直後に株価が2000円近く下がり「石破ショック」と称され、首相も金融所得課税の見直しを引っ込めた。市場は、「神の手」と言われ、その判断は常に正しいと思われがちだ。しかし実際に市場で売買しているのは生身の人間で、投資家もいれば投機家もいる。彼らによって作り出される都合のいいナラティブが、様々に交錯して価格形成が行われているわけで、そこで生み出された結果は社会正義に基づくものではない。政府は、市場で行われる分配に対し、税制や社会保障で再分配を行う権限がある。

首相が行うべき政策は、バラマキにならない地方活性化策や、生産性を向上させるための三位一体の労働市場改革の継続、デジタル技術を活用できるようにする規制改革などによる経済活性化策だ。そしてそれと並行して所得再分配や社会保障の持続可能性を高める施策が必要だ。

正統派の経済理論に基づく経済政策を行っていけば、短期的にはともかく中長期的には市場も評価せざるを得なくなる。

石破総理は、(自民党内だが)国民的人気の高い政治家として選ばれたわけだ。国民のほうを向き、徹底したリアリズムに基づく政策を実行していく必要がある。大の消費税嫌いであった安倍総理が二度も消費増税を行ったことを見習う必要がある。

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